雄太郎改信楽太郎の恩返し
雄太郎は、これでやっと約束が果たせると言います。
きみちゃんの父にオート三輪を山のように買うたる。妹にテレビジョンを買うたる。
喜美子は笑いながらお願いしますと言うのですが、「テレビジョンの足しに」と本当に現金入りの封筒を渡されると、真剣な眼差しで断ろうとします。
「もらえない! おかしいやん!」
そんな彼女に、雄太郎は思い出を語ります。
半年家賃を溜めたこと。
追い出されてもしゃあないのに、おいしいご飯も作ってくれて。その利息を払てへん。そう言うのです。
「もらときなはれ。雄太郎の恩返しや。名付け親や」
そうちや子が言っても、こんなんもらえんと喜美子は言う。
「ええから、ええから。ちゃっちゃっとしまときなはれ」
「もろとも、きろとき」
そう言われ、やっと喜美子は受け取ります。
雄太郎は、人にお金を返せる身分になったと、しみじみとしています。
ちや子が自分に100万ほど借りてなかったかと、ツッコミを入れる。おちょくって場を和らげる、関西の知恵ですね。
雄太郎も、ええネタにすると言い出します。
下積み時代のお涙頂戴だってよ。受け取ってくれんとネタにできへんって、こういう利害を茶化すところが、関西のよさですね。
そしてここが、喜美子の金銭感覚ですが。
酒代にパーッと使うのに、草間宗一郎の借金肩代わりには断固として返そうとしていた、そんな父そっくりになってきました。
仁義がある――喜美子は、仁侠道でも重宝されそうな性格です。でも、カタギ、しかも女にはそういうことなかなか求められない。
北村一輝さんと戸田恵梨香さんを親子役にした時点で、本作にはほんますごいもんがある。
ここで雄太郎はこう言います。
「きみちゃん、久々にあれ頼むわ、あれ!」
「あれ!」
「大久保さんも初参加や!」
雄太郎さんが、信楽太郎さんが、もっと売れますように!
そう願いを込めて、こう言います。
「草間流柔道! とやあ〜!」
「あっはっは!」
思えば喜美子は昔からそうだった。
女にも意地と誇りがある――そう言い切っていた。あの頃から炎と向き合ってきたんですね。
信楽太郎の『さいなら』が見せた、そんな八郎との幻のような日々。それは一時の楽園に過ぎなかったと、この明るいふっきった「とやあ〜!」から伝わってきます。
喜美子は幸せなのか?
そうでないのか?
『なつぞら』の天陽は、家族を養うためにカレンダーの挿絵を手掛け、そしてフッと空に飲まれるように消えていってしまったけれども。
喜美子は違う。
この地面を踏み締めて歩く、炎の女です。
喜美子が戸田恵梨香さんでほんまによかった。彼女の笑い方をどうこう言う、そんなニュースも見かけましたけど、この豪快そのものの笑顔あればこその、喜美子だと思います。
家の中の仕事ができる女は、なんでもできる
大久保はちや子の記事を見る。働く女の奮闘を見る。
「なんやようわかれへんけど、がんばったはるいうのはようわかる。あんたもな。陶芸やってはる」
大久保はそう激励します。雄太郎はこう言います。
「女性陶芸家・川原喜美子や」
そう言われて、「まだそんなに……」と謙遜する喜美子。でも、めっちゃうれしそうやで!
「まだそんなんやないんやったら、そんなんになるまで気張んなはれ。言うたらなんやけど、家の中の仕事ができる女は、なんでもできる」
大久保はそう太鼓判を押します。
家の仕事いうのは生きるための基本やから――。
きたで、大久保さんの、シャドウワーク天下布武宣言やで!
喜美子と家事。大久保直伝です。
八郎が工房に篭りきりの中で、喜美子はおむすびを作っていた。そのことが何もかも無駄でないと、きっちりキッパリ宣言されました。
こんなん全日本で「大久保さん! 大久保さん! 大久保さん!」コール待ったなしや。
昨年の放送事故は、シャドウワーク軽視があまりに酷いと何度も指摘してきました。誰でもできる簡単なことで「私は飯炊き女〜!」みたいなセリフもさんざんあった。
主人公夫モデルは、幼い頃家事をこなしてきた。だからこその食品開発という企業見解もありました(事実かどうかはさておき)。
でも、ドラマではそれを薄めていた。
バカな女は家事すらまともにできないけれど、賢い男が家事をすれば大ヒット商品すら生み出せる。
バカな女の家事労働を、賢い男の知恵で軽減する。
SNSあたりで見かける、家事の手順をガン無視して、「男は解決脳!」とドヤ顔する。
そういう勘違いロードを暴走していて、なんでこれを受信料で作れるのか疑問しかありませんでしたが。
今年はバッチリ仇討ちやーーーーー!!
※サンサ戴冠以来の爽快感よ……
マスターもお久しぶりです
サプライズはまだまだ終わりません。荒木荘時代のあの人もきます。
さだやないよ。さだは校長先生だからお仕事。
エロエロ医大生でもない。
はい、さえずりのマスターです。
役名すらないし、演じるオール阪神さんも「えっ、ほんま?」と叫んでしまったくらいの再登場かもしれません。
お元気ではあるけれども、杖をついていて。大久保と比べ、かつあの家の中の仕事賛美を踏まえると、複雑な気持ちにはなりますよね。
荒木荘のあたりは大きなビルが建ち、「さえずり」も今はありません。時代の流れを感じます。
オリンピックや万博は、日本の街を変えた。それがよいことばかりではなかったことを『なつぞら』とこのドラマは見せてくれます。
自分の方が老けているのに、きみちゃんを老けた、三十路はバアバだと言う。そんなあるあるが切ないマスターでした。でも、それはさておき! これも朝ドラの醍醐味ではありますね。
荒木荘は無意味だとか。
荒木荘のころの喜美子は可愛らしくて控えめだったとか。
そういう意見もありますが、この再会場面ではっきりとわかりました。
喜美子にとって、荒木荘時代は生きる力を学んだ、かけがえのない日々でした。
そして、彼女はあのころから変わらない。
変わったとすれば、世間とこちらの見る目なのだと。
生きる力にあふれた彼女たち
信楽で、マツはミシンを踏んで内職をしています。この真剣な横顔から、何かが見えてきます。
マツは弱い。判断力もない。そう言われてきた。直子をビンタしたところは唐突だのなんだの。
せやろか?
大久保が言うように、彼女も家の中の仕事をしてきた。生きる力がある、そういう一人なのです。
マツも、強いんやで!
そこへ武志は帰ってきます。
「ただいま〜!」
「ただいま」
喜美子も続きます。そしてしみじみと穴窯を見て、こう言うのです。
「ただいま……」
真っ赤に熱く燃える、そんな穴窯――女にも意地と誇りはある、そう叫んだ川原喜美子が戻ってきた。
そんな彼女自身の本質でした。
女体化戦国武将と結婚したら、萌えるどころか燃える
※放置したら家を焼かれてこそリアルやで……
2000年代あたりから、女体化武将モノが増えましたね。
当時は元ネタを踏まえた上でのお遊びでしたが、こうなると入口がそこになってしまう方も増えているんじゃないかと思います。
ただ……そんなもんかもしれない。エンタメが歴史の入り口。昔からそらそうです。
なんでそんな話か、って?
ああいう女体化ものって、名前と行動をなぞっているだけで、別にその武将や人物の特徴を出していないじゃないですか。
黄忠や厳顔まで若くなるって、おかしいやろ。
中身まで戦国武将みたいな女……それは、『ゲーム・オブ・スローンズ』や海外映画あたりにわんさか出てきて、全然萌えないどころか燃やされることが証明されつつあります。
※キャプテンマーベルとか
朝ドラもそこまで追いついたなと。
荒木荘同窓会に、エロエロ大学生がいない。
あれは武者修行の旅だから。というのは別のドラマにせよ、圭介の立ち位置は面白いんですよね。
喜美子は初恋を吹っ切って、おはぎを食べた後、思い出すわけでもない。本当に出てこない。どうでもええわ。そういう立ち位置なのでしょう。
これこそが喜美子の性格でもある。
だって、敏春は照子が毎年怒るほど、初恋の相手にいまだにメロメロしているわけでしょ?
ほんまに喜美子は、戦国武将にしたいくらい吹っ切る性格だからさ。
夫婦の立ち位置は?
歩み寄りは?
そういう分析が続いた今週ですが。
焼き討ちにしたらそれまでよ。
喜美子の性格を踏まえると、もう決着済みだとは思う。
「女体化した戦国武将と結婚したら、なんやいろいろと燃やされて下克上されとったで……」
川原夫妻はこういうことやで。
八郎がかわいそうではある……松下洸平さんも大変でしたよね。ほんまによく、こんな難しい要望に応えました。
三津が身を引いたこと。あれを、不倫を描けないからとか、朝ドラの限界だという分析もありますが、どうなんでしょうね。主人公夫が犯罪三昧の昨年で、もう一線を突破してませんか?
モチーフ女性の話を考えたら、不倫が自然ではあります。
が、そこを敢えて本作は外してきたと思います。
三津免罪によって、むしろ喜美子有罪の流れは強まりました。
本作にせよ『なつぞら』にせよ、NHK朝ドラチームは『半分、青い。』あたりから視聴者の反響を調査した上で先回りしていそうで怖い。
『半分、青い。』の律の離婚は「ナレ離婚!」だのなんだの袋叩きにされていました。
・イケメン!(佐藤健さんだからね)
・大手企業正社員!
・優しい!
そういうハイスペック男性が、心理的なすれ違いだけで離婚されるという事実に、世間がついていけなかったのだとは思うのです。
DV、浮気、無収入、酒乱、犯罪。そういう決定的な断絶なしの離婚は怖い。
うちもすれ違っているんじゃないか……想像するだけで、ゾッとさせられる。理想は朝の連続収監ダーリンでも、もらい感情してついていく女。そういうことじゃないかな。
そこに本作に関わった策士はニヤリとしたようだ。
「心理的なすれ違い。これが溜まればおっとろしい結果をもたらす。これや、これやで!」
そういう世界的な流れにぶっこんでいった。
本作はバリバリに意欲的で欲張りさん❤︎なので、目一杯現代社会の問題を反映させてきている。たった一年の差であるのに、昨年から感覚が十年か二十年進んだような、そんな圧倒的なものを感じます。ついていけない人も、それは増えて仕方ないでしょう。
考えてみれば、NHKがそういう時代の最先端を走れることは、わかりきったことでもあります。
レンジが広い。
Eテレもある。
掲示板も持っている。
データ収集も、専門家の意見を聞くことも、幅広くできるのです。
公共放送の意義を一周回って噛み締める。
そういう流れに、2020年は大河と朝ドラで突っ込んできたで!
残り約50回も、ほんまに期待しかない!!
文:武者震之助
絵:小久ヒロ
【参考】
スカーレット/公式サイト
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