それは世紀末。
バブルが崩壊して暗い世相に突入していた1999年(平成11年)7月のことです。
間もなく28才になる楡野鈴愛は、漫画家としての道を捨てて、ドン底にいました。
ここからどうやって這い上がるのか。
大きな挫折を味わい、もう一度、鈴愛は立ち上がろうとします。
【81話の視聴率は22.0%でした】
もくじ
秋風羽織に気を遣わせるようになってはおしまいだ
彼女にとって最後の秋風塾です。
羽織は『きっといつか会える』を読んでいます。
「これが私の実力です。才能の、すべてです。どうでしょうか」
「悪くない。うまくまとまっている」
「本当のことを言ってください」
秋風羽織に気を遣わせるようになってはおしまいだと、鈴愛は悲壮な表情です。先生には、最後まで厳しくいて欲しかった。
ここに来たとき、鈴愛は自分を天才だと思っていた、羽織を超える、悪くとも羽織程度になれると思っていたと言います。
その不敵な言葉に、いい調子だと笑う羽織。
でもそこにかつての毒はありません。
窓からマンガを投げ捨てようとした勢いも消えています。
青春というか、ひとつの季節が過ぎてゆく感覚ですね。もう夏ではなく、秋の風が吹いています。
菱本も、かつての二人のようだとくすっと笑います。最後の輝きを噛みしめているみたい。
今の鈴愛は、自分が天才ではないと悟りました。
貴重な先生の時間を盗んでいる――そんな資格はないのだ、と。
「あんなに素敵な作品、私の宝物にします」
自分はハードルを下げてきた、星占いのカットを描き、引越し屋のバイトをした。
そして原稿まで落とした。
それでも、その挫折のおかげで『月が屋根に隠れる』が傑作となって世に出た。
「あんなに素敵な作品、私の宝物にします」
「何を言っている」
「もう潮時です」
そんなことはない、『いつか君に会える』も掲載水準だと励ます羽織。『月屋根』だって、評判がよかったと。
そうかもしれない。
鈴愛がここまで追い詰められた理由がわからないという声は、聞こえてきます。
鈴愛はとんでもないおバカさん、そう言いたくなる気持ち、ありますよね。
三流でもいいじゃないかとか、アシスタントしてやっていけるとか。
そうですよ、鈴愛はバカな子です。バカで、誠実で、自分自身を裏切れないのです。
昨日ボクテや菱本が指摘したように、最後の弟子となってしまった鈴愛にとって、羽織の期待は、確かに重たすぎたことでしょう。
それだけじゃない。
自分自身の理想と世界を、足に結びつけてしまっていた。その自重で、もう飛べないんですよ。悲しい完璧主義者です。
「私には描けない。私には翼がない。飛べない鳥です。これ以上、先生を邪魔する気はない」
おっ、月曜日のここのレビューで書いた文言とちょっと似たセリフでドキドキします(半分、青い。79話 感想あらすじ視聴率)。
もう心の底から漫画が好きとは言えない
邪魔なんかじゃない、お前たちは私の人生を豊かにしてくれた。羽織はそう語ります。
犬やウサギに癒されていた。それが、弟子たちと本気で向き合って、人間性に深みが出た。
秋風塾が失敗したとか、成功したとか、そんなの、些細な問題なんですよ。
あの塾がどれだけ大事だったか。そこにいた人が知っていれば外野がどうこう言えないでしょう。
世間から見れば、
「弟子とって二人引退、一人はパクリで破門てw」
かもしれないけど。そんなことはどうでもいい。
「不甲斐なくてすみません」
「自分を見捨てないで」
思わずそう声をかけます。
しかし……。鈴愛はもう心の底から漫画が好きとは言えないのです。
頑張っても三流、それならばやめたい。
このセリフも逃げずによく書いたと思います。
嫌いな人にはとことんムカつくセリフだと思います。ただ、ここでそういうことを言わせないと鈴愛のキャラにならないんですね。
この色白ふんわり、優しそうな子が、目に強い力を込めて、聞く人にとっては毒のある鋭いことを言う。
これが鈴愛話法で鈴愛ワールドだ。
悪く言ってしまえば、この人は重度の社会不適合者だ。
こんな現実歪曲空間に走りながら逃げ込む、繊細で弱くて、それでいて鈍感で強いヒロインを、朝ドラに出してしまうとは。
こんな最悪で最高の……憎まれるか愛されるか……まるで中間地点のないヒロインを。
私は自分の人生のために生きる
鈴愛はさらに続けます。
「楽しいのは、本当に才能のある人。飛べる鳥を見上げて、飛べない鳥として下を歩くのはごめんだ。人生に曇りの日が増える。私は人生の曇りの日を晴らしたい。私は自分の人生のために生きる」
ズバッと本質を突いたセリフの気がします。しかも、ネガティブで、かつポジティブなセリフ。
鈴愛にとって律はかけがえのない人だけど、結局結婚できなかった理由もわかります。
もしも律と結婚したとして。
俺のために尽くして生きろと言われたとして。
より子のように鈴愛はベランダで洗濯物を干していたでしょうか。そういうタイプでしょうか?
社会にも、結婚にも、向いていない。
自分の理想を追いかけるしかできないそういう人物です。
勝手に一人でくるくる回って傷ついて、周囲の人を振り回す。
不器用で、そういうタイプを嫌いな人から見れば、とてもじゃないけど理解し難く、腹が立つ奴なんですよ。
好きか嫌いかの世界で、是非の話ではありません。人というのはそういうものでしょう。
介錯は師匠の手で
本当にいいの、やめてしまっていいの、と尋ねる菱本。
「そう言われると揺らぐ。でも私はもう、あんなに好きだった漫画が、苦しいだけになってしまった」
それに対して羽織は……。
「漫画家を、辞めたらいいと思います。あなたはアイデアがとてもよかった。言葉の力も強い。しかし、その構成力のなさは、物語を作る力の弱さは、努力では補えないと思います。漫画を、もう、辞めたらいいと思います」
震えながら、サングラスの奥を涙で光らせて、そう告げる羽織。
「わかりました。秋風先生に言わせました。一人で決心できないから、先生に言わせたんです。先生、今までお世話になりました」
どこまで自分勝手なんだ、楡野鈴愛!
そういうところだぞ、鈴愛!
自分の師匠に、弟子である自分を介錯しろと誘導したんだぞ、この残酷なわがままさんめ!
しかし、です。
ある意味、究極の信頼表現なのです。
師匠なら私の気持ちをわかるはずだと直感しているんでしょう。
鈴愛は、自分の直感で、自分にとって一番よいことをする人を選んでいます。
昨日は仙吉。
今日は羽織。
憧れた世界の神に見送ってもらえるなんて、悲しいけれど最高の幸せです。
涙を描き、三羽の飛び立つ鳥を描き
最後の一人が巣立ち、空っぽになってゆく秋風ハウス。
がらんどうの家は悲しいものです。
羽織は締め切りの後で寝ているからと、菱本があるものを皆に手渡します。
鈴愛には『いつもポケットにショパン』。
ユーコには『A-Girl』。
ボクテには『海の天辺』。
それぞれ、三人が一番好きな作品の生原稿です。
三人の弟子たちには、自分の原稿を持っていて欲しい。
そんな願いをこめた、餞別でした。たとえ塾が終わっても、終わらない何かがそこにはあります。
羽織はそのころ、寝ていませんでした。
劇中初めてサングラスを取り、じっと壁に描かれた笑顔の女性のイラストを眺めています。
サングラスをなぜ屋内でもつけて、ここだけ外したのか。彼の心につけていた鎧を外したのでしょう。
青いペンで、壁に三羽の飛び立つ鳥の姿、そして人物の目に涙をつけたす羽織。
彼は描くことでしか、繊細な自分の感情を表現できないのかもしれない。
羽織が鈴愛の気持ちを理解できたとすれば、それは似た者同士だからでしょう。
描き終えた後、羽織はまた、サングラスをつけます。
なんという師匠だ。
なんて不器用で悲しい男なのだ、秋風羽織!
ここから始まる夢が、きっとある
軽トラに引越し荷物を詰めて、荷台に乗って道路を走る鈴愛とユーコ。ボクテは助手席です。
引越し業者をあえて使わない演出ですね。
「最高! 空は青―! クレヨンで塗ったみたいな青!」
また鈴愛話法で叫ぶ鈴愛。
こんなに明るく叫ぶ姿は久しぶりです。
二人で片方づつイヤホンをわけあって、ユーコの大好きな『ユー・メイ・ドリーム』を歌います。
海辺を駆け抜け、缶ジュースを手にしてはしゃぐ、秋風塾三人の弟子たち。
ここから始まる夢も、きっとあります。
今日のマトメ「焦げたトーストを明るいキャンパスに変えて」
もうレビューで書き足すことがないくらい、いっぱいいっぱいの回でした。
秋風羽織も、鈴愛も、他の人たちも。秋風塾で全員が成長できました。
「オフィスティンカーベル」という名前も、今となっては切ない。
大人になれないピーターパンたち。
社会に適合性がなくていつまでも子供で、それゆえ傷つきやすい羽織や鈴愛が、夢を見ていた場所なのです。
世間からすれば、結婚もせず子供も持たず、社会に貢献できないわがままな連中かもしれません。
いつまでたっても成長しない、図体だけでかい子供たちかもしれません。
そんな連中が檻の中のハムスターのように車を回している。馬鹿げた場所に見えるかもしれない。
でもだからこそ、その中にいる人は夢を作り、夢を糧にして生きていけた。
そういう人間にも、生きる場所は必要なのです。
こういう普通じゃないシェルターみたいな場所が存在してもよいのだと本作は描きました。
ありがとうございます。
このドラマの作り手全員に、圧倒的感謝! ひぃんっ!
※編集注 上記5ページ目からネタバレが出てきてしまいます。すでにお読みになってしまった方、申し訳ありません。これから読まれる方はお気をつけください。そこまで読まずとも趣旨は読み取れる記事構成だと思います。
秀逸な記事だと思います。
これは、なぜ真田幸村という日本の歴史上屈指の人気人物が、2016年まで大河ドラマ主人公になれなかったのかという話にも通じると思います。
『真田太平記』は彼一人のドラマではありません。
幸村は城を持てたわけでもなく、最期は敗死。
イケイケの高度成長期に描く人物としては、共感が得られにくかったかもしれません。
ところが、平成末期ならば、時代に乗り遅れて成功をつかみそこねた彼の人生に、共感が集まる、と。
大河も、朝ドラも、型通りの成功をする主人公やヒロインだけの時代ではなくなってきたのでしょう。
そういう兆しはありました。
平成を生きるヒロインの『純と愛』、『あまちゃん』、『まれ』。全て苦い挫折感がつきまとい、成功は儚いものです。
主に大阪制作で、昔ながらの懐古的な作品である『あさが来た』、『べっぴんさん』、『わろてんか』のヒロインたちが、夫、子供、地位、成功、自分を愛し見守る夫以外の男まで、全てを手にしていることと比較すれば、なんと虚しいことでしょう。
『半分、青い。』は衰退を描くからこそ誠実なのです。
この時代に生まれても、バブルなまま有閑マダムになれた人もいるかもしれない。ブッチャーの姉とか。
でも、鈴愛は平成に生まれた人間として、衰退を味わいつつ、生きています。
夢が消えてゆく時代に、なんとか夢を探して誠実に生きている。時代は暗く衰退していても、彼女の人生には輝きがあります。
オープニングで、失敗した目玉焼きや焦げたトーストを、想像力で楽しい絵に変える鈴愛。
彼女は、暗い時代を明るく変えて、生き抜こうとする、とても強いヒロインです。
この物語は、失敗した平成という時代を生きる、私たちの物語です。
◆著者の歴史映画レビューが一冊の電子書籍になりました。近日発売しますのでよろしければ!
著:武者震之助
絵:小久ヒロ
【参考】
NHK公式サイト
しつこいようで恐縮です。
管理人様、しまこ様のご指摘はどうなりましたか。
お忙しいとは存じますが、宜しくお願い致します。
あのー、このコメント本当に削除してくださっていいのですよ。
おじゃまいたしました。
焦げたトースト、ティンカーベル
ちりばめられている記号の意味を解説いただきました
>はな様
著者の武者には、ネタバレ等は読まないようにして貰っております。
本人も、新鮮さがなくなって面白くなくなる、という意見です。
リンク先の記事に関してはスミマセンでした。
※公式ガイドブックなどには先々のことが書かれているので
該当記事についても、そこを踏まえて書かれたのかもしれません
いずれにせよ申し訳ありませんでしたm(_ _)m
秀逸な記事、と紹介されているリンク先の記事を読んだら、とんでもないネタバレが書かれていて悲しくなりました。
不本意に先の展開を知ってしまったのもショックですが、武者さんはネタバレを読むことをせず、実際の視聴のみで感想を書かれていると以前編集者さんが紹介されていて、その点に共感し安心して毎日記事を読んでいたので、残念です。
>しまこ様
あちゃちゃ><;
ご指摘ありがとうございます、助かります!
ただいま修正させていただきますーm(_ _)m
素敵なレビュー有難うございます。
水を差すようであれなんですが、『きっといつか会える』ではなく『いつか君に会える』だと思います( 〃▽〃)
鈴愛は目上の人に対して失礼だったり、嫌われる要素が色々ありますよね。でも人間くさいところが私は好きです。『ひよっこ』のみね子は相手によって態度を変えるところが好きではありませんでした。具体的に言うと漫画家コンビです。愛子さんのことも心の中でめんどくさがってました。それに比べると鈴愛はいつでもそのまんまなので憎めないです。イタイけど。
>匿名様
マジっすかー!!!
青いペンで、乙なことを(T_T)
北川先生のツイッターによると、あの鳥3羽と涙を描き込んだの、秋風先生のアドリブなんですって。
もうやだー感動ー!