先生のおかげで
フカ先生は絵付け工房で、弟子のデザインを見ています。
一番は海のつもりで汁の干上がったうどん。二人とも道迷っとるで。そう容赦ない指摘をします。
喜美子に先越されて迷っちゃったのかな。
そこへ八郎が入ってきます。
そしていきなり喋りだすのです。
「最初にここに挨拶に来たとき、ほんまは言おうおもてたことがあります。緊張してしもて言えませんでした。今日改めて言わせてもらいます」
促されて椅子に座り、彼は語り始めます。
深野先生の日本画は、自分の家にずーっと飾ってあった。
鳥が飛んでます。
山があって水辺があって、こちらの方から日の光が射してくる。
鳥は二羽飛んでいる。
祖父が日本画が好きで、ようやっと買えたという思い出の一枚。
床の間にずーっと飾ってあって、祖父の死後は形見やいうて大事にしていた。
そう聞かされて、フカ先生は「ありがたい話や」と言います。
ここで八郎は、感極まった様子で切り出すのです。
いえ、それを白いご飯に変えました。
僕が11の時です。
闇市行って、先生の、大事に飾ってあった先生の絵を、一番高う買うたってくれる人探して売って、ほんで、これぐらいの白いお米と卵三個に替えて……。
今回こちらに来ることになって、絵付けの絵をお描きになっているのが深野心いう日本画描いてた人ってわかって……これはもう偶然ちゃう、必然かもしれん。
お会いしたら頭下げようと思ってました!
先生の大事な絵をすみませんでした、先生のおかげで白いご飯、卵、ほんまにありがとうございました!
感極まって泣き出す八郎の頭を、小さな子どもをそうするようにぐしゃぐしゃと撫でるフカ先生。
「若い頃描いた名もない絵や。忘れんとってくれてありがとう」
「すみません、すいませんでした!」
八郎がフカ先生を知っていた理由は、祖父が芸術的感性を持っていたからなのでした。
新聞記者は知らない。敏春は古いという。
番頭の加山も、実は名前を尊重していただけかも。
それでも八郎には知っているだけの理由がありました。
絵に思い入れがありました。
この場面は感動的ではあるけれども、ちょっと普通じゃない。
もしあなたが八郎の立場だとして、同じことをしますか?
「絵のことは黙っとくか。気まずいしなぁ……」
「祖父が好きだった、それでええやん」
「売っぱらったオチは、話さんでもええわ」
こうなりませんか。その方が【空気を読む】スキルではありませんか。
祖父が好きで、ええ絵を描いてましたねえ。そう笑いながら酒でも飲めばええ。
それが八郎にはできないのです。
その夜、喜美子は絵を描いています。
かつて八郎の家にあった絵。どんな絵なのか。
喜美子なりに、再現しようとして鉛筆を走らせるのです。
忘れられていく、戦前に名を成した深野心仙。
その名声ではなく、絵の価値を知る若い二人が、絵を通して繋がろうとしています。
NHK東京にイッキュウさんあらば、NHK大阪に八郎あり
お気づきになられたでしょうか?
【適当】が理解できない。
そんな人物が、ヒロインの相手役として再登場した。
『なつぞら』のイッキュウさんは、富士子のレシピノートを見ながら柴田牧場の食事を再現していました。
あれほど賢い彼なのに、調理手順や分量に【適当】と書かれてあると理解できなくて、混乱していました。
胡椒を適当に加える?
それって何グラム?
そう思ってしまう。
イッキュウさんも、八郎も、そういった【適当】が理解できないタイプではないでしょうか。
八郎は怒っているというよりも、混乱しているのでしょう。
新聞記事を読んで湧き上がってきた感情の処理が追いつかない。
【適当】に書かれた誇張と真実が混ざり合ってしまい、キャパシティオーバーになっている。
フカ先生のように「狸が化けた」と笑いに持って行くこともできない。
その混乱ゆえに黙り、詰問口調になってしまう。
怒りとも違う。
納得できない――混乱。
はっきり言って面倒くさいですよね。
イッキュウさんにしてもそう。なつの結婚相手にすると無意味に苦労しそうだからこれはない。そう思った私の予感は見事に外れました。
けれども、今回は二度目やから。
引っかからんぞ。こういう路線でいくんやな。
朝ドラは朝15分ずっと流れるもの。
なんだかんだで視聴率も高い。
ということは、社会啓発にも役立ちます。
そういう特性を商品宣伝に使うのは邪道だけれども、啓発ならば結構なこと。
そこに到達したんやろなぁ。
朝ドラは、脚本家やスタッフの意向やカラーももちろんありますが、背後には何かの目的があるとしてもそこは不思議もないわけです。
そういう大目標が背後にあるんやろな。
これは大変なことやと思うよ。
そうそう、八郎は難易度をあげるんですよね。
本作で気になるのは、先行するあらすじ解説が放送と異なること。八郎登場以降、それが目立ってきました。
今日のあらすじには、喜美子の記事が社内で反発されるとありました。
けれども、反発しているのは八郎だけですよね。
社内はむしろ喜んでいますよね。
イッキュウさんがいるとそうであったように、八郎は本作の難易度を上げる。
彼が【違いがわかる男】であり、喜美子の目を見つめがなら落ち着いた口調で、そんなふうに浮かれるのは慢心だと説得したとすれば?
そういう賢いアピールを意識してできる男であれば?
恋愛へのフックとして正統派ですし、クーデレキャラあたりにもなるかもしれない。
乙女ゲーの広告で出てきて、ヒロインを諭す知性とクールさがあるタイプですよ。
八郎はそうじゃない。
ありのままに混沌としたところがあるのです。
演じる松下洸平さんは美形ですし、これから八郎の魅力も描かれてゆくことでしょう。
そうすると、またイッキュウさんの時のように【理想の王子様】扱いが出てくる。
なつのように、困った夫の言動に冷静に対処する喜美子が叩かれるかもしれない。
けれども、これだけは言っておきたい。
彼等は確かに素晴らしいけれども、面倒臭くて妻であることは大変なんですよ!
そこは理解すべきでしょう。
NHK東京が中川大志さんのイッキュウさんを出してきた。
それに対する松下洸平さんの八郎が出てくる。
公式ブログで戸田恵梨香さんも触れていましたが、今日の長いセリフをイッセー尾形さんにぶつける場面は、圧巻のパフォーマンスでした。
これはNHK大阪が絶対に負けられへん、違いをみせな(アカン)枠である、そういう意識の表れかもしれません。
松下洸平さんは東日本出身ですが、これも八郎は訥弁傾向があって、ガーッと関西弁を立板に水で話す役所でないところもあるんでしょうね。
松下さんのキャリア転機にする、代表作にする。
そういう気合いを感じる!
応援しとるで!
文:武者震之助
絵:小久ヒロ
【参考】
スカーレット/公式サイト
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