火祭りが終わった翌朝、ジョーは起き出してきます。
すでに喜美子は起きていて、朝食の支度をしておりました。
ブスッと不機嫌そうに挨拶をする父と、受け流す娘。それからジョーはこうです。
「深野先生が辞める日も近づいてきましたな、おほほほ!」
あまりの低レベルな煽り!
今週も土曜日まで、ジョーはカスでした。
ジョーは一人で水も飲めなかった……
喜美子は慣れたもの。
「湯冷ましはこっちや〜、ほーほっほっほっほ!」
ジョーはむっつりとしつつ、いつ出ていくのかと喜美子に文句タラタラ。
すばらしい、すばらし〜い人間である深野先生についていくんやろと言うわけです。
あぁ、結構傷ついて、しかも根に持ってますよ。めんどくさい。
喜美子も、しつこいなぁ、その話は済んだはずだと呆れております。
水も一人で飲めへん、あせもだらけのお父ちゃんを置いてどこに行けるかとかわすのです。
前回のシリアスさをジョー本人がぶっ壊すし、喜美子は完勝しそうだし。
喜美子は行水の時、ちゃんと洗わんと治らんと言います。あのあせものことを逆手に取る――そういう賢さが喜美子にはあるのです。
さて、ジョーは。
口では勝てないのか、口を尖らせて暑苦しい顔で娘に迫って邪魔をするという、幼稚ないやがらせをします。
「なにしてんねんもう、あっち行ってえやぁ!」
ジョーって、口で何も言えなくなるとこういうことしますよね。
ちゃぶ台返しに嫌がらせ。男の沽券や不器用さを「言い返せないだけやで」とぶった切る本作、やっぱり優秀!
マツと百合子がここで起きてきます。
それにしても、迫るジョーは存在そのものが暑苦しく、臭そうだった。
北村一輝さんが美形であることを忘れる。なんという美貌の浪費でしょう! これはすごいことだと思う。
「ただしイケメンに限る言うやろ。セクハラて、そんなん、イケメンが同じことしたらええんちゃうの?」
そういう言い訳をぶった切る――北村一輝さんだろうとジョーのような言動をしたらウザいだけ。気持ち悪い。そう示す本作は半端ないで、ほんまに!
賃金アップせなあかん!
高らかに音楽が流れる中、喜美子は社長室へ。
本作は音楽と心情がリンクしているので、喜美子が何かするつもりだと気構えができます。
若社長さんにお話が、お願いがある。喜美子はまず、番頭の加山にそう告げます。
敏春は電話中――。
これまでのやり方でなく、僕は僕のやり方でやる。お願いします。ほなよろしゅうたのみます。
そう宣言して、受話器を置きます。
敏春は喜美子に気づき、ちょっと微笑む。
実は敏春って、表情やしぐさはそんなに威張ってなくて柔らかいんですよね。
むしろ加山が厳しいかも。
若社長忙しいんで手短にしてくださいね、と釘を指します。
これもちょっと疑問を覚えるところであった。敏春は忙しそうではありますけれども。
世間のいうところの社長って、そんなに忙しいんやろか?
社長室でぼーっと新聞を読んでいたり。
パソコンで人妻のよろめき検索しとったり。
今にして思えば、実質的な忙しさよりも、加山のような立場からすれば来訪者に威圧感や遠慮をさせているんだろうなと。
喜美子はここで、丸熊陶業にしがみつく決意を語ります。
残って引き続き仕事をする。マスコットガールのミッコーでもキッコーでも、それがお仕事であれば一生懸命やる。
加山は感心します。ええ心がけだって。
覚えておきましょう。加山のような観点からすれば、この先はいりません。
喜美子からすればここまではあくまで前振り。
ここからがお願いだと本題に入ります。
信楽初の女性絵付け師として、それに見合った要求をする。
これまでは、絵付け工房には深野先生たちと四人いた。
四人から三人、四引く三。つまりは一。
これからは一人前として扱っていただきたい!
そう喜美子が言い切ると、加山は困惑しております。
一方で、敏春は理解が早いのです。
「要するに賃金アップ?」
はい、これがアンサーや。これで終わりでええんちゃう?
【世間】の声を話す加山
いやいや、ここでの加山のセリフを聞いておきましょう。
「よう言うわ女だてらに」=性差別
「中学しか出とらんのに」=学歴差別、喜美子の場合は貧困が背景にある
「養う奥さん子供いるわけやないし」=性差別、現実無視
「養うてくれる人見つける方が早いんちゃいますか」=性差別
喜美子はきっちりと、賃金アップの理由を返します。
「うちにも家族がいる。妹の進学を支えたい。電話引きたい。ここや大野雑貨店をいつまでも使うわけにはいかない」
喜美子は賢いんです。
【使える! きみちゃんの賃金考証術】
・立場は使う
→いろいろあったマスコットガールにせよ、女性絵付け師にせよ。それで宣伝させてもらったからには、こっちにも言い分がある。そう交渉に使います。
・経験も使う
→一人前になれば昇給する。これは荒木荘での昇給と同じです。喜美子は経験を生かせるのです。
・相手の言葉も使う
→喜美子はきっちりと言われたことを記憶していて、反論を事前に防ぐだけの賢さがあります。電話を引きたいというのは、加山の言葉を踏まえてのことです。
・狙うは総大将!
→もしも喜美子が、社長ではなく加山あたりから相談したら? 事前に計画が漏れてこうはいかなかった可能性があります。敏春は柔軟で話が通じる。そういう相手だから、健気な前振りをして要求を通した。そういうところがある。
『なつぞら』は、労務交渉が団結型でした。
なつの場合、アニメーター仲間を集めてから社長室に向かう。それが、喜美子の場合は一直線に単騎突撃するわけです。東西でヒロインの戦術に個性があります。
とはいえ、やっていることは同じ。
労務交渉です。黙って耐える時代は終わった!
朝ドラヒロインのカッコいい行動基準が、2019年で変わりました。
朝ドラには気持ち悪いところがあった。
無償労働やブラック企業労働のような話を、美談扱いするところがあった。
それは伝統ではあったかもしれない。
それでも、そういう労働は悪であり、抜け出すまでの一時的なものであればよかったものの……。
最近はどうにもズレていた。
ヒロインがキラキラした笑顔で、やる気があるから無償労働でもやると言い張る。そういう平成朝ドラは、ハッキリ言って気持ち悪かった。
そんなもん、働く女性ではなくて、悪徳経営者応援企画ですわ。
その極みがNHK大阪一昨年と昨年でしたね。
経営者側の搾取を美談扱いするような話ばかり。
一昨年モデル企業の契約面での悪事が明かされた2019年。朝ドラもそこに決別したようです。
二作連続、ヒロインが労務交渉や賃上げをして、それをカッコよく描く。
賃上げ交渉、ストライキ、デモがダサくて暑苦しいとされたのって、80年代あたりからかな?
そういうシラけた価値観はもはや古くて、主張するヒロインがカッコいい。朝ドラでもそう主張してゆく。
時代にあったヒロイン像を作る。そう100作目から思い切ったのでしょう。
「賃上げ交渉するなんて、かわいげのないヒロインや! もう見たないわ!」
そういう方向けのドラマは作っとらんいうことですわ。
なんでやねん。
年俸交渉は名選手の基本やろ。そこを楽しんでこそやで!
名実ともにこれで一人前、そして別れ
加山と敏春も、面白い造形だと思った。
さんざん手厳しい若社長と世間から怯えられている敏春ですが、話は通じるしにこやかですし、そんなに悪い人じゃない。
むしろ、ええ人ですよね。
これにもテンプレがあると思った。
若い改革者を悪党で人情味がないと描くことって、定番なんですよね。
若い新社長=効率ばかり重視する、冷酷、情がない、リストラする、そして敗北……
VS
旧世代=効率だけではない人情味がある、そして結果的に勝利
でもこれって本当なのかな?
フィクションでテンプレばかりを見すぎて思い込みになってないかな?
そこに本作は切り込んできた。
加山は悪い人ではない。それでもああいうことを言う。
いわば敏春は【革新・新世代】概念の擬人化で、加山は【保守・守旧・世間】そのものだと思いました。
加山のセリフは、【世間】の声なのでしょう。
喜美子はウキウキワクワクしながら、工房に戻ります。
「やりました〜お給金あげてもらいましたぁ〜!」
「ほんま!」
「やったー!」
「よかったー!」
「先生やりました!」
ここで皆大喜び。
もちろんフカ先生も祝福します。
「よかったなあ、これで名実ともに一人前の女性絵付け師誕生や」
せやせや、実のない名ばかりの肩書はいらん。
「ほんまに、ほんまに、ありがとうございました! お世話になりました!」
ここで、あれをやるかと弟子たちは言い出す。
「やりますか、体操」
なんでやねん。
そう言いつつ、弟子たちに名前を呼べれて師匠はこうです。
「アホちゃうか。なんで……ええよぉ!」
皆大喜びです。ラストええよぉ……切ないっ、寂しい!
ウキウキワクワクしたあの体操の後。
笑ったあとで、たった一人の絵付け工房で仕事をする喜美子の姿が映ります。
他の三人は信楽を去って行きました。
喜美子の暑い夏はこうして終わりを告げました――。
やがて秋が深まり、川原家にも変化があったそうです。
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