「今日はコーヒー茶碗を素焼きするで!」
そう宣言する八郎には寝癖ができでおります。
どんな寝かたしとんねん、はよ一緒に寝たいな。そう語る喜美子はもう、めおとです。
八郎は、妹・直子に会われへんかったとこぼしております。
直子も十代田さんの顔を見たかったそうですが、一日しかおりませんでしたから。結婚したらいつでも会えるとなるわけです。
それでも顔を見たいとしつこく言うから、喜美子は似顔絵を描きました。
東京土産のノートの出番ですね。喜美子は、あの子もこんなん買うて来てくれるような立派な職業婦人になったんやで、と喜んでいます。
そして似顔絵は?
絵心あるのにササッ描いた、とぼけたもの。
「わあ、もう雑!」
そう笑う八郎なのでした。
神に祈るしかない
素焼きを終えたコーヒー茶碗に、釉薬をかける。
そして、最後の仕上げの本焼きをします。
電気窯を閉めたら、あとはもう祈るしかない。
どういう色になるのか?
どう焼きあがるのか?
何回やろうと、何年やろうと、本焼きの瞬間だけは慣れへん。もう二度と会えへん。手の中にあったものが、完全な焼き物になってまう。
自分の手ェから離れたら、最後は運を天に任せるしかない!
「陶芸の神様がいるとしたらここかもな」
「ほな頭下げとこ」
「コーヒー茶碗、うまいことできるよう、よろしう頼みます!」
八郎がそう緊張しつつ言い、喜美子が促し二人で祈ります。
うーん、これも創作論かな?
脚本を書いて、これだと思ってキャスティングして、演じてもらって、撮影して。試写を見て「ええもんできたわ!」と喜ぶ。
いわば、そこまでが自分の手の中にあるもので。
それがオンエアされたら、視聴者の反応が出てくる。何か別物になってしまうのかも。
自分たちはええと思っても、叩かれるかもしれない。視聴率につながらないかもしれない。
でも、それが完成だから。
誠意あるものづくりへの情熱を感じます。
ドラマや映画関係者が参拝する神社の話も、聞きますわな。でもって、こういう祈りって「なんでや、神様残酷すぎるやろ!」の前振りにもなりそうで。
どうしてそういう不安になるようなことを言うのか?
八郎のカップを先に焼き、喜美子はこれから釉薬をかける。
汚れがないか。埃がついていないか。八郎はそう指摘します。
そこを取り除かないと、釉薬もきれいにかからんで、って。
ここで、ちょっと妙な動きをするのです。ある茶碗をじっと見ています。
「何?」
「いや……」
うーん、持ち上げてはしげしげと眺めている八郎。なんですかね?
「何?」
「いや」
「気になるやん。何か問題でもあるの? これとこれ。言うてください」
喜美子に、八郎は嘘をつかずにこう言い切ってしまう。
「本焼きしたら割れる。見た感じや。せやけど、ほんまのところ、焼いてみないとわからへんで。大丈夫かもしれん」
喜美子はそんなことを言われたら、オタオタするわけです。
どうしよう、二個割れる!
時間ない、どうしよう!
作る、今から急いで作るわ!
と、粘土を探し始めます。
でも、10個のうち2個があかんということは、新しく作ったものも割れる可能性はあるわけでして。厳しいな。
八郎はここで、こう気になること言うて悪かったと謝ります。
「気になるやん!」
「よう聞き? ともかく焼いてみいひんことにはわからへん。それが陶芸や。どんなふうに焼きあがるか。割れているのかいないのか。焼き上がるまでゆったり構えて待つしかないんよ。おおらかな気持ちでな」
「不安や……」
「不安を楽しみに待て」
そう割とあっさり言う八郎ですが、喜美子は気持ちが落ち着きません。
うちが初めて作ったコーヒー茶碗。人様に出すやつ。まだそんな大きな気持ちでかまえてられへん。
そして喜美子は、解決策を自分で見出します。
信作に電話して、今の状況伝えてくると言い出すわけです。
結果として、15日に間に合うのであれば2個割れてもええと確認するのですが。
ここも、八郎はツッコミどころがありすぎるやろ!
八郎よ……
では、ツッコミさせていただきましょう。
「黙っていることはできんのか?」
正直すぎるんやろなぁ。
割れるかどうかわからんのなら、そこはごまかせばええやろ。言わんでええやん。
「口下手やろ?」
自分なりの経験と判断基準で割れるとわかった。
けれども、それを説明しないから相手はイライラする。
陶芸ノートはきっちり作っています。話すよりも書く方が得意なのでしょう。
『なつぞら』の泰樹もこういう傾向がありましたね。
「情緒ケアしい!」
喜美子にがっつり不安を植え付けつつ、抱き寄せて頭ポンポンするようなことはできない。
そこはがんばりぃ!
悪いところだけでない。ドヤ顔でマウンティングしつつ割れる理由を語ったりはしない。
フカ先生の絵付け火鉢前任者と比べるとわかると思うんですけれども、男で、師匠だという気取りはないのです。彼の中では皆ある意味平等なのでしょう。
「解決と交渉を、結果的に喜美子に投げとるやん!」
喜美子は依頼者に即座に電話して、確認できるんですね。これはむしろ八郎がやるべきだと思う。
でも、そういうことはできん。
鈍臭いとか不器用とか。
奇妙とも言われている八郎。
結婚前にその深刻なあかん部分が出て来て、ハラハラします。
喜美子はやはり知勇兼備よ……
八郎は狙った情緒ケアはできずとも、子どものような無邪気さはあります。自分の似顔絵の横に、喜美子の顔を描いて見せてくるのです。
「似てへん、かわいすぎるわ! 二人のノートにしよか。めおとノートや」
そう言ってから、喜美子は切り出します。
はい、ここから先は喜美子がまた強い!
「問題をさりげなく単刀直入に切り出す」
喜美子の説得スキルは高く、ここでもスパッと出して来ます。
「あんな? おじさんが一個はなんぼか聞いて来た」
もちろん当初は喜美子も断りました。
「いりません言うたよ。言うたけどな、おじさんも頑なでな。そういうわけにはいかへんて」
「ほんで?」
そう聞かれて、喜美子はいただくことにしたと言います。
十代田さんの分はもらわない。自分のぶんだけ。うまいことできたら、材料費に色をつけていただきます。そう断ります。
ここで、喜美子は強調します。
「多数決や!」
おじさんも、おばさんも、信作も、気が済まへん。
電話の向こうで、ただやいうわけにはいかへんと叫んでた。
こう言うことで、多数決の流れに持っていく。相手がいくら頑固だろうが、こうなると揺らぐ。
「この前、こう言うとったやん!」
それに八郎は、めおと貯金のとき、金を介在させればかえって貸し借りがなくなるという理屈を使っているのです。
喜美子は、そこを踏まえているかもしれない。
加山にも電話のことで昇給交渉しましたもんね。父譲りの、相手の発言を覚えていて使うスキルがあるのです。
それにしても……大野家ってガチで天使や!
コーヒー茶碗のことで【クリエイターにただで仕事ぶん投げてくるあるある】と言われておりましたが。
大野家の場合、お金は断固払う。
今回の件は、契約の時に詰めが甘かった八郎が悪いのです。
「実るほど頭を垂れる稲穂かな」
喜美子は「勝手に決めてきてごめんなさい」と言います。母譲りの情緒ケアスキルがあるのです。
いばらない。
自分の功績を強調しない。
きっちりと、八郎に謝ります。
前述の通り、ここはむしろ八郎が電話してもおかしくないところ。結果的に、喜美子で大正解ですが。
「分かった」
「分かった……?」
「分かったけど」
「納得できひんやんな」
「受け入れます」
「すみません」
「お金のことは、結婚したらお金のことは喜美子に任すわ!」
「そや、そうしたほうがええ! うちにまかせといたら安泰や! やっと気づいたか!」
どうやら八郎はそこまで飛びました。
「実力を見せて、より先の解決を見せる」
こういう結論に至るのも、喜美子の幼少期からのしっかりしたところと、八郎の鈍臭さと頑固さあればこそ。
「なんや喜美子ぉ、女のくせに威張り腐ってけしからんやっちゃ」とならんためにも、破綻したジョーと、ずれている八郎の金銭感覚描写が必要だったのでしょう。
巧みだと思う。
権力勾配だけで、男なり家長が財布を管理していると危険なこともあります。
男性ホルモンは、博打好きなところがある。
それがいつもプラスに出るとは限らない。下手をすれば破滅型の投資(投機)に走ってしまうでしょう。
金銭だけでなく食料の支援も、家族単位の場合、男性を経由させず女性と子どもに届けることが大事。
これは日本だけではなく、世界的に見てそういう傾向がある。
タイタニック号のイメージが強いのか、大災害でも女性や子どもが優先される先入観があるかもしれません。
そんなことはない。弱者ほど甚大な被害を受ける傾向はあるのです。
※アイスランドの金融危機では、むしろ女性が権限を持っている機関こそ、難を逃れたんや。『世界侵略のススメ』、見よか
娘の学費を酒に変えるジョーのカスっぷり。
それを止められないマツの無力。
その間で苦労し、金の管理をする喜美子の姿を描いて来たことで、説得力が生まれます。
八郎も金銭感覚がちょっとずれている。
けれども男の沽券とは無縁なので、最高の着地に思えます。
夫婦ってこういうこととも思える。
人格破綻している人物でも、そこを把握した配偶者を得ることで、成功することはあるのです。
喜美子は、二個割れてしまうかもしれへん、申し訳ないからお花の絵を描くと言い出します。どこに描くか決めていないけれども、お洒落な感じで一ヶ所描くって。
おばさんも喜んで、若い女性用に使うと言います。
「サービス交渉が抜群のセンスだ!」
お花をちょこん、て。
原価もかからない。手間もそこまでかからない。
けれどもお得だし、相手に喜ばれ、かつ客層を狙えるものを提案する。
ビジネススキル抜群だ!
今では世界的に有名なハローキティ。
あれも、サンリオのいちごの王様こと辻信太郎氏が、何かにかわいいものをつけたら売れると気づいたことが発端です。
ちなみに辻氏はあの山県昌景の子孫と自称しており、武田信玄のように中国古典をバリバリに呼んでいる軍師気質な方。
そういう人物ときみちゃんの知能は近いんや!
きみちゃんはほんま知略が高いで!
※世界に手広く進出するキティさんやで
喜美子は、貧しい出自がないと「こんなん嘘やん! 強すぎるで!」と思われかねない――とんでもない能力値の持ち主だと思う。
強すぎるように見せない。
作劇の巧みさが光ります。
※続きは次ページへ
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