「かわはら工房」の穴窯は、今は人を雇っています。
引き続き二週間焼く工程に変わりはないようで、きっちりマニュアル化されたのか、効率化が進んだようです。
その最終日の喜美子をご覧ください。
マツともども、雇った方に気を遣って、お給料以外にお茶もきっちり出しています。低姿勢にも思える。
喜美子のよいところはたくさんある。こういう雇う側への対応もそうかもしれない。
ここに武志がやって来ます。
腹減ったと彼が言うと、マツはお団子買って来たと返します。
マツ、喜美子、武志が三人で茶を飲み、お団子を食べる――ちょっとした場面ですが、人数に対して飲食物がたっぷりあるところに感動してしまいました。
川原家が貧しくて、喜美子がポンせんすらろくに食べられなかった。あの日は遠くなったけれど。その日々あっての、今なのです。
成長した武志と、その母と、祖母と
ここでマツは、「めでたしめでたしの話」をしてくれるかと喜美子に言います。
承知した喜美子が何か持ってくるような素振りをすると、代わりに武志が取りに行きます。
そんな武志の背が伸びたなぁと感慨深い喜美子とマツ。
大学進学どうすんのやろ。そう漏らすと、マツは聞いているといったあと、
「ほんま! なーんちゃって」
と、とぼけるのでした。富田靖子さんが絶品です。
聞いたらええやんとマツに言われると、喜美子は聞いても答えてくれへんと返します。
よくおしゃべりはする親子であっても、将来のことは答えてくれない。そう打ち明けるのです。
川原家は変わりました。
喜美子の頃は、三姉妹ともに進路は限定的でした。
喜美子は強制的に大阪の荒木荘へ就職。
直子は何度か辞めて揉めつつ、東京の熨斗谷電機。
百合子は家庭科教師の道を断念して食品会社へ。
年齢順に、少しづつ自由になったようで、性別と金銭に縛られていたものです。
武志はどうでしょうか。
壺を持って戻ってきます。
穴窯については、神山清子さんの作品が使われるようになっています。これまた素晴らしいものがあり、欲しいなぁ……。
めでたしめでたしの話
その壺を前に始まりました。
めでたしめでたしの話
もう七年になるかなあ。お母ちゃんと、窯たきした夜のことです。
穴窯崩れたところから火がバーッと噴き出て、お母ちゃんが「家事やー!」いうて。
うちが消したらあかん、もっと燃やす言うて。
火をたいてようやっと、成功しました。
ちや子さんに記事書いてもらった。
自然の色、自然釉を生み出した川原喜美子。
婦人雑誌が取り上げてくれて、それ見て新聞も取り上げてくれて。テレビ局の取材もやって来ました。
喜美子の話に、武志も人だかりになったと覚えていると言います。
「そっから早かったなぁ。注目浴びて、注文もいただけで。借金もおかげさんで、綺麗に返すことができました。テレビジョンを買う事もできました」
めでたし、めでたし。終わり? せやろか?
「ちゃうやん! まだあるやん」
そう、お父ちゃんがマツの夢枕に立ったってよ。
喜美子のことをよう支えてくれたなぁ。そう讃えるジョーに、マツはこう返したそうです。
喜美子の作品、五万十万で売れてんで!
でかした喜美子ー!
ばんざーいばんざーい!
夢枕でも金勘定。きっと悪徳商人顔(陽子の表現)していたんでしょうね。
めでたし、めでたし。
「ええ話やなあ〜」
よかったなぁ。
躍進する喜美子と消えた八郎
そう思いつつ、モヤモヤしている視聴者もいるでしょう。
そんなトントン拍子で儲かるのか?
そのあたりは、小出しにされてきた喜美子の知勇兼備なら納得できます。ちや子も強い。
この構図は、なかなか斬新ではあるのです。望まなかった荒木荘で、喜美子は生きる力である大久保直伝の家事、そしてちや子の拡散力を身につけました。
曲がりくねった道であったからこそ、喜美子は力をつけている。エリートには辿れない、たくましい強さがあります。
そしてこれも問題提起として重要です。
結婚後、妻に対して交際を制限し、婚前のものは厳しくさせない夫もいる。
逃亡防止ですね。
ちや子のような、流言飛語コマンドを実現に移す仲間と連絡を取られると困るわけ。そんなもの愛じゃない。単なる束縛だから。
八郎が全く出てこない。
劇中でも存在感がなかったので、それはそういうものかもしれませんけれども。
ならば、夢枕ミラクルをしたジョーは何なのかということになる。
心の問題ですね。
語り手であり総大将の喜美子が八郎排除を決めたからには、持ち出せないのです。
【消されたトロツキー】という話がありまして。ソ連の独裁者となったスターリンは、ロシア革命で活躍し、のちに対立したトロツキーを写真から消していったという話です。
こういう何らかの力で消されることって、本作ではしばしば出て来る。
マスコットガールミッコーの時のフカ先生。
穴窯取材の時の喜美子。
そして、川原家からの八郎――写真には残っていても、話からは消えていると。
ただし、喜美子の意識から消えたとしても、武志はどうなのか。父のことを忘れられるのか。ここが気になるところではあります。
昭和のおばあちゃん、マツ
そう満足して、団子も食べ終わったあと。
「なぁ、めでたしめでたしの話してくれる」
マツはこう来た。
何度も聞いているらしい。
武志は皿を下げつつ、不安そうです。おばあちゃん大丈夫か。そう言うと喜美子は「歳とったからなぁ」と返す。
そのうえで、ピンクフィーバーズの真似をしとった大輔と学は、大学行くらしいと話を振ります。お母さんらが言うてたそうです。
しかし、武志は大学行って何をするのかとシラを切ろうとします。
ここでマツが二人に声をかけ……ようとして、その内容を忘れている。マツの加齢演技があまりに生々しくて、脂汗が滲んでいる視聴者もおられるのでは?
マツ、やっと思い出す。
加賀温泉ツアーを企画して、信楽老人会で行くそうです。
歌のしおりを作ったのはマツ。
※こんな曲も口ずさんじゃって
ほんまに本作は芸が細かいでぇ!
信楽太郎さんこと雄太郎が「さえずり」で歌っていた頃から、当時の流行歌をきっちり反映させるんですね。その信楽太郎さんのオリジナルソング『さいなら』だって当時の流行歌らしかったし。
「NHK東京のオリジナルアニメソング、ええと思います。せやけどNHK大阪の本気と違いを見せな(アカン)」
こういうもんを感じるで!
「いつやったっけ?」
「今日や!」
はい、ここでそう叫ぶ喜美子と武志。あかんあかんあかん!
「走らんでええけどな、早歩きでな」
足元を気をつけて。楽しんできてなあ。そう見送られるマツでした。
マツには、悲哀と懐かしさとなんとも言えないものを感じます。そういえば陽子はどうしたんでしょうね。
百合子は洒落た料理を覚えた
武志は、大野桜と桃という姉妹に似顔絵を描いています。
おっ、従妹やな!
信作と百合子の子やな。
百合子は台所に座り、喜美子が鍋に向き合っています。喜美子がその中身を百合子に差し出すと。
「うん、ほなお願いしますぅ」
「はい、合格!」
ありがとうございます。そう言ってから、喜美子は百合子に料理を教わるなんてなぁ、と感慨深げではあるのです。
あー、これも昭和あるあるやわ。
お姉ちゃん大久保直伝料理が一番好き。幼い百合子はそう言っていましたよね。
ただ、大久保世代には弱点があります。
あの世代で大阪で女中をしていたとなれば、どうしても洋食は弱くなる。荒木荘でも、圭介とあき子は洋食デートしてましたもんね。
一方で、百合子は喫茶店ですから、そこはバッチリ!
専業主婦になって上達したと語るわけですが、勉強熱心だからこそでもあるのでしょう。
日本の洋食は、イタリアンの定着はやや遅い。
当時からよりにもよってそこから学ぶのかと突っ込まれていたそうですが、イギリスやアメリカ先行なんですね。
『なつぞら』でロシア民謡が出てきましたが、満州帰還者やシベリア抑留帰還者の影響もあって、ロシア料理が流行したこともある。ボルシチですわ。
ここで百合子が姉に教えるイタリアンは、当時としてはオシャレな主婦ど真ん中だと思ってください。しかも日本のイタリアンは、アメリカ経由であったりするから、結構めんどくさい。
『半分、青い。』ではティラミスが出てきた。あれはアメリカ経由しない本場から来たインパクトがある。
百合子は前段階。アメリカのアレンジも入ったような、日本人の食べやすさももちろんある。そういう段階です。
長ったらしくなったけど、料理考証は滅茶苦茶大変なんよ!
NHKは『きょうの料理』ストックあるからその点強いけどな!
それでもミスったら、それは純然たる放送事故だと思ってもらって結構です。昨年のあれやこれやのことやな。
ですので、このあと喜美子がチーズをかけると言われてプロセスチーズを出してきたり。百合子が粉チーズをおもむろに出してきて、喜美子が「洒落たもん」と感心していたりするのは、ガチガチに考え抜いた何気ない会話だと思いましょか。
こういう細部に本気が出るなぁ。
本作の作り手は、こういう何気ない女性の会話を、つまらんものだと切り捨てずに見聞きしてきて、感謝してきて、そして再現しようとしているのでしょう。誠意を感じるで、だからこその生々しさやな!
ここで、さらりと信作は課長になったと語られます。百合子が即座に課長補佐に修正する。
そんな百合子の娘たちは、武志から可愛らしい似顔絵を描いてもらっています。
「絵ぇ上手やなあ。美術部なんやろ。お姉ちゃんもああやってよう描いてくれたなぁ」
百合子が感心しています。
喜美子との対峙は圧倒的
成長した武志は、イケメンだのなんだの言われていますが……敢えて言いますね。
役者がイケメンなのは当たり前や。
もっと演技とか、雰囲気とか、それに役の中の性格を見とかんとな。
武志は性格がいい。
祖母、母、年下の従妹に親切にしております。女だらけの家族の中で育ったゆえに、女性への気遣いが身につく。そういうパターンやな。
しかも喜美子は知勇兼備ですので、女を侮ることはできないと身に染みているとは思う。
ミートソーススパゲッティに味噌汁――そんな組み合わせの夕食を取る母子。
「なんかやりたいことあんの?」
喜美子にそう言われ、武志は戸惑いがあります。来年の春には高三、考えろ。もう猶予はないのです。
「お金のことやったら心配いらんで。成績かて悪くないやん。国立狙えるんちゃう?」
喜美子はドーンとそう言い切る。
画期的だな。シングルマザーの苦労は宿命的で、そこを描いてこそだとは思った。『半分、青い。』の鈴愛も苦労していたものです。
喜美子の場合、圧倒的な知勇兼備でそこをひっくり返した。この時点で、ムカついてたまらない人もいるはずや。
鈴愛は「ダメでバカな母!」と袋叩きされとった。
金銭受領をきっちりして、ベビーシッターを茜に依頼した『なつぞら』のなつ。かつ茜は本作のちや子と同じく、同性のクリエイターを応援したいと動機を語っていた。
それなのに、
「茜さんが今いたら、きっとSNSになつの悪口書きまくっとるで!」
と、ドヤ顔の投稿もあった。それは自分がそうしているからであって、ドラマ内の人物もそうだと決め付けるのは、自身のゲスさを公開しているようなもんでっせ。
母親の苦労をネタにして盛り上がる、そんな視聴者層ごとドラカーリスをする喜美子と本作。やっぱり半端ないな!
だって文句つけようないんだもん。
叩く理屈を先んじて塞いでる。文句つけるとすれば、態度の悪さくらいになる。
んで、往々にして態度だの性格だの根性だのに文句つけるというのは、理詰めでどうしうようもないから、感情処理に持っていったということでもある。
チーズかけるかけないでうまく丸めておりますが、本作はほんまに挑発的だとは思った。
※もっと火ぃ焚くで!
「いつもの飯でよかったのに。洒落たもん作らんでも」
「口に合わんかった?」
「いやうまかったけど。ごちそうさん」
そうボソッと言う武志もうまいんです。
文句言いたいのは、食事のことじゃない。喜美子に誘導されて褒めているわけでして。
心の奥に、そうではなくて、かつ母に言えない不満があるんやろな。もう喜美子は圧倒的に強いので、家族としては困惑してしまうと。
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