スカーレット125話あらすじ感想(2/28)スピンオフと見せかけて

「何をしてるんですか!」

いたたまれなくなった信作が言う。おう、こっちも熱すぎてつらいほどや。気持ちはわかる。

「夫婦の会話や❤︎」

「うちでやって」

去り際に、ゆりちゃんの好きになったこと覚えてるやろ、と照子は言います。

かくしてラブラブな熊谷夫妻は去っていきます。

新婚さんのようで、何かちゃう。ここで照子が敏春に、忘れ物がないよう見るように軽く言うあたりも、ほんまにええもんがありました。

生々しいほどの愛があるな。なんや記憶を刺激されるわ。昨年、浴衣でやたらと寝室をゴロゴロして、「流石ヒロインだ!」と連呼するとか。無駄な入浴シーンとか。そういう下半身ダイレクト刺激して、萌えだのなんだのネットニュース光っとったアレや。

あれには、いくらごろ寝しても、生々しい愛がなくて。なんかただただ、浅ましいまでのやっつけ仕事を感じました。今年の大河でもアレを持ち出す論調ありますけれども、ええ加減、ハセヒロさんに失礼やろ。

『ゲーム・オブ・スローンズ』のデナーリスを演じた、エミリア・クラークが怒ってました。

「ほんまウザすぎるで。嫌なるわ。うちはあくまでキャラクター描写のためにやっとんねん。私のエロいところばかりチェックするような、そういう連中のためにやったわけやないんやで!」

役者はそれも仕事とはいえ、別にセクシーさを振りまくためにカメラの前に立つわけでもないでしょうに。結果的にそうなってしまったとはいえ、そこだけ見ているとアピールするのはどうでしょう。

人間誰しも内心の自由はあります。けれども日記ならばともかく、インターネットに書いたらばもう、それは内心ではないわけでして。

微笑み忘れた百合子など  見たくはないさ

信作はコーヒーをいれます。

火傷しそう。見ているだけで冷や冷やする。案の定、「あちっ!」とあわてとる。それでもなんとかカップに注ぎます。

「俺にもできるやんけ。うん、うまいっ……うまないわ……はぁ」

信作よ。ほんまにコーヒーそのものがうまないんか? それとも一人で飲んでもうまないんか?

信作は、思い出しています。

泣いている百合子の肩を抱いて慰めたこと。

手の大きさ比べ。

「あかまつ」に行くようになった理由を話したこと。人口増大に貢献してもええよ。多数決! そして交際が始まったこと。

三回言ったプロポーズ。

百合子、可愛い。大事にしたい。好きや。ほやからな、ゆっくり夫婦になろう。ゆっくりな。そう語る信作に、泣きながら「ありがとう」と言った百合子。

信作よ……信作が悩んでいて向き合えないこと。それは自分の気持ちだと思う。

近藤のことで苛立ったのは、自分との格差を痛感したから。自分自身の不甲斐なさがあるとは思う。

百合子の心が揺れただのなんだの責任転嫁していますが、自己嫌悪を百合子にぶつける、しょうもない八つ当たりだとは思うのです。

八郎も。信作も。

優しすぎるだの、王子様だの。そういう論調はありますが、この二人はかなり性格にくせがあって、受け止め切れる方が少ないかもしれれないとも思えるのです。

悪い人ではないから、対処や癖を覚えて受け止めんとな。ええところはたくさんあるし。これは『半分、青い。』の律や『なつぞら』のイッキュウさんにもそういうところはあったと思います。

近年、朝ドラは性格描写面で語り合っていると思えます。

セクシー俳優が「おいで」といえばええ。連続収監される極悪人だろうと「萌え! ほっこりキュンキュン!」でごまかせる――そういう手癖とテクニックはありますし、ネット投稿やそれを集めるニュースもできあがります。それこそ、お湯を注げば食べられるインスタントラーメンのように誘導はできる。

せやけど、それでええんか?
いかんでしょ。そういう意気込みは感じるで。

助け求め  慌てる心今  熱く燃えてる

そこへ電話がかかって来る。陽子です。

今な、有馬温泉! 信作が何の用やねんと無愛想に言う。そしてこれや。

「ゆりちゃんと替わって! ゆりちゃんと替わって!」

「今いいひんねん」

「したんか? したやろケンカ」

バレとる。それをごまかして、牛乳買いに行ってんねんと言い出す信作。朝から忙しい、嘘みたいに忙しいねん。そうぶっきらぼうに言います。

「まぁ、なんでもええけど、なかようやったってな。あんたの貰い手はのうても、ゆりちゃんの貰い手はなんぼでもおるんやからな」

ここで思い出される、百合子と信作の揉めた結婚までの顛末。大野家大好き、そう盛り上がっていたっけ。

「わかってるわ! 言われんでも、そんなん、俺がようわかってんねん! ほなもう忙しいから切るで!」

おっ? ここで切る時、こちらには聞こえたわけです。

「おかあさん合唱団」という団体名が。そういえばオープニングも(回想)つかない方が結構おりましたね。

信作は決意を固めたのか、百合子を追いかけるべくドアを開けます。

そしてお母さん合唱団、襲来――。

「おおっ! いらっしゃいませ、いらっしゃいませ……」

いくらなんでも襲来は酷いとは思いますが、信作が弱すぎて、これはもうおっとろしいことになりますわ。

息抜きのスピンオフ展開というわりには、毎回終わり方がクリフハンガーじみていて、凄味すら感じる。そんな今週です。

愛をとりもどせ!  そのためには、距離を置くこと

絵画鑑賞教室あるある!

「この絵を近づいてよう見てください。気持ち悪くないですか?」

「はぁ〜、なんやブツブツが見えますなぁ。言われてみればなんかこう、鳥肌たちますわ……」

「それがこう、距離を置いて見てください。ほれっ!」

「ああ〜、綺麗な睡蓮の絵ですわ〜!」

ええから朝ドラの話せぇや――そう突っ込まれると思いますが、これは絵画だけではなくてドラマ、そして現実もそうだと思います。

今日は信作と百合子だから。そして助言するのが照子と敏春ですから、お笑いになっておりますけれども。

考えてもみてください。喜美子と八郎のこと。

喜美子と八郎は、夜、「かわはら工房」で語り合う幸せがあった。けれどもなんかちゃうやろ、そう信作は見抜いたわけです。

そんな信作ですら、自分のこととなると見えなくなる。

距離を置かないとわからないことが人間にはある。

喜美子と八郎から距離を置いて、信作と百合子、そして照子と敏春の目を通してこそ、夫婦関係が見えてくるとわかるわけです。

彼らは離婚して、やっとそのことを振り返る年月を経て、小池アンリの登場という転機があればこそ、やっと分析できる流れにはなって来ました。これは視聴者もそう。

あの夫婦の離婚の原因は、不倫だのなんだのと、散々突っ込まれてきてはおりますが、時間を置いて、新展開も見せてきて、そして満を辞してスピンオフと見せかけて、考えるところへ突っ込んできたと思うのです。

ネットニュースがある昨今、結末が出る前に分析は出て来る。私もその一人ではありますが……そういう反応を気にするとなると、インスタントにバシッと、伏線引っ張らないで終わらせた方が、作る側も見る側も、レビュアーも楽ではありますよね。

それをここまで引っ張るだけでも、本作は誠意と努力を感じるで!

そしてここが生々しさですが。

これはテレビの中だけで終わる話やろか?

別れていない誰かも。別れてしまった誰かも。その周囲も。

会話をしていたのかどうか?

ちょっと考え始めてしまうような、そういう巻き込み型の展開がそこにはある。ドラマの枠を超えて、人間関係を考えてみるとボールを投げられるような。そういう何かを感じる。だからこそ、毎朝こちらはヘトヘトになるのです。

『なつぞら』も「孔明の罠」システムで、下手に叩くとなんかに突っ込むものを感じましたが。こちらはいわば司馬仲達ですので、やはり、気が抜けません……。

※毎朝、燃やされそうや……

文:武者震之助
絵:小久ヒロ

【参考】
スカーレット/公式サイト

 

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