おはようございます。
以下のツイートを見て、ふと思ったんですけど。
福ちゃんが勤めるパーラー白薔薇のオーナー夫妻・川上アキラさんとしのぶさん。
アキラさんは元俳優志望、しのぶさんは元タカラジェンヌの卵、という美男美女の夫婦ですがお二人ともコッテコテの関西人。慰労会があったらお二人の夫婦漫才が見たい(笑)!#まんぷく #朝ドラ #加藤雅也 #牧瀬里穂 pic.twitter.com/dSgtR2TER8
— 【公式】連続テレビ小説「まんぷく」 (@asadora_bk_nhk) January 6, 2019
これって、そこそこ失礼な内容では?
美男美女と持ち上げた直後に、
お二人ともコッテコテの関西人
と書いている。
文章を分解するとこうなります。
彼等は美男美女だ(肯定)。
しかし
コッテコテの関西人だ(否定)。
要は、見た目は美麗なるお二人(肯定)なのに、中身はスマートではない関西人だよね、フフッ(否定)という。
言葉尻をとらえてうるさい?
いやいや。
ちょっとした言葉にこそ深層心理が反映されるワケで。
簡単なことなんです。
こう書けばいいだけ。
【美男美女の夫婦で、お二人とも愛嬌のあるコテコテ関西人】
はい、そんなわけで最近しみじみと思うこと。
それは本作のテーマです。
【サボリ方、パクリ方、チヤホヤされたい欲求連打ゲー】
今日も酷かったので、どんだけこのドラマから創造性がすっぽ抜けているのか、ザザッとまとめます。
言っておきますけど、こんなゲス心理の分析なんて本当に嫌なんです。
山西惇さんが本作に出てしまったことも、ショックです、悲しいです……。
『いだてん』レビューは楽しい。どう考えたってそっちの方が建設的でしょ?
【81話の視聴率は21.4%でした】
発明しない発明家とは何か?
本日は町工場に出かけていって万能調理器を手にとった萬平と真一。
要するに根菜切断機の上位互換やーん!
この手の商品は、当時の新発明でもなんでもありません(以下に詳細)。
ちなみにこの手のフードチョッパー、ざっと調べたら海外では1900年前後には存在し、販売されていたようです。
はい、万能調理器的な、しかも電動式はいつからあったか?
ドイツで1946年、つまり昭和21年に発売されております。
駐留米軍家庭やお金持ちの台所にあっても不思議はないでしょう。
これのどこが発明ですか?
まぁ、明治時代には娯楽として定着していた投影機を自慢するあたりからキナ臭いとは思っておりました(以下に詳細)。
日本への到達は嘉永年間です。
幕末です。
明治時代になりますと、エンタメとして人気を集めております。
投影機は、例えば『いだてん』の三島弥彦ぐらいの大金持ちなら、自宅にあっても不思議はないというところ。
天狗倶楽部のみんなが見て盛り上がっていてもおかしくないんです。
それを考えると、本作の時代考証がいかに底抜けかわかろうというもの。
NHKさんって互いの番組は没交渉なんですかね。
『いだてん』の時代考証担当者が本作を見て、
「なんじゃこりゃー! こんな昭和30年代があるかーい!」
ってガチギレしたりしないのかな。
『八重の桜』担当者さんあたりは、『西郷どん』を凍り付いた目線で見ていそうですけれど。
だいたい、調理が切断だけで終わると考えていそうなあたり、もうダメ。
【無水調理鍋】というものを、本作脚本家(チーム?)はご存じでしょうか?
水蒸気の力で、水を加えなくても材料を加熱できる優れもので、シャープのヘルシオホットクックなどが有名ですね。
この無水調理にはいろいろとメリットがありますが、手間も省けます。
「材料を切って鍋に放り込めば、めちゃめちゃ美味しく料理ができてしまう!」
わけなんです。
電子制御しないタイプですと、フランスのル・クレーゼ等がありますね。こちらの本格的な普及は第二次世界大戦後からですので、時代的にもほぼ一致するわけです。
調理は、材料を切ったら終わりじゃない。
そこの手間をグッと省いているからこその利便性。
ただの鍋ではなく、どういう手間でおいしく調理できるか、そこに発明家の頭脳が活きてくるものです。
もちろん当時にそんな電子制御はできませんから、鍋の構造次第です。萬平から一言入れるだけでいい。
『根菜切断機で切断した材料を入れるだけで、おいしくできてしまう。そんな魔法の鍋があればなぁ……』
現代の料理をする視聴者さんでしたら、そのセリフを見て『それ、今ならあるよ!』と共感して、萬平もここまでアホにはならなかったんでしょう。
つまりはラーメンのドラマでありながら、大して食に興味がなく、あるいは経験がない方が稚拙なストーリーを作られているからこうなる。
発明がテーマなのに、発明を大事に思っていない。
『半分、青い。』のそよ風扇風機は欲しくなりましたし、そう言っている周囲の人もいましたけどね。実際に売り上げも伸びたようです。
本作にはそれが一切ない。
萬平が町工場を訪ねるところも、終始上から目線で、またパクリをするんじゃないかと冷たい目で見てしまいました。
だって萬平って、基本はゼロからの発明ではなくアイデア泥棒ですからね。
どうしたって疑ってしまうでしょうに。
今朝の課金連打エア画家
昨日「ろくに絵を描いていない」忠彦に突っ込んだところ、本日やっと作画風景が出てきました。
素朴なサインを右下に入れるだけですけどね。
忠彦の作品がどこでどう売れているのかもイマイチわかりません。
個展を開いたり展覧会を開催したり、そういうこともない。売るためならば画商やファンが出てきてもよさそうなのに、出てこない……。
本当に忠彦も、克子も、その取り巻きも、芸術や創造性への理解がゼロで、いやはやスゴイ。
一番ズッこけたのが、忠彦が「どんな絵を描いたらいいかわからない」から、家族にアイデアをクレクレするところです。
なんだか笑いを誘ってるシーンにも見えたけど、芸術家としてのプライド潰してええんかい。
もう
【秋風先生VS忠彦】
という夢のバトルを見てみたいッス。
秋風先生なら、こんなもん一刀両断だろうなぁ。
他人からアイデアクレクレしている時点で、「すぐに筆を折れ!」と突き放して終わりでしょう。
だってそうじゃないですか。
忠彦は、偉そうに売れる絵なんて描きたくないと言っておきながら、自分でアイデアが出せないから出せと周囲にクレクレするんですよ。
内側から湧き出してくるイマジネーションをキャンバスに叩きつけてこそ画家でしょ!
それができないなら、引きこもるなり大自然の中に行くなりして、アイデアを練るんだ!
産みの苦しみ位はまったくせずに、娘のお酌でデレデレ。
褒められてセレブ気分でデレデレ。
秋風塾にあった、創造の苦しみとその喜びなんてここにはなく、クリエイター気取りばかりです。
そんな調子ですから、私には新たな疑念が湧いてきました。
【忠彦の絵は、忠彦の実家が高値匿名で買い取り、セレブ気分を味あわせてやっているのでは?】
いやぁ、それならば辻褄があっちゃうなぁ。
タカといい、忠彦といい、努力もなしに成功し過ぎ。だから疑念しか湧かない。ねえねえ、課金でごまかしてません?
※実話ベースの映画『マダム・フローレンス』はそういうお話。オンチだけど歌姫になりたい愛妻のために、夫が批評家を買収して、スゴイ歌姫ということにしてしまうのです
課金だ! 課金さえあればいい!
本作って年の瀬に、
「発明できないお前はもう、死んでいる」
とまで言わせておいて、八年間セレブライフ満喫している間は、まるで発明していないあたり、本当に腰が砕けます。
発明じゃなくて、課金できなければ死んでいるの間違いじゃないですか?
萬吉が織田島の町工場にホイホイ百万円課金したところで、そう思ってしまいました。
これ、もしかしてエエ話のつもり?
あの真一ですら、さすがに止めていましたよね。
だって融資に至った過程がヤバすぎる。
・銀行から釘を刺されている
・事業計画を吟味していない
・融資に至るまでに、信用組合で会議すらしていない
・決めた理由が『俺の過去発明に似ているから』ぐらい
・課金していい気分になってドヤ顔
こんなのダメに決まってるでしょ!
比較するのも申し訳ありませんけれども、『半分、青い。』のそよ風扇風機において、コスト計算からプレゼンまで、どんだけ時間をかけたかわかっていますか?
もうボタン連打どころか課金ゲームになっている。
そういうのはスマホの画面内だけにして欲しいです(続きは次ページへ)。
→立花福子のモデル・安藤仁子の生涯
目的を見失った創作の悪い例が、つい数日前にも他局であり。
ロボット農機の開発をテーマにした某人気ドラマの正月スペシャル。
クライマックスのつもりだったのでしょうが、「台風接近の豪雨の中でコンバインで稲刈り」というとんでもないシーンを作ってしまいました。
農家の方によれば、稲刈りは極力稲穂が乾燥しているときを見計らってするもの。豪雨の中でコンバインなど、機械は壊れ、籾は水浸しで品質どころかカビて廃棄の恐れすら。禁忌の筈で、あり得ないそうです。
その番組中で何度も強調された「農業の再生」等、本来真剣に取り組まれるべきテーマなのに、こんなことをされて憤慨した方も少なくないそうです。
何を訴えるために番組を作っているのか。が見失われ、どうすれば受けるかばかりに目を奪われると、本来の訴求目的に相反することにすらなってしまうという、非常に極端な例かもしれません。
あの家の外観や内装、本当に昭和30年代に合うものなのか?
それに外壁や窓の感じが、非常に平面的に見える。
実感が乏しい感じ。
チキンラーメンの話も、一向に見えてこないし。
先月以来、ひと月少々の間に回想シーンはもう何度目なんだか。
ウンザリ。
今日の『べっぴんさん』での、麻田さんの言葉
「為すべきことを為す。」
「本物をつくる。心を込めてつくる。どんなことがあっても貫き通す。」
朝ドラのまがい物「浅ドラ」を作っている人々には届かないのでしょうね。
明美さんの言葉も。
「本物は、絶対負けへんねん。」
今日のクソガキ二人は、確かに大変胸糞悪かったですね。
擁護する方は、「子どもの悪戯じゃ~ん、大目にみなよ~」とか言うのかも分かりませんが、そのやり口が周到で執拗な分、余計陰湿さが増してました。
だって、鈴さんに黒豆ムカデを見せようと、終始ニヤついた顔でしつこく誘導し、鈴さんがショックで寝込んでも心配そうな顔一つせず(普通の子供なら、ここで流石にシャレにならんことやってもうたと、青くなるでしょうが)、鈴さんの布団でゴロニャンしてるんですぜ。あれは、エエ場面のつもりだったのかもしれませんが、私には、ひたすら不気味に見えました。
親も婆ちゃんに酷いことしたのを怒るのではなく、「食べ物で悪戯しちゃだめでしょ~」あげくに万平さんは「よく出来てるな」と感心する始末。酷い、というか怖い。怖すぎます。
この二人は我が子をどういう人間に育てたいのでしょうか?
サイコパスにでもしたいのでしょうか?
もう気になりだすと、無意識のうちにあら捜しばっかりしてしまって集中して視聴できません。(笑)
子供はまだ小学生ですし、洗濯機、冷蔵庫はある程度普及していますが、電子レンジも冷凍食品も無い時代で、主婦ってそんなに暇じゃないんですよね。
お金に困っているならともかく、充分隠居世代と思われる母親にあとを任せて、外で働くってこの時代の専業主婦にはないはず。
物語の舞台を広げるためにパーラーが必要だったんでしょうが、それなら、お店を気に入って何回か通っていたら、ランチ時に人出不足でてんてこ舞いしていたのを助けて、そのまま昼時だけ助っ人になるとか、いくらでも自然な方法がありそうです。
女友達も、なぜかずっと不在で池田に来ても没交渉だったようなのに、突如現れて疫病神の町工場押し付ける(?)とか、不自然そのものです。
実績のある脚本家さんですが、腕が落ちたんでしょうか?準備不足でしょうか?
演出も含めあらゆる面で、リサーチも推敲も思い入れもすべて不足していて残念の極みです。
山西さん出演!? ひゃー
みたいけどみたくないー
好きな役者さんにベタミソつくのマジつらい…
どうか重要な役でありませんように…
今日は久しぶりに視聴してしまいましたが、武者さんのレビューに大きくうなづきたくなる内容でした。本当に見るのが辛いです!最後に長々と続く布団の中での会話に、もう早く終わってくれと何度もテレビに向かって叫びたくなりました。全然面白くも無い鈴の派手なリアクションも、本当にひどいです。
克彦が描いたイルカの絵ですが、海が大好きで、イルカと戯れた経験のある人が描くような絵でした。克彦が海を好きとも思えないですし、この当時に、こんな海のイメージを抱く事が出来る人がいたのかな、と疑問に思いました。80年代に流行った有名なアーティストの作品イメージにとても似ていますね。その事が、ツイッターでもちょっと話題になっていました。