なつぞら24話 感想あらすじ視聴率(4/27)君子豹変

【第24話の視聴率は21.7%でした】

 

なつぞら感想視聴率

勝農演劇部の『白蛇伝説』。
泰樹と天陽不在のまま、なつが扮するペチカが登場します。

ペチカよ、どうなるのか?

そう思っていたら、別の問題が発生します。

門倉番長の村長、緊張しすぎてセリフが完全に吹っ飛んでおります。
ここのカメラワークや演出が細かくて、ステージ上の門倉がどうしてこうなったのか、短いながら見せて来ます。

「飛んでるな……」

倉田が苦い顔をし、裏方が台本を探し回る、そのとき!

『FFJ』の歌、熱唱だ〜!!

 

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ここまで農業高校アピールをするのか!

門倉が唐突に歌うだけでも面白いのですが、ここが大森氏の手腕です。

彼の初登場時に『FFJ』を歌わせていたことが、綺麗に着地しています。

・門倉はともかく『FFJ』にこだわりがある

・緊張をほぐすために歌う傾向がある

・そもそも『FFJ』の歌って何? と、ならぬよう、前もって出す必要があった

この手の歌で思い出すのが『あまちゃん』の「南部ダイバー」ですね。

ともかく面白い歌があるから入れるぞ!
感受性でノリノリのクドカン氏に対して、大森氏は考えに考え抜いて入れてきた――そんな印象も受けます。

繰り返しますが、これはどちらが上とか下とか、そういうことではありません。

クドカン氏や北川悦吏子氏のような、敢えて朝ドラからちょっと遠い、そういう作家性の脚本を起用する意図。

どちらの朝ドラもファンがいるものですが、共通する批判もあります。

「結局ヒロインは何がしたかったんだ?」

『あまちゃん』の天野アキは、アイドルという夢をかなえたとは言い切れない。

『半分、青い。』の楡野鈴愛は、漫画家という夢に挫折して、転職と結婚も失敗に思える。

【結論だけ重視する人】からすれば、田舎の娘がフラフラしておしまいということになるのでしょう。

彼女らは、わかりやすい大団円・結婚出産・良妻賢母ルートに乗りませんでした。

その過程で彼女らがどう感じ、生きる場所を見出し、自分の人生の意味を如何に噛み締めていたか。
そういうことは読み取らんのよ!

目に見える結果だけを重視すると、そうなってしまう……。

そういう感受性路線から、本作はちょっと異なっていますね。

二度目の登板である大森氏を起用する意図。
これは、大河ファンであり、二度目の登板だった三谷幸喜氏を、満を持して投入してきた『真田丸』を彷彿させるものです。

ガッチガチに考え抜いた、ぬかりなさ。それが本作の魅力でしょう。

さて、そんな門倉の緊張感と熱唱。
普通科の夕見子にはわかりません。

「何これ……」

うん、まぁ、期待通りの反応です。
おもしろ〜い、ほほえまし〜いとなる前に、この歌の意味は何か考えてしまう。軍師だからね。

でも夕見子は優しいし、感動もできる。
それは、なつの演技を受け止める顔を見ればわかります。ちょっと素直じゃないだけだ!

しかし剛男だけは、ちょっとズレた想像をしています。

「ここまで農業高校をアピールするのか……」

おいおい。この、のどかさが魅力ではありますね。

『FFJ』で我を取り戻した門倉は、その後、貫禄溢れる熱演を見せます。

 

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泰樹登場! 彼の物語が始まる

舞台上では、村同士の争いをおさめるために、ペチカを犠牲にするのか!とポポロが激情を見せています。

ペチカは、村同士で争うことこそが間違っていると語りはじめました。

血の繋がらない家族でも大事。
そう語るペチカを見て、柴田家の皆は感無量の表情を見せています。

しかし、ポポロにはわからない。
孤児であり、たった一人で生きてきた彼にとって、これからできる新たな家族は、ペチカであったのです。

二人は密かに婚約をしていました。

台本を読み、なつは「じいちゃんのことを調べたんですか?」と倉田に尋ねていました。

天涯孤独なポポロが、やっと見つけた最愛の人。
それが失われようとしていく。

身一つで北海道に渡り、恋をした。ポポロと泰樹には、共通点があります。

ペチカを失ったら、生きていけない!
そう嘆くポポロ。

そんな絶望したポポロの前に、ペチカそっくりの白蛇の精霊が現れました。

ここからはアニメです。
アニメの使い方がうまい!!

助けてもらったお礼をしたいと告げる白蛇に、ポポロは「ペチカを誰にも嫁がせないてくれ」と願うのです。

ペチカさえいればいい。
その願いがかなうなら! しかし……。

 

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自分さえよければいいのか?

ペチカは、眠り続ける病気に罹りました。
目の覚めることがなければ、誰にも嫁ぐことはできない。確かにポポロの願いは叶えられました。

しかし……。

村は川下の村から鮭を得ることも出来ず、病死者が大勢出てしまいます。
死の村となったその土地で、ペチカは己の愚かさを嘆くのです。

村人を救うことを願うべきだったのに。

「自分のことだけ考えた、俺は愚か者だ!」

そう嘆く彼の前に、白蛇の精霊がまた現れます。

これは彼女のあやまちでした。
神の使いでありながら、ポポロに恋をしてしまった。そのせいでペチカを眠り病にしたのだと。

私を焼いて、その皮を煎じて飲めばよい。そうすれば病が治ると、彼女は告げます。
オショロコマを与えるから、皆で分けて仲良く食べなさいと。

このあと、よっちゃんの扮した白蛇がニョロニョロと出てきます。

「牛じゃねーか!」
「本当の白蛇です、どう見ても白蛇です!」

よっちゃんの熱演に、観客席がどっと湧いています。

こうして、演劇は終わったのでした。

 

これが俺たちの演劇だ! 物語だ!

演劇部員は、満ち足りた顔をしています。

「いろいろあったが、これが俺たちの演劇だ! 心からそう言える」

倉田も加わり、そう噛みしめる演劇部一同。
作り上げた喜びがあります。

そこに天陽も加わり、途中から彼と泰樹が来たことがわかるのでした。
二人は、ちょっと見えにくい場所にいたんですね。

泰樹ですが、座り込み、一人考え込んでいます。

「芝居どうだった? 途中からじゃわかんなかったっしょ」

なつがそんなじいちゃんに話しかけて来ます。

「わしのためにやったのか? わしに見せるために……」

感極まった顔を見せる泰樹です。

 

君子豹変

「天陽の牛乳は、わしのよりも一升6円も安い。どう考えてもあれじゃ、納得できん」

こう語り出す泰樹。
これ、実はちょっとわかりにくくありませんか?

真田昌幸にもそういう傾向がありますが、泰樹は発想や発言が割と飛ぶタイプなのでしょう。

昌幸の気まぐれっぷりに「黙れ小童!」こと室賀正武は、常にイライラしていました。

「もうこれ以上おまえの思いつきに振り回されるのはごめんだ!」

「思いつきとは無礼であろう! 熟慮の末の答えである」

これは両者ともに言い分がある。
昌幸は、直江兼続の煽りのように、理路整然と計算して迫ってくるわけでもない。

脳内のぐるぐる回る思考を、思いつきで言いだしたりする。
胡桃をカチカチしながら、遊んでいるようでずーっと策謀をめぐらせていると。

そのへんが理解できない、黙れ小童からすれば、
「思いつきでこっちを振り回しおって!」
となります。

泰樹の思考回路も、このぐーるぐるプロセスに突っ込んでいった。

山田家の買い叩かれる牛乳。
そして、なつがペチカを通してみせた、個人のことばかりを考える愚かさ。
この二つがカッチリと噛み合って、結論に至ります。

「わしの牛乳も、これから農協に預けることにする。団結するしかないべ」

泰樹の決断は、まさしく土曜日にふさわしい圧巻の場面です。名場面!

ただ、ここまで持っていくにはかなり技巧があるわけです。

【孫の演劇や情にほだされて方針転換】
と、一行でまとめると、なんだかちょっと陳腐になりますよね。

ところが、そのプロセスをきっちりまとめてきたから凄味がある。
脚本の魂を受け取り、草刈正雄さんが役にこめたから、感動がある。

素晴らしい場面です。

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そしてここが大事。
実は、これぞ本来の【君子豹変】なのです。
※続きは次ページへ

10 Comments

孤独の胃弱

よっちゃん!!!!!(心の叫び)
よっちゃんも豹変しました。自己表現を彼女も楽しんでいた。嬉しい。ネオかわいい。
コンプレックスはアートなり!!!!!

話変わります。「自分のために何かをする」ことを、なつが自身に許し、心から求め、それを柴田家の人々が喜んでいる。素晴らしく、挑戦的だったと思います。

日本は親孝行や子育てを、自己犠牲の大きさで量っているきらいがあります。家事などを終わらせた上で趣味の時間を持つことすら、非難されることもある。

けれど自分のやりがいを見つけて、自分の人生を楽しんで見せることも、また親孝行であり子に遺せる愛であると、私は思うのです。

なっちゃんと柴田家の人間関係がとても健全。それがなんだか、ずいぶん眩しく見えます。ああ来週も楽しみ!

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レビュー本文でも触れて下さった馬車の車輪の件。

手元にある昔の鉄道等の本に、鉄道写真家の広田尚敬さんが昭和30年代後期に根室地方で撮影した荷馬車の写真があります。前回登場した泰樹の荷馬車と同様、トラック用のタイヤを装着した二輪馬車で、満載してきたミルク缶をトロッコに積み換えているところを写したものでした。
前回の泰樹の荷馬車にしても、木製車輪の頃と比べると、荷台の幅が広く、大きくなっています。木製車輪の頃は、荷台の幅は車輪の間に収まってしまう程度でしたが、トラック用のタイヤになってからは、荷台が車輪の外側に張り出すくらいの幅になっている。広田さんの写真の荷馬車もそうでした。車輪の耐荷重に余裕ができ、馬車の積載量も大きくできたのでしょう。馬さんの負担も大きくなりますが。

別の本には、昭和30年代前期の弘前駅前で、タクシーの傍らで客待ちをしている乗合馬車の写真があります。こちらは屋根・窓のある車体の四輪馬車で、ホイールキャップの付いた乗用車用と思われるタイヤを装着していました。7~8人乗りくらいかなという大きさ。

昭和30年代頃には、馬車も自動車用タイヤを装着したものが一般的になっていたようです。

こういう資料をつい見たくなってしまう程の作中での登場ぶりは、武者さんもレビューで仰っているように「ここまで?」という程のこだわりを極めた造り込み。
でも乗り物好きにとっては、これも大きな楽しみです。

匿名

性的な目で作品を消費しがちなアニメオタクの独身男性には非常に耳の痛いご指摘で、己を省みて恥じるばかりであります……
ただ、2010年代にヒットしたアニメの中には、製作陣の散りばめたメッセージを、視聴者が深く考察するという作品も多数あると思います
せめて、登場人物が美少女だらけ(あるいは美少年だらけ)でありさえすればいい、という縛りの中で、独創的なチャレンジをする人を評価し応援することが、現状を変えて行くことに繋がればいいなと感じます

匿名

まあ、某作の口直しは、6月に再放送予定のゲゲゲですね。某作は、それをパクっていましたが、中身は雲泥の差です。

ガブレンツ奮戦

アニメが、社会的にはまだ「子供のもの」のカテゴリから抜けきれていなかった昭和50年代中~後期頃。
当時夢中になっていた作品を、大人になった今の目で見ると、緻密な物語の構成に「これが『子供向け』かよ!」と驚かされることが少なくありません。

例えば、
○『超電磁マシーン ボルテスⅤ』
 主人公兄弟のルーツ、父親の来歴、相手陣営の抱える階層矛盾と崩壊など。 → まるでアニメ版オリジナルストーリー大河ドラマか!

○『太陽の牙 ダグラム』
 植民地の独立戦争。しかし両陣営とも一枚岩でない。様々な駆け引き・政治的取引など。
→ アニメーションで作られているというだけで、中身はもはや政治ドラマ!

○『装甲騎兵 ボトムズ』
 秘密結社の陰謀に対する元兵士のサバイバル、内戦・傭兵、超人思想など。
→ まるで洋画で用いられそうな表現手法。理解できるのはどう見ても大人ではないか!

こういった作品群なら、確かに有望なコンテンツだったと言えるし、それが正常進化していたなら、年齢層を超え、海外でも評価されるものに発展していけたかも知れません。

それが…

アニメというジャンル総体としては、「萌え」だ何だで進化停滞、見方によっては「異常化」という印象は否めません。せっかくの有望ジャンルの可能性を摘んでしまったかも知れません。

可能性があったのは1980年代か、せいぜい90年代中頃まで。今の作品も、個別には優れたもの、発展性の期待できそうなものは数多くあるものの、ジャンルとしてはどうしても「不健全性」がつきまとってしまう。

これから正常進化ができるかどうか。
それは視聴者にかかっている。「名前を出してはいけないあの駄作」のような類の作品を明確に否定できる視聴者がどれだけ増えるか。

つくづく、日本の社会の健全度が問われていると思います。
(※個人の理解・見解です)

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リンク先の「NHKみなさまの声」を見てみると、前作について厳しい意見が多かったというのは、まあ納得するところではありますが、その内容には気になる点も。

それは、
評価する意見には、物語の内容や展開に関するものが多く(「わかりやすい」「親しみやすい」等)、批判的な意見の主体は考証の不正確さに関するものだったということ。

これでは、NHK大阪に対し、「ストーリーの作り方はこれで良い。あとは考証を改善すればいいんだな」という誤ったメッセージを与えかねないことが危惧されます。

前作が手抜き・悪ふざけばかりでまともなドラマの体を成していないこと、人物の機微がまるで表現されていないことなど、度々「お問い合せメール」に苦情を伝えていたのですが。及ばなかったのか。
少々残念ではあります。

904型

泰樹の眼をもってしても、乳業メーカーのやり口は見えていなかった、ということのようですね。
泰樹にしてみれば、あれだけの信頼関係のある乳業メーカーだから、山田家等の新興酪農家に対しても正当に評価している筈という頭があったのでしょう。

しかし、自ら確かめた山田家の牛乳の品質。それが一升で6円も低く買い叩かれていたとは。
「裏切られた」どころか、「組合員の分断に自分が利用されていたのか!」ということ。
怒るというより、己の不明を悔い、恥じているのでしょう。

来週は、なつが兄を探し出す大きな動きのある週。一方で泰樹はどう動くでしょうか。

匿名

「自分のためにやった。じいちゃんのことは考えてない」というなつの言葉が素晴らしいです。私事ですが、最近、「いくら人のためを思ってやったことでも、それで自分も幸せでなければ意味が無い」と痛感する体験をしたので。
「理解力、読解力不足」のご指摘は当然で、まともな大人の理解力があったら****のような意味不明なドラマを見ていられないでしょう。(ドラマと言えるかも疑問) 私は****に対してとても下品だ、という印象を強めて視聴脱落しましたが、歪んだ支配欲と優越感を刺激していたとのご指摘を読んで、深く納得しました。
まともな知性と感性を持っていると思えない視聴者に媚びるような番組ばかりで、テレビの将来はもう無いのではと感じていましたが、「半分、青い」や「なつぞら」のお蔭で希望が持てそうです。これからも鋭いレビューを楽しみにしております。

まめしば

支配欲の下りで思い出したのが、痴漢でした。
あれも『性欲ではなく支配欲・制服欲を満たすため』に行われる犯罪で、主に狙われるのは派手な格好の女性(そういう女性は我が強く反撃や通報をする確率が高く人目を引くのであえて避けるのだとか)ではなく『校則違反一切なしの真面目で大人しそうな女子生徒』なんだとか。
彼女達は大人や目上(男性)に従順で逆らわず、真面目ゆえに理不尽な目にあっても「自分の落ち度だ。」と己を責めて泣き寝入りする(反撃・通報されない上に、支配欲を容易に満たせる。おまけに未だ異性経験がない確率が高いたため征服欲も存分に満たせる)ため、痴漢にとっては最高の獲物なんだそうです。
(怖すぎる!)
すでに最悪の事態は起こっています。
今の『支配欲マンセー!!』な流れは、是非とも裁ち切って頂きたいものです。

参考資料
男が痴漢になる理由 斉藤章秋佳
さよならハラスメント 小島寿子

塩ラーメン好き。

二箇所ほど、ポポロがペチカに
書き違いがありますね。
ご修正いただければ幸いです。

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