「それがしが、雨にも負けず、風にも負けず、雪次郎の厚かましさにも負けず、強い女になるここに誓う!」
エイエイオーッ! エイエイオーッ!
と、こっちまで叫びたくなるわ。これには知将や勇将も納得しています。
総大将・とよババア「あっぱれ、それでこそ十勝の女じゃ!」
知将・妙子「なんの、もはや日本の女!」
軍師・夕見子「世界の女を目指すのじゃああああ!!」
慈愛の将・タミ「世界平和でござるな!」
とよババア「ガールズ・ビー・アンビシャス! 少女よ、大志を抱けえええええ!」
いや、ほんと、なんなのこのハイテンション?
完全に出陣式でしょ、コレ。
太鼓や法螺貝出てこないの?
でもいいなぁ。
羨ましいなぁ。
みんな張り切っている。ハイテンション。
男のもらい感情で生きて、男の愛がないことにいちいち嫉妬していた、そういうせせこましい****の女たちとパラメータが違いすぎる!
統率、武勇、知略、内政、外政、そして野望も高いんじゃああああ!
雪次郎は厚かましいだけじゃない
さて、ここで軍師・夕見子から厚かましいと言われた雪次郎ですが。
めげません!
牛乳を飲み干し、こう誓うのです。
「北大の夕見子ちゃんが認めるお菓子を作ることです!」
まぁ、アプローチとして正しいんじゃないかな。
あの夕見子すら認識しているわけだし、ああポロリと出てしまうということは意識していますし、この路線でいきましょう。
ここで周囲が突っ込みます。
「目標が大きいようで小さい」
いや、それでこそでしょうという指摘も。
お菓子の目標は、たった一人、本当に食べてもらいたい相手を笑顔にすることかも。そういうことも言えるわけでして。
「お菓子の目標はたったひとりのために作ること」
それもありです。
とよババアは「女は一人じゃない!」とまとめます。
夕見子ほど知略が高い相手を納得させられる。
それは戦略として正しいですし、手抜きもしない。全力になるでしょうし。
得てしてそういうものが、成功する。
それってありだと思いますよ。
****の**さぁんのざっくりした、
「世の中に役立つものを作るんだ!」
みたいな大志って、フィクションとしてはお綺麗でしょうけれども、そういうもんじゃないでしょ。
目の前の一人を喜ばせる。
そこが原点でもいいんです。
『半分、青い。』の扇風機【マザー】もありましたっけ。
出発点に愛があってこそ。そういうこともあるんじゃないかな。
雪次郎は賢いんですよ。
自分の限界や適性、目標の立て方を知っている。
世間がどう見るかじゃない。周囲はどうでもいい。
自分が何をしたいのか。
それを把握しているだけでも素晴らしいことです。
自分を無理に大きく見せようとしない。
そこがいい。
その雪次郎の本質的な素晴らしさに、あのイジワル軍師・夕見子がデレるかと思うと、たまらないものがありますなぁ!
頑張れよ〜〜!!
裏切りじゃない、成長だ
そしてなつは、漫画映画を作る目標を語ります。
戦死した父の絵の見て、頭の中で家族を動かしてきた。
生き返ればいいなと思いながら。
その時から漫画映画は夢。
天陽君がそれ大きくしてくれた。そ
して現実にしてくれたのが、柴田家。
できれば家族のそばで酪農を手伝いたかった。
それを裏切るのはとてもつらいけど、厚かましいけれど。
そう切々と語るなつ。
そこで剛男は感極まってこう言います。
「ありがとうなつ。それは裏切りじゃない。成長だ。9年前、まだ9歳でこの北海道まで来て、十勝に来て、うちに来て、ここまで成長してくれて、本当にありがとう。なつ……父さんは、本当にうれしい」
富士子も言います。
「みんな応援しているから、元気に行っといで」
そして天陽が続きます。
「なっちゃん、本当にありがとう。俺はなっちゃんが好きだ。それはこれからも変わらない」
この言葉に照男が驚いている顔も、いいですね。
彼には好きな相手を手放す、そんな天陽が理解できないのでしょう。
そういう愛もあるんだね。
ここで、なつの背景には天陽の絵が映っています。
うまいですね。
なつと天陽は、キャンバスを通して結ばれるのでしょう。
一人で泣くしかできないじいちゃん
そのころ泰樹は、一人牛の前ですすり泣いているのでした。
うわああ〜ん!!!
こんなん、もらい泣きするわ。
そうか……泰樹は送別会で泣くわけにはいかないんだ。
一人で牛を前に泣くしかない、そんな泰樹の背中に泣きます。
『半分、青い。』の秋風羽織の涙を思い出します。
弟子たちを見送り、絵に涙を一筋描きたし、サングラスを外す――。
彼らのような、素直に泣けない人たち。
それでいて、見守る人たち。
なつよ、その手にふるさとを持っていけ――。
なつの手には、そんな不器用なじいちゃんの懐中時計があるのでした。
女が女を応援するんだよヒャッハー!
本作は健全ですよね。
「ガールズ・ビー・アンビシャス!」
「成長してくれてありがとう」
なつと夕見子を通して、世界に羽ばたく女性を応援しています。
何度も指摘しましたが、この対極が****の世界観ですね。
「誰のおかげで勉強できているんだ!」
「結婚するんですぅ〜」
「私の認める相手と結婚しなさい」
あの世界観は、徹頭徹尾、娘の支配権を親が握っている古臭いものでした。
親が口出しするのは、結婚相手が勤め人であるかどうか。
娘が破るのは、せいぜい結婚相手にクリエイターを選ぶくらい。
これをよくもまぁ、2018年から2019年に放映できるのかと呆れ果てたものでした。
本作は、その真逆です。
女が大志を抱いてもいい。周囲の女たちも、足を引っ張らない。
むしろ太鼓を鳴らして法螺貝を吹きそうなくらいのハイテンションで応援する。
とよババア筆頭に、どいつもこいつも不敵で大胆に思える。
そんな女たちが見事です!
もう高畑淳子さん筆頭に、この『なつぞら』キャストで和製「鉄馬の女」(※『マッドマックス 怒りのデスロード』に出てくる武装ババア集団)いけるよね。
ショットガン振り回して「ひゃっはっはー!」と高笑いする高畑さん、最高だよね。
夕見子と雪次郎
女性と男性のキャラクター像を、逆転させることで斬新性を出す本作。
夕見子と雪次郎もそうでしょう。
難関大学進学を果たした男。
雨にも負けず、風にも負けず、あの鬱陶しい女にも負けない。そうカッコつけている。
そして女。
あの人のために、お菓子作りを頑張るの❤︎
彼がおいしいと言ってくれたらそれでいいの❤︎
むしろ今時それなの?
そう言いたくなりませんか?
これを逆にするだけで、こんなにも面白い。
夕見子は迫力すら感じさせるパワーと大志が出てくる一方で、雪次郎は目標が小さいと突っ込まれてしまう。
これが逆転して当然だということ。
それはつまり、性差によって目標や大志を決めている世間を示すことでもあります。
女がやれば、とんでもない。かわいげがない。生意気。
男がやれば、褒められない。小さい。笑いものになる。
ここまで書いてきて、ふと思い出したニュースがあります。
◆UVERworld「男祭り」が物議…女性ファン「裏切られた気分」
同じ音楽を聞いていようが、女というだけでこうみなされる。
「顔目当てでしょ」
「真面目じゃないでしょ」
なんでやねんって話で。こういうこと、世に中にあふれているわけです。
男らしさって何だろう?
そこを、夕見子だけでなく、雪次郎を通しておかしいと訴えてくる。
本作は極めてクレバーなんです。
****で腹立たしかったところは数多くあります。
そのひとつが、食品や調理がメインテーマであるため、いちいち男性発明家がいじましいほど言い訳をしていたところです。
「男が女のように食品に関わるなんて情けない」
そういう偏見を随所に滲ませていたものです。
あの煮え切らない**さぁんと比較して、夕見子のためにお菓子を作ると言い切る雪次郎の、なんと見事であることか!
好きなものは好き。
世間が考える男らしさより、自分が考える自分らしさを貫く。
それこそカッコいい。
そう言いたくなってしまう。
「スイーツ男子」という言葉があります。
これは男は甘いものを食べてはみっともないという偏見が根底にある言葉でしょう。
いや、男が甘い物を食べて何が悪いんですかね。
むしろ江戸時代までは、武士こそ甘い菓子を食べてこそだと思われておりましたが。
ついでに言えば、調理ができてこそ粋っていう感覚もあったんですけどね。
織田信長「金平糖美味しい」
豊臣秀吉「甘いお菓子を配るから、皆もお茶会に来てくれよな!」
徳川家康「縁起物の甘いものを食べてこそ、やっぱり武士だよね!」
中性的な容姿から、散々小馬鹿にされる羽生結弦選手がいるじゃないですか。
◆「羽生結弦はホモ」ビートたけしの発言に中国の羽生ファンも激怒|BIGLOBEニュース
あれは個人的に理解できません。
彼はくまのプーさんを愛用しています。
あんなもん、自分を確立できていなければ、恥ずかしくて持ち歩けないと思うんですよ。
プーさんごときで揺るがぬ己の強さあればこそ。
これは怖いと思いますね。
雪次郎にも、そういう揺るぎない強さや愛がある。
だからこそ、突き進むことができる。
そういうすごいところがあります。
夕見子のような軍師をデレさせるなれば、このクラスでなければならんのか!
そんなゆるぎないものを感じさせる雪次郎。
なつはじめ周囲ではなく、彼も素晴らしいと思います!!
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↓
文:武者震之助
絵:小久ヒロ
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夕見子にとっての、なつ。
九つの時に現れた他者。
その得体の知れない変な子を、愛を持って厚かましいと評するまでになった。
なつに出会ったことで夕見子の開拓者魂も自覚され高められてきたのだと、決意表明を感慨深く聴きました。
なつを連れてきた剛男の思いも最上の形で報われましたね。
ふたりにはモデルとなった方の魂が分け与えられているのかなと想像します。
そして、とよを先頭に、何かに挑み闘う全ての人を励ますコーラスのように響き合う言葉。牧場に残って一人涙する泰樹。
十勝のフィナーレに感無量でした。
人物紹介をしつつ短期間の兄探しでは所々惜しい箇所があった東京。
少しの間、十勝ロスは避けられないと思います。それも上京の擬似体験でしょうか。
引き続き描かれる北海道の場面とともに、東京編も期待しています。
雪月での送別会の間、何度となく列車の汽笛の音が響いていました。
しかし会話が妨げられる程ではない。
たぶん、雪月の店の位置は、帯広の町のなかでも駅からそう近いわけではない、表通りからも少し入ったところなのかなと思いました。これまでの店先の感じなどからも、そう思えます。
駅に隣接した位置なら、汽笛の音量はあんなものではない。窓ガラスがビリビリするくらいになったでしょう。
そのくらいの音量ですから、蒸気機関車の時代、汽笛の音は町中で聞かれたという昔語りもあります。
十勝編は、最後まで、丁寧な描写を重ねてくれました。
なつにしがみつく明美。
やっぱり彼女等も本当の姉妹になっていたんだなと。
それと
もう語り尽くされていると思いますが、独り悲しみに堪える泰樹の姿。
『あさイチ』の朝ドラ受けでも語られていましたが、今までの朝ドラではこのような別れの回は土曜日になることが多かったと思います。
月曜日から、ヘビーでした。
東京編については、私は(これまでも触れてきましたが)やや冷めた見方をしています。その原因を払拭し去ってくれるような、しっかりした仕上がりになってほしいと思っています。
初回が、黒くすすけた戦災孤児が十勝に連れて来られて草原の草花を摘んだと思ったらパッと食べちゃった…という衝撃シーンだったので、世の中の最底辺に生きる人々の物語、みたいな第一印象があったわけです。ところがどっこい、生き別れの兄貴を探しに上京してみたら、中村屋や紀伊国屋書店のオーナー様(新宿、いや東京の顔というべき大変な方達です)が何気に出て来て絡んで来る。そのギャップに不自然さ、わざとらしさが無い。そのあたりが本作の、一筋縄でいかない、油断も隙も無い、でも魅力的なところなんですね。東京編に入っていきますが、また半分青いの時のように、先の展開が読めない、おお今度はそう来るかと視聴者側が面食らう楽しさをたっぷり味わえそうで、期待が高まります。
フフフ…
その執着ぶり…
揚げ足取りでしょうか?
セリフの引用が間違っているとレビューの信頼性も薄れてしまうので勿体ないと思いますよ。
「揚げ足トリ男くん」の増えたこと…
匿名様ご指摘の通り、厚かましいと評したのは、なつの事ですよね。レビュアー様はなぜ誤認されたのかな。
夕見子は雪次郎に対しては厚かましいと言っていませんでしたよ?
じいちゃんが牛の胴体に顔を押しつけるようにしてすすり泣いた。
ああ、じいちゃん!……
ほんの数秒のシーンに、日本じゅうが心震わせた朝。
このドラマすげえ
の一言です。