なつぞら42話 感想あらすじ視聴率(5/18)それぞれのキャンバス

【第42話の視聴率は22.2%でした】

 

なつぞら感想視聴率

土曜日は毎週盛り上がる本作。
今週は北海道編フィナーレです。

天陽に抱きつき、いろいろと教えてくれたことにお礼を言うなつ。

「北海道で天陽君に会えてよかった」

そう感謝します。
抱きついていたことに気づき、ハッとして照れるのでした。

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重なる世界

なつはこのあと、山田家の皆さんと語り合います。

陽平への手紙は自分で書くと言い切るところがいいですね。
天陽はタミが手紙を書こうかと言った時、イラ立ちながら否定していました。

なつ自身で書かなければ意味がない。
そこを彼女はちゃんと無意識のうちに踏まえているわけです。

なつぞら39話 感想あらすじ視聴率(5/15)才能ゆえの孤独と悲しみ

このあと、なつと天陽は阿川家に行きます。
砂良は、紹介を受け『白蛇伝説』の絵を担当した人だと納得している様子です。

「あんたは何作ったんだ」

弥市郎はそう聞きます。
天陽は戸惑いながら、農作物と牛飼いについて語ります。

それは生きるために作っていることか。そう弥市郎は返して来ます。

生きるために作るって、どういうことだろう?
生活の糧を得るためなのか。それとも、精神を保つためなのか。

そういう深みがあるように思える、高度な会話です。

本作って、倉田と天陽問答もそうでしたし、夕見子もそうですが、こういう【大志】型のセリフがわりとポーンと飛んでいくので、よく注意しないといけませんね。

ここで、照男がやってきます。

「牛乳届けに来ました」

砂良は頼んでいないのにと戸惑いを見せるのでした。

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きょうだいの会話

柴田家に戻った照男となつ。
砂良が好きなんでしょ、と確信を突きます。

「はんかくさい(馬鹿馬鹿しい)、意味のわからないこと言うな」

即座にそう否定する照男に対し、なつは、それなら砂良に照男をどう思っているのか聞いてくると言い出します。

照男は焦り、妹の猪突猛進ぶりを注意するのですが。
なつは、照男こそじっくり時間を稼ぎすぎだと返すわけです。

雨降って地固まると言いますか。
あけっぴろげなきょうだいのやりとりになりましたね。

この会話を聞いていれば、彼らを結婚させるという泰樹の策は、当人たちを無視していたことがよくわかると思います。
やっぱりこの二人は、仲良しきょうだいなのです。

なつもやっと打ち解けたのか。
照男とのやりとりにおける距離感がぐっと縮まっていて、とてもよいことです。
なつは柴田家の家族になったんだな。そうしみじみと思えるのです。

フラットな関係性も好きです。
兄だから威張る。妹だから縮こまる。そういうことではないからこそ、ちょっとした楽しい会話ができるものです。

片方がもう片方の顔色を伺う関係って、そうはなりませんからね。

柴田家に来たばかりの頃、怒りすら封じていたなつ。

その彼女が、柴田家から去る前には、ここまで心を開けるようになりました。

あんなにおどおどして、無理に笑っていた子が、猪突猛進だとたしなめられるとは。
よかったね、なっちゃん!

なつぞら4話 感想あらすじ視聴率(4/4)無理に笑うことはない

「気をつけれ」

「時間かかりすぎ!」

こんな会話できるなんて、幸せですよ。

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軍師・夕見子出陣じゃあああ!

そして3月。

北海道はまだまだ寒いものです。
そんな寒さの中、軍師・夕見子出陣です。ナレーションでも「出陣式」と言っておりました。

そしてここでのやり取りも、直江兼続みがあふれています。

「父さんはお前が誇らしい!」

剛男は、そう感激。
これもあっさりと言い切っていますが、この年代の男性としては、先進的でものすごく寛大なことですよ。

「寝ないで頑張っていたもんね!」となつ。

「家事をしないで頑張っていたもんね!」とは、軍師になりつつある明美。嫌味を順調に習得する、知略が高い!

しかし、夕見子本人は合格してから浮かれることだな……とクールなのです。

※そういう軍師なのだ、夕見子は

「ハッ、大げさではござらぬか、たかが受験ごときで。かようなことで人生が決まるとは思わぬわ。スキー大会と大差はなかろう」

「スキー大会は人生でござる!」

元チャンピオンの菊介がそう熱く否定する中、あくまで夕見子はクール。

「夕見子、がんばれ〜! FFJ~♪」

夕見子はなんでそれだとやっぱりクールな顔。
北海道大学はもともと農業の学校だからだという苦しい解説がつきます。

それにしても、夕見子は相変わらずクールです。そして知略が高い。

賢さってトータルではないですか。
学歴が高くてもなんか残念な人もいるかもしれませんけれども、そこは創作なら無視してもいいでしょう。

前作****の高学歴大卒のとある女性は酷かった。
幼少期から言動の知略12程度。それなのに気がつけば大卒。意味がわからなかったものです。

その点、夕見子は子役時代から知略が高ぁあああいいい!!
そうとしか言いようがありません。

しかし、この軍師も、今週でひと区切り。さみしいなあ〜。

無駄な回り道なんてないから

このあと、なつが酪農に取り組む日々が描かれます。

酪農は人生そのもの。
農業高校で習ったことすべてが、なつを作り上げた。そう説明されるのです。

幼い頃からの生活が、かけがえのないふるさとになるのです――。

この説明は、重要だと思います。

やっぱり本作は『あまちゃん』と『半分、青い。』の後に作られていると感じるのです。

モデルの経歴を考えると、なつの北海道での日々は、実は不必要かもしれないわけです。
東京編では、むしろモデルとされる方の経歴に近いと思われる人物が登場します。

しかし、作品としてみれば、十勝の景色も柴田牧場もない本作なんて、味気ないと思いませんか?

『あまちゃん』でのアイドルとしての回り道。

『半分、青い。』での「秋風塾」の日々。

『まれ』は失敗気味でしたが……。

挫折したからこそ、あんなものに意味があったのかだの、どういう人生なんだだの、ふらふらしているだの、しょうもない批判があったものです。

本作にも、
「地方で生きていく慎ましい女性ではいけないのか? 鈴愛といい、田舎で生きていかずに都会を目指す小娘なんてみたくもない」
というしょうもない批判があるんですよね……。

確かに朝ドラは、幼少期に見つけた目標に突き進むヒロイン像が定番です。
これも昭和。
もとい終身雇用時代のロールモデルだな。そう思えるのです。

天野アキにせよ、楡野鈴愛にせよ。
あの年代ならば挫折や回り道があってもそういうものでしょう。

生まれた場所に、一生涯捧げるべき運命があるとも限らない。
女なら地方で生きていけ。
それを2019年に言いますか?

そういう運命を模索して生きていく。
けれども、あきらめた道から学んだ何かが、根底にはずっとある。

『半分、青い。』では、秋風羽織が姿を見せずに、手紙や声だけでも鈴愛を励ます姿がものすごくよかった。
泰樹も、そういう見守る人になるのかな。

そう思っています。

門倉番長、またもプロポーズ、そして……

そして十勝農業高校も、卒業式です。

これも北国あるある。
漫画やドラマで、卒業式や入学式を見て、戸惑う北海道民は多かったことでしょう。

「入学式に桜? 早すぎるべ」

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北海道では年度替りと春は重なっているようで、そうではない。
地元民は春を感じていても、そうでない人からすれば【雪が積もっている】となるわけです。
※続きは次ページへ

11 Comments

904bis3型

一昨年の『ひよっこ』のすずふり亭では、看板メニューのハヤシライスのソースは店側でライスにかけて供するのが作法でした。

本作の川村屋では、カレーライス(ライスカレーだったか?)のルーは客側でかけるのだ、というのが店側のこだわり。
あえて『ひよっこ』でのシーンと対比的にし、視聴者に意識させようという、制作側の意図があったのかも。

次週の予告では、TV局内?と見えるシーンもあったように思え、どこか『ひよっこ』東京編と似せた、意識したような描写をしそうな感じもあります。

現在の本作と『ひよっこ』東京編との間では、作中の時点に10~15年位の差がありますが。

ただ、『ひよっこ』が本作と決定的に違うのは、
『ひよっこ』では、当時まだ多く残っていた都電を、無理に直接登場させることにこだわらなかったこと。
『ひよっこ』ではOPの見事なミニチュア映像で当時の東京の街を表現し、そこでは都電を含む様々な当時の乗り物を走らせていましたが、ドラマ本編では乗り物の余計な登場のさせ方はしなかった。
特に、みね子がすずふり亭で働くようになってからは、映る乗り物は街角のミゼットやスクーター程度。

出かけていくシーンは多々ありはしましたが、直接描くのは、すずふり亭裏庭・アパート玄関まわり等のシーン程度にとどめ、あとの街中については、OP映像での視聴者の脳内イメージに委ねる。
潔く割り切った作りと思えます。

本作の第27~31話の失敗は、街を引き画で大きく映し込むことにこだわりすぎたこと。だから路上の乗り物を実物大で多く配置しなければならなかったし、更に加えて路面電車については、考証の手抜きまでしてしまい、あり得ない映像にしてしまった。

こういう失敗への反省と、過去作品の成功点を適切に採り入れられるかが、今後の本作東京編の成否を分けることになると思います。

宛匿名

自分の読解力や想像力の無さを、脚本のせいにしてしまう。根拠の無い自信に満ちた、厚顔無恥の方って、思ったより多いのでしょうかね。しかも承認欲求が強いので、場違いなところでトンチンカンな書き込みをしてしまう。自分の馬鹿さ加減をさらけ出しているだけなのに。

こけにわ

なつと天陽君がお互いをスケッチしていたことを思い出しました、二人の思いが絵を描く時に繋がっているといいなと思います。

なつは、
実際に薪割りをした者の絵が描ける。
自然の厳しさも知り、命を育てることもできる、戦争への怒りもある、
家族への愛、演劇の体験も、
開拓者の魂も。
全てがアニメ作りの役に立つことですよね。凄い財産です。
半分青いでの、鈴愛のアイデアが無くなった時のようなことは無いかもしれません。

アニメにも、当時の東京にも詳しくないですけど、なつのこれからの絵に期待しています。

ガブレンツ奮戦

来週の週間タイトルは「なつよ、東京には気をつけろ。」

制作スタッフにも、東京編の制作には気をつけてもらいたいもの。
前回の東京編で、十勝編との出来の差、制作姿勢の相違は少なからぬ人が感じているところですので。

「NHKよ、東京編には気をつけろ。」といったところでしょうか。

ビーチボーイ

感動の連続のなつぞら。しかも感動をお仕着せするような痛い演出とか一切無いナチュラルなドラマ進行。ましてお涙頂戴的な要素などおよそ無縁。まさに十勝の大地と大空のような爽快さが日本じゅうの朝に満ちています。4月から日本の朝の空気は一変しましたね。
ただ、ふと思ったのは、本作のような秀作か、ひどい駄作かに関わらず、NHK朝ドラって結局いつも、田舎の野山で育ったヒロインが東京(都会)に出て行って人生を展開するんだなと。
もちろん、昭和(と平成初期)の日本てそういう国だったんですよね、本当に大多数の国民がそういう人生をたどったわけです。なつのように東京生まれだが田舎に疎開してずっと青春期を過ごし、成人してまた東京へ、という高齢者の方も私の身近に複数います。
しかし、令和になった今、そろそろ逆パターンの朝ドラが出現してもおかしくないかな、という気がします。各局のノンフィクション番組には、都会生活に見切りをつけて過疎地に飛び込みその再興にチャレンジする人々がひっきりなしに登場している時代ですから。
もしくは、私のように首都圏で生まれ育ち、首都圏の中で移り住んで人生を築いている人も非常に増えています。そういう人生を描いても良いはずですね、もう現代は。

匿名

「半分、青い。」において、律の鈴愛への想いは重要なものであったはずです。
ですが、鈴愛と距離を置いていた間に清と別れ、再会した鈴愛にプロポーズ、その間の律の心の動きはあまり描かれていませんでした。
描かなかった意図はあったのかもしれませんが、それを描かなかったことに対する嘆きや残念といった意見には、北川氏は向き合うべきだったと思っています。
「なつぞら」でも、泰樹から照男との経緯について話をされて、ショックで遭難し、阿川親子に助けられて一晩過ごしたことによって、どんな心境の変化があって泰樹に謝ることになったのか、アニメーターになりたいと思うことになったのか、そこはもっと丁寧に描くべきではなかったのか、と私は思います。

904bis2型

照男が砂良に牛乳を届けに来たのを、なつに見られてしまい、あとで問い詰められたとき、「牛乳に意味なんかあるかよ」とはぐらかそうとするところ(そして、結局見破られるところ)、軽くツボにはまってしまいました。

レビュー本文でも述べられているように、やはり彼等は兄妹であるのが自然でしたね。

この先、照男は砂良と…と思っていたら、「砂良は天陽君じゃない?」という意見も。今後はサブストーリーになってしまう十勝の人間模様も、引き続き楽しみです。

ナルビク部隊

本作にもアンチが出てきたという話。
このコメント欄にもそれらしきのが時折現れるようになってきましたが、やはりそうでしたか。

そういう類に対して格好の攻撃材料にならないように、東京編ではいい加減な考証等をやめ、真剣に取り組んでもらいたいところ。

904bis型

馬についての、わんわんわん様のご指摘。
私は馬車の方にばかり注意が向いていましたが、馬についても的確な設定がなされていたのですね。
やっぱり十勝編はよかったです。

さて来週、再び始まる東京編。
昭和30年代。都民の最も日常的な交通機関が都電だった時代です。
前回の東京編のような、「幽霊電車の如き明治期の電車が街中を走り回る」などという虚構は、今度こそ見たくありません。

本来、都電の電車は、首都の都市交通機関にふさわしく、外観も技術もその時代時代の最新のものを採り入れており、他都市の路面電車事業者が参考にするほどでした。
にもかかわらず、本作第27~31話の東京編に登場した路面電車は、明治期のものを再現したもので、昭和30年代の東京には全くそぐわない、時代錯誤も甚だしいものでした。

今後の東京編で、なつが都電で移動するシーン等を制作する場合は、町を広く映し込む引き画は不要であり、十勝編第32話の通学シーンのように、電停での乗降や車内等のシーンを、部分的なセットで良いので正確に作って、しっかり撮影すれば、当時の都電の雰囲気を表現するのは十分に可能なのではないかと思います。
また、他都市で現実に昭和30年代初期の都電を参考に製作された電車は、函館市の市電にも現存しており(函館市電710形・800形)、必要なら現地ロケも可能ではないでしょうか。
実車を函館市から運んで来る必要などないのですし。

前の東京編の失態の汚名を返上していただきたいものです。
(NHKお問い合わせメールには、早期に提案済み)

スタッフの姿勢について、わんわんわん様ご指摘のように「東京だからこんなものだろう」等と構えていたとしたら、とんでもない話。現在の東京ならいざ知らず、60年以上昔の東京を描くのですから、十勝編と同じく詳しい人のアドバイスを求めたり、文献をあたったりするのは当然の筈だと思うのですが。

なお、前の東京編の問題点や、十勝編との制作上の違いについては、第30~33話のコメント欄に投稿させていただいていますので、詳細はそれらをご参照ください。

わんわんわん

放送時間帯は仕事に向かう途中なので、土曜と祝日しか見ることができませんが、それでも十勝編での細かいところまで気を配ってる描写がよいと思いました。

今回でいえば、雌の子牛が生まれてお祝い、とさらっと書いてるけど重要。天陽くんのお家のような零細酪農家だと、生まれた子牛が雌か雄かが農場の存亡に関わってきます。乳を出すのは雌だけですから雌と雄では、宝石と石ころくらい価値が違います。

馬もよかった。なつが学校に行くときに乗っていたのは道産馬、荷馬車を引いたり畑を起こしたりしているのは重種馬と、きっちと使い分けをしていた。十勝でロケしたからこそ道産馬も重種馬も調達できたとも言えますが、並のドラマだったらどこかの動物プロダクションから借りてきた軽種馬で済ましちゃうところでしょう。

来週からは、昭和30年代になぜか明治・大正時代の市電が走っている東京編ですね。思うに、地方ロケだと東京出身が大半を占めてるであろうスタッフにとっては分からないことだらけだから、地元の人のアドバイスに素直に耳を傾ける。だから違和感のないものができるが、東京が舞台だと、なまじ知ってるばっかりにこんなもんだろうと思い込みでやってしまう傾向があるのではないかと考えてしまうのですが、どうでしょう。

904型

なつを交えた山田家の食卓。おやつ時なのでしょうか。美味しそうなそば掻き。
やっぱり山田家ではソバ栽培も手掛けていたのですね。
天陽はその後の弥市郎との会話の中で、ジャガイモ、ビート、ソバの栽培と、牛飼いをしていると語っていました。

そんな山田家・天陽とも別れ。
あの雪原での別れのとき、なつは天陽の思いに気づいたのでしょうか。

十勝での歳月は、なつの心の原風景になるんですね(←「原風景」って、そりゃ『やすらぎの刻~道』だろ!というツッコミはもっともなれど…でも今回の『なつぞら』にもピッタリ当てはまります)。

そんな十勝編も、とうとう終わってしまいます。

十勝ロスになりそう。

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