彼女のやさしい嘘
「それは嘘なんじゃないかな?」
と、ここで亜矢美がナイスカットインをします。
聞いていたのか、ということはさておき、彼女なりにただならぬ様子を察したのでしょう。
「そっちの劇団に行かせるために、嘘をついたのよ」
「俺もそんな気がするな」
咲太郎も入ってきます。
まぁ、こいつが聞いていたことについては、もういいか。
人の情けについてはよくわかっていますからね。
二人の見解はこうです。
蘭子は、雪次郎を認めた。
独立しても芝居をしていけると確信したのだと。
「その方がいいよって、精一杯の、愛情でそうしたんじゃないかな」
亜矢美はそう言います。
そしてなつにどう思うのかと振るのです。
しかし、なつにはわかりません。
これは人生経験もあるのでしょうが、北海道出身者ということも影響しているかもしれない。
本音を言わないと心までしばれるからねぇ。
時に、ぶつかりあうようなヤリトリに発展もするけど、それでこそ道産子だべな。
こういう道産子は、言外の意味がわからないのかもしれません。
あの蘭子の横顔、震える手、歌声、後ろ姿。
亜矢美の見解が正しいのでしょう。
ただ、わかってきたことはあります。
蘭子は、自分と一緒にいたら不幸になるからと、雪次郎を突き放したのではないかと。
蘭子の人生は、舞台ーーそのために、雪次郎を犠牲にできない。
ある意味、上杉謙信かもしれない。
大森氏の『風林火山』にも、謙信公に思いを燃やす女がいたものでした。
謙信に寵愛する小姓がいたとか、それが直江兼続説もあるとか、そういう歴史トリビアは不要……。
「かなわねえよな〜」
咲太郎がそう言うのも、ある意味納得と言いますか。
すごい女優魂です。
気持ちを伝える日が来るのか?
雪次郎はそのあと、風車から朝の新宿へと出て行きます。
なつは尋ねます。
「これからどうすんのさ?」
「わかんねえ。わかんねえけど、もう一度正直な気持ちを考えてみる」
「何があっても、私たちはお互いに応援し合う仲間だからね!」
なつはそう励まします。おおっ、いい仲間だな。
ここで雪次郎はこう言い出します。
「なっちゃん。俺、気がついたんだけど。なっちゃんも気がついているかもしれないけど。亜矢美さんは咲太郎が好きなんじゃないかな?」
一体どうしたのさ。
そう突っ込みたくなる雪次郎です。それはあなたの趣味なんじゃないの?
「亜矢美さんはあんなに魅力的なのに……」
「変なこと言わないでよ!」
「じゃあな」
こうして別れていきます。
それからもなつの、テレビ漫画への挑戦は続きます。
出社し、茜と作画のことを語り合いつつ描くなつ。
そこへ奴がズカズカとやって来ます。
【ジャーン、ジャーン、ジャーン!】
げえっ、坂場!
手にしているのは、狼少年サムの原画です。
「ここはこれでいいのでしょうか? 何に対して怒っているのですか?」
なつはその迫力にちょっとたじろぎつつ、こう答えます。
「自分と相手」
「両方、そうなんです!」
ここから先、坂場のマシンガントークがガーッと始まります。
父はここで、こう語るのです。
なつよ、きみは正直に、だれかにその気持ちを伝える日が来るのかーー。
夕見子と高山といい、この雪次郎と蘭子といい。
本作における脇役恋愛事情は、なつ本人の人生に反映や影響があるはず。
この先、何があるのでしょうか。
坂場は喋る
ラストでちらっと出てきた坂場ですが、今朝もなかなかすごかった!
父のナレーションも重なりますし、実はこのマシンガントークはカットできると言えば、そうです。
けれど喋るという設定はあるし、中川大志さんは一気呵成に喋り続ける。
これがものすごく重要で、中川さんは役の適性をうまくつかんで、反映させていると感じます。
立て板に水で喋る。
それは高畑淳子さんのとよもそうなのです。
ただし、坂場と夕見子、そしてとよの喋り方は何かが違う。
とよはメリハリがついていて、相手に教え諭すことを踏まえていると思わせます。過去の苦労話暴走を妙子が止めることはあるものの、基本的には相手と双方向性のあるコミニケーションを取ろうとしているのです。
坂場と夕見子はちょっと違う。
相手の反応を反射板にしているようなところがある。
「質問を質問で返すなあーっ!」
というジョジョルールも割と破ります。
ここだって、なつの「両方」を引き出さずにガーッと指示を出してもよいはず。
相手から自分にとっても腑に落ちるような、そんな反射を引き出して、そこから一気呵成に自分の思考回路を展開する。
聞き取れるようにはするけれど、そういう独特の喋り方をしなければいけないから、坂場と夕見子の役作りはかなり大変だと思います。
その特性、特殊性をしっかりつかんでいる。
※この手の特殊性のある喋り方一例
ものすごいことだと思うのです。
いくら賞賛しても追いつかない感すらあります。
『半分、青い。』の秋風先生こと豊川悦司さんも、ややこの系統が入っている演技が素晴らしかったものです。
鈴愛の永野芽郁さんも素晴らしかった。
私は賞を選ぶ立場にはありませんが、中川さんには何らかの名誉が伴っても不思議はないと思います。
広瀬すずさんはじめ、本作の若手俳優は中川さんに負けず劣らず、すごい熱気と演技を発揮していることも確かです。
彼女の愛は重くて悲しい
中川さんも素晴らしい。けれども、情熱的で誠実で、思いやりにあふれた演劇青年を演じた山田裕貴さんもおそろしいものがありましたね。
基本的にすごくいい、好青年なんです。
けれども、亜矢美を真剣に魅力的だと語り出すあたりで、こう突っ込みたくなりませんでしたか。
「それはきみ、年上の女性に弱いんじゃないかな……」
ここでふと思い出したのが、『半分、青い。』であった、心の底からバカげていると思えたニュースでした。
マァくんの交際相手が年上というだけで、女性脚本家の妄想だとSNSに投稿しまくった悪質アンチ。
および、それを針小棒大に取り上げたダメなウェブニュースメディアですね。
◆『半分、青い。』正人の“彼女の正体”に飛ぶ推測、「北川悦吏子が彼女役!?」のブーイング
なんだかなぁ……今年の大河ドラマ『いだてん』にも、史実ベースで女性が年上の大森兵蔵・安仁子夫妻が登場しましたが、これはマァくんと彼女どころか、なんと20歳も女性が年上でした。
昨年のあのしょうもない流れを恐れるどころか、ふまえて蘭子を出してきたのだとすれば……NHK東京朝ドラチームは強いですねえ。
史実でも、女性が年上のカップルは存在するものです。
フランスのマクロン大統領夫妻とか。
こういう年上女性を愛する例が叩かれるのは、前述のような「ババアの妄想」というくだらないバッシング由来ですかね。
そうは言いますけれども、はたしてこういうドラマが「ジジイの妄想」でないと言い切れるんですかね。
◆橋本愛:恋愛に年齢差「一切、関係ない」 田中泯と41歳差ラブストーリー「この美しさは伝わる」
女性が10歳年上の恋愛を描くと「ババアの妄想」。
男性が41歳年上の恋愛を描くと「恋愛に年齢は関係ない」。
何だこの、ダブルスタンダードは?
はいはい、わかっています。
卵子の老化だの、生殖だの、そういう話ですよね。男性側の加齢にも、不妊との相関関係はありますけれども。
◆男性にもタイムリミット──35歳までに精子を凍結すべき理由|ニューズウィーク日本版
それに、カップルとは子供を作ることだけが目的なのでしょうか?
◆「子供ほしいから離婚」はアリ? 磯野貴理子さん離婚問題を考える
ドイツを含むヨーロッパの場合は、前述のように養子を迎える文化もありますし、そもそも「婚姻をせずに子どもを持つ人」も少なくないので、近年は結婚というものが子供を持つことと結びつけて考えられていません。繰り返しになりますが、そんなことから、ヨーロッパ人は自分の血のつながった子供が持てないから離婚、という思考回路にはあまりならないのでした。
これを踏まえますと、雪次郎と蘭子はむしろヨーロッパ型のカップルだと思うこともできます。
芸術性が結びつける、ある種の理想でもあると。
蘭子の突き放し方はお見事ではありますが、歴史的な例もあるっちゃそうなのです。
男性君主が寵姫にメロメロになって、政治を破壊することは、ありえることでして。
一方で女性君主は、色恋沙汰でダメになると「これだから女は」と言われてしまうからなのか。
「なんちゃって処女王」であることはわかりきっていたエリザベス1世にせよ。武則天にせよ。娼婦とまで呼ばれたエカテリーナ2世にせよ。
愛と政治は別物と割り切っている例もあるものです。
「虻田の乱」を通して、蘭子は、自分と雪次郎が愛を育めば、愛する彼がスキャンダルまみれになることも痛感できたのでしょう。
むしろ、年上女の後ろ盾を蹴ったとなれば、雪次郎の評価はあがる。
目の前にある愛よりも、彼の将来を大事にする。
そういう重い愛を描いた本作。鈴木杏樹さんも、背中で語る熱演でした。
背中で語ること。愛ゆえに突き放すこと。
どれも男だけのことではないのです。
文:武者震之助
絵:小久ヒロ
※北海道ネタ盛り沢山のコーナーは武将ジャパンの『ゴールデンカムイ特集』へ!
このレビューは、そもそも『なつぞら』を楽しむ趣旨で運営されているもの。読者も『なつぞら』を探求して楽しみたいから読んでいる。
その空間に、番組への嫌悪丸出しで全否定し攻撃する投稿をするのは、筆者・読者への嫌がらせに他ならない。
これは、「できていないところについて検証し、どう制作すれば良かったのかを考える」投稿とは全く異なる。
『なつぞら』嫌いの人向けのサイト・投稿空間はいくらでもあるのだから、どうしても『なつぞら』が嫌なのなら、そこに投稿すれば良い。
それをせず、ここで筆者・読者をわざと不快にさせる投稿をする行為は、嫌がらせ以外の何物でもない。
いためることを恐れるあまりに冷たく突き放す愛もあるさ
『半分、青い。』を脱落していた?
何と勿体ない。
機会があれば、ご覧になってみては。