「あん時手ェ離したん誰や!」
帰宅後、喜美子は水汲みをしています。
これは重労働や。喜美子は言い方こそきつくてストレートだけれども、それにも事情はある。家庭環境は大変なのです。
そんな川原家、米もない……。
「おなかすいた! おなかすいた! 待たれへん、おなかすいて死ぬぅ!」
もらったおにぎりだけでは足りない。もっと食べたいと暴れる直子。百合子も泣いており、マツは疲れています。この直子は、赤ちゃんがえりしているのかもしれません。
ここで、大阪でお父ちゃんが食べ物をこうてくるはずという期待感――覚えときましょ。
「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!」
とにかく連呼する直子ですが、いったい何があったのか。外に飛び出して行きます。
それを追いかける喜美子は、一人で泣く妹を慰めます。
卵二つ。いや三つ、おみかんもつけたげる。
そう優しく声をかけるのですが、贅沢な食べ物が卵とみかんというところが切なくて。おみかんという呼び方もええね。
「あんとき手ェ離したん誰や!」
直子は大阪空襲の際、喜美子と二人で逃げていました。
そんな中、姉妹の手は離れてしまう。妹の手を喜美子は離してしまった。
「ごめんなぁ、堪忍なぁ」
戦争が終わっても、空襲の夜、一人取り残された傷は癒えないのです。
きみちゃんはこんな時、空を仰ぎます。
なんで人は、楽しい思い出だけで、生きていけんのやろ――。
この空襲描写が短いながらもいい。この時系列ならば、ナレーション処理だけでもよいはず。そうはしない。
空襲から逃げ惑う人は、当たり前ですが関西弁で話しているのです。その土地の言葉で話す人が、命の危機を覚えながら逃げ惑っている。
助からない人もいた。
これだけで、圧倒的な生々しさが出てきますよね。
ここ二年のNHK大阪朝ドラは、大阪空襲を単なる【イベント扱い】して、逃げたもん勝ちみたいなひどい描写だったから、安堵しました。
こういう痛みを流すことだって、朝ドラの使命であったはず。
空襲がアニメだった『なつぞら』は、果敢な例外枠としまして。ここ最近の朝ドラ空襲描写としては上位に入ると思いました。逃げながら女優が笑っているように見える、そんな作品もあったからね……。
逃げ惑った人たちの血を引く人々が、今の大阪にもいる――そう噛み締められるのです。
ジョー、とんでもないものを拾う
そのころ父のジョーは、大阪の闇市におりました。
『なつぞら』の帯広とは規模が違う。大阪の雰囲気が、出ている気がする。
当時の大阪なんて、当然私は知らないわけですが、喋っている言葉のイントネーションやセット小道具担当者の頑張りでしょうね。
あと役者さんや。
ホクホク顔で酒瓶を抱えたジョーが、人間のカスすぎてある意味爽快だった。
あの信楽で待っている妻子と比較すると、本当にカスっぽさが出ていて、ほんとうにある意味最高!
その酒代で、卵がいくつ買えると思うてんねん!
そうしばきたくなるダメさ加減がいいんです。
大阪の人に恨みはない。特にそういうことはない。
けれども、アホなことをしてなんでやねん! と、ちょっと突っ込みたくなってこそ、上方の男やろと言いたくなる気持ちはある――そういうダメさ加減が出ています。
なんかな、大阪の男が、ただひたすらカリスマがあってカッコええところって、あんまりええと思わへんねん。なんでやろな?
岡田准一さんかて、一番好きなのは超ひらパー兄さんやし。
ちなみにジョーもその一人ですが、戦時中、大阪の師団は弱いことで有名でして。
身体能力云々以前に、精神論が通じにくいと。
大和魂やなんや言うけど、撃たれたら、血ィ出るし死ぬんやで。そういう本音ゆえに、あんまり根性をガーッと発揮しなかったとは聞いております。
でも、それだけやないんやで〜。
ジョーは人情もあります。
ここでナレーションが、とんでもない拾い物をすると告げるのですが。
ジョーは傷痍軍人に金を恵んでいます。
国の保証から抜け落ち、買える家もない兵士は、こうして募金に頼るしかなかった。そういう一面が見えてきます。
家も金もないけれど、妻子がいて五体満足ならマシや。
一歩間違えていたら、こっちがそうなっていたかもしれへん。ジョーにはそういう気持ちもあるはずです。
『なつぞら』でも、奥原家の父と剛男がそういう関係でしたもんね。
ジョーはただのカスやあらへん!
そしてこのあと、ジョーは殴られている男を発見します。
路地裏で殴る蹴るの暴行を受け、倒れ込んでいるのでした。
「しっかりせえ、おい、しっかりせえ、おい!」
ジョーは暴漢を追い払い、男を助けます。
この「しっかりせえ、おい!」の言葉が、心の底から大阪弁を喋っていると伝わってきます。ジョーの人情も。
ほんまのカスやったら、戦友を抱えて何十キロも行軍しいひん。
ジョーは熱い男やで!
総評:関西のフォースを感じる
今朝はわりとめんどくさい奴らが多かったと思います。
慶乃川がただの冷たい男ならば、さっさと喜美子を追い払うと思うのです。
それなのに、土の価値を見出せるか話しかけちゃうあたり、陶芸への誇りがあるんでしょうね。
ストレートにそれを語るわけでもない。理解すれば、これはいいおっちゃんになります。
次はリボンの照子ちゃん。
女友達は出てこない。
お嬢様として黒岩のようなクソガキから崇拝されているようではあります。ただ、心の底からわかりあえるお友達はいないようです。
それが寂しくて、喜美子に構うものの、撃沈していてかわいそうでした。
この子もめんどくさそう。性格が悪いんでなくて、めんどくさい。
『カーネーション』のお嬢様・奈津をもっとめんどくさくしたようなキャラクターなのかな?
期待しています。
直子もただのわがままだと言い切れないんです。戦争のトラウマがある。
どうしようもない状態だったとはいえ、この手を離したことは、二人がおばあちゃんになっても話題にのぼりそうではある。
直子につっかかられても、弱みがあって喜美子はつっぱねられない。そういう展開になりそうです。
そしてジョーと喜美子の性格がそっくりであると、今朝も痛感できました。
ジョーはカスや。
酒瓶を抱えている笑顔は、本当に張っ倒したくなりました。
でもただのカスではない。
そもそも戦友の忠信を救ったから信楽にいるわけでして。これからも人情を発揮する展開になりそうで。
カスのようでいて、その裏に熱い何かがある――そういうNHK大阪が満を持して見せてくる、上方男が出てくるのでしょう。
そして、主人公の喜美子もクセが強いですね。
土をぶん投げる。
売り物と言われるとちょっと態度が変わる。照子へのぶっちぎりはきつい。
土をぶん投げる子が、どういう心境の変化をするのか、気になるところではあります。
そんな喜美子も、妹への対応を見ていると、人情味もちゃんとある。
こういう登場人物を見ると、NHK大阪朝ドラ班は、前作までにストレスがあったんだろうなぁと想像してしまいます。
京都大店の娘だの。
神戸の、ミルクティーとケーキを楽しんでいそうなお嬢様だの。
悪いわけやあらへんけど、なんかこう、なんかこう、なぁ? そればかりでもなぁ。
『わろてんか』で、大阪出身ヒロインを京都出身者にされたり。
別のドラマでは、史実で福島県ルーツだったヒロインが、得体のしれない惑星から来たような関西人枠にされたり。
心が痛めつけられたんだと思いますよ……本作は凄まじい関西のフォースを感じます。
文:武者震之助
絵:小久ヒロ
【参考】
スカーレット/公式サイト
むしろ大阪兵は強かった。天皇から勲章をもらったのも大阪だけ。(歴史的事実)
都会の金持ちで頭が良くて戦争まで強かったら田舎者が惨めすぎるからね。日本では(世界でも)こういう事実と逆の表現がよくある。源氏物語も、当時全盛の藤原氏の庇護のもとで書かれた負け組源氏が大活躍する物語。
大阪の歩兵連隊は、弱くはありません。
これは、「またも負けたか八連隊、それでは勲章九連隊」の歌の語呂合わせのためで、史実で、特に弱かったということは、ないはずです。