「どないしたんや! なんやこりゃあ、おいっ!」
家の中は荒らされております。
これはあかん!
「買い物から帰ったらこんなんなっててん!」
「泣いてる場合ちゃう。見ぃ、そっち見ぃ!」
夫妻は揃って被害状況を確認するのです。
「ない! ないっ! あった!」
マツは、取っておいた喜美子の初任給の封筒を見つけます。
それをジョーが確認するのです。
「あほ! 空っぽやがな!」
「ほなお金……」
「あれへん。すっからかんや」
そう言いつつ、ドサっと座り込んでしまうジョー。
これはもう、あかんとしか言いようがない。
「お母ちゃん、うちのお駄賃もない! 取られた!」
直子も叫んでいます。
ここへ陽子が顔を出します。
「マツさんいやる? 筍もろてん、筍いらん?」
ここで、あかん状況を察知して、口をあんぐりとさせる。
そんな陽子の顔が素晴らしいとしか言いようがない。
いや、全員か。
ええ意味で、脚本通りなのかと思ってしまう。
【泥棒に入られた動揺を、思うままの関西弁で表現する】だけだとか。
アドリブでやってまえと背中を押しているとか。
そういう勢いを感じるのです。
信楽で生まれ育った陽子。
八尾のお嬢様出身のマツ。
コテコテの大阪出身者ジョー。
それぞれのテンポが違うのも、ええ味です。
お父ちゃんが前借りに来る
オゥさんこと忠信は、警察に言えとジョーに勧めます。
若いもん二人と連絡取れへん、おまけに初の無断欠勤。
これはそうとしか言いようがないわな。
そう迫る夫を、陽子が嗜めます。
「あんた……」
「そやけど」
若いもんのおばあちゃんは、具合が悪かった。
病院かかるにも、金がいる。
そう語っていたとか。
※医療保障制度は大事やで。社会の基礎や。さもないとこうなる……
「ほな、やっぱジョーさん!」
「いや……まだ誰かわからへんわ」
ジョーは苦笑します。
誰かわからんけど、申し訳なかったと言うて、返しに来るかもしれん。朝まで待ったろう。そう力なく言うジョーです。
アホや……ジョーはアホなんや。
相手の苦労や誠意、孝行心を知ればこそ、責められない。そういうアホなのです。あかん、こんなん泣くわ。
NHK大阪がベタな人情にまで戻りましたね。
同業者やライバルを時代劇悪代官レベルの演出で出す。主人公側は、相手を罵倒して怪我までさせかねない暴力を振るい大いばり。
――そんな昨年とは縁が切れたんや。
悪人にも、そうする理由はあるんやで。
くーっ、もどかしい!
しかし、朝まで金が戻ることはありませんでした。
そして、荒木荘の電話が鳴ります。
喜美子が取り、繋いでもらいます。通りすがりの雄太郎もご挨拶を。
「荒木荘でございますぅ」
「雄太郎でございますぅ」
ここ、雄太郎が出てくる意味ありますかね。
ない。おもしろければええんや。
電話のお相手は信作でした。
「初めてうちに電話や」
喜美子がそう喜ぶと、信作は受話器を奪われます。
「直子や」
「何掛けてんの。お金もったいないやろ。ちゃんとお母ちゃんのお手伝いしてんの? お父ちゃんに叱られてない? 百合子はどうしてる? あ、学校は!」
「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいっ!」
濃すぎるやろ。
大阪のおばちゃんは、こういうマシンガントークと質問責めをする印象がありますよね。質問に答えないうちに、次の質問がくる。
あれは、おばちゃんになるとタイマー式でそうなるわけではなくて、少女時代からそうなのです。喜美子もそうです。
他の地域出身者が会話を耳にすると、喧嘩や詰問だと思って驚きかねないノリやで。
そして直子も負けていないと。
喜美子は出かける圭介に挨拶しつつ、電話を続けます。
直子に代わり、信作が説明。
喜美子の家にお巡りさんが来て、いろいろと取られたものを調べに来ているそうです。
置いたったお金。喜美子の仕送りまでもがない。
不満を見せる直子に気づき、信作はこう付け加えます。
「直ちゃんが洗濯して貯めたお駄賃なんかもな」
「泥棒やんけ!」
はい、泥棒です。
そのため、ジョーが朝から喜美子のところへ向かっているんだとか。
信作は学校行かなあかんからと切ろうとします。直子がここで、受話器を強奪します。強い。
「前借りや! お姉ちゃんのお給料の前借りしに行った。お父ちゃん言うてた。お金用意しとけぇ!」
果たしてジョーは、既に大阪へ来ているではありませんか。
地元・大阪にいるジョーを見たかったですし、当時の街並み再現は見事ではありますが、こういう用件でかいっ!
「えええ〜!」
喜美子は驚く。こっちも驚く。
どないなっとんねん!
雇用主の荒木社長出張中やん。
貯金をして自分の人生を生きる道が、また遠くなってまうで。
気になるぅ〜!
関西弁ドラマ王座に待ったなし!
これはあくまで想像ですが。
大阪出身の役者さんは、熱い目線を本作に送っておりませんか?
「カット! こらぁ、そこ、アクセント! 関西弁になってるだろ!」
「えろうすんません」
「だから関西弁やめろって。お笑い芸人じゃないんだからさ。東京なら標準語なんだってば」
「はい……」
そんなこと言われても……。
台本はいったんセリフを関西弁にして感情を込めて練習して、それをもういっぺん標準語に直すし。
関西弁イコールお笑いと言うけれど、もっと喜怒哀楽も人情もあるのに。
そういう不満を感じつつ生きてきて、役者として成功したけど、ずっと夢があった。
ありのままの関西弁で、全力の演技をしたい――。
そういう夢を抱いている関西出身者にとって、本作は輝いて見ているのではないでしょうか。
NHK大阪は、そういう関西弁ネイティブの役者さんから、全力を引き出す役割もあるんだろうな。
本作を見ていると、そう感じてしまうのです。
泥棒が入ったあとの場面なんて、迫真の演技でした。
標準語のドラマでは、どうしても全力が出せているようで、そうではないのかもしれないな、なんて。
あれだけ長いセリフがあってもこなせるのは、そういう言葉の力だと思います。
お金の問題で羽ばたけない
本作はアップダウンが激しいなぁ。
前半は【金より大事なもんがある】と示しておいて、後半は【金がないとあかんやろ】になりそうで。
こうなると、お給金の一点だけでもデイリー大阪でええとなりそう。
どうするどうなる!
社会で成功するって、どういうことなんだろう――そこへ踏み込んできていますよね。
何度でも言う。
きみちゃんはアホやないで。むしろ賢くて好奇心旺盛。
自分の意思もあるし、考えて結論を出す。流されへん!
新聞社で知識を身につけたら、いいとは思う。
けれどもどうしたって、家庭の事情に縛られてしまうんだな。
歯痒い。
でもこの歯痒さこそ、女性のリアルだと思うのです。
兄や弟の学費のために、女の子は進学できないとか。
できてもせいぜい同じ都道府県内までとか。
実家から通える範囲でなければいけないとか。
そういう家庭やお金ゆえに、羽ばたけない人はいる。男女ともにいるけど、女性の方がどうしたってそうなりがち。
男女平等。
女が社会進出できないのは女自身のせい。
せやろか?
医大入試問題はじめ、そういう構図はあきらかになってきた。
『なつぞら』のなつや夕見子、ヒロインたちが正面突破型ならば。
『スカーレット』の喜美子はじめ女性たちは、ちょっと違う。
縛られる姿で理不尽さを見せる。
自由に見える照子様だって、婦人警官は諦めて婿取りをする家庭事情に絡められております。
そういう、大阪ならではの戦い方と問題提起が見事な本作。
東か?
西か?
そういう関ヶ原図式は要らん。両者で問題提起をする、そういう力を感じます。
文:武者震之助
絵:小久ヒロ
【参考】
スカーレット/公式サイト
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