絵付けへの道を断念し、帰宅した喜美子。そこにいたのは、ちや子でした。
「そろそろ帰ってくる時間いうから待ってたで」
「ちや子さんや!」
「そうやあ、来たでぇ!」
待ってました!
あの別れから満を持して登場です。
ちや子は婦人雑誌記者になった
ちや子は、マツから近況を聞いたそうで。丸熊で働いているのか?と話を進めます。
その後ろでは、直子は寝転がりながら本を読んでいます。劇中ではまだ中学生だもんね。いや、それにしてもあかんか。
百合子はちゃんと座って、お礼を言ったそうです。二人ともお土産に当時の子供雑誌をもらっています。
この態度が、アカン方の妹とエエ方の妹なんだよなぁ。
当時は少年向け、少女向け雑誌がありまして。アフリカ大陸で冒険する少年の話、推理小説、ホラー……そういうものが挿絵付きで掲載されていました。
少年漫画、少女漫画、子供向け雑誌の原型です。
大人が明智小五郎を読み、子供は少年探偵団を読む。そういうわけ方ですね。
かつては庶民にとってまだまだ高いもので、近所のグループで貸し借りをして読みあったものでした。
ちや子がお土産にするのも納得です。
表紙絵や挿絵の毒々しさは、再現がなかなか大変なもの。
一から作ったのであれば、これは小道具担当者さんは気合が入っていたはずです。
「直子、座って読んで」
そうたしなめられ、直子はため息をついてから、座って読み始めます。
面白そうなんもろたと言われ微笑む百合子。マツにもお土産がありました。
大久保さんからのお茶だそうです。
喜美子が喜びます。高いお茶かと聞かれて、そりゃうちよりは高いと返します。
いつも淹れていたあのお茶!
大久保さんは立派な方ですし、やりくりと味を両立させつつ、ええお茶を選んだんでしょうねえ。
「お〜ほほほほ! このお茶や! いつもいれてた!」
しみじみと味わう喜美子。味による記憶の継承があるんだよなぁ。
どうして美味しいのか?
その理由が映像で描かれていると思うんです。やたらとセリフで連呼すればいいというものでもなく、演技と演出で伝わってきます。
ここで喜美子、感極まってしまう。百合子が驚きます。
「どうしたん? お茶がどうしたん? 何? お酒入ってんのちゃう?」
「なに言うてんのん」
これも子供らしい無邪気さではあるのですが、ジョーの酔態を目にしている感があってつらい……。『なつぞら』の柴田明美ちゃんなら、こうは言わないと思うんだよな。
あの家の泰樹は甘党で酒に興味はありませんでしたが、この時代の男性は酒量によって人格がかなり変わってくるんですよね。
今もそうではありますが、昔はかなり深刻でした。
直子も座るよう促され、ぶすっとしたまま移動します。
ちや子は仕事で来たから日帰りで、このあと大阪へ戻るそうです。
デイリー大阪を怒りの撤退後、いくつか出版社を訪ね歩き、今は婦人雑誌の雑誌記者になったそうです。
百合子から記者の仕事について聞かれて、こう答えるちや子。
いろいろと調べて、記事を書いたり原稿を書く人。
そう説明したところで、直子はこれや。
「つまらんな」
「直子!」
これもただの強がりだとわかるまで、ちょっとお待ち下さい。
「今やってんのはな、琵琶湖、わかる?」
直子が海と言い、そうでなくて湖と訂正される。
信楽に来る時に寄ったと喜美子が指摘します。直子も覚えていました。
そうそう、姉妹とジョーで「海やぁ〜!」と走ったねえ。琵琶湖形成の過程が信楽の土になったと思うと、あれは秀逸な掴みでした。
ここでちや子は、内緒だと前置きしつつこう言います。
琵琶湖に橋が架かる!
歩いて渡るあの橋や!
「そんなん無理や」
直子はボソッと言う。ちや子は返します。
「無理ちゃう、もう決まってる。あっちからこっち、泳がんでもいける。自由に好きに行ける橋! 日本一の湖に日本一の大橋!」
全員興奮し始めます。あの直子すらこうだ。
「渡ってみたい!」
ドキドキする。ワクワクする。それを伝えるのがちや子の仕事なのです。
そのためには、もっときちんと調べて文章にして、皆さんにお伝えする。そういう仕事なのです。
そして朝ドラの仕事でもある。
「琵琶湖大橋渡ってみたい!」
そう。滋賀県の誇る観光名所にドキドキワクワクしてしまった。そんな視聴者の皆さんを生み出す。本作、極めて有能。これは知事も泣きますわ。
ドキドキとワクワクを届けたい
ちや子は大橋と聞きつけたとき、編集長にやらしてほしいと頼み込んだのです。
建設から完成までいつになるかわからん。
それでも夢のある話、夢の大橋! うちにやらせてくれ!と。
しかし、女は食べる方の箸にしとけ――そう言われて相手にされない。
それでもちや子はめげない。
ぐっとこらえて、頭下げて、やってみたい、やらしてください言うて。必死に思いついたと食いついて。
ようやく任せてもらえることになったのです。
ちや子は仕事を楽しんでいます。
これは短いやり取りですが、働く女性の苦難が凝縮されていると思う。
夫人雑誌にせよ、少女漫画にせよ。男性編集者なり編集長が潰すことはよくある話なのです。
それにこれ、実はちや子のセリフで伏線あったんですよね。
新劇女優のスキャンダルが婦人向けと言われて、ムッとしたセリフ言ってたんですわ。
「そんな難しい話、女にはわからへんよ〜」
「どうせおばちゃんが読むもんやろ。里芋の煮っ転がしの作り方でえやん」
「女優の結婚記事にしときぃ〜」
なんでや!
なんで女の読みたいもん、男が決めとんねん!
これな。
本作は、制作チームの上の方が女性が多いじゃないですか。だからこそ生々しいのかもしれない。
細やかな気配りばかりが、女特有のものやないんやで〜!
朝ドラも女のもの、男の大河より格下、どうせ女に難しいもんはわからんちゅう、そういう侮りを見せる例もあったわけじゃないですか。
昨年の放送事故とかな。
作り手まで、伏線も何もなくぶつ切りにしてレベル下げると受け止められないことを語っていて、目を疑ったもんですよ。
んで、そういうことの弊害が、炎上として出てしまうんじゃないですかね。
◆「働く女はオス」は、なぜダメなのか(治部れんげ/ジャーナリスト)
本作は、そういう女が心の底からぶつけてくる、
「なんでやねん! 好きにやらしてぇや! うちらの見たいもんはこれや!」
が詰まっていると思うんだよなあ。
ちや子は生き生きとしております。
「楽しいよぉ〜。前おった新聞社は毎日が締め切り、今は自分で時間を決めてじっくり丁寧にできる。何よりやりたいことやらしてもらえる。楽しくてしゃあない!」
そんなちや子を見ていて、思わず喜美子は泣き出してしまうのです。
やりたい、ほやけどあかん
「うちもやりたかった……やりたかった〜!」
「どないしてん!」
突然泣き出した喜美子。
そうです。彼女もやりたいことを見つけておりました。
「これや思うてん。新しい仕事や、また新しい道や思うてん。絵付けや! 絵付けやりたかった! やりたかった! せやけどあかん。ものになるのに何年もかかる。そんなんあかん。うちには余裕ないねん、時間も金もないねん、あかんあかん! 終わった話や! 済んだ話や! ほやけど、ほやけど〜……!」
マツも、直子も、百合子も、そしてちや子も。泣き出す喜美子を見守るしかない。
お茶を飲み、また泣く。
「このお茶や!」
また泣く。そんな喜美子です。
この号泣がいいと思うんです。
関西弁、アルト、泣く理由は恋愛以外。一人静かに涙を流すわけでなくて、号泣する。
周囲にいるのも、きっかけとなるのも、男ではなく女。
「俺の胸で泣けよ……」というファンタジーを拳で殴って破壊する。そういう泣き方。
ヒロインの泣くところで、作り手の重点の置き方もわかる。
昨年の放送事故と比べましょうか。
・理由は夫と家族を思ってのこと(喜美子は自分の夢と将来)
・すーっと涙を流す(喜美子はワンワンと号泣)
・これみよがしな屋外ロケ(喜美子は狭い室内)
自分自身のために――思い切り、美しさとは無縁の泣き方をする。
OPのクレイアニメで、わーっと泣く場面とも重なる。
戸田恵梨香さんがアルトかつ、関西弁ネイティブというところも大きい。
静かでなくて、わちゃわちゃした。NHK大阪が見せたい、そういう違いを見せる号泣だと思った。
「あのおしゃれな戸田恵梨香さんが関西弁を話せるなんて、意外だと思う方もいるかもいしれませんが……」
みたいな文章を見かけたことあるんですけど。余計なお世話や!
なんでや!
なんで関西弁を喋る人間はおしゃれでないみたいな言われ方せなあかん!
そもそも戸田さんの出身地神戸はおしゃれな街やで、もう……。
関西弁だからこそ出せる。そういう悲哀もある。
「あかん」
「ほやけど」
と、こういう単語あってこその悲しみなんですよね。
透き通ったソプラノでなくて、ボーイッシュで強気にもなるアルトだから出せる魅力もあるし。
本作は、戸田さんの魅力を隅から隅まで引き出す。そういう気合いがあると思うんですよね。
さほどに、この号泣は魅力的でした。圧倒されました。
心の奥底から泣いた喜美子に、皆感極まった顔になっています。
このあと家の外で喜美子はちや子に謝ります。
「すみませんでした」
「ううん、大丈夫?」
「すっきりしました」
「ほんま?」
「思うてたこと吐き出せて。ちや子さんのおかげです」
「よう泣いたもんな」
「泣きました、あはははっ!」
「また次会うた時も泣かしたるわ。きみちゃん泣かすくらい頑張るで!」
「うちは次会うたとき、泣かんで済むようがんばります」
「せや、がんばり」
「ほなさいなら」
手を振って別れる二人でした。
喜美子ぉ〜!
ジョーは電話で何も言えずに一人で泣きましたが。なかなか泣けないのは父譲りかな。
喜美子は、同僚にも、照子にも、母のマツにすら本音を言えなかった。父のジョー? 彼は問題外ですね……。
家では、どうしても姉になってしまう。
しっかり者の姉。家を背負う。泣けない。
ちや子の前で子どものように号泣できたのは、荒木荘ではみんなの妹だったから。甘えられたから。
そして、女が楽しく働くことの素晴らしさを伝えてくれたのが、ちや子だったから。自分で道を決めることを教えてくれたのが、ちや子だったから。
そういう女同士の熱い友情がそこにはあります。
「女の友情なんて薄っぺらいもんや。男同士には男同士の友情があってな。女にはわからんやろ」
そういう薄っぺらい偏見を、拳で破壊する本作のストロングスタイル。
今朝もええもん見せてもらいましたわ。
そしてこのあと、ナレーションが容赦なさすぎて吹いた。
あんた何も知らんのやな、ジョーカス……
そんなことがあったとは何も知らない人が約一名――。
そうナレーションでぶった斬られつつ、あいつが出てきます。
ジョーです。もう出てきた瞬間にこんなん笑う。
「宝田三郎! 米屋三男坊どない? 宝田三郎! 顔見たない? そうそうお米屋さんや。お米屋さんが三男坊婿に来てくれるって。酒! 酒! ほな買うて来い、オゥちゃんに分けてもらえ。ほんなら先に風呂沸かせ! 喜美子ぉ!」
今朝も清々しいまでに泥酔し、双方向性のある会話ができない。そんなカッスぶりを見せつけるジョー。北村一輝さん、ここずっと酔態しか見せていないのでは。
当初から、大阪弁が流暢な北村さんならではのテンポだと思っておりました。
これはわかる。大阪弁が流暢であることも条件であった理由がよくわかる。最近は毎回すごいですよ。
・流暢な大阪弁
+酔態
+みっちみちの長セリフ
+激昂する演技
+コメディセンス
まず、第一段階クリアしないと話になりませんもんね。
ここで直子が立ち上がり、こう言います。
「……うちが沸かす」
「なんや? この間のこれか?」
何も知らないジョーカスは、ちゃぶ台返しのジェスチャーをする。
自分の怒りゆえに、直子が反省したと誤解しとる。
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