そう大声を出してから、喜美子はボソリと呟きます。
「……ごめん」
「なんで謝んのん?」
「きつい言い方してもうた……」
うーん、喜美子ぉ……つらいな……。
いきなり喜美子はなんなのか、と視聴者は思うかもしれませんけれども。沼もあるくらいですし。
でも、本作は沼に人を落として、そこに電極突っ込むような作風ですので。
「断ってないでほんまに。やりたいんならやったらいいよ」
こう八郎に言われて、なんかゾワゾワしませんか?
八郎のここが怖い!
その4「自他の区別が曖昧」
喜美子のことならば、なぜ最初から本人に確認できなかったのでしょうか?
これはコーヒー茶碗の頃からそう。
喜美子に注文が来たのに、自分が受けたように、自分なりの自意識で断ったように思えました。
一応、喜美子のぶんだけでも大野家から料金をもらえたからマシでしたが。
八郎は男で夫、喜美子は女で妻。
だから夫唱婦随で問題ない。そう思っていると危険です。
しょうもない? せやろか
八郎はここで、喜美子に自分の作業場を触るなと言います。
「触ってへんで!」
片付けただけだと喜美子は言う。
後でやるから片付けるなと八郎は返します。
その後とはいつなのか、出しっぱなしやん。喜美子がそう言うと、武志を風呂に入れて寝かしつけたあとだと八郎は反論します。
「しょうもない……」
そう喧嘩する二人に呆れ果てるジョーです。
八郎のここが怖い!
その5「片付けられない、物の位置をいじられたくない」
片付けてくれてありがとう!
そうはならない。ジョーとは逆です。
ジョーはだらしなく散らかして寝てしまい、片付けられるタイプ。
喜美子はそういうことを学んでいてもおかしくないところではあります。
でも、八郎は自分が置いたものをずらされたりすると、いやなんでしょうね。喜美子からすれば片付けないまま放置しているだけになると。
これを逆にとらえて、ルーティンでゆっくりやる相手を見守ろうとする。放置。そのほうが愛情不足に見えても、平和かもしれません。
なつとイッキュウさんにはそういう機転があったように思えます。
八郎のここが怖い!
その6「八郎のあかんところが理解されない」
ジョーの「しょうもない……」という反応がそうです。
ちゃぶ台をひっくり返す。酒乱。金遣いがおかしい。
そういうジョーのようなカスさならば、周囲から理解してもらえる。
喜美子の態度からするに、ああいう電話応対の失敗、自他の区別をつけないことが、「初めてではない」と思えてくるのです。
そうやって、陶器にヒビが入っていくように徐々にダメになっていく。
消耗する。
そういうことが周囲から理解されない。ここが怖いと思う。
司馬仲達「食欲すらないのは、もうあかんちゅうこっちゃ」
「カフェサニー」では、百合子がコーヒーを飲んでいます。
喜美子のコーヒー茶碗ですね。
何かに使うことで完成する。それが陶器だとしみじみと感じられます。
どこにいけば買えますかね? 滋賀県か〜、甲賀市行こうっと。
なんでも直姉ちゃんは、連絡しても仕事が忙しいと言って帰ってこないそうです。
なんやろな。アカン方の妹っぷりが出ているけれども、父の病状をどこまで伝えているんですかね。
黙っていて万が一最期を逃したら、家族に亀裂が入りかねないと思います。
ジョーのもとへ医者は往診に来ていて、痛み止めは注射されているみたいです。
「ほんでときどき、あれ食べたい、これ食べたい言うねん……」
百合子はそう語る。
もう旅行もできん。食べ物だけ。忠信もここでつらそうな顔をしているんですけれども……ジョーとは戦友ですもんね。
戦争の回想録の定番が、食べたいものを語り合ったことでして。それだけ飢餓感に苦しめられていたということです。ジョーが忠信を背負ってさ。
「もうあかん……ジョーさん、もうええから……」
「あかん言うたらあかん! 食べたいもん言うてみぃ!」
「鮒……寿司……」
「鮒寿司食うまで死んだらあかん!」
そういう会話があっても、そこは驚かんよ。
父の容体は秋になってずっと深刻になりました――そう語られます。
ジョーは苦しそうな顔で横たわり、マツからそっとさすられています。
「寝た……」
そう弱々しく語るマツ。
喜美子は少しだけおかゆを入れたお盆を置きます。
減ってない。
これはもうあかん。
食欲すらないのか。
愛いっぱいの器
工房に向かう喜美子。武志は年度で海亀を作っています。
そんな我が子に声をかける喜美子。
「武志、おじいちゃんがな。おいしいご飯いっぱいたべれるように、ええ器作ろう。器作ろう」
喜美子がそう語りかけると、八郎が何かを持ち出して来ます。
「素焼きした大皿や。おんなじこと考えてた」
「でっかいな……」
「ぎょうさん食べてもらえる」
かくして家族の皿作りが始まります。
百合子とマツが工房に入ってくるのです。武志がジョーの似顔絵を描いています。
次はマツ。次は百合子。そして喜美子。
所作指導もバッチリついている本作。
マツは達筆で姿勢が良く、筆の持ち方も綺麗です。
百合子は酒瓶を描いちゃう。おう、ジョーといえばそれやな。
「見てぇ」
「お父ちゃん喜ぶわ」
「そやな!」
喜美子が描いた絵のように、山と飛ぶ鳥を描く八郎。
ん?
二羽でなくて一羽?
並んでない?
……嫌な予感が。
喜美子は仕上げに、花の絵を描いています。
夕陽が差し込む工房で、皿ができていく。
すごくええ場面ではある。
NHK大阪でこの皿を展示するのかな。
そう期待したくなるけれども、むしろ大破壊される日も来るかもしれない。
そんな不穏な回でした。
感情を抑圧したら爆発する
喜美子となつの違い。
なつは、泰樹から「もっと怒れ!」と言われていた。とよも「心までしばれたらいけない」と諭してくれた。
あれは感情を出せということです。なつはそれをできていたと思う。
喜美子はできるようで、できなくなっていく。
三姉妹長女ということもあったけれども、結婚後もそういうところがむしろ悪化してゆく。
今日の短い喧嘩の場面だって、風通しが悪いのです。
風通しが悪いことへの警告感を、意識しているのかもしれない。
なつとそれを演じる女優さん叩かれていましたが、鈴愛とあのドラマ脚本家の場合、もっと惨いものがあった。
鈴愛の最初の夫・涼次は、
「芸術性のためにネグレクトする!」
という地獄に突っ込みかけたダメクリエイターでした。
あれは離婚はしょうがないと思うんですけれども、なまじ鈴愛が絶望セリフを言っただけで、投石刑レベルの投稿がされていました。
脚本家さんだって、なぜSNS投稿程度であそこまで叩かれたのやら。
NHK東京が正面切ってそこへ反撃するのであれば、NHK大阪は何かあかん影を放って反撃しているような怖さがあるんだよな。
本作の反応はおもしろい。
レビューをするまで、芸能系の記事なんて読んでいませんでした。でも、ドラマレビューって媒体想定視聴者の考え方がわかるんですよね。
女性向けかつ女性ライターは、ジョーの暴虐に怯えるような投稿がある。
マツは無力だと批判されがちでもある。
一方、高年齢男性向けかつ男性ライターだと、マツの忍耐こそ「昭和の女!」と称賛する意見なのです。
セットで『なつぞら』の女どもは生意気だったと貶める。
男女差が出てきますし、褒めているようで弱点やあかんところもわかってくるんですね。
マツをただ褒めるような層って、女は黙って耐えていて欲しいという理想があるんでしょう。
でも、本作は甘えを許さへん。
喜美子の感情が爆発するとき、おっとろしい事態があると思いますわ。
しょっちゅう噴火している火山はそれはそれで困るけれども、慣れるし対処の方法もあります。
千年単位で噴火するような場合、これが恐ろしい。
人間の感情も、そらそうよ。
そういう教訓を朝ドラから得ましょうか。
感情を抑圧しすぎたら、爆発する。
そうなればそうなるやろ。
文:武者震之助
絵:小久ヒロ
【参考】
スカーレット/公式サイト
コメントを残す