小池アンリの華麗なる経歴
「あ〜、食べよ、食べよ!」
「おい、早速肉に行くか!」
「ほんまにええ肉やで、これ」
※近江牛最高や!
そしてこのすき焼きですよ。
本作におけるすき焼きを振り返ってみると、穴窯の完成祝いがあった。
あのとき鍋の周りにいたのは男ばかりで、喜美子すらいなかった。八郎の成果扱いをされていた。柴田は「尻に敷かれている」と八郎を評したものです。それが下克上を果たしたと。
信作が真っ先に箸を伸ばすと、照子が突っ込む。信作にはそういう突っ込まれる時間が必要なのかもしれへんな。
喜美子や照子の笑い者になることが自分の役割だと、百合子に語っていた信作です。大野課長になると、誰も笑ってくれないし、突っ込まんでくれへん。そこが寂しいのかも。
それ飲んだら次ワインいくか。そう語り出されます。
ここで照子は、気になっていたことを言い出す。
「小池ちゃん、ほんまに女優やってたん?」
はい、ここで語られる女優のキャリア。
“映画女優・小池アンリ”
・年齢:昭和21年(1946年)当時、「花の乙女」。喜美子たちの一回り上、1925年、昭和になった頃生まれ?
・出身地:滋賀県大津市
・実家:小池紡績
・経歴:ミス琵琶湖
・芸能界デビューのきっかけは?:友達のお父さんが映画会社の人だった。それで誘われた
・出演作:『吹き荒れる青春の日々に悔い改めよ』他一本
・引退の理由は?:結婚、婚約者が映画に出ないように求めた
・配偶者:掌がお餅みたいで、優しい。そんな神戸の不動産業者。甘く、幸せな結婚生活を送るものの、8年前に死別
・スキャンダル女優だったのか?:本人の言葉からすると、不明。おいっ、住田、そこどないなっとんねん?
これはほんまもんのお姫様です。女優以外、職歴がない!
でもこの年齢ということは、実家が「戦前の大会社」ということは……没落した可能性はあるもしれない。それでもそこまで影響がなかったと。
三津の時も設定が細かいと思いましたが、こちらのほうも喜美子の正反対に作ってありますね。
アンリは映画に執着がない。仕事より男を選んだとあっさり言い切れるほど。夫への愛を語るアンリを前にして、喜美子は笑いながらも、その奥に、苦い後悔を滲ませた顔になっている。
そして八郎も、セリフがないのに顔色だけでいろいろと語ってまう。
戸田恵梨香さんも、松下洸平さんはじめ、ともかくこの場にいる全員がすごい。
リラックスしてだらだらしているようで、演じる側は真剣勝負! それこそ真剣で斬り合う場面撮影みたいな、そういう現場だったのかなと想像してしまう。
BGMで盛り上げて、どーん、ばーん、ガチャーン! 美男美女、セクシー! そういうことをしないと盛り上がらない、地味という声は出てくるんですよ。
でもそれって、観る側の退化かもしれません。
戦後の邦画なんて、そらもう金のない、モノクロから始まって。狭い和室でちゃぶ台挟んで。それでもおもしろくて素晴らしかったのは、生々しいシナリオや演技。それを受け止める観客や批評家がいたからでした。
ここで、アンリの話を聞くうちに思いがけないことになりそうなのです。
終戦の翌年なら、うちは7歳(昭和12年、1937年生)。そしてハチは9歳(昭和10年、1935年生)やな。
そういう話題で「ハチ」とでるわけです。
「ハチさん、ハチさんいわはんの?」
「あっ、十代田八郎いいます」
「ああ、そうか!」
アンリにバレおったー!
なんだこのハラハラ感は!
しかもこのあと、悔いなく映画館を引退したのは「掌がふわふわ」した愛しい男性を選んだというノロケタイムに突入する、と。
知的好奇心が強いアンリは、八郎は酒を飲むのかと尋ねます。
嗜む程度だと答える八郎。
そこでアンリが、川原ちゃんの父がよう飲まはった、ちゃぶ台ひっ切り返して、家族みんなで朝から賑やかだったと語るわけですが……。
アンリは断片的な状況から、その父とハチは個性が違うとわかるかとは思うのです。
一人で生きるということを考える
そしてアンリは語る――。
春から息子と暮らしたい話も流れた。朝起きると、鳥のさえずりと木々のざわめきが聞こえる日々。風の音が寂しいって。
川原ちゃんは、ワイン飲んで酔っ払ってな。
川原ちゃんは、楽しいことばっかり思い浮かべるのが得意だったはずなのに、悲しいこと、どうしようもないことばっかり振り返ってしまう。
酔いに任せて誰かの名を読んでしまう。みっともなく泣いてしまう――。
それが歳を取るちゅうことや。そうまとめられる日々を送っているのです。
川原ちゃんは、白髪を見つけてしまった。そう語ると、信作はこれやで。
「ないわ俺は」
チッ、この信作め……。
信作に何の期待をしとんねん! そういう話ではありますが、しみじみ感がなさすぎるやろ。照子はよう見えてへんとつっこみ、見せてみと言います。
照子は白髪もあるそうです。それだけでなく髪の毛のボリュームダウンにも悩んでいるのかもしれへんね。
なんで若い頃は黒髪ストレートでも、おばちゃんって歳を取ったらパーマを当てるの? そんなん……ボリュームダウンするからやん。今みたいに増毛技術がなかったんや。
直子もなかなか強烈になりましたね。しかも登場人物紹介の服ですらヒョウ柄。衣装担当者がノリノリすぎるわ!
「この話はもう終わり! 飲も!」
そう宣言され、アンリの出演作クライマックスのダンスシーン再現になります。
もう無茶苦茶で、踊るアンリと信作に、照子のライバル女優が邪魔しにからんでくる。
ワンツーワンツーと踊る中、喜美子も八郎も加わる。狭い室内、ええお肉に埃が飛んでも騒ぐ。
こんなんアホやん!
そう片付けれる、おばちゃんとおっちゃんの大騒ぎ。その裏には、ドラマや緊張感があったんやろな。そう思う誰かの、自分の親世代への感情がこもっているような。おもしろい場面でした。
翌朝、喜美子は起きて仏壇の扉を開きます。
喜美子は考えていました。
歳を取るということ。
子育てを終えたこれからのこと。
穴窯のこと。
一人で生きていくということ――。
ありのままに生きて、未知の旅へ
本作は、視聴率だけでなく、あらすじ紹介の担当者さんも四苦八苦しているようで。
今日も一行でまとめると
【おばちゃんとおっちゃんがすき焼きしながら騒いでた】
それでええっちゃそうです。
でも、ほんまにええの? いかんでしょ。
みっちりといろいろなことがあった。
孤独。白髪。加齢。
過去のこと。これからのこと。
愛する相手を選んだアンリとその夫のように、どうして喜美子たちはなれなかったのか?
そういう悔恨がドッと迫るようでもありますし、ハチさんの正体を隠すべく、照子が奮闘するのも面白かったし。
お嬢様のようで鋭いアンリが、八郎の正体を推理するような会話も秀逸ですし。
徐々に打ち解けていく流れもよかった。
喜美子と酒の関係もすごいことだと思います。
ああいう酒乱の父を見て嫌悪感と警戒心があったのに、徐々に惹かれるところはあって。ついに酔っ払ってあるがままの感情を爆発させるところは、見事な伏線だと思えました。
喜美子は、感情抑制と暴発傾向があるとは思っていた。
ジョーのせいで進路妨害されても「自分で選んだ道」だと言い切る。じっと我慢し切ってきた。
三津と八郎のことだって、あんな寝姿見たら怒りのあまり何か叩きつけても責められないと思う。それでも、耐え抜いた。
それが爆発したのが穴窯だったとすれば、結果、八郎というかけがえのない存在を失うことにもつながってしまった。
『アナと雪の女王』一作目のエルサのように、自らを「ありのままに」見せた結果、成功だけではなく、とんでもないところへ突っ込んだ。
そうならないよう、照子は目を覚ませと言ったものですが、感情抑制ができなかったのです。
※少しも熱くないで!
その結果を噛み締める喜美子の前に、今度はアンリが現れた。
アンリはワインとともに、抑制された喜美子の悲しみや寂しさを解放させてくれる。
こんな気持ちを見せることは、喜美子にとっては未知への旅。好きなように、ありのままに生きた結果、閉ざされてしまった道。でもそれは、喜美子にとってはまだ知らない道でもある。
自分の道を選ぶために、冷静に生きるために、感情を見ないようにして生きる。そんな喜美子のような人が、自分自身の感情を見つめるとき――そのスリルが本作にはあります。
自分自身を見つめることは、故郷や自宅でもできること。
外の世界の評価や声に惑わされずにいれば、何か得られることはあるのでしょう。
けれど、それも人と人のつながりがあればこそ。
オープニングが毎回示すように、喜美子の周りには誰かがいてくれる。だからこそ、感情、作品、そして人生が生まれるのです。
※未知の旅や!
そしてビッグニュース。
離婚しようが、八郎は魅力的で、こういうものすごい快挙も達成できてしまう。
そう示す本作はすごいで、半端ないで!
こんなんミスター琵琶湖やん!
◆びわ湖開きの一日船長に「スカーレット」松下洸平さん 男性は55年ぶり2人目
文:武者震之助
絵:小久ヒロ
【参考】
スカーレット/公式サイト
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