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わろてんか135話あらすじ感想(3/13)駄サイクルに異議なし!( ・ิω・ิ)

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昭和14年(1939年)、娯楽にも検閲の嵐が迫っていました。

自由恋愛を掲げるの映画作りは暗礁に乗り上げ、彼は伊能商会を追われてしまいます。

栞は、妥協のない自由な映画作りができるのでしょうか。

 

異議なし!異議なし!異議なし!異議あり!

ナゼ栞はクビになったのか?
本日は、その詳細を振り返るところから始まります。

親切な内務省の検閲を受けまくり、伊能商会の映画は公開できないものばかりになっておりました。
当然、大赤字をたたき出し、大損となってしまったのです。

映画部門は、もはや継続不可能。
要するに、
「社長がアホやから、映画作りできへん」
ということなんですよね……。

妙なコダワリを見せた結果、大損。
普通に考えて無能な経営者ですから、重役たちも当然、社長解任だと騒ぎ出します。

「異議なし!」
「異議なし!」
「異議なし!」
栞も、さすがに頭ぐらい下げるだろうと思いましたが、ドヤ顔でこう言うのです。

( ・ิω・ิ)<異議あり

(✽ ゚д゚ ✽)
(✽ ゚д゚ ✽)
(✽ ゚д゚ ✽)

正直、ここが今日の「わろ点」だったと思うのですが、一周回って斜め上だったので、ただひたすら呆然としてしまいました。
もう、力なく口元が歪んでしまうばかりの私。

にもかかわらず
【ええ場面用BGM】
が流れているんだから、本気で意味がわからない。

このシーン、このセリフを決めた方は、もはやコンテンツ業界ではドコへ行っても通用しないと思います。

感覚が、常人からかけ離れ過ぎですってば。
200年後か2000年前ぐらいのセンスではないでしょうか。

 

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規制があるからこそ腕の見せどころなワケで

その後に続くセリフもやっぱりトンチンカンでして。

「映画で大衆に感動を届ける。どうしても切り捨てるのであれば、ぼくの居場所はここにはない!」

うん、だから……最初から、重役はそう言っていますよね。アナタの椅子はここにはない。

ドヤ顔でそれを確認してどうするのよ><;

高橋一生さんからは、彼の中でくすぶる疑問を押し殺して、職人芸で乗り切ろうという強い精神力を感じます。
小野政次役の時のように、役になりきって没入している時とは違うんでしょうね。

とにかく、です。
栞様。
あなたは、映画で大衆に感動を届けるって言いますけど、検閲に引っかかってしまったら届けようがないんですよ。
そこは妥協してでも公開にこぎつけるよう工夫すればいいじゃないですか。

いや、むしろ、検閲がかかってるときにこそ、クリエイターは腕の見せどころなのです。

「こんな制約があるのに、それでも泣かせる、感動させる」
昔から表現者というのは、そういうものじゃないですか。

そもそも内務省に指摘されていたキスシーンの暗喩が、映画の根幹に必要とも思えません。

 

北村の役員も辞める

栞は藤吉との契約について思い返しています。

一週間後、屋台で風太と隣り合わせになる栞。
カバン一つ持って東京に行ったようですが、成果はなかったようです。

おそらくや栞の【妥協しない映画作りを誰も理解しない】と言いたいのでしょう。
単なる無能ぶりのせいじゃないかと思えてしまうのですが。

栞は仏壇前で、おてんちゃんに北村の役員も辞めると言い出します。

「このままではおてんさんを支えていけない、すまない」

ここでおてんちゃんは、むしろ栞に映画作りについて知りたいから協力してくれと言います。

しかし、栞は世話になるわけにはいかないと断ります。どうせ協力すると見え見えなので、あまり引っ張らなくてもいいのになぁ。

 

枕投げってのはさすがに……

ここで、風太とトキのアドリブが入ります。

「男同士酒飲んだらあとは枕投げするさかい、出てってや!」

すご~く濱田岳さんが頑張っているのはわかります。
おてんちゃんだけではなく、外の人物の台詞もスカスカの台本を、アドリブで埋めているのは理解できます。

ただ……アドリブを発するにせよ、どのキャラクターもそもそもの土台がおかしいのが問題です。

キャラを理解しているからこそ生まれる「アドリブ」

「一日一笑」のドラマですから、クスリとさせるような掛け合いを目指しているのはわかります。
ただ……枕投げってのは、昭和前期で、50過ぎの会社役員としてふさわしい台詞とはあまり思えないのです。

演じる人の問題ではなくて、脚本と演出の問題でしょうけど。

 

いいから検閲と向き合いなさい

おてんちゃんは、重要アイテムが無防備に放置されていることに定評のある、仏壇周りをガサガサとあさっています。

「あった!」
おっ、何か重要文書でも見つけたのかな。

おてんちゃんが外に出ると、飲み過ぎた栞が休んでいます。
そこへ、かつて栞が配給していた外国映画のチラシを見せるのです。

「このときの情熱さえ消えなかったら、大丈夫」

ま~た無責任な励ましだなぁ(´・ω・`)
正面突破が駄目なら回り道を考えないといけない場面でしょうに。

なんでもかんでも「気合だ!気合だ!気合だ!気合だ!気合だ!気合だ~~~~~~~!」では解決できまへんで。

特に検閲こそ、情熱でどうにかなるものではありません。
規制を踏まえた上で工夫をこらした表現にするしかないのです。

そして改めて、栞に一緒に映画を作りたいと訴えるおてんちゃん。
お二人とも、検閲を理解しなければまた失敗するだけですよ。

 

今日のマトメ「駄サイクルがくるくる」

本作の主題歌って名曲ですよね。

松たか子さんの透き通った声に、優しい歌詞。
小さなお子さんにも評判がよいイラストは、大人から見ても味があって、眺めているだけでも飽きないものです。

 

しかし、その歌詞がある問題を示唆していたようで……。
同曲の中に「パレードは回り続けてる~」という一節がありますよね。

今日はこのパレードの正体がわかった気がします。
【駄サイクル】です。

元ネタは、以下の通りです。

「で、自称アーチストというのは常々やってて楽しいと思える程の練習はするが、本当に身になる苦しい修行はツライからせず
一方的に発表できる個展はするが、正式に裁きを受けるコンペやコンクールは身の程知るのが怖いから出ず
馴れ合いの中で自分が才能あるアーチストだと錯覚していく……
駄サイクルの輪は、自称アーチストに限らず、色んな形でどこにでもある……
多分ここにも……」
「自分が輪の中にいると気づかないんだ」
「そう考えると可愛そうな人たちですね」

石黒正数著『ネムルバカ』より

本作は、この【駄サイクル】の世界観が完成しているのです。

おてんちゃんや栞は次々に成功しますよね。
しかし、見ているこちらとしては理解できない。
『なんで成功するの?』と唖然とするだけ。

こんなユルユルな連中が、初めて【駄サイクル】から抜け出すことになり、ぶち当たった壁が今回の検閲騒動ではないかなぁ、と。

今日のやりとりを見ていて、栞が内務省に連行されるだけで、ソフトに解放されるかわかりました。

人畜無害なのです。
とにかく思想がない。

もし栞の映画に、
「隣の国の人も同じ人間だ、戦争はよくない」
と訴えるようなものであれば、それこそ半殺し一直線でしょう。

しかし、栞は50過ぎても何トカのひとつおぼえのよう恋愛映画を撮っている。
ただ自分の好きなことがやれれば満足、中身が何もない残念な人なんです……。

内務省もお仕事だから口頭注意しますけどね。
ハッキリ言って、どうでもいいんじゃないかと思いますね。
栞が帰ったら、「あいつ、またしょーもないこと言うてるわ、ほんまお子様やな」と失笑してるぐらいでは?

そんなことには気づかない、栞も、てんも、
「自由恋愛は素晴らしい! 大衆に届けるんだ!」
「笑いはおクスリ! みんなを笑わせる私ってすごく素晴らしくて、お国からも褒められちゃう!」
って喜んでいるだけなんです。

クリエイターとしての自分が大好きなだけで、政治にも興味ナシ、今世界で何が起きているかも無関心。

だから昨日のおてんちゃんのように、戦争反対していたような態度をしていて、いざ国から勲章を貰ったら手放しで喜んじゃうワケです。
あれは、本当にマヌケで残念でした。

表現の自由を制限する検閲は、そりゃあ悪いことだと思います。
しかし、その検閲に反抗する、主役コンビ2人の態度が、それに輪を掛けてダメダメ。

どうにかして検閲をくぐり抜ける工夫を考えるわけでもなく、ただ単に、
「自分たちの作るものが認められないなんて、嫌だ、うわーんうわーん!」
とジタバタしているだけ。

大衆に感動を届けたいけど、届けるための工夫は一切やらない。
そのせいで、組織が潰れてもブーたれるだけなのです。

はっきり言って、クリエイターとして終わってます。

おてんちゃんも、栞も、お笑いや映画が好きなのではなく、
「お笑いをプロデュースして褒められている、大衆に感謝されている自分!」
「恋愛映画を作っているロマンチックな自分!」
そういうチヤホヤ感が好きなだけではないでしょうか。

本作の作り手がそういうダメな心構えを持つのは、どうぞご自由に。
しかし、関西を代表するクリエイターをモデルに作品を作っておいて、そんな駄目スピリットを植え付けてお話にしちゃったのは、本当に大問題だと思います。

実は、本作のタイトルからして問題が潜んでいたのかもしれません。
『わろてんか』って、【笑ってよ、笑って欲しい】という意味ですよね。

一方で史実の吉本慰問隊は「わらわしたい(隊)」。
「うちは、あなたを笑わせたいんやなあ、笑ってくれたらええなあ」というニュアンスですよね。

落語の定番の枕として、
「え~、毎度馬鹿馬鹿しい噺をおひとつ……」
というのも同じだと思います。
「まあ馬鹿馬鹿しいこと言いますけど、これで笑ってくれたらありがたいのです」というお願い、下手に出ているんですよね。

これに対し『わろてんか』はどこか強い口調と申しますか。
ともすれば少し上から目線にも感じられてしまう。
この両者の差は小さいようで、大きい。

特にキースの態度とか上から目線に見えたりしませんか?

脚本家に用意されたセリフがそうなのだから、演じてる本人には気の毒なのですが。

いつも
「オレらが笑わしたる!」
みたいなことを言っております。

何様なんだよ、と。
本物の芸人さんにそういう気概があるのは当然でしょうけど、視聴者に何度も見せていては、引いてしまうというものです。

これは「笑いはクスリ」というテーマあたりから嫌な予感はしてきました。

なぜなら
「いいものを作って提供してやっているんだから、ありがたく笑ってクスリにでもしなさい!」
という、上から目線を感じてしまうからですね。

チヤホヤされたいクリエイターにありがちな勘違いかもしれません。

特に深い考えもないまま、駄目クリエイターの思考回路を朝から見せ付けられるというこの苦行。
一体何なのでしょうか。

著:武者震之助
絵:小久ヒロ

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【参考】
NHK公式サイト

 

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