あっという間に時は流れて、世紀末の1999年(平成11年)。
楡野鈴愛は、連載が打ち切りに遭い、漫画家から秋風羽織のアシスタントに逆戻りしておりました。
新連載『いつかきっと会える』のネームも、七転八倒、大苦戦しています。
そんなとき、羽織に届いた一通のハガキ。
それは萩尾律からの結婚報告でした。
【76話の視聴率は21.9%でした】
時間だけは平等に過ぎていく
締め切りを終えたばかりのボクテ、そしてユーコが、鈴愛を手伝いに「オフィスティンカーベル」に来ます。
鈴愛は内職中。
3時間ぐらいかけて描く星座占いのイラストは、雑誌に印刷されると爪の先ぐらい、切手のサイズ程度というものです。
あとは女性誌の健康特集の大腸のカットとか、行ったこともない青山のおしゃれガイドのイラストとかも手がけておりまして。
こういうのなぁ。
最近はネットの発達で、絵が得意なんだし描くくらいいいでしょ、とタダで頼んでくる人がいるそうですが、これを見て反省してくれと言いたい。そんな簡単な作業じゃありません。
一方で、ツインズを見て「変わらないなぁ」と目を細めるボクテ。
羽織は、時間は彼女らの上でも十年すぎた、近くによれば目尻にシワがある、と告げます。
いいセリフだ。
ただでさえ時間経過がわかりづらい朝ドラらしからぬ、実にいい台詞です。
本作の時の経過は残酷です。
『わろてんか』なんか典型例で、主人公はちっとも年を取っていないように見えて、とにかく単純に成功だけは積み上げていった。
時間経過と共に苦労は遠のくのです。
人生のステージをのぼって、出産、育児、育児と仕事の両立、子供の反抗期。
そういったイベントみたいな苦労は一応ある。
しかし、週をまたげばサクッ!と解決。
「女の人生いろいろあるけど、乗り越えていきましょう!」みたいに、イージーなまとめ方でした。
しかし本作は甘くありません。
階段を上っている感じはないのに、時間だけは過ぎてゆく。
そして、その年齢に伴って発生するであろう恋愛や結婚には中々たどり着けない。
木曽川沿いで遊んでいた少女の、あのみずみずしい魂に閉じ込められたままなのに、鈴愛はいつしか歳を重ねてしまうのです。
パン女の「いつのまにか婚」にやられたか
さて、羽織は。
ボクテとユーコに相談がある、と切り出します。
二人の前に差し出したのは、律の結婚報告ハガキです。
見た瞬間、律の相手にしては地味、微妙、と声を漏らします。
ユーコに至っては、鈴愛のほうが百倍かわいいと断言します。
「これって、いつのまにか婚?」
そうい言い出すボクテ。
『何それ?』
と思ったら、猛然とアタックするのとは違うんです、とユーコがいい、殺虫剤かと突っ込まれます。
「いつのまにか婚」とは、相当策士な女性の結婚ルートの作り方です。
まず徹底して外堀を埋める。本命に振られるなどして弱っている男にさりげなく接近するというもので、本人ではなく、友人や親、会社の同僚上司などを徹底して攻略するのです。
男の母親に、手編みのひざ掛け贈ったり。相手の会社には「余ったから♪」という理由でパンを持っていったり。
ボクテはパンが余るわけない!と指摘。
たしかにね。一人暮らしでそんなにパンを焼く女なんて変ですよね。
そういうのをパン女。
『東京ラブストーリー』ではおでん女が出てきたけど、これはパン女だと。
そしてついには、女の父親が「うちの娘といつ結婚するのか!」と男にねじこむようにする。
気がつけば、「式場はどちらにする?」という二択しか残されていなく、新郎は白いタキシードを着て、ハワイで馬車に乗っている――。
そんな女いるのぉ、と半信半疑の羽織に、先生は漫画はすごいけどあとは赤子同然だから、とユーコがツッコミます。
ここで羽織はハッとします。
晴が見合いを勧めてきたのも、このせいか……と。
昔はもっとアイデアが出た……
一方で鈴愛は悩み中です。
星座のイラストは出来た。しかし、本命のネームは一向に進まない。
リオとショータが祭りで再会したのはよいけれど、そこから先が浮かばない。
しまいには馬車が通って、なんて時代錯誤的なことを言い出し、馬車なんか描けない!と嘆いています。
ここで非常に辛いのは……昔はもっとアイデアが出た、とこぼすことでしょう。
10代後半と30才前では、体力的にも違いが出てきます。
ユーコと徹夜でネームを作るようなことは、ムリではないにせよ、楽でもありません。そもそも、それでアイデアが浮かぶかどうかわかりません。
星座のカットを納品するため、宅急便の配達員に渡す鈴愛。
宅配員は、不在だったと晴からの荷物を置いて行きます。
とりあえず受け取り、新聞と郵便物を確認します。
新聞に書いてある、トキの雛がかえったというニュースすら、頭に入らない鈴愛。
食べているのはヨーグルトだけです。
そして郵便物の中から、あのハガキが……。
パン女なら鈴愛にもハガキを送るであろう
わざわざ羽織にまでハガキを書く律の結婚相手です。
そんな女なら鈴愛にも送るだろう、とユーコとボクテが言っていた通りになりました。
鈴愛は晴に電話します。
娘からの電話を受けて、朴葉寿司、キャベツ、里芋の煮物、そして五平餅を入れた宅急便を受け取ったのかと嬉しそうな晴ですが、鈴愛は開けて確認すらしていません。
冷蔵庫に入れなよ、と言ってもボンヤリした返事の鈴愛。
「お母ちゃん、律、結婚した?」
そう尋ねる鈴愛。
受話器を手にした晴は凍りつきますが、食堂にはそれでも客が入ってきます。
「律、結婚した?」
鈴愛の、まるで、魂が抜けたような声でした。
今日のマトメ「現実味のある悲劇が起きている」
あぁ、楡野鈴愛よ……。
カットのお仕事やら、ネームでの苦闘やら、演じる永野芽郁さんの天真爛漫さや透明感もあってコメディチックなんですけど、それは表面的なもので、砕け散ったガラスが目の前にあるような展開です。
見ているぶんには綺麗だけど、ここを歩けば血に塗れる。
容赦なく十年過ぎたというのは、ツインズではなく鈴愛も同じ。
こんなに可愛らしくて優しくて、わがままだけど素晴らしいところもたくさんあるヒロインだと視聴者はわかっていても、世間からすれば、将来性のない、結婚しようとする気もない、わがままで痛い三十路女、遠吠えする負け犬、そういう存在になろうとしている。
どんな事情で結婚しない、できないにせよ。
意地の悪い人は、高望みした、理想の男を選び過ぎた、わがまま女だと、そんな指摘をするでしょう。
鈴愛のかわいい顔は、そういう邪推を呼びやすいかもしれません。
こんなに頑張って、苦労して、もがいていきてきたのに……。
運が悪くて要領が悪い、いくつか運命とすれちがった。
それだけで彼女は、世間からすれば【ダメ女】というレッテルを貼られそうになっています。
他の朝ドラのヒロインたちが成功への階段を上っていった。
しかし鈴愛は、階段から転げ落ちて、支えてくれる夫もいない。
ユーコが授かったような子供もおらず、ひとり、泥まみれ。
凄絶な生き様。
それでいて【現実味のある悲劇】。
朝ドラ枠で……。
このドラマには意地悪な姑によるイビリも、ありがちな子供の反抗期もありません。
それでも、どうにも底抜けな悲しみがあります。
不器用で愛くるしい鈴愛の対極にあるのが、律の妻です。
これまたパロディのような設定です。
本当にパン女なのか――その正体は不明ですが、現時点では、策士で、まるでトレンディドラマの悪女枠のように見えます。
物語を盛り上げるために、出てくる存在と言いましょうか。
普通、ドラマの中では純真なヒロインが勝利する。本作はそれをひっくり返りました。
鈴愛の純真は、恋をして運命の人と出会う上で、まったく役に立っていない。
軽妙な恋愛劇の真逆です。
どうしてこんなヒロイン像が出てきてしまったのだろう?
まるでトレンディドラマ、軽妙、人によっては流行に乗ったくだらないものと切り捨てるような、そういう器用な恋愛劇の落とした影から生まれた子供みたいです。
彼女はよろよろと歩きながら腕をのばして、叫んでいるようにも感じます。
鈴愛は鈴愛で、どう考えているのでしょう?
私はあんな器用な恋愛ができる女じゃない、これが本当の私なのに、誰もわかってくれない。
怖いから今まで隠れていたけど、やっと影から出てきたいと思った。
こんな私が好かれるかわからないけど、それでも嘘をついているよりはマシだから、姿を見せた。
勝手ながら、そんな心の叫びを感じます。
とても平常心ではいられないながら、毎日、固唾を飲んで見守っています。
レビューを書いていても、どっと疲れてしまいます。
それでも……そんな鈴愛を理解したいと思ってしまうのです。
果たして明日の鈴愛はどんな顔を見せるのでしょう。
怖い。
されどTVの前で待ってしまうのは、皆さん同じではありませんか?
著:武者震之助
絵:小久ヒロ
【参考】
NHK公式サイト
連投失礼します。
29日の放送で、秋風先生に届いたハガキに対して律は「先生にまで…」と言いました。ということは、やっぱりハガキを出したのは律の妻ですね…。
ハガキやお母さんから知る前に、菜生ちゃんから鈴愛に教えてあげて欲しかったなあ…。
皆、自分と同じ考え方の解説/コメントを探してネットサーフィン。見つかれば同調するけど、基本的にアンチのコメントを書き込む方が気持ち良いのかもね。私の考えの方が正しい、と認められたい欲求なのだろう。まっ、いずれにしても賑やかになるのは歓迎。
しかしながら、5+4年間の大飛ばしは大胆でしたね。これから埋めていくのでしょうが、斬新な試みです。後半も楽しみ。
いくら四年前にプロポーズを断ったといえ、女の自分より先に彼に結婚されちゃうのはとてもつらいもの。それも言葉足らずで不本意な断り方だったので余計に…。
仕事もスランプで気分が落ちている時に、これは鈴愛ちゃんショックですね。
それにしても、性格の悪い清とか、いつのまにか婚(初めて聞きました…笑)で、鈴愛にも結婚しましたハガキを送ってくる人とか、律は女を見る目がないなと思います。
ところで、鈴愛の仕事部屋や自室の色、仕事が上手く行っている頃は青色の割合が高かった(それこそ、半分、青い。)のに、現在はまたほとんど赤になりましたね。までは青のボーダーが多かったのに、昨日からは赤いTシャツです。こういう色の使い方も素敵だなと思います。
今週で前半が終わるのですね。いいドラマは時間があっという間に経ちます。前作は3月に入っても「あと1ヶ月もあるよ」と忍耐&辛抱で見てましたが、今作はあと3ヶ月で終わってしまうのが、本当に悲しいです。
>「これって、いつのまにか婚?」
そうい言い出すボクテ。
>普通、ドラマの中では純真なヒロインが勝利する。本作はそれをひっくり返りました。
「わろてんか」の時は、毎回わかりやすくて的確なレビューに共感しながら読ませていただきました。
でも「半分、青い。」では何だか無理やり褒めてるようで、難解な言い回しが多くなりましたね。
私は、このドラマにそんなに奥深い意図や狙いがあるようには感じません。
良いところは良い!悪いところは悪い!と、以前のような爽快なコメントを期待してします!
>校正委員様
血に塗れる(ちにまみれる)っす^^
血塗れ(ちまみれ)とかの。
血に塗れる
は
血に濡れる
ではないでしょうか?
《故郷の夏虫駅でつかの間の再会、そこで律から衝撃のプロポーズ、その決定的場面で「ごめん、無理だ」の一言しか言わなかったスズメはなんて愚かなんだ。そこから彼女の人生は滑り落ちて行き、ついには律が他の女性と結婚という取り返しのつかない経過に至ってしまったではないか。スズメ馬鹿過ぎる》
という感想を持つ人が多いようです。もちろん馬鹿過ぎというのは非難や侮蔑ではなく、ヒロインに対する愛情・思い入れからの表現だとは分かりますが。
私は非常に疑問です。スズメと律って、「きちんとした言葉」が交わされなければ保たれないような程度の関係だったのか。「私は今、漫画家としてブレイク出来るかどうかの正念場やから、そのメドがついた時にはどーたらこーたら」と説明すりゃ万事めでたく納まった?とは到底思えません。
パイナツプルチヨコレイトして遊んでる時間はあったのに、ごめん無理だ言われたとたんに電車来たからとさっさ乗って、それっきりサヨナラという律も律です。おかしいです。出し抜けに送りつけてきた just married 葉書も謎過ぎますし。
しかし、半分青いの作者は、某ワロテンカとは違い、残り半分の間にきちんと疑問に答えて、全国の暑い夏の茶の間に爽快な涼風を届けてくれるに違いないと期待してます。