時は流れて、世紀末の1999年(平成11年)。鈴愛にも、三十路が目の前に迫っています。
そのころ彼女は連載が打ち切りにあい、漫画家から秋風羽織のアシスタントに逆戻り。
雑誌の挿絵内職をこなしながら、新連載『いつかきっと会える』のネームを考えておりました。
そんなとき、彼女のもとに、一通のハガキが届きます。
萩尾律からの結婚報告でした。
【77話の視聴率は21.1%でした】
もくじ
理系オタクだから結婚なんてできんと思っていた
律は結婚したのか、と電話で晴に尋ねる鈴愛。
「うん、結婚したよ。いつやったか、先月やった。うっかりしてたわ」
「ふーん」
相手はどうやら、会社の受付の女の子だそうです。
かなり身近な出会いですね。なんとなく、趣味の合う人とかと結婚するのかなぁとか思っていた……いや、違いますね。
律と趣味や話があう女なんて、結局鈴愛一人です。他の女が多少ついて来たとしても、あくまで多少であって、どうしたって鈴愛と比較するだろうし、そうすればそうするほど虚しくなるハズ。
彼女がパン女というのはあくまでボクテたちの妄想かもしれない。
でも、そこまで外堀を埋められないと、律は陥落しなかったかもしれない。
和子さん曰く、亀のフランソワが死んで寂しかったからだとか。
鈴愛は「それ、冗談か?」と言います。
「ほんでも、よかったな律。結婚できて。あいつは小さい頃から理系オタクやから、結婚なんてできんと思ってた」
鈴愛は本心からそう言っているとは思うのです。
一方で、律の顔がいいということは把握しておりましたし、何より清という美形に好かれて付き合っていたことも知っている。
【理系オタク】ということによって【結婚できん】という言葉を強がりに使っているんですね。
彼女なりにセーブしているのでは
鈴愛は、律とくっつきすぎていて、自分と分離できていないのかもしれません。
不器用な自分が、もし結婚するとしたら律しかいない。
だから、律もそのはず。
別れたままであっても、結婚だけはしないだろう――と。
結婚したことそのものが苦しいのは当然として……自分と同じで、不器用な、世間からどうしたって外れてしまう、そういう存在だと思っていた律が、器用に生きているとわかった。
自分とは別の生き方ができる、そういう人間だと理解した。
でも、だからといって、自分みたいに生きてくれと言うこともできない。
わがままと叩かれる鈴愛でも、だいぶセーブしていると思うのです。
100パーセント感情をむき出しにしたら、この子はマトモに生きていけないかもしれない。
そのことも、鈴愛にとっては辛かったと思うんです。
「ごめん、母ちゃん、私ネームの続きやらなあかん。いろいろありがとう、食べるもの。みんなにもよろしく言っておいて」
そして、故郷の里芋を食べる鈴愛。
泣いてます。
髪の毛くしゃくしゃにして、すっぴんで、ださい部屋着姿で、里芋を食べながら、涙がポロポロこぼれます。
海辺で思い出の指輪を投げ捨てるとか、そういう綺麗な情景は一切なし。
狭い部屋で、一人で、鈴愛は泣いています。
相手からハッキリと別れを告げられたワケでもないから、くすぶった感情の苦しみが消えることがないよう、ポロポロ、ポロポロ、あとからあとから溢れて来ます。
リアルで、惨めです。
あまりに心苦しい別れでした。
律さんは、鈴愛さんじゃなかったんですか?
ボクテとユーコを前にして、秋風羽織は電話をかけます。
相手は、萩尾律です。
「美濃権太こと秋風羽織です」
ハンズフリースイッチを押す羽織。これで会話は筒抜けです。
「おめでとう。おめでたいけど、だが聞きたいことがある。親代わりというか、興味本位でお伺いしたい。律さんは、鈴愛さんじゃなかったんですか?」
律はここで、オフィスではまずいので掛け直すと言って一旦電話が切れます。
羽織の直球ぶりに、ボクテとユーコも感心している様子。
確かに直球です。
羽織も鈴愛と似ているところがあって、こういうところストレートですからね。彼女より世間に適応できていますが。
そして電話がかかって来ます。
律は羽織に対し、鈴愛にはフラれたのだと伝えました。しかも単純にフラれたわけではありません。
「無理」と言われた。
「時間ちょうだい」でも「考えさせて」でもなく、【無理】だった。
ここでユーコが思わず「違う!」と立ち上がりかけますが、羽織が制します。
律は羽織に、プテラノドンの庭で言われた言葉がある、と言います。
なぜかハンズフリーを切る羽織です。
なぜ人生に、こんなに悲しいことが起こるのか
律がプテラノドンの庭で、羽織から聞いたセリフはこんな感じでした。
人生はいろんなことがあるけれど、真摯に真面目に生きていけば、無駄なことなんて何ひとつない。
すべて何かに、繋がってゆく。
確かにそんなことを言いました、と羽織。
律は、続けます。
なんでぼくの人生に、こんなに悲しいことが起こるのだろう、と鈴愛に言われて思った、と。
19才のとき、鈴愛の短冊を見つけて夢を叶えようと思った。
自分はまだ幼くて、気がつくのに時間がかかったけれど、夏虫の駅で会えて、やっと気持ちに気付いた。
そしてあの短冊が飛んだとき、夢が飛んだかわりに鈴愛を捕まえた気がしたのだと。
あぁ、これが答え合わせですよ。
パスを引っ張っている。
突然のプロポーズに対して「急だ、変だ、イキナリなんなの?」と言う意見は、やっぱり野暮だったのですね。
私のレビューでも、このときの律の行動に対し「第三者がわかるようなキッチリした答えなんてなく、矛盾も含んだ、それでも律の出した結論。人の感情なんて割り切れるもんじゃないし、それでいいじゃないか」というような内容で記しましたが、もしかしたらそれもハズレだったかもしれませんね。
律にとっては、明確な正解が見えていたのです(それでも他者から見たら納得できない感じが残るにしても)。
短冊も、プロポーズも、全てカチリときれいにはまっています。
ただ、その先が……。
何を言っているのかわからないかもしれないけれど、彼女の答えはノーでした、と。
「そうでしょうか」
羽織は、それしか言いません。
ボクテだったら、ユーコだったら、鈴愛の言葉の意味を伝えたかも。
しかし、彼は疑問を投げかけるだけ。
「今は遠くから、昔の友人として応援しています」
ハガキを持って鈴愛が向かったその先は?
屋上で電話をしていた律は、同僚から、ミーティングのために呼び出されます。
律はそれでも鈴愛の心配をしておりました。
漫画をずっと読んでいるのに、作品が掲載されない、どうしたのか?と。
羽織が、来月の講談館の雑誌に掲載されるから安心しなさい、とは言うものの、実際、鈴愛はネームどころではないわけでして。
岐阜の「つくし食堂」では、晴が泣いています。
鈴愛が泣くと、自分も涙が出てくるのだと。
羽織はボクテとユーコに語ります。
人生は一方通行。引き返すことはできない。
鈴愛の【無理だ】がそういう意味でなかったとしても、もう遅い。
律は結婚した。
前向きに生きようとしている。
真実を伝えたところで意味はないのだと。
そこへ、ツインズがやって来ます。
皆で慌てて、鈴愛の部屋へ駆けつけると、食べかけの皿を残したまま、その姿は消えていました。
そのころ、鈴愛は……。
律の結婚報告ハガキを手にして、さまよっていました。
そして一軒の家を見上げると、そこには、より子が洗濯物を干しているのでした。
今日のマトメ「さらば、ファンタジック御都合主義」
やはり今回は、井伊直虎が小野政次を槍で刺した場面に匹敵する……いや、それ以上の辛さがあるかも――という回でした。
萩尾律は、過去朝ドラの名物設定を殺しました。
完全に息の根を止めました。
それは
【ヒロインをずっと見守り続ける独身男】
です。
直近の例をあげるならば『わろてんか』の伊能栞。
あれは小野政次が素晴らしすぎて、しかも演じる役者が名優・高橋一生さんと同じだっただけに、落差がひどい駄キャラの極みでした。
それはともかくとして、この手のファンタジック御都合主義を殺しにきたのです。
男性主人公お物語でもおりますよね。
サブヒロインで、主人公に片思い、ずーっと愛する枠。
『西郷どん』だと愛加那あたりですかね。
でも、そんなの御都合主義じゃないですか。
相手だって別に好きな人ができるかもしれないし、世間の圧力で結婚するかもしれない。
そういう不都合な真実は、彼らから遠ざけられるではないですか。小野政次の場合は、結婚を誓う相手がヒロイン以外にもいたから、この愚からは逃れています。
律は、そういう御都合主義をもうやめた。一途に見守るだけではなくなった。
えてして、こういう御都合主義の彼らに対し、主役はかなりエゲツないことをしがちです。
相手の心をがんじがらめに縛り付けておきながら、自分は別の相手と幸せな結婚生活を過ごすわけです。
でも、たまに別のものを食べたくなったら、ミスター御都合主義の腕の中で夢を見たい。ってやつですよ!
(おてんちゃん、藤吉、伊能様を思い浮かべてください)
そういう甘い設定、完全にぶっ壊したね。
それでもって、ここから先も血まみれですよね。
より子が勝ったと思います?
いや、萩尾律の見えない刃は彼女に向かってしまうんですよ。
律は、弥一のようなよい夫、父親として振る舞うかもしれない。このまま穏やかに、家族をつくり、銀婚式でも迎えるかもしれない。
でも、萩尾律の人生が終わろうとするとき。
神様が彼にこう尋ねたら、なんて答える?
『あなたの人生で最も大事で、理解できていて、まるで魂の半身みたいな存在であったのは誰ですか? あの世で、生まれ変わったあとで、真っ先に会いたいのは誰ですか?』
そんな問いかけに対し、律は、自分が長いこと添い遂げ、子供を産んだ妻ではなく、楡野鈴愛って答えそうじゃないですか。
そうしたら、より子の人生と心を、律と鈴愛がよってたかって破壊しているようなものじゃないですか。
無茶苦茶残酷ですよ。
もちろん、律がより子と幸せな家庭を築いて、彼女への愛情を深めていく可能性だってあります。
現実は、共に過ごした家族の時間が、独身時代の感情を凌駕するケースだってあるわけです。
しかし、こと律と鈴愛に限っては、そんな風には見えにくい。
その残酷さ。
羽織の言葉通りに本作が進むなら、平成の紆余曲折を経て、鈴愛と律はそういう関係として終わるかもしれない。
そしてそのとき、かつての伊藤清のように、より子が次の犠牲者になりそうです。
楡野鈴愛と萩尾律は、無意識のうちに恐ろしいことをしている。
本作は、本当に青いようで血まみれだと思います。
秋風が言うように「リアル」を重視し、ご都合主義の息の根を止める。
毎朝、心が血まみれ。
だが、このギリギリがたまらねぇ。
明日も楽しみです。
著:武者震之助
絵:小久ヒロ
【参考】
NHK公式サイト
何度もすみません。
このままでよろしいのですか?
>律がプテラノドンの庭で、羽織から聞いたセリフなこんな感じでした。
セリフ「な」?
>そして一軒の家を見上げると、そこには、より子が洗濯物を欲しているのでした。
欲して→干して
2018/06/29 16:43匿名 です。
いつもありがとうございます。
いししのしし 様、わかりにくくてごめんなさい。
また、ご指摘のコメント、察してくださってありがとうございます。
その他、気を悪くされている方がおられましたら大変申し訳ありません。
私は人の文章に何が書かれていてもその人のサイトなら何でもいいじゃないか、著者の自由だと思っております。しかし、このサイトのようにたくさんの人の目に触れるような事実を書かれている文章に誤字脱字等明らかに間違いとわかるものがあるのは似合わないと思うので、毎回気が引けるのですが投稿するようにしています。私のように後になって見る読者もいますからね…。
皆さん気付いても理解しておられると思います。非公開コメントがあればそちらにしたのですが…どうぞ、今後もよろしくお願い申し上げます。
管理人様、ご迷惑おかけしましてすみません。
新しい名前につきましては、「ばかちんのちち」も考えましたが、明らかにウソとバレそうなのでコチラにしました。もちろん「あははのはは」も考えましたが、それはないやろということで(笑)。
すごい回でした。永野さんの
演技力もよかった。
里芋食べながら泣くシーン。
みっともなく泣きながら自分の
感情をかみしめる、なんて実は
けっこう多くの人が体験してそう。
かくいう自分もですが。
ボクテの、スズメをなだめるシーンも
よかったなあ。
痛々しい回でしたが、少しだけ
光がみえてきたような回だと思いました。挫折しても、それでもどっこい
生きていくんだ!みたいなきざしが
出てきた気がします。
スズメ、がんばれ!
毎日、なるほど納得、の解説をありがとうございます。
今日も楽しみです。
自分自身の人生を振り返って、思い出すことがたくさん出てきて、なんだか辛いです。でも鈴芽には良い人生をおくって欲しいな。
それにしても、大まかなあらすじは発表されているのに、途中が予想と大違いでびっくりです。どうなるのでしょう?
↓ わかりにくいですが、匿名さんは誤字を指摘しておられるようです。
鈴芽「結婚したんか……私以外の奴と……」
いつも勝手な指摘ですみません。
>律がプテラノドンの庭で、羽織から聞いたセリフなこんな感じでした。
>そして一軒の家を見上げると、そこには、より子が洗濯物を欲しているのでした。
この回は、羽織先生の言葉が至る所で納得でした。
以下は気になるところではなく、私も思っていることという意味です
>人生はいろんなことがあるけれど、真摯に真面目に生きていけば、無駄なことなんて何ひとつない。
すべて何かに、繋がってゆく。
こちらのサイトも、『半分、青い。』も、これからのお話が楽しみです。
ありがとうございます。