バブル崩壊と共に日本経済の衰退が顕著になった1999年(平成11年)。
漫画家としての才能の枯渇に悩んだ楡野鈴愛は、ついにペンを折る決意を固め、師匠である秋風羽織の元を去ります。
彼女が羽ばたける次の場所は、どこ?
【82話の視聴率は23.2%でした】
もくじ
みすぼらしい100均で働き始める
新天地は100円ショップ「大納言」。
赤いエプロンがいかにもって感じです。
鈴愛は同僚の田辺から、漫画を描いていたんだってね、すごいね、と言われます。
100均ってみんな百円なんですかとスッとぼけたことを言う鈴愛の気持ちもわからないでもない。
ダイソーとか大手の100均ではなく、なんというか町の小さなリサイクルショップのような雰囲気が漂っています。
田辺にお嬢ちゃん呼ばわりされ、もう28ですと素直に答える鈴愛。
「じゃあおばさん?」
そう返されて、さすがに顔が引きつります。
このへん、あるあるですよね。じゃあ、田辺さんはいくつなんだよ、っていう。
『わろてんか』のおてんちゃんは、ラスト近くで50はとっくに過ぎていて孫もいましたが「お嬢さん」と呼ばれていました。
朝ドラって不思議で、ヒロインは歳を取っているのだけれども、それが無視されがちだと思います。
年齢不詳で、今自分は何歳かとすら言わないことも多い。
『半分、青い。』はそこが残酷で誠実です。
1グラムのコーヒー
鈴愛の新居は、ボロアパートでした。外見はそこそこでも中身はみすぼらしい。
遊びに来たボクテとユーコに振る舞うコーヒーも、インスタントの粉一杯一グラムという、茶色いお湯状態です。
歯磨きチューブも二本の箸で押し出して使って、小さな石鹸を大きな石鹸にくっつけているとか。この貧しさのリアルよ。
『純と愛』あたりでもヒロインが生々しい貧乏に突き落とされましたが、本作は個人の試練というよりも2000年代、日本全体が小さく貧しくなっていく、そういう空気感が出ていると思います。
たとえば鈴愛の勤務先である100均なんてまさにそれですよね。
バブルの時期のように、持ち物でステータスを見せたい――なんて思いは、もうなくなってきているのです。ディオーラのボディソープを使えるユーコのような特権階級を除けば……。
ボクテは10キロのコシヒカリ、ユーコは着古した服を持ってきます。
屈託無く受け取る鈴愛。プライドのない性格でよかった、と二人はほっとします。
このへんが鈴愛の面白いところです。
プライドがないわけじゃないのです。昨日は三流漫画家になるくらいなら辞めるときっぱり言いました。
むしろ、本気でやることに関してはこれほどプライドが高い人もいないと思うのです。
そのへんのアンバランス、ひとりのキャラクターにぎゅっと矛盾を詰め込めるのが、本作のよいところ。そしてそういうキャラクターを、自然に演じられる永野芽郁さんの高いパフォーマンスです。
時給750円では風呂付きの部屋に住めない
そう、そんな鈴愛は猫まっしぐら並みに貧乏まっしぐら。
丸の内OLにでもなろうかと思ったけれども、高卒の時点でダメ。
漫画家を28までやっていたなんて実質無職。
ユーコの子のベビーシッターになろうかと言いますが、英語を習わせているからと断られます。嗚呼、この残酷な格差よ。
平成ってそういう時代ですよね。
金持ちユーコの子供が良い教育を受ける一方、もし鈴愛がこの状態で母親になったら、その子は……。
団塊ジュニア世代は経済が右肩上がりの頃に幼少期を過ごしたため、全体としての格差は埋まりながら日本も小さな家庭も成長し、ブッチャーのような金持ちの子も、鈴愛も、一緒に遊んでいました。
しかし、それはあくまで昭和の光景。このドラマで描かれる平成は、現実的で、冷酷なのです。
ドロップアウトした若者に厳しく、表層的にだけキラキラしている様子は、まるで鈴愛のアパートのよう。
なんせ彼女のバイト代は時給750円でした。
フルタイムでも12万円。風呂付アパートに暮らすことはできません。
女性がこんな安い賃貸に住むというのは、不安で危険なことでしょう。
世代によっては、ここまで貧しいのかと愕然としている視聴者もいるかもしれません。
この時代のいやな歪みですね。
給料がここまで安いのは、結局主婦層のパートを狙った給与なのです。
鈴愛のような、未婚の若者が人間らしい生活をしていくための給与を、社会は与える気がありません。
ドロップアウトした人間に、とことん厳しい時代です。
閉鎖的な田舎になんて今さら戻れない
鈴愛は考えなしで、確かに甘いかもしれない。
だからといって、ここまで安くこき使われる理由はあるのでしょうか。あるいは他の職に挑戦するチャンスを与えてくれるでしょうか。
そんな彼女を心配して「田舎に戻れないの?」と尋ねるユーコを鈴愛は一蹴します。
夢破れた25過ぎの女なんて恥さらし、『犬神家の一族』のスケキヨと結婚させられると。
ボクテとスケキヨネタで盛り上がって茶化していますが、これもその通りです。
人口が田舎から流出し都会に集中することが問題となっています。
『ひよっこ』のころとは違います。
平成の若者は田舎では生きていけず、逃げるようにして都会に来ることもあるのです。
特に鈴愛のような、型にハマらない女性の場合は深刻な話です。たまに結婚式等で帰省したら、へんな男と結婚前提で話を進められて逃げるように都会に戻った、なんてホラーまがいの体験談もあるほど。
残酷な話ですが、この国の田舎はその閉鎖性ゆえに、自ら衰退を招いている部分があります。たしかに鈴愛の育った岐阜は美しくて豊かですが、その長所で彼女を包み込むことはもうできません。
鈴愛は現況を母には隠しておりました。
電話に出る時間のタイミングがズレ、話し方が清々しい(きよきよしいじゃないですね^^)ことで、晴はおかしいと感づいています。
相変わらず宇太郎は呑気ですが。
「若さという女の価値は下がるだけだよ」
こうなったら、28女の逆転ホームランは結婚しかありません!
鈴愛はユーコが勧める外資系の男とお見合いをすることにしました。
その勤め先はJPゴールデンリンチだそうで。
「全部米系かよ!エグいな!」と外資系金融に詳しい人だけがわかるツッコミをする人もいたとかいないとか。
そしてボクテがまた物議を醸しそうな台詞をポロリ。
「若さという女の価値は下がるだけだよ」
この価値観がどれだけ愚かしいか。本作はわかっていると思います。
鈴愛の中身はまるで成長しない、子供っぽさがある。
そういう内面の輝きを知っていたら、肉体の年齢なんてただのラベルに思えます。
それなのに、そういうことでしか値踏みせず、同じ人間を年齢だけで「お嬢ちゃん」だの「おばさん」だの呼び分けるバカバカしさがわかると思うのです。
鈴愛は、鈴愛なのです。
「コートダジュール映画祭」で「ある視点賞」ってwww
ここで、場面転換し、アパートでうんちくを垂れる男と、もうひとりの男が映ります。
いやぁ、これがまた絶妙な設定でして。
4年前に「コートダジュール映画祭」で「ある視点賞」を獲得し、それ以来鳴かず飛ばずになったという映画監督の元住吉祥平。
そして助手らしき、カルボナーラをささっと作る森山涼次。
このカルボナーラってところがうまいですよね。
これはささっとなかなかできないし面倒。トマトを使ったパスタとか、ミートソースの缶詰を開けるだけなら、ここまで関係性がわからないのです。
しかしここではカルボナーラ。
作り慣れていて手馴れていて、二人の濃厚な関係性が窺えます。
案の定、SNSではブロマンスアンテナ※をお持ちの方々がざわついています。
(※男性同士の濃厚な関係性/『真田丸』の昌幸と出浦、『おんな城主直虎』の万千代と万福にグッときていた人たちが好む)
酔っ払いと主人公がいきなりキスして、それで「ボーイズラブです!」とか言い出す『西郷どん』も学んで欲しい!
ここでシーン変わって、藤村家に移動します。
未婚の三姉妹が、ふざけあいながらそうめんをすするというシュールな場面。
ここ数日の秋風塾での、一言一句聞き逃せない緊迫感と名言だらけの会話から一転して、ゆる〜っとしたかけあいです。
三姉妹は、光江、麦、めあり。
見た目も似ていないし、ネーミングセンスも違いすぎるし、本当に姉妹かどうか不明ですし、廉子さんも正体がわからないとか。
なんじゃ、この方たち!
そこはかとなくクズ臭漂うカルボナーラ男がやってきて……
鈴愛はユーコから貰った「男性の写真」を見て、田辺に意見を求めています。
あぁ、切ないよ、この28歳女の悲しい焦り。このどうしようもない日々から、結婚すれば一抜けてあがりで、すごろくフィニッシュだからと、虚しい夢を見ている感じが苦しいです。
結婚が宿命的に向いていない女でも、自分を見つめることすら忘れるほどのプレッシャーがかかってくるのです。
それでもドコかで出会って恋して結婚をしたい――そう揺らぐのも28だからこそ。
35にでもなれば、結婚を望むにせよ望まないにせよ、色々と割り切っている可能性もあるでしょう。
しかし、100均で出会いなんかありません。
客の平均滞在時間は10分。主な客は主婦層なのにと嘆く鈴愛です。そりゃそうよ。
そこへ、客としてあのカルボナーラ男の涼次が登場。
「あの、ソケットありますか?」
視聴者にはなんか微妙なクズ臭が漂ってきているけど、鈴愛には通じないだろ!?
今日のマトメ「容赦ない平成の闇」
キラキラした秋風塾から出た鈴愛を待ち受けていたのは、容赦ない平成の闇でした。
しんどいです。
本作って時代の空気感をドラマの中にうまく再現していて、鈴愛たちが18のころのバブルの華やかさがちゃんと出てきていたんですよね。
それがだんだん、冴えなくなってくる。
オフィスティンカーベルが豪華だったために、外界と比べると目立たなかった、ということでしょう。
もはや市井には、かつてあったキラキラした感覚はありません。
時代がくすんでいること。
それが今日一日で、一気に出てきました。
玉手箱を開けたように、なにもかもがあっという間に歳をとり、色あせたようです。
律が当初住んでいた、モノトーンの賃貸住宅を思い出してください。
伊藤清とデートしていたあの部屋。モダンで、洗練されていて、豪華でした。
あの部屋と今の鈴愛の部屋を比べてみてください。
これが平成初期と、それから十年を経たリアリズムだと思います。鈴愛やユーコ、ボクテが暮らしていた秋風ハウスも綺麗な建物でもなかったし、豪華ではありませんでしたが。
それでもここまで寒々としてはいませんでした。
夢を追いかけていた鈴愛が、追い詰められるこのリアル。これがリアルです。
この時代に、鈴愛のように挑戦して破れた若者は、「自己責任」と切り捨てられ、救済なんてありませんでした。
そんなキツい話を、朝から堂々と流す勇気に感心します。
『純と愛』や『まれ』も、ヒロインが貧乏に追い込まれましたけど、ここまでリアルではありませんでした。
本当に本作には勇気があります。
世代間で格差がありすぎて、上の世代の方はロスジェネ以下の貧しさがピンとこない。
一生懸命働けば貧乏じゃなくなるなんて、今はそんなことありません。
◆自民・二階氏「子供を産まないのは勝手な考え」に批判続出 「自分で産んでみろ」
以前も引用した、この政治家の発言もですけど、出産云々だけではなく、日本に貧しい人なんかいないとして批判を浴びました。
こういう認識こそ、間違った空想力だと思います。
鈴愛が、焦げたトーストをキャンパスにするのは個人の自由ですが、上に立つ人が悲惨な現実を歪める色眼鏡をかけて現実逃避するのはとことん間違っています。
本作は、悲惨な現実を想像力で美しく見せる――そういう生き方を描いています。
それと同時に、現実をまともに見ない人の歪んだ魔法をも解く――そういう役目も果たそうとしています。
◆著者の歴史映画レビューが一冊の電子書籍になりました。近日発売ですのでよろしければm(_ _)m
※表紙イラストも同じコンビです!
著:武者震之助
絵:小久ヒロ
【参考】
NHK公式サイト
田辺は同僚じゃなくて店長らしいですね。
お忙しいことと存じます。
既に編集済みでしたらお許しください。
いつもの気になるところです。何時間か前に見た時には他に違ったところもあったような…?
>鈴愛の新居は、ボロアポートでした。外見はそこそこでも中身はみすぼらしい。
>夢破れた25過ぎの女なんて恥さらし、『犬神家の一族』のスケキヨを結婚させられると。
こちらのサイトで勉強させてもらってます。いつもありがとうございます。
もう、どこが気になっていたのか記録してないので忘れてしまってますが、他の記事、私でなくどなたかのコメントで修正できてないのでは?と思ったところもあります。思った時にコメントしておくべきでした。
本当に失礼なことを指摘して毎度すみません。
今後とも宜しくお願い致します。
面白いですね~
女学校卒業は負け組、中退して結婚は勝ち組(花子とアン)
子供の頃から許嫁がいて10代後半で結婚(あさが来た)
二十歳そこそこで結婚、または意識しだす(朝ドラは多し、近年ならひょっこ?)
歴代朝ドラもそれぞれの時代の男女感、結婚感を描いてきてるのにそんなに反応てないんですが。
皆さん! これは1999年の結婚感ですよ!!
言いたいけど、この時代の結婚感てまだまだ強いのですね。
TLで「28歳がおばさんとか、若さは価値とか、時代錯誤な呪いかけてんじゃないよ!折角ゆりちゃん(逃げ恥)が呪いを解いてくれたのに、ロクでもないドラマだ!」と喚いてる人たちがいます。
確かに「若さこそが絶対価値だと、自分に呪いをかけないで」と言ったゆりちゃんの金言はすばらしい。でもそういう言葉に救われること自体、社会にそうした呪いが溢れかえってる証拠ではないでしょうか?特に、自分の親世代が二十代で結婚・出産するのが当たり前なのが、団塊ジュニア世代です。今の自分の歳にはもう自分を産んでいた…という事実があり、それが当たり前のことだったのに、気付けば自分は今まさにその歳。でも結婚もしていない、となって焦らずにいられないのもごく当たり前のこと。
「29歳のクリスマス」なんてドラマもありました。内容は様々な生き方をする女性達への賛歌でしたが、タイトルは否応無しに女性が意識せざるをえない「年齢」をキャッチーに使っています。それだけ「わかるー」と共感する人達が多いということでしょう。呪いは幻でも恐怖はその人にとってのリアル。自分も結婚してない、恋人もいない29歳時、「もういくつ寝ると29歳のクリスマス…」となってました。
呪いは幻でも恐怖自体はリアル。リアルに真正面から向き合わないと、呪いは永遠に解けないと思った次第です。
そういえば、三姉妹の暮らす家に「帽子屋 三月ウサギ」の看板が。ネバーランドからワンダーランドへ。鈴愛は永遠の国から変てこな人達がいる世界に、飛び込んでいくのでしょうか?