明治43年(1910年)。
日本一の「ゲラ(笑い上戸)」娘ことヒロインのてんは家を捨て、船場の米屋・北村屋の長男藤吉のもとへと嫁ごうとします。
しかし、姑の啄子は認めません。
北村屋の経営状態がますます悪化する中、焦る藤吉は芸人仲間のキースが持ち込んだ「パーマ機輸入」という儲け話に乗っかってしまいます。
パーマの機械はやっぱり不良品
視聴者の誰もがわかっていた通りと申しましょうか。
案の定このパーマ機は不良品でして、テスト中に派手に煙をあげて故障してしまいます。
ただ、この故障する描写が少しおかしく、“詐欺用”という割には造りがシッカリしてるんですよね。ちゃんと通電はするのです。パーマも一応はかかる。
もしかして電気系統を修理すれば使い物になるんでは?
そもそも在庫千個のうち一個しかテストしていないのですが「こらあかんわ」と皆がここで判断してしまいます。
まぁ、放送時間の都合もあって他を試す時間もないかもしれませんが。
これはドラマ的に、古典的なチリチリ頭コントと爆発を入れて笑ってもらいたいのでしょう。
ただ、狙いがスベッた挙げ句におかしな方向にいって、「詐欺というより、この人たちがアホなだけでは……(´・ω・`)」という気がしなくもありません。
大金はたいて購入するならば、色々と調べてから判断するのではないでしょうか。輸入会社が消えた次点で「詐欺だ!」と判断するのならばまだしも。
そして藤吉は、とうとう店に帰ってこなくなります。
「俺に任せろ!」
そう啖呵を切った若旦那が行方をくらましたらば、従業員も辞めて当然でしょう。
それなのにてんとトキが「なんて薄情な!」という反応なのがちょっとなぁ。熱愛中のてんはともかく、トキは京都に帰りたいことでしょう……。
藤吉は諸肌脱いでリリコと一緒にいた!
てんは藤吉を探し回り、「万丈目という男と一緒に居た」という目撃談を頼りに捜索します。
この万丈目との会話で「笑いは薬になります」という持論を展開するてん。
それが本作ヒロインの動機なのでしょう。
が、自分を笑わせてくれた藤吉についてきてこの惨状ならば、笑いは薬どころか猛毒になっちゃってるのが辛いところです。
てんは万丈目を追いかけ、長屋まで来てしまいます。
そこには諸肌脱ぎになり、リリコに膏薬を貼らせる藤吉の姿が!
天真爛漫を通り越してちょっと怖いてんですら怒り、思わず藤吉を平手打ち。
「バシッ!」ではなく「ぺちっ」という、少し間の抜けたしっぺ程度の効果音なのは何故なのか。
思い切りひっぱたく程、てんちゃんは気の強い子じゃないよアピール……ですかね。
藤吉はパーマ機で大損したと語り、そのためにキースを捕まえようとして、リリコの家で待ち伏せしていると語ります。
リリコとの潔白を語る過程で、家と店を抵当にして大損したと語ってしまう藤吉……。
いや、もう何なんですか!!
これは彼だけではなく本作他の人間にも言えることですが、謝罪の前に見苦しい弁解から入るのが本当に辛いです。
失敗だらけのキース お茶目な部分が感じられず
あとキースさん。
制作側は彼を一体どうしたいのか。
初登場からして藤吉が追われるキッカケとなり、再登場した時は無断で見世物小屋を開いて藤吉負傷の原因を作っていますよね。
てんが危険を冒して家に匿った時も厚かましい態度で、そして今回のこれ。
トラブルメーカーだけどドコか憎めない。そんなキャラにしたいのかもしれませんが、お茶目な部分よりも足を引っ張るシーンばかりが目立って、視聴者は憎々しげに思ってしまいませんかね。
もしも今後、史実の林正之助の役割を割り振られでもしたら相当悲惨なことになりそうです。
そしてついに、留守中の北村屋の啄子のもとに借金取りがやって来ました。
啄子は愚かな息子の行為をついに知ってしまいます。
てん、藤吉、キース、リリコ、横から万丈目が見ているところに、啄子も乱入。
啄子はひったくった刀で藤吉に斬りつけようとします。
あのナレーション(不評)が「刃傷沙汰か~?」と一生懸命に盛り上げようとします。
ただ、舞台で使うものだからそもそもが模造刀なわけで。ここは出刃包丁で脇腹をぐりっと狙うぐらいの覚悟が……。
今回のマトメpart.1
暴言を承知で言わせていただきます!
「わろてんか」ではなく「わろえんわ」になってませんか?
本作に関しては、当初こういうニュースがありまして。
◆『わろてんか』「毎朝最低3回笑わせる!」 と脚本家が意気込み 見どころ一挙紹介 – エキサイトニュース(1/3)
「人は笑うことで癒され、前を向くことができる生き物だと思います。私の目標は、このドラマをご覧になっているみなさんを毎朝1回、いえ最低3回笑わせて、自分も笑いころげることです」(引用)
笑いを重視する姿勢がプッシュされておりました。
そして、視聴率低下後に出たのがコチラ。
◆“笑い”少なめで当然?「『わろてんか』はホームドラマです」
制作統括の後藤高久氏はこの点について、「『わろてんか』は演芸のドラマではないです」とキッパリ。
「こういう家族いるな、こういう人たちいるなというところから始まって、けんかして泣くこともありながら最後には笑うという、そういうホームドラマを目指しています。ずっと笑っていたら笑いの閾値(いきち)が上がって苦しいですから、笑ったら泣いて、泣いたら笑ってというのを繰り返していくんです」
脚本家と政策統括の間で意見が一致していないということでしょうか?
申し訳ないですが、そうではないと思います。
「笑わせようとしているけど、スベッている」
ではないかと。
そこで問いたいです。
撮影していて、試写で見て、スタッフの皆様は本当に笑えたのでしょうか。
私に言われるまでもなく、そして大阪の方々なら誰しも肌身に染みてご存知でしょうけど、笑いというものは難しいもの。
史実の吉本せいは、落語から漫才(当初は万歳)へ移りゆく中、その流れを必死になって捉え、そして時には芸人たちの反発も受けながら、常に新しい笑いを求め続けました。
吉本興業には何人も腕利きの脚本家がいて、梁山泊さながらにわいわいと集まって脚本を練っていたようです。
せいは冗談半分で「本も書かないでしゃべってばっかりやわ」と愚痴をこぼしていたそうです。
が、これは現在でいうところのブレインストリーミングでしょう。
敏腕脚本家が智恵を集め、そして切磋琢磨したからこそ、吉本興業のお笑いは洗練されたものになったのです。
今回のマトメpart.2
果たして本作のスタッフは、吉本興業のような切磋琢磨やチェック体制をして、笑いを狙いにいっているのでしょうか。
そんな時間はないのかもしれませんが、大事な朝ドラ枠に放送する以上、それは言い訳にはならないでしょう。
今日アバンの「パーマ機で頭がボーン、爆発」というのも、古典的な笑いを取りにいってますよね。
これで狙い通りに大爆笑ならばともかく、スベッた挙げ句、プロットに穴まで開けているのではないでしょうか。いや、めっちゃおもろかったで!というご指摘がおありでしたら、私の感性の違いで申し訳ありませんと謝るしかありませんが。
ともかく本作は、こういう狙いが裏目に出た部分が大きいと感じてしまうのです。
てんの生い立ちから藤吉とのバカップルぶり、藤吉が店を潰すまでを軽くライトなコメディタッチに仕上げようとして、残ったのは「なんとかしてくれよ! もっと真っ当に頑張れよ!」という苛立ち。
史実通りに描いたら暗くなるからという意図はわかりますが、そのやり方がまずいのではないかと。
結果、登場人物の説得力もなくなっています。
藤吉のモデルである吉本吉兵衛は、確かにロクでもない男でした。
しかし、粋で笑いのセンスだけはありました。
だからこそ寄席の立ち上げに多くの仲間が協力してくれ、芸人たちはそこで出会った妻・吉本せいの魅力にもほだされ、全員が徐々に成長していったワケです。
そんな藤吉をなぜ、笑いのセンスがない男に仕上げてしまったのでしょう。
商売勘は全くなくても、芸事だけはバッチリ。だからこそ、せいも寄席を始める気になったハズです。
家を支えるため、人生を賭けたのです。
史実を変えることが悪いのではありません。
問題は、核となる長所まで短所にしてしまったことです。
回が進むごとに「何故こんなアレンジなのか……」という疑問が増えており、私個人としては「わろえんわ」です。辛い……(´・ω・`)
著:武者震之助
絵:小久ヒロ
【参考】
NHK公式サイト
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