なつぞら8話 感想あらすじ視聴率(4/9)「内向性」の描く世界

【第8話の視聴率は22.1%でした】
なつぞら感想あらすじ
なつぞら全視聴率

おはようございます。

コメント欄、全部返せなくてすみません。

書店に立ち寄りまして『なつぞら』本も注目されているなぁ〜と思ったら……なんか山積みになっているんです。
****メモリアルブック。

大量にばらまいて残っているのか。
あるいは今後の需要の見込みがまだあるのか。

って、もう、あの名前を言ってはいけない作品のことは忘れますね。
提灯もそろそろ消えるでしょう。

というか、コチラも悪口を言っている自覚はなく、単に分析をしていただけなんですが、ハタから見たら関係ないですしね。
作品としての比較のため、文中に少しでることはあるかもしれませんが、基本は、永遠にサヨナラっす!

SAYONARA♪

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逃げたあの子を救いたい!

なつは、やはり警察署から逃亡しておりました。

「なして逃げたんですか!」

戸惑う柴田家の面々。
施設送りを嫌がったのだと説明が入ります。

児童を施設に送り込む【狩り込み】は、まるで野良犬を街から追い払うが如く、子供の保護という観点よりも、街の美化と復興のために行われるものでした。

日本以外のストリートチルドレンや難民の子供たちも、そうしたことをされてきものです。
オリンピックのようなイベントは、そうした子供や家のない人を追い込む名目になることも、よくありました。

こういう人たちを救うため取り組みは、何なのか?
2019年の現在、世界では違ってきています。

『ボブという名の猫』という映画と、その原作本があります。
この主役である人と猫は、ストリートで暮らしています。

彼らは追い詰められて縮こまって生きているだけかというと、そうではない。
「ホームレス」の主人公でありながら、保護されて家屋を用意されます。しかも、猫の飼育もできる。

猫のワクチンといった獣医師にかかる費用、人間の麻薬中毒から回復するための費用も出ています。
誇りを持って、復活を目指して生きているのです。

こういう弱った人を助けることは、決して無駄なことではありません。

『ハリー・ポッター』の著者であるJ・K・ローリングも、かつては国の保護で暮らすシングルマザーでした。
そんな中、あの傑作を世に送り出したのです。

困っている誰かや何かを助けること。
それは決して無駄なことではないと、本作を通して伝わればよいと思います。

ただし、ここで警察を責めるな、というのもそれは仕方のないことです。

「そもそも家から逃げ出したんだべ」と反論されていまいました。

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子供の足で移動できる範囲を絞れ

このあと、柴田一家は「雪月」に来ます。

「逃げ足の速い子だねー」

本当にとよババアは、口が悪い!

こんだけポンポンときつい言葉が出てくるのって、薫を通り越して昌幸クラスじゃないか、と思います。

それにしても高畑淳子さんの演技力は、すごいですね。
薫の時は公家の姫君出身(※ある意味自称)らしかったものですが、今は完全に開拓者一世ババアです。

それだけ逃げ足が速いとなると、近所にいないんじゃないかと言い出すとよ。
あまりの姑の口の悪さを、そっと妙子がたしなめています。

この人も、言われっぱなしの弱い嫁ではないのでしょう。
まぁ、これが姑なら鍛えられますよね。

ここで息子の雪次郎が帰宅し、夕見子ちゃんが逃げたのかと誤解します。

「バーカ!」

孫相手にそう言い切るとよ。
逃げたのはなっちゃん、こっちが本物の夕見子ちゃんだと示します。

バーカ?
孫相手にいきなりバーカ?

孫相手にメロメロとか、そういうチョロい人じゃない。
強い。強すぎねえか!

それに、この人はクソババアと呼ばれたくないなんて思っていないのです。
クソババア上等だ、その通りだと堂々と生きているのです。自信満々なんです。

「あっ、なっちゃんよりめんこい(可愛い)」
「知っとる」

夕見子よ……。とよだけでなく、孫世代も強いやないか!
彼女の服装からして、めんこく見えるように自分なりに考えているのでしょう。

聡明なこの私が考え抜いためんこさが、通じないわけないでしょ。あんな野生児よりめんこくて当然なのよ!
そういう気高さを感じます。

昨日も指摘しましたが、これはマウンティング心理というより、自信ですね。

ナゼ、女性は容姿を褒められたとき、
「そんなことないですぅ〜」
という謙遜を求められるのか。

自信満々だとコントロールできない。そう相手に思わせてしまうから。
それはモテないのよ、と刷り込まれるから。

富士子は違う。夕見子も違う。
とよの年代から、夕見子まで、本作に出てくる北海道の女は強いのです。

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孤児院のきょうだい

ここでなつの心理として、孤児院の兄への思いが語られます。
考え込む泰樹。

本作は、考えに考え抜かれて作られています。
昨日、孤児院で何があったか到達する手前で終わり、今週で回収します。雑な一週区切り&無理矢理解決ローテーションもやらないでしょう。

戦争で特別な絆が生まれた、そんな兄と妹について語り出す剛男。

浅草の孤児院で、きょうだいに出会ったことが語られます。

ずっと戦友の遺児を探し回り、やっと見つけたのです。浅草周辺あたりまでは絞れても、大変であったことでしょう。
一番下の千遥は、すでに親戚に預けられて孤児院にはおりません。まだ小さな妹だけは連れて行かれたのです。

孤児の辛いところ。
それはこうした別れなのです。

皆生活が苦しい中、きょうだいまとめて引き取る余裕はない。
労働力になるか、懐くか。そういう値踏みをされてしまいます。

『火垂るの墓』にしたってそうでしょう。
あれがもし、きょうだい一人だけならば死なずに済んだかもしれません。きょうだいを見捨てられないこと。それが悲劇の原因となり得ました。

ここで咲太郎は、稼ぎも孤児院に取られたと悔しがります。

「ちくしょう!」

「お兄ちゃん、大丈夫だよ。千遥は幸せに暮らしているよ。ここにいるよりずっといいよ」

そんな兄を慰めるなつ。
そこには確かに、絆がありました。

「何の用ですか?」

そう問われ、剛男は検閲の入っていない、本当の手紙を渡します。

父はそこにいる

先日も予告編を紹介した『硫黄島からの手紙』。

タイトルにもなった、兵士の手紙が感動的に蘇るシーンがありました。

死んでしまった人間は消えない。
手紙や作品を通して蘇る。そんな場面でした。

きょうだいの父は、その画才で人気があったと剛男が語ります。

明るくて、面白い。
嫌な上官の似顔絵を描いて、兵士の顔に束の間の笑顔を取り戻した。
戦友家族の特徴を聞いて、その似顔絵を描いていたこと。画才とその性格で、愛されるムードメーカーであったと伝わって来ます。

画才はなつ、明るい性格は咲太郎。
父は、子供たちの中で生きているのだとわかります。

「どうもありがとうございました!」

そう頭を下げる咲太郎。
ここが圧巻なのは、演技のすばらしさゆえでしょう。

それまでの咲太郎には、大人や世の中に対する不信感がありました。剛男を信じていいのか、疑っていたのです。
それが手紙を読み、純粋な彼の姿にまで戻ったのです。

そんなきょうだいに、剛男は北海道へ来ないかと誘いをかけます。

広い北海道に来ないか――。

何かあったらお互い助け合う。剛男は、そんな戦友との約束を果たそうとするのです。

心震わされた視聴者さんも、できれば現地へ行った方がいいです。
地震からの復興にもつながります。

十勝もいいけど「開拓の村」もいいですよ。
柴田家が、いかに開拓者の住居そのままなのか。バッチリ確認できます!

※編集注
石狩当別町に行けば伊達家開拓団の記念館もあるよ、小さいけど( ^ω^)

明治時代の北海道開拓はとにかく過酷~戦争敗者、屯田兵、元新選組、囚人、そしてヒグマ

こっちは札幌在住、北海道民ブロガーさんの十勝情報だよ!

帯広・十勝旅行 私のおすすめグルメ・スイーツ・観光スポット12選

 

迎えに行くまで待っていてくれ

このあとの会話はありません。
剛男が、トボトボと一人で帰ろうとするということは、断ったのでしょう。

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しかし、咲太郎が一人で追いかけてきました。
※続きは次ページへ

17 Comments

孤独の胃弱

私も「外向」タイプの好例を聞いてみたいです。歴史上の人物で言うと、坂本龍馬や人たらし秀吉あたりですかね?創作物だと『半分、青い』津曲さん、『いだてん』嘉納先生とかかなぁ。

「内向」がクリエイター型や軍師or 研究者型と、更に細分化されるのと同様、「外向」も分類がありそう。他者への働きかけに長けた影響力の強い謂わば能動型と、他者への共感に長けた気配り思いやりの受動型とか。あ、安仁子は受動かも。

一長一短あって、それぞれ協力し合える物語や、現実世界だったら素晴らしいなぁ。

mayajoyjoy

暗く重くならず、その時代の深刻さ、悲しみがストレートに胸に迫ってきます。番組開始直前のNHKアナウンサーたちによる一言で、「まんぷく」で描かれた戦後の悲惨さとつながってますね、みたいなこと言ってたけど、いつ「まんぷく」で戦後の悲惨さが描かれていたっけ?こちらのレビューを読むともう一度録画していた「なつぞら」見たくなります。

あしもと

つい連投してしまいまして、今更あれですが、コメントのお返事等はどうぞお気になさらずに。毎日の力のこもったレビューをありがとうございます。なつぞらは良い意味で閲覧者の熱気をうむので、それをお一人で受けるのは大変だと思います。とはいっても応えようとされるのではないかなと思いますが、こちらのレビューの一ファンとしてお伝えしたく。

ジョジョにまで話が広がって「内向」「外向」持ち出されると、もう、だめですよ、それだけでン千字のコメントをお返ししたくなります笑

匿名

「内向」「外向」おもしろく読みました。ただし「外向」のポジティブ例がないので、少し落ち着かなくて…武者さんの定義する「内向」「外向」が明確に知りたくはなりました。

書かれていることから想像すると、武者さんはアーティストであれ政治家であれ真にオリジナリティある仕事を残すタイプを「内向」と考えていらっしゃるのかなと思いました。その為には必然的に世間でなく自分の中を探索する「内向力」が必要になるので「内向」タイプ。
一方で「外向」は、世間の趨勢を読むのに長けている。とすると「内向」が叩かれながらも切り開いた道を、広く一般に広げていく役割が「外向」の方なのかな。互いに理解があると、いいタッグが組めますよね。

「内向」だけではやはり社会はなりたたないと思います。自分と異なるもの、これまでと異なる時代が怖いのは生き物として当然だとも思います。

ちなみに私は最近、とりあえず現代に限ってですが、世間がクリエイティブなものに無条件に心酔しすぎなのかもと思っています。だけど本当は、クリエイティブなもの、自分と異なるものは、怖いと思うんですよね。そこを認識すれば、無暗な少数派への差別が穏やかになるのでは、また、少数派を受け入れる努力自体がもっと正しく評価されるのではないかと思っています。

あしもと

絵の中のお父さんの顔、内村さんに似ていましたね。明るくて面白い人と説明もされ、これはもう!と思いましたよ。

咲太郎の、頭を下げたところからの「不幸にしたら許さない、覚えとけ」。この流れで、彼がどんな思いで妹たちを守ってきたかが分かります。下手に描くと炎上しそうな言葉ですが、視聴者はすでに彼の心に共感しているので、誤解なく心に届きますね。(もっともいかに丁寧に物語を紡いでも万人には届けることは無理と考えるのが創作者の良心だと思います。また、おっしゃるように少数のアンチの声が拡声されるメディア事情なので、本当に今はどう転ぶか分からないですね)

904型

今週は、テレビ朝日系で、『やすらぎの刻~道』も始まりました。
同作は、石坂浩二さん演じる主人公の元脚本家が、ある作品の制作過程を回顧するところからスタート。その作品とは、満蒙開拓団に参加した姉妹の悲劇を描こうとしたもの。
こちらの『なつぞら』にもつながる時代背景であり、目が離せず見てみました。

今日の第2話では、主人公が作品の基本構想を練り上げていくところが描かれましたが、自作の詳細な年表で作品中の時代の出来事や流行その他を確定したり、それらを踏まえつつ生育環境等を想定しながら人物像を創り上げていったり。

これを見ると、きちんとした作品がどのように作り出されていくのか、一つの有力なヒントになりましたし、あの「名前を出してはいけない失敗作」をはじめとする手抜き作品への強い反感が現れているかのようにすら感じました。

海軍歩兵大佐

「怒り」
治安維持法ができ特高の弾圧で抑圧されて、第二次大戦前後はこういう怒りの行動もなくなりはしましたが、その反省・反発もあって、戦後もやはり、割と最近まで様々な怒りの行動が現れていたと思います。

血のメーデー事件から、安保反対闘争、公害反対闘争、学生運動、…

廃れていったのは、あまりに暴力的になりすぎた集団が出る一方で、社会の利害も複雑化。「善か悪か」で単純に方向性が決められなくなっていき…
また、いずれの政治的信条の立場とも、自身の正当性ばかりを振りかざして誤りを省みないようにもなってしまい…

こういったことから、いつしか馬鹿げたことのように見られるようになってしまったのかも知れません。

まめしば

怒っていい…そういえば中世は女性達も仲間を引き連れ『うはなり討ち』をしていたなぁ。
いやいや、近代だって泣一揆や米騒動を起こしていたじゃないか。
と、振り返りました。
それなのになぜか今の弱々しい体たらく…なぜこうなったのか。
言論弾圧をはじめとする抑圧のせいか『幼少期から貶し続けて自信を無くさせ、無力化する』作戦の賜物でしょうか。

匿名

内向タイプといえば、『ちりとてちん』の喜代美を忘れてはいけません。もう10年以上前の作品ですが、このヒロインを忘れてはいけません。

こけにわ

ごちそうさんの頃はまだこのレビューを知りませんでした。ふ久についての文章を読みたかったなあ、残念です。
大好きです。忘れられないです。
彼女が戦争を乗り越えられて、
理解者がいて、とても嬉しかったことを思い出しました。
見守ること、理解者となることが広がれば、皆が生きやすくなると思います。
ひとりひとり違うけれど、同じドラマを好きなこと、わかり合うきっかけになるといいなあ。半分青いの時のように。
なつぞら、武者さん、応援しています。

なつぞらじゃなくて、武者さんのレビューの感想でした、ごめんなさい。

管理人

>いししのししさん
同じイラストレーターさん(小久ヒロさん)ですよー。
今回は、主人公がアニメーターとなるストーリーなので、アニメに寄せた絵になっております。
実力のある方なので、描き方に幅をもたせられるんですね^^
思いっきり漫画タッチにもできます(御本人は漫画家さんでもあります)。
繊細なタッチの半分、青い。イラストも僕は大好物なんです。

匿名

主人公たちの「コミュ障」とまで言えるんではないかという内向を描いてとても好きだったのがべっぴんさんです。悦子さまや高良健吾みたいな外向キャラも出てきたのですがその人たちとも理解し合い共同してゆく事業ドラマを作り上げた、あれも一定の成果はあったものと思います。
さて、なつぞらになって早起きの習慣が戻ってまいりました。善きことかな。

いししのしし

武者さまご指摘のように、脚本が実に巧みです。過去の経緯を適所で小出しにするけれども違和感が無い。剛男に北海道に誘われた場面でも、返事の様子は表現しない、でも恐らく一度断わり考え抜いて剛男を追いかけて行ったのだと想像させている。咲太郎の心情がリアルに感じ取れます。子役の皆さんの演技が素晴らしく、反復視聴に値する間違えなく素晴らしい作品です。嬉しい。  また、このサイトのキャストイラスト、内面を現した表情がとても良いですね。泰樹なんて、ドラマ内では常に仏頂面なのに。「半分青い」のときは少し違和感があったのですが、同じイラストレーターの方なのでしょうか。  

匿名

ちなみに、某朝ドラと前作大河は、何か不都合な事実があると、「そんなものは関係ない」とか、奇妙なすり替えをやる点が顕著ですね。だから、ある意味化け物だったのかもしれませんね。○通があそこまで操作をしたのも。前者が提灯記事まみれで、後者は総括から逃げてる感じです。

管理人

>梨さん
ツッコミあざすw
僕(編集人)もあの部分、一瞬、迷ったんすけど、
その後、1ミリも触れないって今までの流れからして不自然なので、そのまま掲載させていただきました。

他作品と比較して論述するってのはレビューの基本であり、
武者の熱意・知識を最も活かせる場面でもあります。

無理に外すって、余計に意識してるじゃん、ってことでもありまして。

なので前作のためにスペースを割いて長々と書いたりはしませんが、
【駄作の例】としてはやはり触れることはありかなぁ、という考えです。
わろてんかと同じ感じっす^^

SAYONARAできてませんやん!(笑)

内向外向のくだりで、まんぷくを一切出さなければ、相手にもしてない感が出て、武者カッコ良い、ってなったのに。

まだ貶したいオーラが残ってます。
完全にまんぷくを切ってください。

ジョジョ的に言うとヘブンズドアーの能力でまんぷくを記憶から消し去ってください。

ガブレンツ奮戦

「メモリアル」…

まあ、「お墓」という意味でしょうかね…

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