昭和32年(1957)年8月15日、船橋――。
なつと咲太郎は、12年前に生き別れとなった千遥らしき女性に、こう呼びかけました。
「千遥?」
「千遥か?」
「千遥なの?」
「違います」
足が不自由な男性を支える少女は、どこか申し訳なさそうに、そう告げます。
「私は違います。あなた方は?」
姉と兄で、千遥に会いにきた――そう告げる二人でした。
千遥はいない
なつと咲太郎は、女性の遺影に線香をあげます。
母方の親戚・川合としでしょう。
いきなりの来訪を詫びる二人。
チリンチリンと風鈴の音が鳴っています。
としは2年前に病死していました。
千遥と間違えたのは、下の娘・幸子だと、としの夫・俊一が紹介します。
幸子は千遥の2歳上だったと、思い出す咲太郎。
19だと幸子は告げます。千遥の世話をしてくれたことに、礼を言うなつと咲太郎です。
そして、千遥はどこかと聞くのですが……。
「申し訳ない!」
俊一はいきなり頭を下げました。
千遥はもういない、と。
「許してください!」
衝撃を受けつつ、咲太郎は呆然としながら、死んだのかと尋ねます。
そうではありません。
昭和21年(1946年)に千遥は家出してしまい、警察に捜索を依頼しても、手がかりはなかったのです。
「そんな……そんな前に」
「どうして教えてくれなかったんですか!」
二人は愕然としていますが、俊一も、何もしなかったわけではありません。
千遥がいるであろう孤児院に行ったところ、孤児院そのものがなくなっていたのです。
咲太郎が出した手紙を、千遥は持って家出していました。
そこには、なつのいた北海道・柴田家の住所が書いてありました。
それさえあれば、いずれきょうだいと再会できるだろう。そう思うしか、なかったのです。
あれは人が変わってしまった
なつは、かつての自分のように、千遥はきょうだいと再会したくて家出したのかと口にします。
ここで幸子が、ポツリとこう言うのです。
「母から逃げた……」
としは、千遥にきつく当たっていました。
千遥にばかりきつい仕事を押し付け、実の子である幸子とその兄よりも、粗末で少ない食事ばかりを与えていたのです。
千遥は、そんな差別と虐待に耐えかねて、逃げたのではないか。
幸子は暗い顔でそう告げます。
咲太郎は混乱しつつ、否定しにかかります。
おばさんはいい人だった――母にとって唯一の姉妹のようなもので、疎開も一緒にしたがった。
俊一が、苦しそうに亡妻の変貌を語ります。
あれはもう、本来の何かを失ってしまったのだと。
足を悪くして復員してきた夫。
そして三人の幼い子供。
それを支えるために、精神の均衡を失ったのです。
そのストレスのはけ口が、千遥へのいじめに向かってしまった。
「だから千遥をいじめたんですか」
「千遥は苦しかったんですか」
そう問いかけられ、幸子はこう絞り出すのです。
千遥は、むしろ笑っていたのだと。
幸子ですら、平気なのかと誤解するほどに、嫌なことがあると作り笑いをしていたのだと。
それで、余計にとしはイライラしてしまった。
バカにしているのか怒鳴っていた。
「ごめんなさい、私たちのせいなんです!」
「本当に申し訳ない!」
なつはその場を立ち上がり、外へ走り出てしまうのでした。
※ドラマ版『火垂るの墓』で松嶋菜々子さんが演じた役のような……
私はもう、そちらに帰れない
なつは、千遥を思い涙を流します。
なんて辛い日だ。
私はもう、そちらに帰れない。
千遥はどうしているのか、もう話してやれない。
この日は、なつたちにとっても、特別な日だったのです――。
そうナレーターである父が語ります。
そうか、彼は千遥のことを知っていてもおかしくはありません。それでも、そのことを告げられない。
このナレーターの人選で、千遥の生死がますます混沌として来ます。
同じシステムであった『半分、青い。』では、仙吉がなくなったあと、一時合流しました。
つまり、千遥は生きている?
帰れない父とは違い、妹は再会できるのでしょうか?
なつは自分を許せない
風車に帰った咲太郎となつ。
その口から結果を聞き、待っていた亜矢美と信哉は衝撃を受けています。
本作のすごいところは、ちゃんと戦争をくぐり抜けてきた経験が、登場人物にあるところだと思います。
前作の****は、路上の戦災者母子を、初めて見るかのようにびっくりするわ。
『わろてんか』でも、戦争被害者に思いやりゼロで、わけわからんお笑いを続行するわ。
現代人がそのまんなタイムスリップしたような、不気味さは常に漂っていたものです。NHK大阪はどうしちゃったのでしょう。『カーネーション』はこうじゃなかったのに。
本作スタッフには、戦争の直接体験はないでしょう。
それでも、ちゃんと話を聞いて、関心を持って、調べて、なるべく近づけようという誠意を感じます。
亜矢美は、本心かどうかはともかく、知らせがないのは良い知らせだと慰めます。
しかし、なつは違う。
「道で暮らす子も、亡くなる子も、街でたくさんいた頃だよ……そんな奇跡を信じろって言うの? どうして連絡来ないの? 千遥はまだ6歳だったんだよ。どうやって一人で生きていくの!」
「俺たちが生きられたのだって、奇跡だろ!」
たまらず咲太郎がそう言い返します。
言われてみれば、奇跡です。
亜矢美に、リンチから救われた咲太郎。まさに奇跡の女神でした。
剛男に十勝まで連れて行かれ、知略99泰樹の愛弟子となったなつも、フォース後継者レベルの奇跡の子。
そんななつは、自分が許せないのです。
あの恵まれた環境の中。
十勝の朝日を自分が見ていたころ。
風に吹かれていたころ。
牛と一緒にいたころ。
あたたかい愛情と友情に包まれて、生きていたころ。
千遥は、苦しんで一人さまよっていたのかもしれない。
それを知ろうとしなかった。
そのことが、どうしても許せない。そう苦しんでしまうのです。
千遥の絶望。
悲しみを知らないまま、ずっと生きてきた。千遥のことなんか探さずに――。
「お兄ちゃん、奇跡なんて、ないんだわ!」
なつはそう叫び、自室へ戻るのでした。
八月十五日に生まれたなつ
自室の机の上には、ラッピングをした贈り物らしき箱と、ハガキが置いてありました。
北海道から届いたものを、亜矢美が置いていたのです。
ハガキは富士子からでした。
20歳の誕生日、おめでとう。
東京に出てからもう一年半だね。
仕事には少し慣れたかい?
なつのことだからきっと頑張っているんだろうね。
プレゼントは、お父さんと選んだ成人祝いの万年筆です。これで手紙を書いて欲しい。みんな喜びます。
「千遥……ごめんね……」
なつよ、20歳おめでとう。
どうかその夢が、その道が、いつまでも続きますように――。
父がそう祝います。
なつの誕生日は、終戦記念日でした。
もしも再会できていたらば、最高のプレゼントであり、彼女の戦争も終わったかもしれません。
しかし、そうはなりませんでした。
なつは、名前からして夏生まれということは想像ができました。
しかし、まさかこの誕生日とは……。
考えに考え抜いた、そんな本作の世界観がつくづくおそろしく、見事だと思います。
※続きは次ページへ
営業スマイルは東京焼け野原を生き抜く知恵だったのに、まさか裏目に出てしまっているとは。千遥も兄姉を探しているけれど、手紙をなんらかの事情で紛失していると思いたいです。世話をしている子供と一緒に見た漫画映画に「原画・奥原なつ」を見つけるとかいう胸熱展開こないですかね~。
P.S.
祝、日本のアニメーションを築いた人々 復刊!!!
なんと、単なる復刊ではなく増補改訂される模様。新たに池田宏さんらのインタビューが加わるようです。東映動画の小田部さんの同期にして、任天堂に動画技術を持ち込んだレジェンドです。
まさかの、あまりに重い真実。
そして
ドラマ版『火垂るの墓』の再現のような悲劇。
予告編での二人の涙の意味はこういうことだったのか。
重すぎて、言い表す言葉が見つかりません。