なつぞら47話 感想あらすじ視聴率(5/24)女の子に限って優しすぎる男

【第47話の視聴率は21.6%でした】

 

なつぞら感想視聴率

兄・咲太郎と、その母のような亜矢美に激昂気味となったなつ。
追いかけてきた兄にきちんと謝り、川村屋にも頭を下げて明日からも働かせてもらうと告げます。

「さっきはごめんなさい。お兄ちゃんを責める資格は、私にはないわ。もう大丈夫だから。会えてよかった」

そう言い切るなつ。
こういうきっちりと謝るところ、大事ですよね。

ヒロインの気が強いくらいで、生意気だの謝らないだの感謝が足りないだの、しょうもない叩きをする視聴者がいます。
『半分、青い。』でも同様の叩きが見られました。

楡野鈴愛も、奥原なつも、そんなことはありません。

仮にそう解釈する人がいるとすれば、見過ごしているか、敢えて見落としているか、偏見が無意識のうちに出ているだけでしょう。

時間を気にしない男・咲太郎

なつは、川村屋では幸せに働いていて、兄の借金とは関係ないとキッパリ言い切ります。

彼女には、ウェットなところがありません。
誤解を解くにせよ、スッキリキッパリしています。そこが個性であり、北海道で身につけたものでしょう。

咲太郎はそんななつともっと話したいと、川村屋まで付いてきます。

遅い時間に戸惑うなつ。
しかもさっちゃん(=佐知子)に挨拶したいって言うんだから困ります。

こやつ……これが妹だからまだしも、そうでないなら完全にプレイボーイじゃないですか。

結局、なつの気遣いにより、「雪月」親子の部屋に向かいます。
雪次郎が出迎え、そこには雪之助もまだいました。

あーっ、犯人はこいつです!
誤解の震源地はこいつです!

なつぞら45話 感想あらすじ視聴率(5/22)粋で甘え上手な江戸っ子よぉ

今日はしらふの雪之助。銀座で東京の流行を確認してきたそうです。
これからはパフェよりもクリームソーダという結論に至るのでした。ほほう。

北海道から来たというだけで雪次郎と険悪であったわけですが、江戸っ子はそんなことをいつまでも引きずらねえよ。

というわけで、バター煎餅を食べて太鼓判を押します。

マッチポンプ雪之助ェェ!!

「是非とも北海道土産に!」

「北海道には行きたくねえ!」

そう言われると、ムッこう言い返す咲太郎。
あ、引きずっていたね。江戸っ子らしいなぁ。

典型的な江戸っ子は、ともかく機嫌がコロコロ変わるもんです。
『いだてん』の古今亭志ん生や播磨屋もそうでしょ?

なつが苦労して追い出されたと咲太郎が語ると、雪之助が即座に否定にかかります。

「誰から聞いたんだそんなこと! そんなこと言ったらバチが当たるぞ!」

お前だよ!
犯人は、お前なんだよっ!
ったく、記憶がなくなるタイプの酔っ払いですね。とよババアと妙子が必死で泥水を止める図式が見えて来ます。

そこでなつはようやく、夢を叶えるために上京したと告げることができました。
咲太郎は、新劇をやっていると語ります。性格が奥ゆかしいから制作なんだそうで。

おいおいおいっ!
夜中にさっちゃんに挨拶――とあがりこむ男のドコが奥ゆかしいんすかっ!

真顔でサラリと言うセリフがいちいち面白い。
大森氏のセンスが光っていますね。

咲太郎によると、最近はチェーホフの『桜の園』を上演したそうです。

それぞれの夢

話の流れから、なつが演劇部員だったと雪次郎から聞き、再び誤解する咲太郎。
夢は女優になることだと言い切りおった。

「兄ちゃんに任せろ!」

もう、咲太郎がこういうセリフを吐くことそのものが、ギャグなんですよね。
これが昭和のお調子者。全然頼りにならんの~。

なつは、漫画映画が夢だと訂正すると、今度はディズニーみたいなもんかと納得。

「子供が見るものだろ、あんなの」

「子供の夢を作りたい!」

咲太郎の言葉に、なつはきっちりと反論します。

泰樹はよくわかっていない。
野上は芸術ではない落書き呼ばわりする。
そして咲太郎は子供向けとバッサリ。

よいと思います。
主人公が目指すものがどういう偏見にさらされていたのか。そこをきっちりと迫り、だからこそ、その昇華を目指す過程がわかるのです。

当時のテーマにあった偏見を、御都合主義的にこねくり回し、適当にぶん投げる。
その結果、文化史すら破壊していたNHK大阪の駄作『わろてんか』と前作****にはなかった――そんな要素です。

一方、咲太郎の夢はムーランルージュの再建でした。

「マダムに借金をしたのに、まだそんなこと言ってる」

なつは突っ込みますが、咲太郎はめげません。
自分を救ってくれたあの人。つまりは亜矢美を舞台に立たせたいのだと。

きっと彼の中で、舞台にいる彼女は女神のように美しかったのでしょう。
そういう女性が自分を救ってくれた。我が子のように可愛がってくれている。その恩義に報いたい。

んー、咲太郎!
なかなか泣かせるじゃないか!
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5 Comments

あしもと

のぶさんは本人が言うように、周囲の人に恵まれたのもあり、学業を修めて堅気の仕事につくことができましたが、子どもの頃を見ると、より生き延びるための才気が輝いていたのは咲太郎の方でしたよね。
咲太郎はもつ力を徒花のように散らせてしまっているように見えます。

また、泰樹は、武者さんもレビューでおっしゃっていたかと思いますが、自分の力で人生を切り拓こうとする姿勢を無視できない。だから幼いながら牧場で働こうとしたなつを受け入れるし、自分の道を見つけて東京に行こうとしたなつを止められない。そしてだからこそ、大事な相手が自滅に向かおうとするとき、そこに殉じることはできないのだろうと思います。一緒に自滅できない自分を呪いながらも、見送るのだろうなと。
新宿編の咲太郎は、その点も泰樹に比べて危いように思えます。浮浪児として生きてきたのだから余程したたかだろうに、なのに危うい。でもそこが魅力となって、やはり生き延びてもきたのでしょうし。

生きる力とは何なのか、家族とは何なのか、人を支えるにはどんな厳しさが必要なのか、色々なことを考えさせてくれるドラマです。

連投失礼しました! 謝

あしもと

それにしても雪之助がすぐに「いい兄ちゃんだ」と請け合ったように、咲太郎は会う人会う人がその真っ直ぐな心根を感じざるを得ない、誰にでも理解してもらえる、天性の人たらしなんだろうなとしみじみ思いました。だれもが彼に好意を持つし、悪い人間だとは思わないのですね。甘やかされることもある。

野上などは、彼のそんなところが鼻につくのだろうなあと思います。

また、孤児あがりでしっかりしているように見えても根がやさしくて真っ直ぐなことがダダ漏れだから、誰かがそこにつけこもうと思えばつけこめてしまう。それで騙されたのだなとしみじみ納得でした。

あしもと

いろいろ考えが巡る朝ドラですが、今日一番感じたのは、泰樹と咲太郎の違いでした。

なつが一番最初に北海道にきた時、天陽の家族を助けるとき、泰樹は相手の覚悟を見定めているように思えます。それが開拓者として生き延びてきた彼のやさしさだと思うのです。当人に覚悟がないものを生半可に助けても意味がないのと知っているのかなと。

咲太郎は、彼自身には覚悟があるように思えます。それは、助けられなかった母や、手放さざるを得なかった妹たちを、父の代わりに助けるという男子としての覚悟に思えます。それが咲太郎の生きる意味になっているようです。だから無条件に「俺に任せろ」につながるのかなと

ただし、今回の咲太郎の「俺に任せろ」はちょっとネタ的に連発されていたようにも思えました。幼い頃なつを北海道に送り出した決断や、前年再会したなつに、自分を忘れろといった思いも、自分の無力を知り、自分の身を削ってもそこに大切な人を巻き込まない、彼の己への厳しさ・奥ゆかしさ・怯えに思えます。そこからすると「任せろ」と安請け合いを連発しないようには思えました。でも、今回もすぐに撤回したので、やはり根本は変わっていないのかもしれません。

904型

前回ラストのなつの言葉。
やっと再会した肉親が…と切なくなりましたが、歩くうちに冷静さを取り戻したのですね。良かった。

10年の歳月の間には、それぞれに大切な家族ができてしまい…

しかし
咲太郎も、「俺に任せろ」が、これほど「任せたくない」感を振り撒いてしまうというのも、ある意味スゴイ。

一人で盛大に機雷を敷設してまわり、甚大な触雷被害を生じさせた挙げ句、また一人でせっせと掃海してまわった雪之助も。

こういう笑いなら、朝からいくらでも。

やるねえ。

ぴぴこ

北海道編と東京編に出てくる人の質が表向きは全然違うけど本質は人間としてどちらも優しいのは脚本家さんの人を見る眼なのでしょうか。野上さんも世間が認めるような絵画でもないアニメーションを目指すなつの様を子供の遊びだと思っててムカつくなーと思っていたのですがやっぱりそれだけじゃない人なんでしょうね。いつかなつを認めても多分夕実子のようにそっけなくなんだろうなとか思うと可愛く思えてきました。咲太郎が狂言回しになっていますが彼にとって自分より年下で少しでも気の毒な身の上の子は皆妹たちに見えていたのかなと思いました。本人は自分が心配してやってるつもりで実は心配をかけているのに気付かないお兄ちゃんではなつも安心できない気がしますが北海道編とは違うコメディの色も良いなぁと思います。
キャラとしてはある意味安定している咲太郎よりお菓子修行より演劇の方向を向きつつある雪次郎が気になります。

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