わろてんか65話あらすじ感想(12/15)話の展開目まぐるしい

てんと藤吉夫妻の寄席「風鳥亭」。
彼らはひょんなことから、落語家月の井一門に関わることになりました。

月の井一門の先代団吾の一人娘・お夕をめぐって、兄弟子の団真と二代目・団吾が争っていたのです。

二代目・団吾は、襲名と共にお夕と結ばれるはずでしたが、団真に惚れていたお夕が団真を選び、駆け落ちします。
結果、団真は破門され、2人で地方を回っては「偽団吾」を名乗る日々、その末に風鳥亭へたどり着いたのでした。

落ちぶれても、恋女房のお夕と再起をめざしていた団真。しかし団真は、風鳥亭の高座で失敗してしまい、励ますお夕に手を上げてしまいます。
お夕はそんな団真に失望し、団吾の別宅で暮らすように……。

てんは、団真とお夕こそが結ばれるべきだと固く信じていましたが、団真は失踪してしまいました。

 

駆け落ちを言い出したのはお夕だった

失踪した団真は、置き手紙に
「われても末に逢わんとぞ思う」
という一文を残していました。

「もしかして身投げするつもり!?」と騒ぎ出す一同。そういえば今週あたりからきっちり引いていた電話で、警察に通報します。

てんは団吾の別宅に行き、お夕に失踪の件を告げます。
団吾は「ほっとけや」と冷たい態度ですが、お夕は風鳥亭へと駆け出します。
行き先は……川じゃなくて風鳥亭か~い!

いや、一瞬ね、二人の思い出の場所でも行ってみるんじゃないかと思いました。
川縁で幸せそうに散歩した思い出フラッシュバックなんか流しながら。

団真が見つからず、悲嘆にくれるお夕。
しかし、てんは余裕たっぷりの微笑みを見せています。
この「神視点」が、どうにも辛いんです。なぜ、そんな余裕綽々でいられるのか。この表情は、愛する人が失踪して困っている相手に対して適切なんでしょうか。

お夕は血を吐くようにしぼりだします。
「うちのせいや! うちが駆け落ちしようと言ったから……」

そもそも駆け落ちを言い出したのは、お夕だったと告白。
そのせいで破門され、落語もうまくできなくなり、酒浸りになったと。そう悲嘆にくれるお夕です。

 

首の付根をガツンガツン!と自ら打ち付ける団真

警察にも手がかりがない中、亀井が団真を連れて戻って来ます。
するとお夕はこう言い放ちます。

「本当は死ぬ気なんてなかったんやろ! うちへの当てつけや、こんなことしてもうちは戻って来ぃひんで! 根性見せて落語に精進しぃ!」

ここはちょっと唐突な気がします。団真と同じように
「好きだからこそ意地を張って正反対のことを言ってしまう」
ということでしょうけどね。前の台詞と正反対過ぎるのです。

団真はお夕の帯を見て吐き捨てます。
「高そうな帯やな、団吾の所に戻れ」
てんはここで何かごちゃごちゃと綺麗事を言い出します。

そこへ団真の痛撃なセリフ。

「ほんまもんの天才を前にするとここをグサグサされるねん!」

首の後ろを自らの手でガツンガツン!と叩きながら、苦しそうに本音を吐露する団真。
お夕と結ばれたということは、天才団吾と比較される運命を背負い込んだということで、それが彼には辛かったのでしょう。

描写が少なめとはいえ、団吾が天才型ではなく努力もしていることは、一応示されてはいます。
北村有起哉さんの迫真の演技で思わず呑み込まれてしまいました。

 

最初からヤル気のないストだとわかっておりましたが

一方で芸人四銃士のストライキは終了。
うっとうしいストライキ描写が終わったのはほっと一安心ですが、ストの終わり方としてこれはないでしょう。

経営側から何の譲歩も引き出せず、自分たちが心を入れ替えて終了って……。
ともすれば、ストライキが怠惰な人のわがままだと捉えられかねない描写で、コトはそう単純なものでもないと思います。

にしたって、あの藤吉の逆ギレからの猫撫で声、山守組長風の泣き落としでコロッといっちゃうのもなぁ……。

結局ここも、とにかく“結果ありき”で最初からヤル気のないストライキごっこと化してしまった気がします。
視聴者のほとんどは、おおむねこのような展開になると感づいていたのでは?

そしてここで、ドツキ漫才ルートが確定してしまい、ゲンナリとする私でした。
戦後に生み出されたドツキ漫才。それを大正時代にやるのはさすがに無理があります。

ゆえに、ここで誰かが否定してくれたら、歴史修正が阻止できたんですけど、無理でしたね……。

鉄砲伝来前に鉄砲隊を組織するような歴史改変が確定してもた(´・ω・`)

もうドラマとしては仕方ないとは思います。
せめて「ハリセンが大正時代に生まれたのはフィクションです」とでもテロップあればなぁ。

※昨日も引用させていただいたのですが、ハリセンの起源については『なんばグランド花月ブログ』にチャンバラトリオさん(1963-2015)の興味深い記述がございます。

このハリセンを最初に作ったのは、昨年惜しくもお亡くなりになった、チャンバラトリオの南方英二師匠です。生前、南方英二師匠は口癖のように「ハリセンの特許取っときゃよかったわ~(笑)」と話されていたそうです。

唯一の救いは万丈目が「後ろ面を究める」宣言でした。
彼は本当に貴重な枠です。

 

団吾はいつから団真と同じ高座に上がってもOKになったん?

その夜、藤吉は団真の家の前をウロついています。
団吾も努力をしている――と藤吉が確信したのも、お座敷遊びの終わった夜中に、彼が稽古をしているところを偶然見かけたからでした(第10週)。
いや、まぁ、象徴的でわかりやすいんですけど、藤吉は夜に練習シーンを見ないと落語家たちの本気度をはかれないんすかね。
そんな穿った見方もできてしまうかと思います。

ともかく団真とお夕の中を取り持ちたいてんは、藤吉に「団真を高座にあげて欲しい」と言い出します。
藤吉も昼間の初っぱななら、と折れます。

「俺も元は芸人や。芸人の気持ちはわかる……」
いやいやいやいや、それはない><;
鳴かず飛ばずだったのに、てんにウソこいて手紙送っていた黒歴史だと思うんですけど……。

それから藤吉は、てんに俺の頼みも聞いてくれと言い出します。

てんは団吾の別宅に向かい、団真と競演して欲しいと頼みます。
渋る団吾に、団真は「崇徳院」を演じるし、お夕も来ると言い出すてん。ドヤ顔です。

ここで団吾が「女の色気に騙されるところやった」と言うのですが、色気というか人の三角関係につけこんでいるように思えます。
これが奇策なんですかね。かなり失礼な頼み方に見えてしまいます。

観客にとっては
「団吾VS同門の兄弟子」
ではなくて、
「団吾VS偽団吾」
というカードになるわけで、それでよいのでしょうか。

いや、そもそも団吾は、団真と同じ高座には絶対に上がらないと言ってました。
それがお夕の一件で変わった?
その説明もなかったので、本当にワケがわからなくなってしまったのです(´・ω・`)

 

今回のマトメ「一回に詰め込みすぎ」

昨日書いたことの繰り返しになるのですが、この展開を倍の時間掛けて、一週間でやればもっとマシだと思いました。

あまりに詰め込みすぎて、三角関係の心情描写がものすごく雑です。

お夕の団真への負い目や、じれったい気持ち。
一時的とはいえ、団吾のもとに向かったかという理由、その過程。
団吾の団真への敵意、劣等感、お夕を大切にしたい気持ち。
団真の団吾への劣等感。
一緒にいたお夕への、愛憎が入り混じった気持ち。

そういうのが短い台詞だけで凝縮されて、その合間に能天気でしかない藤吉やてんのドヤ顔が挟まるため、ストーリーは悪くないのにグチャグチャに散らかってしまった印象なのです。

短い場面と短い台詞で劇的に演出したいためか、登場人物の言動もエキセントリックになりました。
団吾が生け花をむしる場面、お夕が団吾を怒鳴る場面、団真が叫ぶように苦しみを叫ぶ場面。

熱演でなんとか見られるものの、こういうのを短時間に詰め込むと、見ていて疲れます。

それでもまだなんとかマシに見えるのは、月の井トリオの役者のチカラで奮闘しているから。それだけです。

とにかく藤吉の言動もめちゃくちゃ。
あれだけ団吾に頭をさげて這いつくばっていて、団真に冷淡な態度を取っていたのに(第11週)、今週では団真のために晴れ舞台を用意する寛大な席主になってしまいました。
団吾の契約金の話もウヤムヤなまま。お金、用意でけたん?

 

今回のマトメ「藤吉&てんはプロデュース能力に欠ける」

そしてその三角関係の影に隠れてまずい点もあります。
吉本興業創始者夫妻に、プロデュースの才能がまったくないと露呈したことですね。これは厳しい。

もしもプロデュースの才能があるのであれば、団真を再起させ、団吾にも負けない専属落語家として売り出したのではないでしょうか。
そっちの方が物語としても面白そうなのに。
これでは、結果ありきで無理矢理つないだ末の展開と言われても仕方ないでしょう。

キースとアサリの「漫才」にしても、火曜日に藤吉がキレて怒鳴り散らしたらいきなり「できました!」って(´・ω・`)

「しゃべくり漫才」の誕生は、日本芸能史に残る大発明です。いわば今の漫才にも大きな影響を与えているわけで。
三角関係と平行させずに、じっくりと一週間かけてでもやるべきでした。

そしてその過程で、てんと藤吉夫妻が漫才の発明について、いろいろな案を出して汗を流すべきでした。
夜中うろうろしたり、恋のキューピッドとして人の家に押しかけたり、そんなことは吉本夫妻でなくてもできる話です。

吉本夫妻なら、芸人を育て、商売をうまくやる話にして欲しいのです。
三角関係のキューピッドになるヒロインなんて、現代の高校を舞台にしてもできますし、そのほうが自然でしょう。

なんでも恋愛と仕事をからめるのって、そもそもあんまり見ていて気持ちのいいものでもありません。

著:武者震之助
絵:小久ヒロ

【関連記事】
吉本せい 吉本興業の歴史

【参考】
NHK公式サイト

 

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