◆男女が支え合うことは不可能じゃない
それに、男だって支えられているとも本作では描かれています。
咲太郎を救った亜矢美。
実は咲太郎を救っていて、そのうえで紆余曲折があった光子。
春雄が残した「杉の子」の味を守るのは、女である千遥と雅子の力です。
誰もが敵わない、そんな圧倒的カリスマを持つ泰樹。
その精神を鍛え上げるコーチは、紛れもなく、雪月のとよでした。
そういうところを無視して、男ばかりが女を救い、女ばかりが頼り切っていると思ってしまうのは?
これも【偏見】と【差別】です。
女のやることは内助の功だの。
ばあちゃんだのおばちゃんだの、小娘だの。
そういうところに矮小化して、見えなかったとすれば、視野が狭かっただけのことなのです。
高慢と偏見を捨て去ってみませんか?
そしてこれは重要な点であり、かつ、他のレビューでも気付かれていないこと。
制作側も伏せているからには、ここでは推察を伏せておきます。
イッキュウさんが高慢ななつを救った?
偉大なる泰樹が孤児なつを救った?
北大出の夕見子が、冴えない高卒、おまけに役者に挫折した菓子職人・雪次郎と結婚してやった?
天才神っちが適齢期遅れのババアになったモモッチを救った?
それはどうでしょうか。
私はまったくそうは思いません。
救ったようでいて、彼らは理解者を見出し、救われている。
役者は美男美女だけに、そこだけを見て、完璧な造形だと誤解されがち。
草刈正雄さんと中川大志さんような、そんな輝く美貌だけを見てしまい、
「完璧超人がずーっと出ていて、もう代わり映えがしない❤︎」
というウットリ投稿もありますが……本当にそう思いますか? 美形に対する偏見ではありませんか?
ここであげた人たちは、濃厚なキャラクターですし、トラブルメーカーだと推察できる要素もたんまりありました。
みんな、友達多くないっしょ。少数の理解者に囲まれて生きている感があった。
演じる側は、他の役の倍は厳しかったと思います。
草刈正雄さんは、彼ならばこういう役ができると『真田丸』で理解されたうえで、満を辞して作り上げたと思います。若手三人はどうですかね。期待されて、荷が重かったことでしょう。子役もね。
夕見子は常にドヤ顔だし。
ディズニーヴィランレベルの高慢女王。なのにめんこい。すごい役だとしみじみと思います。
気がつけば、イッキュウさんは目線がどこかを彷徨っているし。
一人だけ物をガツガツ食べているし。
転ぶし。
神っちなんて、セリフがないのに背景でも眉をしかめている。
彼は常に熱量が高い演技をしていて、出てくるだけでこちらも動揺してしまいました。
ああいう人たちを受け入れられるか?
その挑戦は、来年も続くという予感があります。
本作・天陽モデルの神田日勝にせよ。
『エール』の古関裕而にせよ。
専門の教育機関を出ていないアーティストには、何かがある。
主人公の性別にばかり注目が集まりますが、重大なのはそこではありませんよね。
モデルが古関裕而氏であること。
これが重要でしょう。
とりあえず、来年を待つことにします。
ありえたかもしれない未来
本作の放映中に起きた、京都アニメーションの事件。
『わろてんか』の吉本興業とのニュースとも重なり、こんな意見はあったものでした。
「『わろてんか』は放送終了後でよかったね〜」
「『わろてんか』で描かれた頃の精神を取り戻して!」
「朝ドラって不吉じゃないの? テーマの黒さが明らかになるなんて」
これについては、論点を整理して私なりの考えを書きます。
・『わろてんか』モデル企業の黒い背景を、作り手が知らなかったとは到底思えない
→いわば地雷を知りつつ踏んづけて爆発しただけのこと。当然の帰結です。
→『わろてんか』の頃も何も、創業当初からあの企業の暗部は有名でした。
→問題、嘘。振り切ったと思っても追いついてきます。放送終了で逃げ切ったつもりだったのは、ただの誤解です。
→これが最後ではない。別の嘘も、朝ドラに早晩追いつくのは時間の問題です。
・『なつぞら』はむしろ、アニメや社会そのものの問題に焦点を当てている
→アニメ業界の劣悪な労働環境。アニメで描く世界の視野狭窄。ジェンダー意識の低さによる少子化、女性差別の温存。アイヌへの無理解とヘイトスピーチ。北海道と観光と経済。
電力便りの生活が崩れた時、どれほどの危険性があるか。
終わりなき拡大はあるのか?
そこに焦点を当てたのならば、現実のニュースと重なることは当然の帰結。
最終盤、『大草原の少女ソラ』に突入してからは、どんどんアニメとこの社会の失ったものを描き、圧倒されて息が詰まりそうでした。
ありえないようなことを、本当のように描く。
ありえないことのように見せて、本当のことを描くこと。
これが炸裂していました。
なつや茜のように、結婚後も働ける環境を整えていたら?
イッキュウさんのように、男も育児と家事を担っていたら?
レッドパージされた蘭子を、咲太郎のように救っていたら?
アニメーターとファンが、神っちのようにもっと労働問題に敏感であったら?
マコのように、アニメ現場を守る総大将が立ちふさがっていたら?
イッキュウさんの言葉と泰樹の行動に立ち止まった照男のように、終わりなき経済成長に警戒心を抱いていたら?
電力便りのインフラに立ち止まっていたら?
本作は残酷だった。
あったかもしれない現実と未来を、あまりに美しく描き出していたから。
本作を見てから、現実を見ると。
「こんなものはありえない!」
そう怒りに満ちたアンチ投稿が投下される。
そこにあるのは、あまりに醜い現実でした。
その醜さに気づかないか、見てみぬふりをしてきた。
そういう荒地が広がっているようで、とてもつらいものがありました。
アニメの作画崩壊を笑うだけで、劣悪な環境は無視する。
好みの萌えやエロがあれば、人体構造や物理法則が崩壊した絵でも、ともかく褒めてスマートフォンに保存する。
子供の発熱のため早退する仕事仲間に、ため息をつく。
もの言う女性をブスだのババアだのと罵るSNS投稿をして、すっきりする。
劣悪な老度環境に立ち上がったストライキのニュースを読んでも、バカが何か言っていると嘲笑う。
恵まれた環境の人間、理解者を得た人間に「あんな奴は本物の苦労を知らない!」と怒りをぶつけあい、何かいいことを言ったような気分になる。
その結果はもう、出ています。
気づかないのだとすれば、現実逃避をしているだけ。
ギスギスした目上からの懲罰感に疲れ果てた、なつのような女性たち。
彼女らは、もう新天地の開拓へ向かってゆくのです。
◆若い女性流出、悩む地方 男女比崩れ人口減加速:日本経済新聞
『半分、青い。』と『なつぞら』のテーマそのものに怒る投稿もありました。
「田舎娘が都会で夢を追いかけるだと? けしからん! 地元で嫁ぎ、地道に生きてゆく話にしろ!」
そんな怒りの声をあげる理由もわかります。自分たちの価値観から離れていく、鈴愛やなつに怒りを感じるのでしょう。
朝ドラで逃げ道を示されたら困る。
そういう心境の告白だということは、前作の支持っぷりを見ればわかります。もらい感情して、幼稚で幼く、愚かで自力で稼ぐこともできない。夫の言うことや暴虐に従い、同性を牽制する。
そんなヒロインこそ王道だ。そう讃えたくなるんですね。
そういう他罰的などんより感のない、助け合い、【受容】と【理解】を考えていれば、もっと世界はよかったのかもしれないのに……。
どこで道を間違ったのだろう?
広がりゆく十勝の空を見ながら、私の胸によぎったのは、悔恨でした。
だからこそ、開拓をしなければならないーー。
朝ドラは、高度経済成長の家族像や神話を再生産してきました。
無害なようでいて、実は【普通】からはみ出す層を追い詰め、女性の背中を蹴り飛ばす。男性に対してもそう。
ハイヒールやタイトスカートに女性を押し込めるような。
スーツとネクタイに男性を押し込めるような。
そのほうが綺麗で目の保養、あるべき姿だと言い張るような。
そんなグロテスクな構造がありました。
本作は、そんな構造、荒地を開拓しはじめた――勇気ある作品です。
たまった汚泥や酸を押し流し、荒地に鍬を入れ、石を取り除き、美しき里にすること。
100作目という区切りで、本作はその開拓を示しました。
最終シーンで、101作目の展望を告げたのは、そんな開拓の意思そのものだと感じました。
本作そのものが凄まじい挑戦であるのに、気づく人があまり多くなさそうなこと。
それも、本作らしいと思います。
本作にいるスタッフは、自分の知名度や名声をそこまで気にしていない。
スターになろうというつもりは、さらさらない。
支配することにも、されることにも、興味はない。
ただ、自分の理論が正しかったと証明できればそれでいい。
地に足がついている。
だからこそ、本作は素晴らしく、同時におそろしかった。
疲れる半年でした。
開拓をした疲れだと言われれば、その通りだとうなずくばかりです。
付:101作目『スカーレット』事前予想&『麒麟がくる』
NHK東京ほど挑発的ではなく、王道回帰――昨年、そう謳っていたNHK大阪の前作は、中身が外道そのものでした。
あのドラマによいところがあるとすれば、膿を出し切ったことでしょうか。
今年こそ、NHK大阪が真面目に王道回帰を狙うようです。
京阪神企業スタンプラリーも、ついに終わりました。
信楽へ向かい、運命に立ち向かう女性を描くこと。そこを目指すようです。
予告編を見れば、ヒロインは目つきがなかなか鋭く、集中力を感じます。脇役もいい。
関西人が大嫌いな、なんちゃって関西弁も終わりや。
ネイティブ関西弁が戻ってくるで!
おめでとうございます。
本作は、2012年の『純と愛』ショック以前まで戻るつもりのようです。
NHK大阪の朝ドラは、そこまで悪くないはずやで!
阪神タイガース躍進のような、そんな爽快感がついに戻ってくる!
この勢いが年明けまで持つか。そこはわからない。
しかし最低でも前半は、中身のあるしっかりとした作品を焼きあげるはず。
【大吉】とまでは言い切れませんが、最低でも【中吉】より上です。
そんなプライドを、見届けましょう。
2020年大河『麒麟がくる』。
これはすごいことになりそうです。
好き嫌いは割れそうですが。
歴史学だけではない、別の分野の知識を総動員して、だからこそ現在最先端の人物像を描くことでしょう。
染谷将太さんの織田信長は、ほんとうにおそろしいことになる。
それに振り回される長谷川博己さんの明智光秀も、鬼気迫る像になるでしょう。
文:武者震之助
絵:小久ヒロ
今回、歴代ヒロインが総出演しましたが、その中でも特に意義があるのは、貫地谷しほりさんと比嘉愛未さんの出演だと思います。
お二人とも、朝ドラがどん底にあった00年代後半を主演として支えた方です。
朝ドラヒロインとしては報われない世代の方でしたが、こうやって復活した朝ドラの栄光の100作目に元ヒロインとして凱旋出演したことは、細々とつなげたお二人へのせめてもの恩返しだったのかなあ、と思いました。
1ヵ所だけ、「明美をジャーナリストとして育てる信哉」ですよね(笑)
それはともかく、半年間、予習復習として楽しませていただき
ありがとうございました。
まだスピンオフがあるので、そちらも楽しみですね。
半年間、ほんとに濃厚に楽しませてもらった作品でした。「なつぞら」と「半分青い」か私の中でもツートップです。そういう人間も、ここにいます。
お疲れ様です。
半年間、楽しく読ませて頂きました。
ありがとうございます。
最初の最後で一つだけ。
北海道の木彫り熊はアイヌルーツだけではないです。
第一号は、八雲の木彫り熊とされています。
詳しくは、八雲の「木彫り熊資料館」に行ってみてください。
総評ありがとうございます。
半分青いに続き、やや話に荒さはありましたが、志を感じさせてくれるドラマでした。ドラマから現実が変わる、そんな予感が最高でした。
スカーレットも期待大ですね!大阪班に期待します。
ちなみに大阪朝ドラでは、もう14年前になりますが、「風のハルカ」の家族像はとても良かったですよ。第1話に、「おとこが夢を持ったら家族は応援してくれるものだろ⁈」というヒロイン父と、さっさと離婚するヒロイン母が出てきます。
当時はSNS全盛ではなかったけれど、視聴者の顰蹙もかったそうですが、ステキなお母さんでした。家族も、長い道の末に発展系に進化します。デビュー間もない中村倫也も出ています。
現実に風穴を開けてくれるドラマは、清々しいですね。武者さんのレビューは、その風に乗せてくれるレビューだと思います。今後も楽しみにしています!