失敗というのは……いいかよく聞けッ!
真の「失敗」とはッ!
開拓の心を忘れ!
困難に挑戦する事に無縁のところにいる者たちの事を言うのだッ!
『スティール・ボール・ラン』、スティーブン・スティール
終わりました。
長い半年でした。
長いようで短いとは言えません。
朝ドラでこういうことをしてよいのか。そういう気持ちはずっとありました。
週を跨いで複数の伏線や展開を入れる。
専門用語、歴史用語をたくさん入れる。
セリフが長く、濃厚。語彙が豊富。
映像も演出もものすごくて、メインでカメラが当たっていない役者さんもきっちり動いている。
一言しかセリフがない脇役さんも何かを演じている。
メインの役者さんは、広瀬すずさん以下、演じているというよりも役そのものを生きている。
100作目とはいえ、よくもこんなことをするものだと衝撃を受けてばかりでした。
脳も搾り取られるようでした。
初めのうちはよかったのですが、だんだんと濃厚になっていった。最終盤の一ヶ月は常にうっすらと頭痛がしていて、睡眠時間も長めにとらないと沈没してしまいそうでした。
気持ち悪いことを承知で言いますが、本作は怪盗がどこかでほくそ笑んでいるような、そんな何かをずっと感じていました。
謎解きをしろ。
そう挑発されているようで、それを読みとらねばならないと、ずっと全力でした。
「孔明の罠」と何度も何度も書いてきましたが、ずーっとあの司馬懿顔で見てきたとご想像いただければと。
寂しいけれども、終わって正直、ほっとしています。
ものすごくよい作品で、そのことはさんざん毎日のように考えて、書いてきたのだけれども。
本稿は『なつぞら』の深淵であり、暗く、説教臭く、ややこしいことにツッコミたいと思います。
実は事前準備は、夏から始めていました。本作は、それだけ恐ろしいものなのです。
ありえないようなことを、本当のように描く。
ありえないことのように見せて、本当のことを描くこと。
『なつぞら』、坂場一久
モデルからはみ出してはいけませんか?
ありえないようなことを、本当のように描くこと――。
本作のラストでも、出てきたイッキュウさんのアニメ論。
このセリフこそ、本作の描いたことではないかと思いました。
本作は致命的なプロットホールがない代わりに、モデルと思われる人物との乖離を執拗に叩かれました。
「モデルの方がずっと魅力的だ。ナゼそうしないのか?」
そういうバッシングはずっとあったものです。
最大のものは、イッキュウさんと神っちのモデルとされる人物が挑んだ、労働組合の闘争です。
私はそこへは突っ込みませんでした。
何か意図があることを感じていたのです。
「いつから本作は、モデルをそのまま描くと言っていましたか?」
そう微笑みながら、言われた気がして、そこは突っ込んではむしろ危険だと感じました。本作の難しいところは、モデルと思われる人物がいるものの、経歴の一致度がそこまで高くないところなのです。
実はこれは朝ドラでは、ありえた現象です。
大河ドラマのように、実名そのままを使うわけではない。
(※大河ドラマでも『獅子の時代』等のようにこの手法を使ったことはありますが、今はなくなりました)
モチーフであると断っている。
それは昔からそう。
海外ドラマはじめ、フィクションでもよくある手法です。
そこをふまえますと、
「モデル経歴と一致しないということは、必ずしもマイナス要素ではない」
となるのです。
私は本作を何度となく朝ドラ版『ゲーム・オブ・スローンズ』と呼んできました。
薔薇戦争をモチーフとしながら、あのドラマは大胆な換骨奪胎をし、複数の国や地域の要素、さらにはドラゴンや魔法を付け加えていたのです。
そういう大胆な換骨奪胎があるという前提であれば、モデルとの不一致は欠点でも忖度でもなく、作劇手法であると理解できるのではないでしょうか。
参考 ゲーム・オブ・スローンズ武将ジャパン
またこうしたドラマでは、目線が必ずしも英雄のものと一致しないことも特徴です。
「織田信長が主役ではなく、信長に仕えたものを主役とする」
「将軍や首相が主役ではなく、時代に翻弄された一兵士の目線で描く」
ぐいぐいと引っ張ってゆく英雄譚に憧れる目線からすると、こういうフィクションはこうなります。
「何が言いたいのかわからない!」
それは【英雄譚以外を物語ではないと思うから】起こり得ること。
海外ドラマでは一般的な手法です。
日本史を扱ったVODドラマ、映画でもそういうものはこれから増えてゆきます。
意識のアップデートをお勧めします。
※『MAGI』は三英傑ではなく、三英傑に振り回された人物が主人公です
朝ドラでここに踏み込む。
これはすごいことです。
ありえないって何だろう?
「こんなことはありえない、脚本家の妄想だ!」
こういうバッシングについて、『半分、青い。』の頃からずっと考えてきました。

イケメンのプロポーズを断るのは、ありえない。
イケメンで大手企業正社員と離婚するなんて、ありえない。
左耳が聞こえないくせに、あんなに堂々としている鈴愛はありえない。
お世話になっている秋風に、あんなひどい態度をとる鈴愛はありえない。
あれしきのことで漫画家を辞めるなんて、そんな鈴愛はありえない。
男が十歳年上のババアと付き合うなんてありえない、脚本家の妄想。
ほんとうにありえないの?
どういうことだろう?
猛毒ガマガエルを健康食品として食べるとか。
収監されていたははずの期間に、自宅ですごい発明をしてしまうとか。
天ぷら鍋を加熱放置しても火災にならないとか。
コシと高級感のあるカップ麺とか。
そういう物理的にありえないことではない。不可能ではない。
なのに、何をもってして、ありえないとされたのか?
それは【偏見】と【差別】である――そう気づきました。
思い出したのは「ラジカセ犬パフ」のこと。
『動物のお医者さん』という漫画に出てくる犬です。
パフという犬は、子犬の頃にラジカセに繋がれました。パフは気が強く、周囲を警戒して唸っています。
成犬になってからはラジカセなんて動かせるはずなのに、子犬の頃の経験に縛られているため、ラジカセの周囲を回っているのです。
「いつ真実に気がつくだろうな」
「ウン」
それに気づいたとき ラジカセ犬パフの世界は広がる
『半分、青い。』のバッシングは、パフの唸り声だったんだ!
そう思うと、むしろなんだか楽しくなってきました。
それどころか、私には悪趣味な趣味が増えました。
BBCのドラマ『SHERLOCK』で、シャーロックは敢えて挑発的なことを問いかける尋問テクニックを使います。
反論させると、相手はよく喋るから――。
ドラマ評も同様。
興奮し切って分析が苦手なアンチの場合。その意見には、発信者の弱点が入っている。
「あなたの弱点は? コンプレックスは?」
そんな風に聞いても誰も素直に答えません。ところが、この手法を使うとバッチリ心情を吐き出します。
そう思ったら、むしろパーッと世界が明るくなりました。
現実と一致しないからこそ生まれる世界
この手法を本作からも感じることがあります。
「モデルと一致しないではないか!」
むしろここに、大きな挑戦がある。そう確信しています。
労働組合争議。女性の権利問題について言えば、一部モデル夫妻の上位互換になっていると感じられる。
レジェンドすら達成できないことを、本作はクリアしているのです。
モデルの美化や功績を増すこと。
それはフィクションでは珍しくないことではあるのですが、本作はある一定の法則があるのです。
差別を炙り出し、それがいかに愚かであるか。そこに迫りました。
・貧困
・ジェンダー
・戦災
・人種差別
こんなものがない世界はどう思いますか?
おとぎ話で、夢を見ていると思いますか?
でも、そんなものがない世界の方がよいはずだとは思えませんか?
◆アイヌが王となる酪農王国
音問別農協の田辺組合長は、当初無神経な設定だと危うんでいました。
農協関連の描写は、アイヌの伝承を基にした演劇で、和人が解決をはかるというもの。
アイヌの宇梶剛士さんが組合長というのも含めて、ちょっとどうかと思うところはありましたが。
それが後半、田辺組合長が十勝農協を作り上げるプロットまで到達して、これはすごいことだと驚かされました。彼は農業王国の王になったのだから。
アイヌの結婚差別、就職差別の話は私でも知っている。
けれども、本作はそういう差別がない世界を築く方法に歩み寄ろうとしていると思えました。
明言はされないものの、阿川父娘はアイヌルーツの人物です。
弥市郎が彫刻と向き合う姿を通して、あの北海道の木彫り熊はアイヌルーツだと明言されたと感じています。
まだ足りないところはあるかもしれません。
けれども、北海道の歴史はアイヌと切り離せるはずがないと示したことは、偉大な一歩だと思うのです。
◆二番だしの家族
最終週の二番だし問答は、奥深いものでした。
血縁関係がない家族は偽物なの?
そんな偏見に、亜矢美はきっちりと答えました。
一番だしのような実の家族が消えるわけじゃないけれど、私たちだって美味いはず。
料理の味からそこまでたどりつく。その優しさが素晴らしいと思えました。
◆愛も、関係も、人の数だけあるのだから
なつと天陽。
泰樹ととよ。
そして本作の様々なカップル。
男と女がいれば恋愛でしょ〜!
そんな偏見を打ち破る、組み合わせが秀逸です。なつに対して靖枝が嫉妬することもないだろうし、それは泰樹ととよの配偶者もそうでしょう。
『半分、青い。』であれだけ叩かれたにも関わらず、本作には女性が年上の夫婦、適齢期を過ぎた女性を選ぶカップルが複数登場しました。
この関係は、ホモソーシャルからの決別だと思いました。
ホモソーシャルの関係は、相手の中身ではなくてブランドとして持ち歩く価値、利用できるかどうか、性的なアピールや金銭的な価値ばかりを見ます。
若いか? 美形か?
名門大学卒か? 大手企業で働いているのか? セレブなクリエイターなのか?
実績は? SNSのフォロワー数は? いいねの数は?
本作はそことは決別している。
肩書きや才能を愛したわけではないと、なつはイッキュウさんに訴えました。
そうではなくて、もっと別の価値観を見出す。そんな関係がいつもありました。
本作は、この世界にあった差別を炙り出し、それがいかに馬鹿げているか。
そこをきっちりと見つめてきました。
そして本作は、モデル像から逸脱しつつ、現実にあった不可能を可能へと変えてゆく、そんなハーモニーを奏で始めるのです。
不可能を可能にすること
だからこそ、本作は不可能を可能にしました。
◆女に不可能なことはあるのか?
本作は、男女の不可能を打ち破る作品でもありました。
なつたち女性アニメーターの活躍。レジェンドの妻ですら、結婚後は引退が当たり前だった、そんな現実。
それを打ち破りました。
マコの場合は、経営者としてもそう。
部下を庇い、現場に苦情を伝えない、そんな総大将の器がありました。
夕見子は北海道大学を卒業する。
そして農協で組合長の右腕として活躍し、そのセンスを雪月でも発揮する。
明美も、アナウンサーではなくジャーナリストとして、鋭い目線で社会を切り取っています。
千遥は女性の料理人です。
最終回で、娘は父を超えるだろうと語られました。
女性は月経があるから味覚がおかしいだの。プロ料理人はなれないだの。体温が高いから寿司を握れないだの。
そんな偏見のあるこの社会で、これは画期的なことでした。
彼女らは、あくまで人間として成し遂げたのです。
死者のお告げだの、夢療法だの、偶然頼りだの、そういう要素はありませんでした。
◆男に不可能なことはあるのか?
これは女だけじゃない。
イッキュウさんの家事育児は、さんざん普通じゃない、ありえないと叩かれました。
イッキュウさんは魔法の杖を振り回して、家事育児をしたわけではない。
人の親として、家事育児をしただけ。
それなのになぜ?
イッキュウさんだけではありません。
なつに開拓精神を伝えた泰樹。
夕見子の北大進学への意思を誇らしいと言い切った剛男。
同じキャンバスの中からなつとつながった天陽。
光子を見守り支えた野上。
なつをアニメーターとして導いた仲。
奥原なつを送り出すことを誇りに感じる東映動画の男性たち。
出てこないけれども、妻を帰国させ起業させたマコの夫。
明美をジャーナリストとして育てる明美。
あの軍師にさんざん振り回されつつ菓子を作り続ける雪次郎。
千遥に味を受け継がせた春雄。
モモッチの才能を認めて、共に砦を築くことを宣言する神っち。
富士子と砂良のアイスクリーム屋を見守る照男。
こういうふうに、女性を見守る男性がいたからこそ、この物語は成立しました。
そこを視聴者からどう言われるか?
本作スタッフは考えていたはず。
広瀬すずさんは、インタビューでヒロインは助けられると明言していましたから。
「こんな男はありえない!」
そう自信を持って、本作のあとにも言い切れますか?
本作の男のように、あなたや周囲の男性がなれないのだとしたら?
それは【偏見】と【差別】のせいではありませんか?
※続きは次ページへ
今回、歴代ヒロインが総出演しましたが、その中でも特に意義があるのは、貫地谷しほりさんと比嘉愛未さんの出演だと思います。
お二人とも、朝ドラがどん底にあった00年代後半を主演として支えた方です。
朝ドラヒロインとしては報われない世代の方でしたが、こうやって復活した朝ドラの栄光の100作目に元ヒロインとして凱旋出演したことは、細々とつなげたお二人へのせめてもの恩返しだったのかなあ、と思いました。
1ヵ所だけ、「明美をジャーナリストとして育てる信哉」ですよね(笑)
それはともかく、半年間、予習復習として楽しませていただき
ありがとうございました。
まだスピンオフがあるので、そちらも楽しみですね。
半年間、ほんとに濃厚に楽しませてもらった作品でした。「なつぞら」と「半分青い」か私の中でもツートップです。そういう人間も、ここにいます。
お疲れ様です。
半年間、楽しく読ませて頂きました。
ありがとうございます。
最初の最後で一つだけ。
北海道の木彫り熊はアイヌルーツだけではないです。
第一号は、八雲の木彫り熊とされています。
詳しくは、八雲の「木彫り熊資料館」に行ってみてください。
総評ありがとうございます。
半分青いに続き、やや話に荒さはありましたが、志を感じさせてくれるドラマでした。ドラマから現実が変わる、そんな予感が最高でした。
スカーレットも期待大ですね!大阪班に期待します。
ちなみに大阪朝ドラでは、もう14年前になりますが、「風のハルカ」の家族像はとても良かったですよ。第1話に、「おとこが夢を持ったら家族は応援してくれるものだろ⁈」というヒロイン父と、さっさと離婚するヒロイン母が出てきます。
当時はSNS全盛ではなかったけれど、視聴者の顰蹙もかったそうですが、ステキなお母さんでした。家族も、長い道の末に発展系に進化します。デビュー間もない中村倫也も出ています。
現実に風穴を開けてくれるドラマは、清々しいですね。武者さんのレビューは、その風に乗せてくれるレビューだと思います。今後も楽しみにしています!