紆余曲折を経て、本格的なマンガ修行に打ち込むことになった楡野鈴愛。
師匠の秋風羽織は新人の弟子にも容赦なく厳しく、鈴愛は、ネーム制作でいきなり壁にぶち当たります。
心身ともに疲れてしまった彼女の心を癒してくれたのは、甘いスマイルと心を持つ、朝井正人でした。
胸がキュンっとする鈴愛。
これはもしかして……恋なの?
【49話の視聴率は20.4%です】
もくじ
「頭を使ったあとの甘いものは格別!」
チョコレートパフェを見て、顔を輝かせる鈴愛。
花火があるタイプもあるよね、と軽い気持ちで口にしてしまいます。
「どうぞごゆっくり」
正人はそう笑顔で言うとカウンターに戻るのですが、ハッとした顔になって店を飛び出します。
「うめえ、うまっ!」
おいしそうにパフェを食べる鈴愛。
『あまちゃん』のアキちゃん、『ひよっこ』の澄子、そしてこの鈴愛。
共通点は、
「おいしい〜」
ではなくて、
「うめえ!」
ですね。
ナゼ、うめえと素直に言いながら食べる女の子はかわいいのか?
素朴で、飾り気がなくて、心の底からおいしいのだと伝わってくるからです。
「頭を使ったあとの甘いものは格別!」
そう言いながら食べまくる鈴愛。
あー、わかります。頭脳労働と甘いものは相性がよい。
実感がこもっているから心に響くんですね。
「女の子は甘いものが好きなのっ!」
とか、そういうステレオタイプではなく、頭脳労働は糖分を欲するのだと、実体験が込められていて、いい。
たぶん演じる側も結構イメージしやすくて、助かるんじゃないかなぁと思います。脳みそに糖分が染み込む、ジュワーっとした感じの美味しさ。
鈴愛の永野芽郁さん、ちゃんとそういう顔で食べています。
一方で正人はどこかを走っているようです。
なんと花火を買いに走っていた!
「マスター、ナポリタン追加! でも調理もするのは不安だから、マスターが作ってね!」
何気ない台詞なんですけど、先週から投げられたボールをつかんでみますと……。
鈴愛は空腹というだけではないのです。
ネームに詰まったとき、何を食べたいか思いつかない――とボヤいていた鈴愛。そういう心のモヤモヤが晴れ渡って、むしろ生きるエネルギーをバリバリ摂取したいという、気持ちが前向きに切り替わったということでもあります。
ここで、正人が帰ってきます。
手にしているのは、花火が入ったビニール袋。
「季節外れだからなかなかなくて」
なんと、パフェに立てる花火でした。また朝井正人が、ハートを盗むテク披露してますよ。
「きみが欲しいと思うものを探してきたよ」
アピールなのか、それとも思い立ったら居ても立ってもいられずなのか、両方なのか。ともかく月曜朝からアクセル全開よのぅ。
実際、鈴愛はハートをがっちりつかまれてしまい、ナポリタンのあとにまたパフェを注文すると言い出します。
お腹壊すと言われても気にしない鈴愛。ンー、スイートだね。いいね、爽やかだね。
ここで正人は絶対に、
「え、何この女? 大食いすぎて引くわ」
とならないんですね。
よく女性向けサイトのニュースで、
「男性がドン引きする! デートでの行動」
なんてありますけれども。
店員に暴力を振るうレベルなら仕方ないにせよ、食べすぎるとか、食べ物の好みがおっさんくさいと引くような奴は、そもそもデートすべきじゃないと思ってしまう。
正人はそういうくだらないことはせず、かえっておもしろがるタイプでしょう。
優しい男がモテ始める時代――見本のような正人
ここでマスター、食べ物には専用の花火があるよ、とダメだし。
正人は失敗したと思います? いや、そんなことはないと思いますよ。大事なのはハートを見せることだから。
「ごちそうさま、ありがとう!」
頭を下げる鈴愛。正人は苦笑します。
「自分、アホすぎる」
こういう言い回しひとつとっても、いい奴っぽいですね。鈴愛は、私も普通の花火だとおもっとったと岐阜弁で言います。
「鈴愛ちゃんの喜ぶ顔、見たかった。頑張ってね、漫画」
正人のすごいところは『こういうセリフは女に受ける』とか思っていないで、心の底から言っている点だと思います。
高倉健さんのような寡黙な男の背中に、女がついてきた時代は終わっています。
平成のスタートは、正人のような優しい男性がモテ始める時代。といっても、同じ頃、街ではギラついたバブリー男性が、高いプレゼントでワンレン美女を口説いている頃でもあるのですが。
「よかったらいっしょに、この花火やりませんか?」
この年頃らしい精一杯の背伸びをして、正人を誘う鈴愛。ハァ〜、朝から恋しちゃってますねえ。
ピアノを弾いているのは「ロボよ」
一歩、キャンパスを歩く律は、剛体動力学の講義を受講中。
人工衛星の仕組みということで、これまた好きでないと眠くなりそうな話です。
教壇では、情熱的な教員が熱弁をふるっています。
廉子さんのナレーションが、律の秀才ぶりを褒めて、垢抜けてきたら梟町なんて忘れるかしら、そう語ったとき――。
「ふるさと」を奏でるピアノの音が聞こえてきます。音楽の使い方がいいですね。
その音に誘われ研究室へ入ると、ロボットがピアノを演奏しておりました。
大道具・美術担当者様、お疲れ様です。これはなかなか組み立てが大変でしょう。
するとそこへ、段ボールロボットを被った男が出てきて、ピアノを弾いているのは「ロボよ」だと告げるのです。
母の「いくよ」さんからとった名前だそうです。
「宇佐川先生」
律はそう言います。
動力学を講義していた教授。
宇佐川は律に気づいていて、講義で寝ていましたね、とチクリ。
このロボットは三億円だそうです。
自分が車に轢かれておりる保険は三千万円。つまり10分の1しか価値がないと語り出す宇佐川です。
いますよね!
こういう研究分野について熱く語る大学の先生いたわ。
目の色を変える律
いつもの気だるそうな律が、ここで目の色が、文字通り変わり始めます。
目線が力強くなって、喋り方も変わって、ロボットの構造について質問しだすのです。
恋に落ちる瞬間かも。
マーブルマシンを作っていたあのころの律に戻ったみたい。
こういう律が見たかったんですよね(きっと和子さんも)。
夢中になって、何かをしたいと思う律。佐藤健さんの演技からも、変化が伝わってきました。
宇佐川と律の会話はあまりに専門用語だらけなので、いちいち書きません。
こうした専門的な内容を著者が調べて書くのも、こういう台詞を情熱的に、かつ楽しそうに読む役者さんも、すごく頑張っているというのは指摘しておきたいところ。
サボリ癖のある書き手、時間的に余裕のない制作現場は、こういうところお茶を濁しますから。
ボクテが熱唱 ユーミンの『14番目の月』
鈴愛は、自室に寝転がって赤いラジカセを聞いています。
部屋に温かみがあっていいですね。
バブル期に流行っていたモノトーン調の律の部屋と違い、暖色が多くてかわいらしい感じがします。
※しかし律がお金持ちなだけで、当時の学生の大半は5~6万の家賃で鈴愛の部屋のようなアパートタイプも多かったようです(7万になるだけで、ちょいとリッチ扱い)
テープで聞いて、止めて、巻き戻して。
そうやって聞いているのは、キョンキョンの『木枯らしに抱かれて』。
うふふと転げ回っていると、ボクテとユーコが同じ曲ばっかりだと言いにきます。
ユーコの言葉を借りれば「ここまでわかりやすい人類が、いただろうか?」と思えず突っ込むほどときめいちゃってる鈴愛。
ここで鈴愛がイントロで止めたのは『学園天国』ですね。
片思いソングの定番を聞くなんて、とニヤニヤするボクテとユーコ。
ボクテはゲイだから片思いが多いんだ、片思いソングテープ貸してあげよっか、と言い出します。
「ボクテの片思いソングテープ、暗そう! 中島みゆきとか、中森明菜じゃないの?」
「ピンポーン! ゲイはみんな、明菜が好きっ」
恋バナで盛り上がるのでした。
鈴愛は照れながら、両思いに近いみたいな、と言い出します。
「『14番目の月』ね」
ボクテが嬉しそうに歌いだします。ゲイはユーミンも網羅なんだそうです。
音を失った耳はロボットで補えるだろうか
律は宇佐川から、ロボに泣いたよな、と言われます。
さすがに泣いてまではいない――と否定する律ですが、ある意味図星で、心を打たれていました。
宇佐川はいかにロボット工学が大事か、滔々と語ります。
その中で注目したいのが、「チェルノブイリ」です。
劇中では4年前の1986年。
チェルノブイリ原子力発電所事故は、事故処理のために多くの人々が放射線障害の犠牲となりました。現在に至るまで回収されていない遺体もあります。
高放射線量の施設で、どうやって作業するか。
現在も収束していない福島第一原子力発電所でも試みられていますが、ロボットがその重責を担うものとして、世界的に着目されているのです。
なかなか深いことだけではなく、「体育と第二外国語はいらねえよ(激しく同意)」と大学のカリキュラムに文句をつけだす宇佐川。
第二外国語として習ったヒンディー語で「愛している」と言ってみせます。
律は、ロボットは福祉分野での利用が原点だったことを質問します。
「そう! 義手や義足から、補うために始まったんだ」
そうそう、現在は介護分野でのリフト技術のためのロボットもありますね。医療に福祉に活躍するというのは、正解です。
「耳は? 片方の耳が聞こえない場合は?」
そう聞き出す律。
やはり鈴愛のことを考えていたのです。
ここで宇佐川、ドアを閉めます。いったい彼は何をする気なのでしょうか。
今日のマトメ「三拍子揃ったロボット工学」
喫茶店の場面もキュートですごく好きです。
ボクテの片思いソング話もよかった。
嫌な話ではあるのですが、今よりもっと偏見の強かった当時、ゲイだと言った場合、失恋ソングが暗そうではなくて、
「気持ち悪い〜」
になってしまうと思うんですよ。
そういうことなら、そこはやさしい嘘をついてもいい。
ユーコは優しい子で、そういうことは言わないのかもしれないし。
ものすごく当たり前のことですが、ゲイが好き、ゲイに定番のラブソングはあっても、ゲイだけに向けたラブソングというものはない。
恋心は誰を愛するのだろうと、皆同じだから、皆わかるわかると盛り上がる。
最近はLGBTフレンドリーと銘打って、様々な意欲作が作られています。それもよいことだけど、多くの人が見る朝ドラで、別にどんな愛があっても当たり前だと自然に描かれることは、とてもよいことだと思います。
秋風羽織の性的嗜好は、作中では今のところ明言されていません。
羽織と菱本は男女であれだけそばにいて、かつ強い絆で結ばれながら、恋愛感情があるようには思えません。
男と女だからといって愛しあわなくてもいいし、男が男にうっとりとしてもいいし、そういう意味でとても自由なドラマだと感じます。
そして今日、いよいよ律の情熱を注ぐべきものが出てきました。
ロボット工学というのは、三拍子揃っています。
・律にしっくりときている
・見栄えがする
・かつ平成末期に向かえば向かうほど実用性が高まり、よりリアル
例えばの話、ここで律が原子力について専攻したら話として失敗します。
生物学的な手段で鈴愛の耳を治そうとすると、よい話でも見栄えという点ではロボットには劣ります。
実にナイスチョイスだと思うのです。
ちゃんと最後まで着地点を決めて飛んでいる、そういう安定感と申しましょうか。
本作の、後から疑問点の答えを出すスタイルを、炎上狙いと評価する人もいるようです。
しかし、作者が全部設定を決めて、小出しにするのは創作技術の一種です。
シェイクスピアの『マクベス』では、女の股から生まれたものは殺せないと予言されていた暴君が、帝王切開で生まれた男によって殺されます。殺したあとで帝王切開でしたとわかるわけでして。
設定後出しが炎上狙いなら、そういうのもダメになりますよ。
ロボット工学はなかなか楽しいものでして。
こういう研究ビデオを見始めると、時間を結構盗まれてしまいます。
律はどんなロボット作りを目指すのでしょうか。
恋の行方だけではなく、ようやく本気で熱中できるものに出会えた律の行動も気になります。
もうひとつ。
律が宇佐川研究室にたどりついたキッカケは、劇中で故郷の梟町をあらわす「ふるさと」の音色でした。
そしてより強く惹かれたのは、鈴愛の左耳を補えるかもしれないと気づいたからです。
鈴愛の進路が、律の貸した漫画で変わったように、律の行く道も、鈴愛が照らしています。
彼女のハートは正人に盗まれつつありますが、運命はがっちりと二人を掴んで、結び付けているのです。
著:武者震之助
絵:小久ヒロ
【参考】
NHK公式サイト
前作と比較して感想を書いてはいけないのですが、その作品に全く感じなかった説得力と現実味が、このドラマにはあると思います。そして、お利口すぎる朝ドラヒロインに抵抗がある身にも、「欠点」が描かれる主人公には興味をひかれます。
後から結論を出すのが、なぜ「炎上狙い」なんでしょうか? それは「脚本の妙」とは言わないのでしょうか? 不思議です。