おはようございます。
まずはお詫びから。
レビュー本体が忙しすぎて、コメントに目を通してもお返事できません。ごめんなさい!
昨年度、下半期は辛かった。大河も朝ドラも、スカスカすぎて辛かった。
逆の意味で、今年は辛い!
いつでも頭がフル回転だ。しかもアレのレビューもある。
大博打の始まりじゃー!!
ヤケになってそう絶叫したい。まぁ、でも楽しいからいいや。
さて、昨日の放送回で、こんなニュースになっておりまして。
◆広瀬すず主演のNHK連続テレビ小説「なつぞら」異色の仕掛けが施される
◆インタビュー:語り 内村光良さん|連続テレビ小説「なつぞら」 今回のオファーを受けたときのご感想や広瀬すずさんの印象などをうかがいました。
なんかこうも異色と言われると、事前予想でバラして申し訳ないという気分に……。
いや、推察しただけだったんですけどね。
結構皆さん気づいているのかな、と思ったらそうでもないのかな。
実はこれ、レビューを書いた後で公式サイトや書籍を見たら伏せていたし、すごくまずいことしちゃったんじゃないかな……と気づきました。
まぁ、いっか♪
※編集注:武者には事前情報を極力入れないようにお願いしております(最初に見たまんまの勢いでレビューを書いてもらうためです)
明治から北海道を生きてきた男・泰樹
牛乳からバターを作る――その夢の由来を、泰樹が語り始めます。
昨日、そのうち彼の過去も語られるんじゃないかと書きましたが、当たりました。
明治35年(1902年)に、18歳で富山から入植。
この時代の開拓が、いかに過酷であったか。
いくつかの出来事や関連情報をピックアップしてみますと……。
・北海道旭川で日本の最低気温マイナス41度を記録
→ちなみに旭川―帯広は現代の車で3時間(帯広は雪が少なくスケート人口が多い)
・八甲田雪中行軍遭難事件(マイナス20℃)
→旧陸軍の訓練で210人のうち199人が死亡する(生存率5.2%)という最悪の遭難事故でした
このあとスキー導入を決めたとか。
アイヌの兵士による犬橇(いぬぞり)も導入。
そして南極探検を通して寒冷地対策を進めました。
本格的な寒冷地対策前という時代だったんですね。
さらには明治35年(1902年)は、日清戦争後の好景気が減速しており、そして日露戦争前夜でもあります。
ここで、こういうことをするからレビュー執筆に時間がかかるんだ><;
と突っ込みつつ、年齢比較をしてみましょう。
◆誕生年
※『ゴールデンカムイ』は作中年代と年齢が確定していないためご注意を
1880年前後:杉元佐一、谷垣源次郎、二階堂兄弟(『ゴールデンカムイ』)
1884年:柴田泰樹(『なつぞら』)
1886年:三島弥彦(『いだてん』)、鯉登音之進(『ゴールデンカムイ』)
1891年:金栗四三(『いだてん』)、アシリパ(『ゴールデンカムイ』、推定、かなり近い)
東京では、薩摩閥政治家の父を持つ三島がカメラを持ち、車を走らせ、女学生からキャーキャー言われていた頃。
北の大地では、酷寒に耐えながら、柴田泰樹という青年が生きていたわけです。
考えさせられるものがありますね。
ワシもうまいバターを作りたい!
十勝の大地は、火山灰が含まれており、稲作には不向きでした。
アイヌの伝承でも、この地でしばしば大噴火が起こり、犠牲者が出たと伝わっています。
開拓を始める前、そうした記録に和人が慎重に注意を払っていたのか。
どうもそうは思えないんですよね……。
稲作ができない。
そうなると、ジャガイモや酪農を行うしかありません。
そこで、牛を育てている「晩成社」のもとで働いていたそうです。
依田勉三の創設した、開墾に尽くした団体です。
きっちりとテロップで出てくるあたり、いかに本作が北海道の歴史に敬意を払っているかということでもあります。
そんな「晩成社」と深い関わりのある名物菓子が、これですよ!
ワシもうまいバターを作りたい――そう願いながら、生きてきた泰樹。
ここでなつが、目をキラキラさせながら言います。
「私もバター作りたい!」
「そうか」
「うん!」
「バター、作ってみるか」
「はい!」
こうして、魂のバター継承が決まったのです。
泰樹の心理は断片的ではありますし、無意識かもしれません。
しかし、こうも若い頃の思い入れが深い、魂のバター作りをなつに最初に見せるということ。
これは重要です。
【女子による継承】
という、2019年のトレンド最前線を突き進んでいます。
夢のようなバター
この後の朝、照男が搾乳をします。
これがなんとも不器用で、バケツを倒してしまうのです。
「危ない!」
「こりゃもうダメだわ」
大人たちは、バケツをひっくり返すなんてよくあることだと励まします。剛男が一番実感がこもっています。
一生仕事にできる、焦るな。そういう励ましは、彼自身が言われてきたのでしょう。
勉強の方が酪農よりも好きだった。
詩的な感性があり、そこが義父とあわないはずだ、似ていないと、とよに指摘される。開拓適性は低かったのに、頑張ったんでしょうね。
これを即座に証明するのが、戸村悠吉です。
自分から搾乳を志願するからには、むしろ2代目……おっとぉ!
そりゃ菊介も咄嗟に止めますわ。
口が悪いというか、ともかく軽いぞ、悠吉!
要するに、泰樹から剛男の一代すっ飛ばして孫に継がせちゃえ、ってことですからね。
さすがに剛男もちょっとムッとしています。ムッとするだけで言い返せない。
それが彼の悲しさですが、藤木直人さんのほんのり滲むファニーな一面で、微笑ましい場面になっています。
この夫婦って、恋愛結婚ですかね。
適性がないとバカにされる夫を、愛で叱咤激励したのが富士子であれば、納得感があります。私を愛しているなら、牛を飼育するんだよ! そういう世界ですね。
そんな皆に、泰樹がバターを作る決意を語ります。
悠吉はその味を懐かしんでいます。一方で、剛男は売れる見込みがついたのか? と口にするわけです。
一連のヤリトリから、
【バターは美味しいものの、商売としては赤字だったため断念した】
という過去が伝わって来ます。
その原因も、説明があります。
牛乳を大量に使うものであるため、コストがかかるのです。
「だけど食べてみたい、お義父さんのバター!」
剛男がそう言います。
バターなんて、皆さんの家の冷蔵庫にありますよね。
見慣れていて、特段、そそられたりしませんよね。
それが、なんだかワクワクして来ませんか?
未知の食べ物に思えて来ませんか?
たっぷりと牛乳を使う、貴重なもの。それでも食べてみたい、思い出や夢の味!
知っているものを、まるで新しいもののように表現すること。
これが物語の持つ力です。
なんとなくセリフで連呼されたから。
画面に映るから、気がつけば買っていた。
そんな低レベル、ともかく出せばエエ――そんな駄作とは明確に違います。
「バタ臭い」なんて言葉がありまして
家でバターのことを聞いた富士子は「あの臭いもの」とアッサリ言いきっております。
北海道の女性らしい屈託のないストレートな発言です。
牛乳より臭い。
そう聞いて、夕見子は嫌そうな顔をします。
「バタ臭い」
もう死語になった感がありますが、かつてはそんな言葉がありました。
洋風のものを形容する言葉でもあったものです。
幕末以来、日本人は乳製品の臭さに四苦八苦しておりました。
海外に出向いた使節団のメンバーは
「何も食えない!」
「醤油が欲しい! 梅干しも!」
こうなっていたものです。
なつは夕見子と違い、バターにうっとりしています。
なんでも父がホットケーキを作ってくれたのだとか。
富士子は言います。
「小麦粉があれば作ってやれるんだけどねえ」
ここで照男が、そんなことより学校の時間と言い出し、小麦粉どころか時間がないと富士子も気がつくのでした。
子供は大人を映す鏡
通学路で、照男はバターについてなつをやんわりとたしなめます。
牛乳を大量に使うもったいないものを食べたがってはよくない。そう説明するのです。
夕見子はそんな兄を跡取り気取りをしていると、大人びた口調で言います。
「男って考える範囲が本当に狭いよね」
夕見子の口調から、性格とその苛立ちが伝わって来ます。
柴田家の子供だちにせよ、開拓者を小馬鹿にするクラスの悪ガキにせよ、子供は大人の言うことを聞いて、真似しているとわかります。
夕見子のこの口調や考え方は、母や周囲の女性からのものなのでしょう。
彼女にまで伝わるということは、北海道の女のイラ立ちもわかります。
男も女もない。
そんなふうに開拓を進めて来ながら、いざとなれば男ばっかり威張っちゃってさ!
そんなことは許さない。それが強く伝わってくるのです。
一方の照男は?
これは大人の真似ではないとわかります。
牧場の男たちは、バター作りを歓迎していましたからね。
彼なりの危機感でしょう。
なつの方が、自分より先に搾乳を習い、バター作りについて聞かされた。無意識かもしれませんが、なつを牽制しているのです。
とはいえ、それが理由を説明して、嗜めるところが彼の父譲りのよいところです。
両親の姿を見て、【男が「女は黙れ!」と怒鳴っても仕方ない】そう理解しているのでしょう。
だからこそ、理由をつけてきっちりと説明しているのです。
バターに詰まった泰樹の愛と人生
次の日曜、いよいよバター作りが始まります。
バターチャーンを一定の速度で回して、クリームにして、そこからバターを作ります。
泰樹にすすめられて、同じ速さで回すなつ。
30分、いや40分回すことになるのでした。大変だな!
小麦粉がないにも関わらず、富士子は自信満々であるものを食卓に並べます。
茹でたジャガイモだーっ!
北海道グルメの王道ですね。亡き母ことおばあちゃんが、これが好きだったのだそうです。
「さあ、召し上がれ」
そう勧めつつ、若くして亡くなった母のことを語る富士子。
これも構成が実にうまい。
・泰樹の独身時代、バターを作っていたとわかる
・泰樹結婚、富士子が物心がつくまで、妻がバターで料理をしていて好きだったとわかる
・そうはいえども、早死にと思える年齢で彼女は亡くなった
・そして、富士子の結婚前にはバター作りをやめていた(剛男の発言から)
・戸村父子のうち、父である悠吉が懐かしむことからもそれはわかる
こうした要素をまとめて、バター作りの期間を大まかに推理してみましょう。
1910年代前半には作り始めて、少なくとも1930年前後には終わっていた。
作っていた期間は10年以上、20年以内。こんなところか。
となると、夢の再燃まで10年以上は間があることになります。
富士子を残して妻が亡くなり、生活が苦しくなったのか。
夢であり、亡き妻がこよなく愛したバターを、泰樹は諦めたのです。
バターは、彼自身の夢であり、妻への愛でもあり、なつへの希望でもある。
そういう黄金の塊です!
バターひとつで、泰樹の人生と愛を描いている。
練りに練られた脚本だと思います。
※続きは次ページへ
…と思っていたら、4月11日付で新しい解説が。やはりバターについてでした。農水省さんもいい仕事してますね。
農水省公式サイトでの『なつぞら』解説は、今のところ先週の第5話までで止まっているようです。今週前半は酪農そのものから話がやや離れたからかもしれませんが、今回あたり、「日本でのバター生産の歴史」といった感じで解説してもらえたらいいですね。
今日の『やすらぎの刻~道』第4話。
主人公が脚本を精緻に練り上げていたにも関わらず、広告代理店サイドの意向、それも「この女優を推したい」だの「視聴率が取れない」だのといった理不尽な横槍で、別作品に差し替えられ、ボツに。
前作の如き不可解な作品が生み出されてしまう背景について、また一つ有力なヒントが示されたように思います。
あのじゃがバターの美味しそうなこと。ホットケーキのシーンも併せて、新鮮なバターの美味しさが画面から溢れんばかりでした。
小学校で映画の上映会があるという話。昭和50年代に離島で小学生時代を過ごした私にも、似た記憶があります。おいそれと本土に映画を見に行けない島の子供達のために、年に何回か、町民ホールで、本土で上映の終わったアニメ映画の上映が行われていました。年配の人達は、リアルで「まんが映画」という言葉を使っていたようにも思います。
ジェンダーバイアスの刷り込みについて、これはよくやって下さった!と拍手を送りたい。
一昔前の少女漫画を見ると、フェミニズムやウーマンリブ、戦争や差別への反対、ヒューマニズムを訴える作品が思いの外多く、それも今でも十分通用するものばかり。
それが下って現代…いつのまにやら見えなくなってしまって、それどころか目立つのは『女子力』とか『恋愛』といった文字ばかり。
とても悲しかったのです。
とはいえ『さよならミニスカート(牧野あおい)』のような深い作品も絶えてはいないので、この輝きを維持して欲しいなぁと願っております。
(個人的な話で恐縮ですがLGBTや性同一性障害への抵抗感を無くしてくれたのが少女漫画だったので、なおのこと。)
「日本初のアニメ映画」を将来作ることになるヒロインですから、流石にそこらへんは歴史に忠実にしなければいけないでしょう。監修は小田部羊一氏だし。
言われてみれば、そこら辺は前作の「台湾起源隠し」とは一線を画すといえますね。あれは酷かった。
ビデオゲームもアタリが無かったらファミコンは生まれなかったし、ウィザードリーが無ければドラクエも生まれなかった。
この時代、なんといっても、アニメは、ディズニーかなぁ、と思います。
戦前、戦中にはダンボ、白雪姫、ピノキオ、バンビなどそうそうたる作品が生まれ、戦後すぐにシンデレラ、不思議の国のアリス、ピーターパンなどの名作が次々と上映されます。
実写とアニメの融合も凄く、「南部の唄」は今でも視聴に耐える名作。ポリコレの諸事情により、歴史から封殺はされますが。
そういえば、ディズニーも戦中プロパガンダ映画は結構あります。
日本への空襲作戦を提唱したアニメ映画「空軍力の勝利」は大戦を決定づけるほどの影響力を持っていたらしいですし、ホセ、パンチートなどの可愛いキャラクターで有名な「三人の騎士」も南米との同盟関係の一貫で作られたものと言われています。
それと、今回は「アニメーション」ではなく「まんが映画」とちゃんと言っていました。初回、アレェ?と思ったのですよ。ちなみに私の母は今でもアニメを「まんが」呼ばわりしてます。
>匿名様
ご指摘ありがとうございます!
確認しましたら「わしも」ですね^^;
修正させていただきましたー!
ちなみにU-NEXTで見ましたです。外に居ても直せて便利♪
いつも楽しく拝読しています。
すみません、つまらないことですが、
目次と本文の2か所に「明日もうまいバターを・・」と出てきますが、おんじは「明日も」うまいバターを作りたい、ではなく、「ワシも」うまいバターを作りたい、と言っていたと思います。
聞き間違いかと。ご確認願います。
NHK大阪は、『カーネーション』の終盤のヒロイン交代時と『純と愛』の批判から、変な意味で保守的になりましたね。後者に至っては再放送もされていません。そろそろ再放送をしてほしいのですが、本放映時に見えなかった点が見えると思いたいのですが。
今朝おしんの前に起きてしまった(なつぞらの新しい回が早く見たくて早ぞら前に起きてしまう)ので、おしん(その前のぐっさん台湾トラック旅からですが)から見てみました。
圧倒的に違うのは劇伴の豊かさですね。たぶん劇伴をシーンごとに分析しても、劇伴文法が全然違っていると思います。懐旧的におしんを持ち上げるコメントがTwitterでは目立ちますけど、ぼくはあらゆる面でなつぞらの方を推すと思います。今のところ。
それはそうと今日は開拓一世泰樹さんヒストリーがぽつぽつと語られて非常に興味深かった。その流れでこのレビューを見に来たら分析が素晴らしいので満足です。