おはようございます。
エゾリスがちょこちょこっと走ります。
そうそう、エゾリスはこの色です。
アニメの弊害をちょっと思い出してしまいます。
「こういう色じゃなくて、可愛いアニメみたいなリスさんが欲しい!」
そのことが、環境破壊を招いてしまったケースがあります。
そこまで意識しているとは思いませんが、
・シベリアンハスキー(『動物のお医者さん』)
・白いフクロウ(『ハリー・ポッター』)
・クマノミ(『ファインディング・ニモ』)
でも同様の問題が起きています。
「アニメや漫画は被害者がいないから無害! 何を描いてもいい!」
という理論は、誤りだったりするんですね。
牛舎が増えてますます好調!
さて、時は昭和30年(1955年)6月。
なつは農業高校の三年生になっております。
今朝も牛舎で働くなつが、学校へ出かけようとすると、富士子が朝食に呼びに来ます。
自転車に乗りながら食べるからとなつは言い張ります。
器用だな、おいっ!
身だしなみに気遣わないタイプって感じもします。
家の様子が、以前と少し違うところもありますね。
なつと泰樹は違う建物にいる。
と、思ったら新牛舎と旧牛舎があると告げられます。
9年間の間に、柴田牧場はますます堅調で、業務拡大ができたのでしょう。
泰樹がここにいないのは、牛のお産のせいだと判明します。
なつが見に行くと、照男がいいから飯を食えと言います。
しかし、なつは牛の異常を察知するのです。
ここからOP。
クレジット名がギチギチみっしりしています。
これは気合が入っているぞ!
夕見子が知将ロードを驀進しておった!
柴田家の朝食へ。
あのいちいち強い夕見子が、9年間でますます磨きをかけていることが伝わってきます。
あくびをして、眠たそう。
妹の明美が、早起きしているなつよりどうして眠そうなのかと突っ込みます。
夕見子は、順調に知将への道を驀進していました。夜遅くまで勉強をしていたのです。
そして夢は大きい。
なつのように、草刈りだの酪農だのに止まらないと断言します。
高校三年生、彼女は進学するつもりなのでしょう。
世界は広い、知識欲でその広い世界を進んでいくのだ。そんな野心があります。
明美に、なつばっかりを見ていると時代遅れになると語るところは、ちょっと高慢でもあるのですが。
その片鱗は9年前からありました。
この夕見子の、知将ロード驀進は伏線も綺麗に回収していますよね。
・幼少期から理屈ぽかった
・即座に言い返す機転もあった
・なつへの反発や対抗心を、知性で勝利することでもはや通過してしまったようだ
・誰にも支配されない強さ。そういうところも昔からちゃんとあった
夕見子は、この時点では進学するとは言っておりません。
しかし、幼少期からの描写で、彼女はバリバリに進学上等だと納得できるのです。
あの駄作では、全く知性を感じさせなかった女性が、いきなり難関大学に合格していました。
そして卒業後は何の疑問もなく結婚し、専業主婦となりました。
「女がキャリアを生かせないなんてもったいない!」
という批判もありです。
それだけではありません。
それ以上に、女性差別とその反発が抜けています。
当時、学問へと驀進するタイプは、無茶苦茶鼻っ柱が強くてタフ、好奇心旺盛なものです。
あの改変は、女性の爪を抜く行為でした。
『いだてん』に、そういう典型の二階堂トクヨ(寺島しのぶさん)が出てきましたね。
今期は『いだてん』砲どころか、互いに補っていくようです。
剛男、農協で何かあったらしい……
短い朝食シーンで、9年間の変化がみっちりと描かれます。
急いで食べているはずなのに、口の中身をパカッと開けたままであったり、箸を振り回すほど大げさであったりはしない。
そういう演技指導の適切さが、見ていて気持ちが良くなってきます。
広瀬すずさんのメイクや衣装も、お見事です。
オシャレは二の次。動きに邪魔にならないように結っているおさげ。結構日焼けしている。
そんな純朴な少女。
きっちりと考えて身なりを整えているとわかる夕見子と、対照的なんだなぁ。
明美がすっかりなつに懐いていること。
ハキハキ物言う少女に育ちつつあること。
そして農協勤務になっていた、ネクタイ姿の剛男。そこはかとなく哀愁が漂っているぞ、大丈夫か。
もう、そこにいるだけで何かあった感が漂っている!
その片鱗を、ぽろっとこぼします。
なつに、泰樹が農協で何か言っていなかったか? と尋ね、富士子に時間がないとたしなめられるのです。
あ、やっぱり……農協の方針に、義父・泰樹が反発しているのかな?
板挟みだな、中間管理職の悩みだなっ!
でも性格的に、妻に愚痴も言えないし。
仲間との飲み会もなんか合わないし、マッチョノリの猥談とか、ハゲいじりとか、苦手だし……そういうドツボ感が伝わってくるぞ〜。
剛男の悲哀が切実で、もう見ていて悲しくなってきます。
わかるぞぉぉぉ!
逆子はあずましくないね
なつは照男から呼び出されます。
出産をしようとしていた牛が逆子でした。
母牛だけでも助けたいと弱り切る泰樹。
白髪が増えて、頑固ジジイ度と賢者度がアップです。今週もカッコいい!
ここでなつは、逆子はへその緒が絡むと習い、仔牛も助けたいときっぱりと言い切ります。
こうして、なつの理論と泰樹の指揮のもと、仔牛を引っ張り出すことになったのでした。
このころ、牛乳を回収されるわけですが。
戸村菊介にこう返す名もないおじさんに、北海道民も納得ではないでしょうか。
「逆子かい。あずましくないね」
「あずましくない」とは「落ち着かない」とか「なんか不快だ」という言葉で、現在、若者世代は使わなくなってきているようです。
あずましくない状況を、あずましい方向へと変えてゆく、そんな柴田牧場の面々。
こうして仔牛が生まれるのですが、息をしていません。
「なして牛が息しとらん!」
なつは動揺します。
あきらめろと促す泰樹を振り切り、なんとなつは学校で習ったという人工呼吸で羊水を吸い出し始めます。
すごい、すごすぎる。
こ、これが朝ドラか???
息を詰めて見守る背後の面々が、本気で驚いているように見えます。
「やった、やった〜!」
生き返った、生き返ったぞ!
なんと仔牛は生き返りました。
「すごいな、なっちゃん!」
「よくやったな、なつ。ハハハハハ!」
なつの奇跡に、皆大満足。笑顔です。
仔牛が立つ!
こりゃ感動です。月曜朝にはぴったりですね。
※続きは次ページへ
管理人さま
早速ご対応いただきありがとうございました。
確かに「ふしだらよ」でしたね。大変失礼いたしました。
しかし、いくら昭和30年とはいえ、随分古風な言い回しする子ですねぇ良子ちゃん。なかなか楽しみなキャラクターです。
>Zai-Chenさん
ご指摘ありがとうございます!
今、見直したら「はしたない。」でもなく「ふしだらよ!」でした^^
お産ではなく、蘇生なんすよね。その点も誤解なきよう修正させていただきました。
互いにズバズバ本音を言い合えたり、軽口でいじることができるためには、言う側と言われる側、そしてそれを見る側の信頼関係が築かれていることが重要です。バラエティ番組で有吉さんやマツコさんがかなり自由にものを言えるのは、視聴者が二人の「いじる対象との信頼関係」を信頼しているからですよね。
ドラマでは、脚本家と視聴者の信頼関係が重要であるといえます。プロットに疑問点があった場合でも、あとの放送回で疑問が解決されることがわかっていたら視聴者は安心してその回答を待つことができます。本作では、「なつの兄と妹はなぜ北海道に来なかったのか」などです。これが「困ったときのお告げ頼み」の前作、親戚の子供がいつの間にかいなくなる前作との違いです。ほかの作品では、「おしん」では成功したヒロイン(乙羽信子さんのパート)を先に出すことで視聴者に安心感を与えていますし、「いだてん」ではクドカンのブランドに対する信頼が支持されているものと思われます。
また、登場人物の挙動やセリフ運びにコミカルさを挟み込んでいることにより、主題のシリアスさを中和して、視聴者離れを抑止しているとも言えます。三谷幸喜さんやクドカン氏は喜劇系の人なので、ディープな題材を取り扱えると思えます。
そこを思えば、「純と愛」があそこまでたたかれたのは、脚本の遊川和彦さんが社会派の作風だったからかもしれません。プロットがシリアスすぎて視聴者がついていけなかった、と。「純と愛」は武者さんがいうところの「ファンタジー」を正しい意味で体現しており、その設定が作品の中で重要な意味を持っていた(だから、伏線もちゃんとしていた)のですが、あまりに先進的過ぎて、視聴者がついていけなかったのかもしれません。
すいません。
良子ちゃんの台詞は「はしたないわ。」ではなかったでしょうか?
それと、なつが再現したのは牛の出産ではなく子牛の蘇生。
いや、実は、私もですね、良子ちゃんが母牛の役をやったようについ思ってしまいましたが、実際は子牛の役だったのですよね。
演じる富田望生さんのビジュアルに引きずられて私もそう思い込んでいたわけで、これは反省しなければなりません。まさに武者様が日頃おっしゃっているバイアスの陥穽。気を付けねば、と、痛感した次第です。
若い力って生き生きしていますね。
学校で習ったことで泰樹の経験からくる知識をさらに上回る。
しかも机上の知識だけでなく実践を伴う。
教えられたことをやってみて身につく知識。
なつは子供のころから知識を吸収してきていた。
その実践力を教育の場でも生かそうとして、
授業中でもその手を止めて、なつにみんなの前で教えてほしいと乞う教師。
うらやましい限りです。
自分の今日のツボは牛乳を運ぶトラックは当時フォードのピックアップを使っていた。というところ。あのミルク缶は一つ30キロはありそう。それを10缶も運ぼうと思ったら、相当馬力のある丈夫なトラックでないとダメだよね。まだまだこのころ日本のトラックの性能はアメリカには敵わないものだったんだ。
「なつが、どうして火を起こして魚を焼けたか」って?
そりゃ、「マッチを持っていた」と見るのが、最も自然で無理がないでしょうに。
焼け跡の町で、子供だけで生き抜いてきていた子なのですから、「東京へ行く」と決意した時点で、必要な「サバイバルキット」は持って出たとしても、何の不思議もありません。
早起きでしたし、最小限の消耗品を持ち出すことはできたでしょう。自分の靴磨き道具でさえ持ち出せたのですから。
焼け跡では「狩り込み」からも何度も逃れていたかもしれません。マッチなど、生きるのに欠かせないものは身に付けて携行する習慣すらついていたかもしれません。
要は想像力ですよね。
「子供が一人で火を起こしている」というシーンを見て、それが可能となる背景を考えることができるか。
十分に合理的な背景は考えられるのに、自分が考えつかないからといって「こんなシーンはおかしい」と作品のせいにするとは…
「なら、見なきゃいいのに」に尽きますよね。
連投失礼します。
なつが川原で魚を焼いていた件、先日我が家でも父が「あんな子供が火を起こせるわけないよな」と言ってきました。スラムで子供だけで暮らしていたからできても不思議じゃない、と返答しました。すると「いちいち口答えしやがって!素直にはいと言えばいいだろう!」と怒鳴られました。
我が家ではしばしば、自分の意見を持つと大声で罵倒されます。従順を強要されます。
ちっとも怖くないし、怒鳴られても私は自分で考えて意見を持ちたいので、そうしています。ちっとも怖くはないけれど、『半分、青い』、『なつぞら』、そしてこちらのレビューにすごく勇気をもらっています。いつもありがとうございます。
ちなみに、『西郷どん』での目玉キャストだった某役者の単発ドラマを改めて見て、いい作品だとその役者の新たな魅力を引き出すものですね。その作品は、あの低視聴率で叩かれたスタッフが製作したものです。
今日の羊水を吸い出すシーン、漫画版ナウシカの、しょう気に肺をやられ血を吐く兵士に口づけ、毒におかされた血を気管から吸い出す場面が思い出されました。子牛への人工呼吸も、衛生上けっして安全とは言えないだろうに…この体当たりを朝ドラでやってしまうのが本当にすごい。
ジブリネタが続きますが、もののけ姫に「女が強い村は豊かだと聞きます」という台詞があります。今作、猛者揃い過ぎます(笑) 夕見子と明美にもぜひ突っ走っていただきたい。
弱者を弱者のままにしておかないと自分が強者でいられないから圧力をかけるようなムラは、豊かとは言えないのです。武者さん、どうぞ自由にレビューを書いてください。
本日も丁寧なレビューありがとうございます。末尾の反論、スッキリさせてくれます。昨日のコメント欄書き込み、もううんざり、と自分はあえてスルーを決め込みましたが、さすが武闘派武者様、正面から一刀両断ですね。「単に、読み取る能力がないか、誹謗中傷したいだけか。」世の中には意外に前者の方が多いことに気が付かされました。律のプロポーズが唐突で理解できず、「ちょうだい紆余曲折」と朝ドラ受けした方もいました。毎日ずっと鑑賞している者にとっては全く違和感なかったのですがね。離れて暮らす律にはあのタイミングしかなかった。また、離れてみてわかったのだから。自分にはわかりにくい→脚本が悪い、と人のせいにしたがるのです。 この作品は丁寧に作られておりますが、先週末の天陽家族の顛末、本日の仮死牛の蘇生など、ちょっと出来過ぎに話が進みます。まあ、この方が視聴者受けしますし、朝ドラとしては正しいです。「半分、青い。」では、夢をもって上京した主人公は才能が無くて漫画家を挫折しました。ダメ男と恋に落ちて、やはり離婚しました。北川先生が追及したリアリティーは、朝ドラ史上では稀有な賞賛されるべき挑戦だったと改めて感じます。先生凄い。心に残った作品でした。 もちろん、「なつぞら」も今後は色々あるでしょう。楽しみです。 武者さまにはくれぐれもご自愛ください。時々休刊になっても構いませんよ。これだけの内容の記事を毎日数時間で書き上げるなんて、ホントに「何者?」と思います。無理されないでください。ありがとうございます。