八郎は喜美子を気遣い、しっかり寝たかと聞いてはくるものの、解決してはいない。
何がいけなかったのか。
温度が思うように右あがらないまま、五日目の朝を迎えました。
あれだけ用意していた薪は、残り僅かとなりました。
『どないしよう……もう一旦火を止めてしまおうか。ハチさんどないしよう……』
ナレーションが喜美子の心を語る。そう弱気になった喜美子は、工房に助けを求めるように入ってゆきます。
そこで目にしたのは、三津と寄り添うように眠る八郎の姿でした。
スプーンを重ねたような姿です。
寝ていて自然になるのではなく、演技指導がつく。それがドラマですからね。
こういう寝姿の二人というのは、互いに寄り添い守り合いたい、そういう心があるとは思える。
穴窯完成の宴でも、お酌をして回っていたのは三津。
一方で、喜美子と八郎は違うと思える。まさしく同床異夢。
喜美子は八郎の助言を求めず、引き返してゆきます。
バイオリンの音が高まる中、喜美子は窯に向き合っている。薪の束を運び、ばらし、投げてゆく。
そして目覚めた三津は、眠り姫のように無邪気な八郎の顔に、ゆっくりと口を近づけてゆくのです。
この場面のおそろしさは【#八郎沼】にはまっていた、そういう視聴者の心を滅多刺しにするようなところでして。
胸がほっこり、きゅんきゅんして。私も彼とキスしたい! そういう心理にある意味寄り添ってくる。
「せやな、叶えたるで!」
ホラー小説の悪魔じみたやり方で、この作品の作り手は実現する。
ちがう、そんなやり方で叶えて欲しくない!
やめて!!
そう叫びたくなるとすれば、喜美子の気持ちに感情移入してしまっているから。
夫婦という一つになった心を、残酷なまでに切り裂く。あんなにも八郎が魅力的に描かれたのは、この引き裂かれる痛みの前振りでしょう。
かつて八郎は、
「僕も男やで」
と言いながら、喜美子にキスをしました。彼も男。三津に迫られて、そうなってしまったら?
喜美子は八郎と三津の仲に、激しい怒りを燃やしているのか?
それとも無関心?
炎を受けて赤く輝く、そんな喜美子の顔。
キスをした時。
結婚を決めた時。
そんな時よりも、輝いていて美しい。
我が道を行くと決めたとき、人は、こんなにも美しく、残酷な目になるのだと――。
そう思える、戸田恵梨香さんの熱くなる瞬間でした。
喜美子がくる、炎を連れてくる
※勝利演説をするデナーリス
はっきり言ってどうでもええ。そんな私の仕事環境ですが、BGMは主題歌Superflyの『フレア』をかけております。
しかし今週後半は『麒麟がくる』のメインテーマにしました。困ったことに、それでスカーレットに取り組んでいても、特に違和感がない!
もう、戸田恵梨香さんはアレやろ。
【あの人が率いる謎の軍団に、故郷の村を焼かれたい】枠に、栗山千明さんと一緒に入ったわ。
『麒麟がくる』の染谷将太さんは、とりあえず、この戸田恵梨香さんに匹敵する目つきで、あれやこれやを焼くことを目指してほしい!(できますよね? 神っちで証明済だもんね?)
ほんまに喜美子は、朝ドラのデナーリス・ターガリエン(『ゲーム・オブ・スローンズ』)になりつつある。
ネタバレだと前置きします。
彼女は難しいヒロインでした。
家族の暴虐にさらされ、苦労を重ね、大切なものをいくつも失ってきた。視聴者はそんな彼女を応援してしまう。
正しい目的のために王座を要求する女王候補。それが……。
「そこまでやれとは言ってへん!」
炎を燃やしまくり、大惨劇を引き起こす。
愛する男が止めても、
「王座や! 王座、王座、女王の座や!」
と激しく主張を繰り返し、悲劇へ突き進むのです。
最終回まで見終えたあと、そういえばアレは主張のためならやたらと焼きまくる奴だったな……と冷静にはなれるのですが。
喜美子もそう。
彼女にだって、第一回から自己主張の激しさはあった。ホウキ持って次郎を追い回す武力は、極めて高い。しかも、知勇兼備。
『半分、青い。』や『なつぞら』のヒロインを引き合いにだして、なんて素晴らしいええ子や、甘えない子ぉやと、ネットニュースでも評価されていたわけですが。
心の奥にある、真っ赤に燃える炎――リミッターが外れて、下克上を達成して、ここまで激しく燃え上がったら、それに耐え切れますか?
観る側までそこを試されている。
本作の低視聴率分析をする、そういうブログやネットニュースはある。
ざっと目を通しました。想像は尽きます。
「女はイケメンの八郎にメロメロで、疑似恋愛したいのに、それができなくなったのがあかん!」
「女が作っとるからあかんのよ。男優は頑張ってるのに、女優は足引っ張っとるわ。やっぱり視聴率の鍵を握るのは男やで〜」
せやろか?
【トーン・ポリシング】ごと焼き尽くせ
本作の敵は見えてきました。
【トーン・ポリシング】やで!
→「違う言葉を使おうよ」とか「冷静になろうな」と指摘し、【冷静なのは自分】というスタンスで相手の主張を打ち消す
→結果、主張する側と諭す側で価値観の差が拡大されてしまいます
【参照:琉球新報】
朝ドラでこれに挑むことが、どんだけすごいか?
というのも、朝ドラこそまさしく【トーン・ポリシング】の砦でしたからね。
近年はそういう傾向が強烈で。2014年上半期『花子とアン』のモデル、村岡花子は女権運動に尽くした。
新紙幣の顔・津田梅子の教えを引き継ぐ、そんな思想を消し去ったのは本当に侮辱的だと思う。ついでにいえば、柳原白蓮の廃娼運動への貢献も矮小化しましたね。
2015年下半期『あさが来た』のモデルである広岡浅子は、実像は厳しく、写真を見てもニッコリとはしていない。
ポスターはともかくとして、劇中のあさはエヘラエヘラしていた。子どもじみた「びっくりぽんのかっぱー!」を見た瞬間は絶句しましたよ。
五代友厚依存症も酷い。史実ではほぼ接点がないのに。
2017年と2018年のNHK大阪ヒロインは、もう【知略をどれだけ下げられるかチャレンジ】枠なので、ここでは省きます。
朝ドラヒロインは愛されるかわいこちゃんじゃないと! そういう忖度じみた【トーン・ポリシング】が、ヒロインを縛りつけ、知略すら低下させられてきたのです。
気が強いヒロインは、言葉尻をとらえられて罵詈雑言の的にされる。前述のNHK東京ヒロインがぶっ叩かれ、未だにギャーギャー言われている姿をご覧ください。
朝ドラの話題を振るだけで、『半分、青い。』のヒロインと脚本家叩きを始める人は、統計を取りたいくらい出逢いました(しかも、ドラマそのものは見ていない人も結構いる)。
生意気な女叩きはスナック感覚の娯楽ってことです。
喜美子だって、既に「生意気で感情的だ!」というネットニュースは出てきた。作り手の方はニヤリとしていたかもしれない。最初から想定というか計算通り、だと思うのです。
そこを踏まえて、知勇兼備、NHK東京朝ドラヒロインすらかわいらしく思える、燃やす女・喜美子――。
NHK大阪の挑戦が、眩しくて、まばゆくて、朝から血圧があがって苦しいほどなのです。
◆中立的な立場に見える「トーンポリシング」に騙されない!モバプリの知っ得!
文:武者震之助
絵:小久ヒロ
【参考】
スカーレット/公式サイト
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