穴窯挑戦の第一回目は失敗。
喜美子が再起のために勉強をしていると、武志が宿題をするため工房にやって来ます。
勉強道具の下から出てくるのは、少女漫画『シュガームーン』でした。芽ぐみが貸してくれたってよ。読んで、ようわかっとけと言われたそうで。
「何をようわかっとけや?」
「男と女の違いや」
「ほう、さすが芽ぐみちゃん……さすが照子の娘や」
ボソッと喜美子は呟きます。
武志、少女漫画で男女の違いを学ぶ
照子世代は、少女雑誌でしょう。少女漫画雑誌の前身で、お金持ちしか購読できなかったお高いものです。
2014年上半期『花子とアン』のヒロインモデル・村岡花子は、こういう雑誌にうってつけの小説を翻訳しておりました。
※『小公女』やな
その娘が少女漫画雑誌を読むと。
きっと、彼女らは『大草原の少女ソラ』に歓声を上げることでしょう。日本のエンタメの進化もわかるわけです。
こう書いていくと、無害なようで、実はそうでもないかな……そう思えるのが、本作の真髄やで!
武志は、少女漫画で学んだ。
女はよう泣く。なんかあったらすぐシクシクする。ほんで、男が慰める。
喜美子は少女漫画をペラペラめくり、「いけないこと描いてないやろな……」とチェックしております。
けれども、現代の視点で考えたら、武志はもう【ジェンダーバイアス】という意味での【いけないこと】は学んじゃっていると。
喜美子は、武志はこう思っていたのだと理解します。
女であるお母ちゃんは、穴窯の失敗できっと泣いているに違いないって。
それで来たのだと喜美子はわかる。そして笑い飛ばすのです。
「もっかい、穴窯の勉強や。なんで失敗したか、調べてんねん。ほやけどありがとうな」
「うん!」
母の強さを学ぶ武志。同時に、なんでそんな偏見をすり込まれてくるのかと、親が頭を抱えたくなる。そういう場面でもある。
子どもが漫画の悪影響云々は言われることです。そこに本作は切り込んできた。
「そんなもん家庭で躾けろや。影響受ける程度の子育てがあかんのやろ」
そういう指摘に対しては、この言葉で説明がつくかもしれない。
「孟母三遷」
孟子の母は、三回引っ越しました。墓地の近所にいると、葬式の真似ばかりする。市場の近くだと、金勘定ばかり。
あかん。ほんで学校の近所に引っ越したら、勉強の真似をするようになった。これで一安心や!
孟子のお母ちゃんが賢いということだけでなくて、子どもはそんだけ外界の影響を受けるということでもある。孟子のお母ちゃんほど賢くても、外界の影響をシャットダウンなんかできひん。ましてや凡人では無理がある。
教育、親子の間にスルッと入ってくる、そういうもんがエンタメ。その力の使い方を考えている。そう思わせる場面でした。
八郎、「あかまつ」で世間と男女の違いを学ぶ
外界の影響を受けるのは、武志のような子どもだけでもない。「あかまつ」で八郎は、柴田と佐久間と飲んでいます。
佐久間は、奥さんの穴窯やめた方がええと言い出す。
「うまいこといったとしても、奥さんの作品は売れへんで。そらそうや、奥さんは無名や。しかも女や。陶芸は男の世界やで」
今更そんなことを言われても……八郎はそう戸惑います。
喜美子は十分やってきた。力は十分ある。才能もある。そう反論しますが。
「川原八郎の奥さんやから生ぬるう見てる。ハチさんおらんでは、ただの陶芸好きのおばさんや」
柴田は流石に言い過ぎだとたしなめますが、佐久間は止まりません。
「世の中はそういうふうに見るっちゅうことや。奥さんが気張ってもこの世界はまだまだ厳しい」
「まぁ、現実はまだこういうことや」
柴田はそう言い、新聞記事を差し出してきます。穴窯への取り組み紹介です。
新聞記事にあるのは、川原八郎の名前だけ。現代に蘇る伝統手法に挑戦するのは、新進気鋭の陶芸家である夫だけ。写真も、喜美子は写っていない。
八郎は愕然としてしまう。
そして、私も心当たりを思い出してしまった。
女性の活躍を促進する。そういうお偉いさんが集うイベントがあったってよ。そんなニュース記事をクリックすると、女性が壇場にいない。いてもチラッといる程度。
写真にはおっさん、おっちゃん、おっさん、おっさん、おじいちゃん……なんでやねん! そうなるアレやな。
その舞台裏みたいな「あかまつ」の場面ですよ。
おっさんの、おっさんによる、おっさんのための世界。そういうしょうもないもんを、こうシブい口調で言う。
「まだまだ、男の世界や……それが世間ちゅうもんや」
うーん、「女に学問はいらん!」と正拳突き系男尊女卑をしていたジョーカスが、まだマシに見えるこの流れ……。
薪を燃やすことは、札束を燃やすようなことでもあり
工房に八郎は帰ってきます。
この間、喜美子はずっと工房で研究をしていたとわかる。
喜美子がお茶をいれようと立ち上がると、八郎は続きをやりぃと促すのですが。喜美子は、武志が一人で風呂入って寝てくれたと言います。
八郎は楽になったと言う。
喜美子はしっかりしているのは前からだと返す。
八郎は「喜美子に似たんや、ちゃっかりしたところも」と返します。
ここも何気ないようでモヤモヤする。
あの嫌な「あかまつ」会話を、男ならば仕事上の話やなんやと逃げるかもしれませんが。
あんなん、男がこの世界が仕切ると言うゲス確認を、酒飲みながらしとるだけやで。その間、育児は丸投げやん!
八郎の言葉にも、育児への関心の薄さが見えますし、楽になったというあたりにも、上から目線ちゅうか、モヤモヤしたものを感じてしまう。
喜美子はここで、お金の計算結果をドキドキしながら差し出してくる。
「すごいで、薪の代金!」
「あー、怖いなぁ」
発表前に、八郎は喜美子にお茶をいれます。喜美子はお礼を言う。これだけでも、八郎は十分親切ではありますが。
用意した薪:420束
金額:15万
こんな金額いっぺんに使たん生まれて初めてやと、感慨深い喜美子。次も使うで。
そう宣言して、これや。
次回用意したい薪:600束
予備含めて:700束
金額:25万
「貯金おろしてギリギリや。失敗はゆるされへん。失敗はできひん」
ここで八郎は、喜美子に話を切り出します。
「穴窯は一旦おいて、喜美子は陶芸展に応募しぃ。喜美子ならではの形作りぃ。それで金賞狙うんや。金賞とって認めてもらおう」
「誰に認めてもらう?」
「世の中や。女性陶芸家・川原喜美子を知ってもらうんが先や。穴窯はその先にしよう」
「なんでそんなこと言い出すの?」
喜美子が頑固?
それはどうでしょう。
喜美子は理詰めで考えている。
そもそも戦争がいつ来るかわからんから穴窯をやれと言ったのは誰や? ハチさんやんか。
喜美子、人生そのものから男女の違いを学ぶ
喜美子は、穴窯は先延ばしにすると言っていたわけです。
「なんでそんなこと言い出すの?」
「マスコットガールミッコー覚えてる? あのとき、深野先生のフの字も出てなかった。絵付けの師匠やったのに。今度はその逆や、僕しか載ってない。喜美子のキの字もない。悔しいやないか、こんな扱いされて。今のままやったら、この程度の扱いや」
「ミッコーで慣れてる。こんなんどうでもええ」
八郎が持ち出した新聞記事の話を、喜美子は一蹴する。
これも、彼女の人生を振り返ると無理もないことかもしれない。ミッコーだけやない。
中学の絵画展金賞。あのことを話したら、フカ先生の弟子である一番さん、二番さんは自分たちの全国レベルの受賞歴や、学歴を持ち出して来た。
喜美子は恥ずかしがって、マツが話せば即座に止めるようにすらなった。信作だけが、その真価を理解していたとわかったわけですが。
荒木荘の大久保さん。彼女はあれだけの仕事ができても、昇給もない、評価もされない。稼ぎは弟の学費になる。そういうもんやと割り切って生きてきた。
ちや子。あれだけデイリー大阪で奮闘していたのに、彼女を認めた師匠のヒラさんですら、引き抜かれ、黙って彼女を見捨ててゆく。奮闘するちや子を見ていた同僚は、女なら結婚しろと突き放す。
ミッコーの絵付け火鉢だって、物珍しさゆえのもの。本当にええもんだと認めてくれた人が、どれだけいたことか。
周囲の評価にさんざん流され、翻弄されてきた喜美子。喜美子はもう、振り切れてしまっている。説得なんか通じない。
八郎はそれでも、説得しようとする。
「ううん、どうでもいいことないで。大抵の人は、こんなん真に受けるで。ええ作品焼いても、今の喜美子のままなら売れん言われた。陶芸家・川原八郎がどんな作品生み出すか、楽しみにしたい。売れへん。売れるための名声を取り入れようや!」
「そんなんいらん! そんなんいらん……陶芸家・川原八郎が作りましたて売ればええ! もっと誰もが認めるええ作品作る言うんが筋やろ!」
「誰もがええ思う作品はない。十人おったら、十人ええいう作品はない」
「やってみんとわからん!」
「やってみた僕が言うてる。ええか悪いか、結局主観や。評価なんか曖昧なもんや。ほんで陶芸はまだまだ男の世界や! なぁ、まずは可愛がってもらえ。それで陶芸家として受け入れてもらえ。25万注ぎ込む前に、冷静に考えぇ」
まずい……。
いいんですか、ここまで踏み込んで?
今年のNHK大阪は、メディアコントロールを放棄したとは思っていました。それどころか、全力で過去作品その周辺含めて、燃やしに行ってませんか?
川原八郎の作品だから、楽しみにしてる。あー、なんか記憶が蘇りますよ。
去年さんざん言われた。あの作品の脚本家だから、ええもんに決まってるって。
知らんがな、そんなん……そう思うしかなかった。
基本的に、過去作品は切り離したい。作風はもちろんありますけれどもね。
興味深いことに、男性脚本家だと上方修正。女性脚本家は下方修正をされる。
『なつぞら』だって、女優は叩かれても、男性である脚本家にはあんまり矛先向かわないんだな。
誰もがええ作品作る言うこと。これも無理やろ。本作は明確に、男性視聴者、特に高年齢層は帰ってええから作戦に突っ込んできた(その横で旗降っている女性もね!)。
それがこのところ、えげつなさが増している。
評価が曖昧っていうのも、ほんまそれな。ネットニュースとその反応は、どんどん浅くなっている。通勤時間の合間にスマホで見るニュースなり、レビューなんて、そんなもんかも。アクセス数が正義やで。
そういう、ネット投稿でバズればええやろ系のテクニックを、ぐんぐん身につけている作品も、メディアも大量にある。
それでええんか?
いかんでしょ。本作はそう言っているみたいだ。
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