喜美子はついに感情を爆発させます。
「なんであの子が! なんであの子が病気に?」
「病気なん?」
「うそや!」
「うそでもなんでも言えや。うちでもなんでも言えや、うちにぶつけろ! 怒ってええやん、うちに怒鳴れよ! なんでも聞いてや! ひとりで抱えんなや!」
「何が大阪や!」
喜美子は怒る。うちがこんなに辛いのに、息子と大阪行ける。そんな照子がうらやましくて、腹が立つ! 照子は何も悪くない。でも、ぶつけてええと言われたからそうする。
「ええ、吐き出せい!」
「なんか悪いことしたんか? 何も悪いことしてへん! なのになんで武志や! ほんまええ子やで、なんも悪いことしてへんのやで、そやのに、そやのに……」
喜美子はここで泣き出します。
「なんでや!」
喜美子は感情を抑圧できます。普通は泣くやろ。ここはヒロインを泣かせたいやろ。そういうところですら、ぐっとこらえてしまう。
それは血も涙もないわけではない。ただ、出せないのです。ずっとずっと溜めておくからこそ、吐き出すと攻撃的で、きつくて、激しいものとなってしまう。
穴窯の時もそうでした。
今もそう。
川原三姉妹は、それぞれ違います。
直子は父親に似た。ちゃぶ台返してスッキリするように、怒りをワッとぶつければケロリとできます。毎日噴火する火山です。
百合子は母親に似た。女性としては最も理想的かもしれない。抑圧はそこまでしない、穏やかに素直に向き合う。けれども、マツは偽妊娠騒動でホウキを振りまわし、百合子は信作に怒って「サニー」から出て行きました。怒ることは、あります。
そして喜美子は、父譲りの激情と、母譲りの抑圧がある。我慢する姿は健気ですが、吹き出すと燃えます。
大噴火です。
化物だの取り憑かれただの言われますが、彼女は自分自身の感情に動かされています。
離婚がわかりにくいとされます。
あれは一撃で破壊されたのではなく、溜まりに溜まったものがあればこそ。三津と並んで眠る八郎も、溜まって行った感情の波のひとすくいにすぎなかったわけです。容量としては大きいのでしょうけれども。
おかしいとか、異常だとか言わずに、照子のように喜美子に向き合えることが大事なのだと思います。
こらえていた涙が、決壊したように溢れ出す。
リアリティがありすぎて、おそろしいほど生々しい場面です。
父が知らない、時間がないこと
「かわはら工房」では、八郎と武志が語り合っています。
八郎は、自分の経験を踏まえて“焦るな”と言う。若い頃は、なんであんなに焦ってたんやろなぁ。賞を取ることばっかり考えていた。そう振り返ります。
世間で名をなすのは、それしかない思てた。はよう何者かになりたかったんやろな。
その焦りが離婚の一因でもありましたね。だからこそ、亜鉛結晶の次はのんびり探しぃ、そう言うわけです。
「焦ったってなんもええことないで。武志はゆっくりいけや。時間なんかいっぱいあるで。しっかし、よう勉強しとんなお父ちゃんは」
「いや、自分で言うか」
「ははははは!」
何気ない会話なのに、悲しいものがあります。
人間って、結局自分の環境でしか想像ができないところはあります。
これが怖いところ。
「せやかて、あなたとは条件も環境も違うしなぁ」と反論しようものなら、ややこしい話になるんですよね。まるで人生と努力を否定されたかのようで、カーッと怒りの感情で反発する声は出てきます。その典型例が、上野千鶴子氏の東大入学式祝辞とその反応です。
「女は差別されとるで。環境もあかんねん」
という意見は、
「男は差別されてへん、環境もええやろ。つまりお前は努力してへん、男優遇で生きてきただけのアホやで! その人生も無価値や!」
というわけでは決してない。当たり前や。
ところが、そうだと勘違いしていきなりヒートアップし、怒り続けて論点ずらしを延々と一日中SNSで投稿している人も出てくる。
※こうなっとると
八郎の言葉は、彼の成功と失敗を振り返ればその通りではあるのです。じっくりと待つことができれば、結果は違っていたのでしょう。
でも、武志には時間がない。
お父ちゃんのように勉強もできない。
そのことを知る喜美子は、ひとり包丁を握って食事の支度をしています。
そして武志のことは胸に秘めたまま、今年の歳は暮れてゆきました――。
【因果応報論】を終わらせる
朝ドラも、大河もNHK。ゆえに考えたいことがあります。
喜美子は、「武志は悪いことしてへん!」と嘆きます。これも喜美子の理詰め性格ゆえのことかもしれない。
何も悪いことをしていないのに、酷い目にあうこと。これは人間にとって根源的な恐怖なのです。怨恨ありきで刺されるよりも、通り魔の方が怖い。
「なんでやねん!」
そう叫びたくなって怖い。
ゆえに、戦国時代ともなれば【因果応報】だと言われました。
何か悪事をしたからだ。そう補強されてゆく。現世でダメなら前世の業まで辿る。その結果、わけのわからないことは起こります。
松永久秀は、ボンバーマン(茶釜を抱いて自爆死)でもないし、大仏を燃やしたとも言えないし、将軍を殺したその場にはそもそもいない。
それでも、なんだか酷い最期だし。下克上が嫌だし。
「せや、梟雄にしたらええわ! 後世の教訓にもなるで!」
そう思えばこそ、悪名がふくれあがると。
実は織田信長もこの枠で、江戸期はそこまで英雄視されておりません。
「なんやあかんことしたから、本能寺ごと燃やされたんやろなぁ。因果応報や」
かなり長いこと、こうでした。
でもそれはあくまで戦国時代でしょ?
現代人は違う。そう言いたいようで、実はそうでもありません。
今でこそ児童虐待、DV、体罰、いじめは、加害者が悪いとされます。それが長いこと、被害者側の落ち度が言われてきました。しつけ。教育。指導。そういう名目のもと、喧嘩両成敗だのなんだの言われてきたのです。
現在でも解決はまだ遠いことはある。こと性犯罪ともなると、被害者バッシングが起こりやすい。
◆性暴力の被害者は笑えない? そんなわけないでしょう!(小川たまか)
【因果応報論】は終わりにしましょう。そういう願いを、二枚看板から同時に感じます。
喜美子の場合、離婚の原因やバッシング理由を探されました。態度が悪い。声が低い。笑い方が下品。生意気。化物。狂気。
朝ドラヒロインはそういうことをされる。鈴愛も、なつもそう。
確固たる理詰めではない。感情を傷つけた程度の無茶振りでされるもの。
理詰めでハキハキ語るタイプよりも、夫の感情をもらってゲスハラスメントをする昨年のアレはなぜか守られがち。それどころか、私はヒロインそっくりだと一日中投稿して主張する声も出てくると。
なんでや?
これも【因果応報論】だとは思う。
周囲に合わせていれば叩かれない。歯向かえば叩き潰す。そこに迎合できるか? 否定するのか? NHKから意気込みを感じるのです。
朝ドラの持つ力
そうそう、先日の『あさイチ』では信楽太郎こと木本武宏さんが出演されました。ライブで「さいなら」を熱唱したのです。これでキャリアがプラスへ向かうとよいですね!
◆戸田恵梨香、松下洸平とのキスを振り返る TKO・木本に「紅白目指そう」…「あさイチ」
そして松下洸平さんは、もうブレイク確実となりそうな勢い!
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◆「スカーレット」松下洸平が新選組・斎藤一!『燃えよ剣』で新たな魅力
このレビューでも指摘しましたが、松下さんはインテリヤクザとか、そういう凄みのある役柄が似合うとは思っておりました。
それが斎藤一とは……はまり役じゃないですか!
原作ありきで、現在では否定された左利き説を強調した造型のようですが。
実は斎藤一って、ハチさんみたいなところもあるんですよ。
写真も似ているかな?
【斎藤一の特徴】
・シャイで無口。永倉新八すら「あんまり話をしていないので、流派すら知らない」と言っているほど
・でも、二重スパイをこなせるくらいキレものでもある
・明治以降は、学校で真面目な守衛さんであったくらい。誠意があるのです
・心を開いた相手には本音を出す。山川浩と山川健次郎とは飲み友達
・律儀。自分を理解し、受け入れた会津に墓を作るくらい
永倉新八と比較するとわかりやすいかな。
斎藤一はともかくシャイで、交際範囲が狭く、喋る前にじっくり考えるタイプであったそうです。
こういう誠意とストイックさがある人物を演じたら、彼はかなりのものとなりそうです。出世ルートに乗ったんだろうな。感慨深いものがあります。
あくまで妄想ですが、林遣都さんが山川健次郎、松下さんが斎藤一で映像化して欲しいかな〜なんて思ったりします。
そしてこういうことが、朝ドラの力になるわけです。
◆『なつぞら』“番長”板橋駿谷、“真っ白”だった予定が埋まりブレイク実感!ヒロミ「そんなにすごいの?」
近年のNHK大阪は、そこが弱かったかもしれない。
『あさが来た』のディーン・フジオカさんのような例はある。とはいえ、主演であってもキャリアがあまり伸びない方もいる。
大河もそうですが、出演で伸びるどころか、キャリアにプラスにならないとなれば、敬遠されてしまう。そうなったら、朝ドラブランドは終わりに近づきます。
そうならないよう誠意ある作品作りを目指した。そんな気合を感じるこの作品。
やはりここ数年の関西実業家アピールキャンペーンはよくないことでした。
受信料原資の企業宣伝という時点で、はなから問題外ではあります。それだけでなくて、作り手の誠意や努力ではない、企業の後押しを頼っていたら、甘ったれて堕落するだけ。やっと、目が覚めたんでしょう。
しょうもないおまけ:朝ドラの病気描写
本作はすごいところへ来ました。
白血病を真摯に描くこと。患者の失礼にならないようにすること。その真面目さを考えていますし、大崎役は稲垣さんの誠心誠意を信じてこそのオファーだろうと思えます。
説明が丁寧で、滑舌が綺麗で、患者に寄り添うものを感じます。
ここでふと思い出したのが、一昨年と昨年のアレですね。はい、いつものアレなので、飛ばしてください。
一昨年は、入院中なのに最低の見舞客コント状態でした。お笑いテーマだからって、病院でまでへらへら無神経ジョーク。もう、意味がわからなかった。しかも、夫の入院中を狙って別の男がヒロインの自宅訪問し、接近する。死んだ夫は仏壇前セーブポイントでアイテムを使うと復活する。もう、ゲス過ぎるわ。
昨年は、いろいろありますけれども。コロナウイルスの今だからこそ、振り返ります。
ええか?
問題っちゅうのはな、逃げ切ったと思っても解決するまで追いかけてくるで?
蒸し返されるで。
・空気感染する病気に罹った家族がいる、その見舞いに行くからデートできないとウダウダするヒロイン
・医学知識でマンズスプレイニングをして、ヒロイン接近の契機を掴むヒロイン将来の夫
・空気感染して、治療法も確立しているとは言い切れない。そんな病気の姉を見舞ったうえで、不特定多数が通過するフロントで業務をするヒロイン
おわかりいただけましたかね?
危険やんか!
人の病気、命を、恋愛フラグとしか思えない。そういう舐め腐ったクリエイターがやらかす惨劇よ。
この場合、何かあっても、因果応報やぞ。あかんことをしたからには、しゃあない方の因果応報や。
文:武者震之助
絵:小久ヒロ
【参考】
スカーレット/公式サイト
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