喜美子が洗濯物を干していると、全身ヒョウ柄の直子が出てきました。
「おはよう」
「おはようないわ。もう“おそよう”やな」
喜美子は「ゆうべはありがとうな、ごちそうさん」と言います。姉妹は「あかまつ」で盛り上がったようです。
ゆっくりしていけと促す姉に、妹はちょっと暗い顔で、布袋と大津で会うと言います。
すると喜美子も「行く」と言い出す。ご挨拶しようってよ。
ほんまに喜美子は、人と人との距離感を掴めんやっちゃなぁ……。武志と真奈もそうだし、これもやし。喜美子は幼少期からこういう本質があって、それは加齢でどうこうなるもんでもないのですね。プラスになることもあるのですが。
直子が硬い顔で「必要ない」と言うと、喜美子は察知します。
「なんかあったな? なんかあったんやな。聞いたろか。もうしゃあないな。ここ座り。はい、どっこいしょ」
「どっこいしょ、言うな」
姉妹は縁側で語るようです。ほんまに喜美子はかっこええなぁ。
【問題提起】ドナーになりたいのに、周囲が反対する
二人は縁側で語ります。
直子は、布袋の魅力について。大卒、商才あり、要領もいい。賢いねん。
おっ? ちょっと既視感があるというか、スペック的にはあの敏春に近いものを感じるで。
しかしここから先に、両者の違いがあります。
賢さゆえに、布袋は最初反対してきたことがある。それは骨髄移植、ドナーになること。検査しに行こうという朝、「もし一致したらドナーになる覚悟はあるんか? それがどういうことかわかったんのか?」と聞いてきたのです。
喜美子は「危険性については言うた」と念押ししています。
直子は、賢い布袋さんはもっと詳しく調べた、そのうえで骨髄移植するんはどれだけの大事か知ったのだろうと推察しています。
そんな彼に対して直子は「一致するかどうかわからん」と反論。布袋も「わかってからやめます、言うわけにはいかん。それこそ偽善や」と返すのです。
骨髄バンクについて描かれないことは、本作の惜しまれる点ではあります。
ただ、2020年現在ともなりますと、ドナーは順調に増えていて、武志の時代よりも恵まれた状況にはなっています。圭介の言葉が実現しつつあるのです。
問題は医学ではない。
人の意識です。
型が一致して、提供される側が大喜びで待っているのに、提供側が断ってしまう。大変なことです。
こういうことは残念ながらまだまだ多い。その原因は、ドナー本人のこともあるとはいえ【周囲の無理解】があります。この場合は布袋ですね。
・骨髄移植の重要性、意図がわかっていない
・職場で穴を開けられたら困る(給与面、業務面での問題)
・リスクを必要以上に恐れること
医学面でのリスクがゼロとは言い切れないものの、そこはかなり丁寧な措置がなされてはいます。
それよりも、仕事に穴が開けられるということへの拒否感がありまして。
人の命がかかっていると言われても、何百キロも離れた見知らぬ誰かより、目の前の売り上げを重視してしまうことは、人としてある意味仕方ないことかもしれません。
まだまだ骨髄移植の重要性への理解が足りない。
技術が追いついても啓蒙が足りない。
そういうドナーが直面しかねない問題を、直子を通して描くことは非常に重要であると思います。
そしてこの、セリフだけしか出てこない布袋の設定も秀逸でして。
なまじ高学歴で、肩書きもあって、誰も意見に反対しないで生きていると、当人のアップデートができなくなってしまうのです。
医学知識は進歩しているとか。あんたが仕入れた情報は古いとか。
説得しようにも、通じないものがあるのでしょう。感情に寄り添う、優しい敏春との違いはこの点なのです。ほんまに敏春は、気取りのないええ人やで。
まして直子や喜美子は、中卒のおばちゃんですからね。
大崎か圭介あたりに布袋を説得させなければ、難しいものはあると思います。
※山中教授でどや!
布袋みたいな人が周囲におったらどうするのか?
せっかくドナー登録しようと保健所か献血ルームの位置まで調べたのに、家族が賛成せんかったらどうするのか?
視聴者、ドナー希望者が直面する困難を、本作の直子は先回りして来ました。うまい作品や。
【問題提起】提供を頼む側もしんどい……
喜美子は辛そうな顔になっております。
自分の家族のために直子と布袋が喧嘩してしまって、つらいのです。実際の現場でこういう切ない事情があることも、調べて取り入れているんでしょうね。
命がかかったことと比べると小さなようで、これはつらいとも思います。
だからこそ喜美子は、皿を作って贈り、少しでもお礼をしてきた。
「堪忍な、言い争いさせてしもて」
「ちゃうねん。うちも布袋さんも、結果的には検査受けたんや」
直子の心は、それでも揺らいでしまった。布袋さんが正しいことを言っているとき、鮫島の顔が浮かんでん……。
あいつやったら、こういうとき「ドナーなりましょ、なりましょ!」言うて、喜び勇んで行くわ。
そう思い浮かべつつ「古い話をするけど堪忍な」と断ります。
空襲の時や。
防空壕に逃げる途中で、お姉ちゃんうちの手ェ離した。
どんだけ心細かったか、鮫島に言うたことあんねん。
鮫島なんて言うた思う?(以下、ツッコミ入り)
手ェ離してしもたお姉さんも辛かったやろな、て。
(せやな……ええこと言うわ)
そんなんうちかてわかってるわ。
(それでも姉を責める、悲しい心やな)
ほんでな、手ェはつなげばつなぐほど、汗でネチャネチャになるし。離さなあかん。
(ん? 空襲やろ?)
汗でグチャグチャ、空襲の話やで!
(あっ、ほんま!)
「ああ、せやった、ははっ!」って。もうあきれるわ、ほんま。ほんまに、ほんまにあいつなぁ!」
(ほんまにあいつなぁ。そこが好きなんやな?)
離れてこそ、愛や真実、自分の心が確認できる。それは本作でずっと描いてきたことかもしれない。
喜美子は離別が側にあった。
荒木荘の頃は、盆正月すら帰省しない。圭介相手に失恋しようと、おはぎを食べてケリをつける。直子は失恋で、東京から信楽に戻ってきていましたっけ。
穴窯でも「一人はええなぁ」としみじみとしてしまうところはあった。
離れて、ワインで酔っ払って、アンリの前でやっと「ハチさん!」と泣く。それ、照子にすら言わんかったの?
大阪の女、ヒョウ柄が情熱を示す直子は、距離を置く武志と真奈を見る。
そして真剣な愛を悟ったようです。
距離と冷却期間があってこそ、何かが見える。そういうドラマでした。あのスピンオフにも、そういう意図は感じたものですが。
距離感の取り方ということを、本作はかなり戦略的に意識していると思えます。
くっついていては、見えなくなることってありますもんね。
直子は何かに目覚めたようです。
鮫島への思いを再確認する
仏壇で両親に手を合わせ、直子は「行くわ」と言い切ります。そんな姉妹はこう話をしています。
「今鮫島さんどこ住んでんの? 知らんの?」
「別れた時、一人で東京行く言うてた」
「東京のどこ?」
蒲田だってよ。
一緒に商売やってた時の知り合いが蒲田いる言うてた。
直子が働いてた街か。喜美子もそう納得しています。
「会いに行きぃ。布袋さんに頭下げて、一生懸命話してな。何回も何回も頭下げて、ほんで、鮫島さん探しに行きぃ。大事なもんは大事にせえ」
そう言われて、直子は工房へ向かいます。
武志が、年明けの「みんなの陶芸展」の作品を作っていました。見に来て欲しいという武志に「忙しい」とそっけない直子は冷たいようで、奥深いものがあります。
忙しい理由に、こう答えるのですから。
「探し物があんねん」
そう言い切る直子は、強い女になっとる。ヒョウ柄に負けたらあかん、これぞ大阪のおばちゃんや。
「真奈ちゃんと仲良うな!」
そうきっちり言ってくれるのだから、甥っ子がかわいいという気持ちはあるのです。
「ほな気ぃつけてな」
「お姉ちゃんも。大事なもんは大事にしぃや」
「ほな」
「ほなな!」
そう明るく別れを告げ合う、強い姉妹です。
こういうときこそ、明るくなければならない。それに直子は、武志と真奈を通して、自分が本当に大事なものを見出しました。
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