あのハレルヤBGMな。クセが強過ぎて、受難まみれの信作結婚関連以外どこで使うんやと思っとったところです。
ほんまにジョージ富士川先生はすごい。出るたびに仏徳、天使、妖精のような、世界各地の神話から出て来たような何かを漂わせております。
そして早速、喜美子の作品を見るのです。
「ああ、ええ色出とるなぁ。器は使われることで、また違った魅力を見せてくれるんやなぁ」
そういう言葉も深いものがあります。
いくらすごいものを作ったと言われても、そこへの弱さがあると残念ではあります。『なつぞら』の場合、アニメを見て感極まった泰樹の顔、ファンレターという反応で完成があったっけ。『半分、青い。』は、扇風機の風を浴びる母の姿ありきの「マザー」でしたね。
作って満足、広告作っておしまい、会社は軌道に乗ってウハウハしたとナレーションで語られるだけでは、作り手の自己満足になりかねない、と。
喜美子の味方は喜美子です。
けれども、それはあくまで始点。作品を見て評価する相手がいて完成するものでもあります。この作品では、陶器を使ってコーヒーを飲む場面や、人生が変わったと言うアンリがいるから、きっちりとおさまっていると思えるのです。
ここで武志が会場に戻って来ました。
「あっ、息子の武志です」
「どうも」
武志は驚くとともに、京美大時代に講演会を聞いたと言います。ジョージ富士川は、ちっちゃい頃の実演会について話を振ります。そうそう、武志が発熱してしまったときの話ですね。本人は覚えていないそうですが。
思えばあれを契機に喜美子は穴窯に突っ走ったところはあったっけ。
武志は、あの絵本を差し出してサインを願います。
「うれしいなぁ、本買うてくれたんや。ああそうか、そや!」
ここでジョージ富士川はピンと来ます。そしてライブパフォーマンスに挑むのでした。
いつもと変わらない1日は
今日が私の1日なら、私は、どんな1日にしますか?
大きな紙にそう書きあげると、皆にこう促します。
「さあ好きに書いてや! なんでも好きに書いてや! さあ来ーい!」
「なんでもいい?」
「ええよええよ、なんでも! どこでもええからな」
「何書くんや?」
「ああ、ええなぁ、どんどん書きやぁ!」
皆がペンを持ち、一斉にボードへ向かいます。
ここも本作の真髄で、はしゃぐ子どももいれば、戸惑ったように立ち止まり、考え込むおじいちゃんもいるのです。演技をしていると思えない、自然な、名もなき人々の姿があります。
エキストラの動きが抜群にうまい本作。序盤から、値切るおばちゃん、そろばんを弾くおっちゃん、並んで歩くアベック(死語)……リアルな動きがずっとありました。
武志も、ここに立って書きこむのです。
そして終わったあと、ゆっくりと階段を踏みしめ、喜美子が武志の書いた字を読みます。
昼寝をしたい。ゴム跳びしたい。そんな願いの中で、こうあるのです。
いつもと変わらない1日は 特別な1日
特別な一日
このあと、武志と大崎が診察室で話しています。
「うん、大丈夫かな。じゃあ、暖かくして気をつけて」
「じゃあ失礼します、ありがとうございました」
そう笑顔で診察室を出ていく武志。何かするためにも、いつもと変わらない一日のためにも、彼は診察が必要なのです。
そして場面が切り替わると、ヒョウ柄の直子を先頭に、いつもの面々がまばらな木々の間を歩いています。
琵琶湖へ向かう道です。
「道わかってんの? 大丈夫?」
「たぶんな」
おばさんは服装間違えとるというツッコミが入っています。ええんやで、大阪のおばちゃんはヒョウ柄や。歩くのには不適切かもしれん。
「海やぁー!」
琵琶湖を前に直子が叫びます。
ドラマの初回で、川原姉妹はそう言って琵琶湖を前にはしゃぎました。そうやって信楽に根を張りました。
「あっ、ほんま海やぁ! 百合子ぉ、海やでぇ」
百合子の夫である信作も大はしゃぎ。
よかった、晴れて。
信楽からは見えない琵琶湖です。けれども、琵琶湖がかつてそこにあったからこその土を活かして、信楽の人々は緋色の陶器を焼き上げてきました。
赤みを帯びた信楽焼は英語でスカーレットと呼ばれます。
青い湖によって緋色の焼き物ができあがるのです。
陶器と信楽を作ってきた、悠久の歴史と琵琶湖。その風景を見ながら、明日、いよいよ最終回を迎えます。
骨髄バンクへ行こう
最終回直前となり、病気へのフォロー記事も出てきて、非常に良いことだと思います。
◆朝ドラ「スカーレット」が最終回へ 武志の病名「慢性骨髄性白血病」とは
水泳選手の発病でドナー登録が増えたことは嬉しいことですが、くどく申し上げますと、周囲の無理解で提供できないケースがまだあります。
そこを変える力が本作にはあると信じています。
既に滋賀県が、そこをふまえた助成制度を整備しました。
本作は、立派に偉業を成し遂げました。
朝ドラヒロイン像を壊すには?
最終回を控えて、総評の準備をする中。
やはり最後まで見なければ本質は見えない――今日の喜美子のセリフを聞いてしみじみとそう思いました。
「一人はずっといる。自分や。迷ったら自分に聞いたらええ。その一人だけは、絶対に味方や」
喜美子の人生は、障害と妨害三昧であるとは言われました。
桜と桃のように作品を褒められるどころか、ジョーに金にならんと捨てられかける。
荒木荘でも、ペン立てを作る暇があるならと大久保から内職をやらされる。結果的にはよいこととはいえ、切ないものはありました。
絵付け火鉢は、火鉢そのものの需要が尽きる。
結婚後は「内助の功」枠に押し込まれそうになる。
穴窯は、夫との二択という状況に突っ込む。照子から世間体を考えろと言われる。
世間か。家族か。
いろいろな状況はありますが、喜美子は自分自身の心に火をつけ、乗り切ってきました。
それが、ぼっち、狂気、普通じゃない、ガサツ、生意気、おかしい、わがまま、自分勝手、気に入らない……なんて叩かれまくりましたね。
朝ドラ嫌われ者ヒロインの東の横綱が楡野鈴愛(『半分、青い。』)ならば、西の横綱は川原喜美子よ!
NHK東京に鈴愛となつあらば、NHK大阪に喜美子ありよ!
そう思いたくなるところはありました。
ただ、叩かれる方向性は違う。比較対象として『なつぞら』のなつと好対照で。
なつは東京大空襲被災者遺族、戦災孤児、上野で靴磨きをするわ、もらわれた先でも乳搾りをするわ、それはもう大変な人生であったわけですが。
イケメンと結婚する。恵まれた職場。兄夫妻が育児に協力的なだけで「イージーで苦労知らずのバカ女」扱いをされたりしました。
こんなんほんまに……東京大空襲の史料読んでもそれ言えるん? 別作品だからそこまで深く突っ込まんけど……喜美子な。
喜美子は強い。
イージーどころかベリーハードで、身の回りのことはテキパキとこなす。今朝も味噌汁を作ってましたっけ。
リヤカー引っ張って薪を拾う。
一人もええなあ。そう言い切る。
ところが、なつの真逆を行っても、あの通りよ。
ほんまにどうしたらええの?
どういう朝ドラヒロインなら好かれんの?
まあ、答えはわかっとります。なつも喜美子も嫌い。
従順なお人形が好きなんでしょう。
喜美子は喜美子を裏切らない
結局、朝ドラヒロインは理想の女ショーケースになってましたよね。
家父長制に従順なかわいい女の子がええわけよ。
適度にバカにできて、怖くない。
『あさが来た』で、ヒロインが「びっくりぽんのかっぱー」と叫んだり。いざとなれば、事業にタッチしていない夫が大活躍して難局を乗り切ったり。薩摩閥の政商・五代様べったりだったり。
あの描き方だと、結局政治家に近いから便宜をはかってもらえていると見えかねないわけでして。若くてかわいい頃は「なんでだす?」と逆らっていた。
けれども結局、アホでかわいらしくて政府に従順、そんな女の子としてパッケージングされるわけじゃないですか。
『あまちゃん』の天野アキも、嫌いでないとはいえ、言われているほど新しいとは思いません。
それを確信したのは、見終えて数年後でした。
演じた女優が大人らしさと自立性を身につけても、あのドラマのファンはしつこく「俺たちのアキちゃん!」と呼び続ける。その上でスタッフや出演者がかぶるドラマに出るのが正解だと言い募る。まるで保護者状態です。
これぞ、アキちゃんがアイドルというかわい子ちゃん枠にパッケージングされた、何よりの証拠じゃないかと思っていたのです。
お人形が本気で反抗してきたら、言うとおりにならなかったら、全力でぶっ叩く。
鈴愛が離婚前、夫の酷さにきついことを言っただけで、ともかくぶっ叩かれる。
なつだって、結婚後の仕事との両立あたりから、ともかく叩かれるようになっていく。
そして喜美子や。
喜美子は知勇兼備で『信長の野望』でも高い能力がつきそうな人物です。
それゆえにトーンポリシングに突っ込むしかないわけよ。ガサツだのなんだの、言われるわけよ。
どうしてそうなる?
結局のところ、人間は自分の頭で考えると疲れるのよ。だから周囲と合わせたほうがええ、と。
朝ドラや大河記事を読んでいて、疑念がいつもありました。
なんでAIによるSNS分析を置く?
有名アカウントのツイートを、それが正しいかどうかもわからん状態で引っ張る?
そういうライター本人ではない意見で文字数稼ぐのはなんなん?
そうでない記事にせよ、他の朝ドラ評価をセットにするんやな。
しかも、自分がそう思ったとは言わずに、
「私は好きだけどSNS評価はこうで……」
と、他人に責任を丸投げしたかのようなSNS評も持ち出す。出演者の別ドラマのことも持ち出す。
ほんまになんでや?
無駄やないの?
目の前にある作品について、自分の言葉で語り出すところから始めてはいかんのか?
いかんでしょ……そういう何かはあるんやろなぁ。目にしみたで。
武志のように、人間は誰かの評価を気にする。周囲を見回して、自分と同じ意見を言う人がいないと、不安になってしまうのだと。
喜美子のように、自分こそ裏切らないと、自問自答し熟考するタイプは、蹴っ飛ばされて、それこそ喜美子のようにボコボコにされる可能性が高い。
殴られても、それで跳ね返せるのか?
そう跳ね返す力がないと、なかなかできんわな。
喜美子はそういう意味で、明確に朝ドラヒロイン新機軸やで。
喜美子みたいなことを誰かが言うとったわ。そう思って記憶を辿ると、こいつが出てきおったわ。
「俺が人を裏切ってもええけど、人が俺を裏切ることは許さへん。俺が天下に背く、そらそうよ。せやけど天下が俺に背いたらいかんでしょ」
『三国志演義』の曹操やで!
このせいで奸雄だのなんだの言われるわけよ。せやけどニュアンスを変えると、周囲に流されずに自分自身を信じて、考えて、泳いで生きてゆくと誓うことになる。
そこはええんちゃうか。最高ちゃうか。
曹操はあかん方向性に突っ走っている状況ですが、陶器を焼き続ける喜美子なら無害ですし。
こういう自分自身の思いをまず第一に考えて、ストイックなまでに向き合って、そこから天下を動かして恩返しをする。そんな喜美子は新機軸であり、英雄に求められる資質すら感じる。
だからこそ、従順なお人形ショーケースを打ち破って、「あんなのあかん!」と言われるんでしょうけれども。
喜美子はカッコええ。
ほんまにカッコええ。
朝ドラヒロインをこんなふうに思う日が来るなんて、想像だにせんかったわ。
最終回まで、そんな喜美子を見届けられることが幸せでなりません。
文:武者震之助
絵:小久ヒロ
【参考】
スカーレット/公式サイト
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