生死「絶対死なさへん」
これが本作最大の試練かもしれない。
本作は、ともかく生きること。そしてその影に死がちらついていました。
照子は、戦死してしまった兄が「いけないこと」をする姿を記憶していた。あの設定にはギョッとしたものです。
戦死した人物を出すにせよ、その姿は思い出となっていていた。遺影や位牌。かすかな遺骨。そういう存在ではなく、生きていたころ、情熱のままに愛する人とそういうことをする姿として出てくる。衝撃的でした。
照子の兄の影は、それからも生々しく見えてきます。
名前すらわからない。それなのに、思い出される姿は生々しい。一人ぼっちの信作に、照子の尻にあるほくろのことを教えた。柔道を習っていた。丸熊を日本一にすると語っていた。
遠い記憶に消える誰かではなくて、ユーモアセンスがあって、笑顔すらうっすらとぼんやりと浮かぶような、生々しさがありました。
途中で亡くなってしまう人物も、あとをしっかりと残してゆく。
愛したジョーを失って、妻子が解放されるところも、むしろ何か生々しい。思い出されるときも、酒癖の悪さだの濃い顔だの言われてしまう。退場しても美化されないからこそ、生々しい影がおちてゆくのです。
ジョーが見つけやすい色で編み物をするマツからは、生と死の間は実は薄っぺらいのではないかと思えてしまう。絶妙な死生観を覚えました。
五感で生きることを感じるような描写も秀逸で。
琵琶湖を見て、その風の音を聞いて、心が広くなると武志に語る喜美子。
失われてゆく武志の味覚。
陶器を触る手。その武志が死の三日前に握った感触を語る大崎。
ジョーは死の間際に屁をこく。喜美子に抱きしめられた武志もおならが出るという。品がないようで、そこには嗅覚への言及がある。
この作品は、最終週で病床にいる武志のことも、葬儀も出しませんでした。
でも、五感で生きる感覚とその喪失で、死をきっちりと描いたと思うのです。
私はずっと気になっていることがありました。朝ドラで省かれる死のこと。
本作がモチーフの人生を変えただのなんだの言われていますが、それを言うのであれば、過去2年間のNHK大阪作品もそうです。いろいろと変えてはならん要素がありますが、私が気になったのは夭折した主人公の子をカットしたことです。
考え抜いてというよりも、暗くしたくないから避けたような感じはあった。それって、侮辱的だし、とんでもなくひどいことだと思えたのです。
武志にしたって、朝からかわいそうな、暗い話はやるなと言われていた。
でも、それってどうなん?
病気になったらあかんのか?
病人や障害がある人は見たくないから、隠れて生きていけ。そういうことか?
考えれば考えるほど、いろんな気持ちがわーっと湧いてきて、朝ドラレビューをすることを呪いたくなった。
記憶が刺激される。
車椅子の人が街にいて、役立たずだの、お前にかかる税金は無駄だの、罵倒されたこととか。
そういう命の選別のような、五体満足の人だけ生きていけというような発想を、朝ドラの感想あさりをしていて見るだけでも、つらくてたまらなかった。
相模原の大量殺傷事件とか。ナチスのT4作戦とか。
そういう命の選別につながっていくようで、たかがドラマの感想なのに考えれば考えるほど、つらくてつらくて、頭が爆発しそうでした。ややこしいこと書いて、すまんな。
見たい人生とか、見たくない人生とか。
何の権利があって、そんなもん、選別するんですか?
ドラマの感想でとまればええよ。けど、現実でそれをしたらどうなるん?
だから、武志のことは、私にとっては奇妙な救いで。
ええんやで。
誰でも、この生きる一日を楽しんでええんやで。
一日一日を、噛み締めて生きる。そういうことを肯定されるようで、安堵感があったのです。
生きること。その日を生きること。
そういう価値を描いたこのドラマは、ほんまに、受信料最高の使い道だと思いました。
滋賀県が骨髄移植の補助制度を決めたところまで、本作は大成功でした。
ありがとうな、緋色の朝をありがとう!
総評というか、なんというか、まとまらなくて。
喜美子(と、制作チーム)に圧倒的感謝やで!
朝ドラって、なまじ、有名なだけに手抜きはできる。手癖でどうにでもええと突っ走れるとは思うんです。
美男美女を出して、ギャグやらわちゃわちゃした演技をさせて、知名度のある出演者を使って。そういうことをすれば、ささっと見て、ハッシュタグ投稿する感想をつなげて、午後一には提灯光らせるようなこと、なんぼでもできるんじゃないですかね。
私も、レビューをしていて、そこに気づいたんよ。誘導もできるし。やろうと思えば、いくらでも低い方に流れていけるなって。
でも、本作はちがう。
みっちり調べて、常に全力で、ぶん投げてくる。流しそうめんでええところを、激流にカヌーで突っ込むような、凄まじい挑戦をずっと続けていて、朝から動揺しっぱなしでした。
まだまだ書ききれなくて、このドラマを見ていると、朝の時間が関西にいるような吹っ飛んでいく気持ちになる。
別に関西弁得意でもないのに、関西のことだって詳しくないのに(好きだけどな)。むしろ関西人がいらつくエセ関西弁なのに、使ってしまって。申し訳ありません。
頭が関西にふっとんでしまい、どて焼き食べたりしました。こういうことができるんだな。存在そのものが輝いてるな。
そうずーっと思えた半年間でした。
そういえば、骨髄ドナーさんの話を聞きました。提供したあと、ヘリコプターで主治医が付き添って採取した骨髄液を運んだってよ。
へー、大袈裟だな。主治医がわざわざヘリで来る必要あるの? そう思ったんです。
でも、その主治医は大崎みたいな方だったんだと思えばわかりました。
確かに、宝物ですよね。
どこを切り取っても、命の輝きがある。そう思えるドラマでした。
生きることそのものが、こんなにも愛おしくて美しい。そう教えてくれたこのドラマに、敬愛しかありません。
ありがとうございました。
文:武者震之助
絵:小久ヒロ
【参考】
スカーレット/公式サイト
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