わろてんか117話あらすじ感想(2/20)当局の目、考証してない疑惑

時は昭和10年(1935年)。

隼也はとにかく「マーチン・ショウ」を売り込みたくて仕方ありません。

しかし、母親のてんは断固として反対。
さて、どうなるのでしょうか?

 

ここまで来ても具体性ゼロの企画

今日も隼也はマーチン・ショウの売り込みです。
団吾が気に入ったらそれしか言わなくなった父親を彷彿とさせます。

しかし、そんなところまで父親に似るなと言いたくなるのは、
「ナゼ推すのか? 具体性に乏しい」
ところでして。

に売り込む時も、
「アメリカで落ち込んでいる時に見たら元気が出た」
というものでした。

なんと申しましょうか。映画のコマーシャルでよくある観客の、
「本当に泣けましたぁ!」
「めっちゃ感動するっす!」
レベルの一言コメントなんですよね。

プロでしたらショウ出演者の見どころ、音楽、構成などの具体的な何か(もちろん全部とは言いません)、あるいはアメリカでどれぐらいの収益見込み(観客席と料金から推察)とか、採算の見通しを聞かせて欲しいところです。
じゃないと、こちらも、なぜそこまでプッシュするのかわからないんですよね。

映像があれば手っ取り早いのですが、もちろんそこまで望めませんから、せめてプレゼンだけででも。

 

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マーチンショウをどこまで調べたのかしら?

問題は栞様です。
社長であれば、当然、そのへんの収益性なども含めた話を詰めてほしいのです(もちろん少し見せるだけで大丈夫です)が、にこっとスマイルで、
「藤吉くんに似てきた」
とだけ(´・ω・`)

ええ、ええ、似てきましたよ。ただ、悪い方向で……。

そこでひとつ疑問なのですが……。

脚本家さんやスタッフさんは「マーチン・ショウ」をドコまで調べたのでしょうか。
現時点での話ですと、
【具体的に何がよいかわからないままアメリカ発のショウなら隼也でOK!】
とイージーに紐付けしたと指摘されても仕方ないのでは?

たしかに資料では数枚の写真がございましたが、それだけでは何やらワケがわからないと思います。

ここで栞が、自分のところの部下にマーチン・ショウの興行を持ちかけます。

部下は顔を曇らせて、
「当局の目が……」
と言います。

当局とはなんぞや?
と、疑問になられた方、多いでしょう。

第一次世界大戦も、昭和恐慌も、何もかも時代背景をガン無視してきた本作。
やっと世相や政治を取り入れた、と言いたいところですが……。

考証ミスの可能性があって少し長くなりますので、これは【今日のマトメ】で後述させてもらいます。

 

そもそも風太のモデルがショウを呼んでいるのに

隼也は、風太にもマーチン・ショウのことを持ちかけます。

「元気が出て英語がわからなくても笑える」だけしか言えないのに、なぜもっと説得材料を集めてからアピールしないのか。
さすがにこの人、鬱陶しい><;

何が辛いって、風太のモデルとなった林正之助と正反対の行動を取っているところです。

風太のモデル・林正之助氏は、マーチン・ショウを呼んだ大功労者です。

外国ものだから駄目とか言うキャラではありませんし、後には人気が出てきてるからとプロレスにも絡んだ人でした。
要は、売れるものに鼻が利く有能な方なのですね。

それが、風太になった途端こんな対応では……。

とりあえず「俺にもわかる企画書作ってこい」とようやく言いますが、なぜ最初にそれを作ってないのかが不思議でなりません。やっぱり文化祭なのよ><;

てんは相変わらずの仏頂面。
地蔵から興福寺・阿修羅像のような険しい顔に変わりましたが、台詞の少なさは継続です。

 

お粥を作る=愛情表現って?

一方、リリコ・アンド・シローのシローが倒れてしまいます。

即座にアタマに浮かんできたのが、藤吉が倒れたときのおてんちゃん。

「トーキチハン! トーキチハン! トーキチハン」
と名前だけ連呼してましたが、具合を聞くだけリリコはマシですね。

あの倒れ方を見たら、スグに誰か呼んできて、病院へ連れて行った方がよいとは思いましたが。

リリコはお粥を持ってシローの元に走ります。
演出側の狙いとしては、好きな人のために一生懸命お粥を作るリリコちゃん、健気でしょ? ということだと思います。

まぁ、それでもいいんですけど……
『なんで、お粥???』
と思っちゃいました。

・一から作ると時間がかかるから、冷やご飯でちゃちゃっとおにぎりで良いのでは?
・リリコの高そうな舞台衣装で台所は危なく邪魔
・ひっくり返したら大やけどするお粥の鍋を持って、人混みをかき分ける危険性

と、まぁ、見ている瞬間に、疑問符つきそうな展開で参りました。

これ、彼女はシローの横につきそって、オニギリをお茶子さんに持ってきて貰うでは、愛情表現できませんかね?
それはセリフや言葉次第だと思うのですが……。

聞けば、シローはダイエットのために三日間絶食したとのことです。
好きな相手に振り向いて欲しくてレタスだけ食べて貧血で倒れてしまう――そんな10代女子の黒歴史かよ、っと。

まぁ、行き着くところは、結局、恋愛推しなんですね。

 

つばきがスパイだったら面白すぎるけど……

恋愛といえば、もう一人の渦中人物・つばきが、マーチン・ショウの資料を持って例の喫茶店にやってきます。

北村と栞の力を持ってしても集められない資料を集められるつばき。一体何者?
それとも資料の中身なんてどうでもよくて、ただ彼女に会いたいだけ?

ここでつばき、隼也が修行中と聞いて一瞬残念そうな顔をしたように見えました。

彼女がライバル企業のスパイ、あるいは偽ハミルを陰で操っていた黒幕なら、最高におもしろいんですけどね。
朝ドラで、そんなひねりはありえませんよね。ちょとザンネン(´・ω・`)

この喫茶店で「スカーフお似合いですね」とかなんとかキョドキョドする隼也も、悪い意味で父親そっくりです。

旬のイケメン若手俳優をもってして、ここまで残念に演出できる本作。ある意味でスゴイかもしれません。
そんな役者殺しの演出と脚本でも、どうにか踏みとどまっている高橋一生さんも、さすが経験豊富なだけあってスゴイです。

 

三日も絶食した芸人魂の是非について

シローは隼也に、女性への贈り物について聞いてきます。
一方でリリコは恋煩い。だから、もういいですって><;

おてんちゃんも年齢不詳ですが、リリコは今一体、何歳なんでしょう?

もちろん、恋なんて、いくつになっても構いません。ただし、それは年相応の恋愛模様であれば、の話です。
本作はいつまでたっても10代少年少女みたいな恋愛描写で痛いのです、寒いのです、極寒です。

てんはここでリリコに、三日も絶食した芸人魂はたいしたもんや、と言います。
これまた、考えナシのセリフに頭が痛くなってしまいます。

【無理なダイエットをして、体調管理せず、調子悪くなる】って、どこがプロですか。
芸のために練習して徹夜した――でも、プロならどこかで切り上げろ、という場面ではないでしょうか。

ここでつばきが北村笑店に登場。てんは驚きます。

つばきがライバル企業「松竹梅」のスパイとかなら本当に楽しいのになぁ、とつくづく思います。

てんが隼也の恋路を邪魔して、隼也が激怒したらスパイと判明。
「お母ちゃんの言うとおりやったろ」
とドヤ顔。

 

今日のマトメ「当局の目、考証してない疑惑」

今日は歴史考証面に疑問を投じたいと思います。

栞の部下が口にした「当局の目」です。

時は昭和10年。
当時の日本では、西洋由来のものを特別敵視するような、そういう流れはありません。

たとえば喜劇王チャップリンは、昭和7年(1932年)と昭和11年(1936年)に来日しています。
ベーブ・ルースが来日した日米野球は、昭和9年(1934年)。

1930年代は、東京五輪や万博招致も決定しており、むしろ「世界から注目される日本」というイケイケドンドンの時代でした。
外国から来るスターを大歓迎していたのです。

もうこれだけで答えは出ているのですが、更に説明させていただきますと……。

※追記 途中ですが、記事の公開後に「当局の目」が「敵性関連」のものではなく「わいせつ方面」であることの可能性に遅ればせながら気づきまして。
先日、風太とトキがマーチンショウの資料を見た時に、露出の多さに驚いたシーンもあり、もしかしたらそこを意識してのことかもしれません。
ただ、太平洋戦争を数年後に控えた時代にあっては、そちら方面を意識するのが自然な流れかなぁと思い、本日はそのまま掲載。もしも勘違いでしたら、後日あらためて謝罪させていただきます(編集部)。

欧米圏の海外文化に対する風向きが変わるのは、 栞のモデルである小林一三が心血を注いだ宝塚歌劇団のニューヨーク公演あたりから。
それが昭和14年(1939年)のことです。

現代の我々から見ると、
『意外にギリギリなんだなぁ』
と思われるかもしれません。
ゆえに、本作の設定にも甘さが出てきた可能性があります。

以前から日中戦争は始まっておりましたが、それがいよいよ激化して、国内でも「海外で日本の兵隊さんが戦っているのに何だ!」と言われるようになったのが、昭和14年頃からのことだったのですね。

我々も歴史の授業で昭和の戦争を習いますが、海外モノに対する取扱について、あまりハッキリとは認識されてないでしょう。

なので本作も
「昭和前期は海外のものが嫌われ始めるんでしょ?」
ぐらいの安易なスタンスだったのかもしれません。

同じ昭和前期でも、昭和10年と昭和14年~では大違い(米英と対立し、英語が敵性語となるのは昭和15年)。
そういう意識がまるでなさそうです。

だとすれば、本当に情けない話だと思います。
戦前近代史を舞台にしたドラマを見るのは朝ドラぐらいという方も多い中、こういう雑な設定が公共放送で放映されてしまう。

どうしてこうなったorz

著:武者震之助
絵:小久ヒロ

【関連記事】
吉本せい 吉本興業の歴史

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【参考】
NHK公式サイト

 

4 Comments

匿名

しおしお様ありがとうございました。大阪じめの場面あったのですね。時々しか見ないので、見逃しましたが、それで良かったようです。

しおしお

匿名様、
「大阪じめ」も有りましたが、
「あさが来た」で人気のあった
大阪じめを入れてみましたぜ、
大阪っぽいですやろ?
どやっ!
とでも言いたそうな出し方で
残念に思いました。
あれから、
ドラマは一切視聴せず、
こちらのブログだけを
読ませていただいております。
〈感謝〉

ななな

民俗学の本を読んで、この当時の農村の様子を知った後でこの記事を読むと
「わいせつって…当時は夜這いがまだまだあちこちで残ってたじゃん(笑)夜祭りもまだまだあったし。わいせつもへったくれもないじゃん。昔の人気にしすぎ。
あっ、でも都会は違ったのかな?」とか
「もしかして『夜這い』がまだまだ生き残ってて、性の垣根が物凄く低い女性が多いため、万が一の時『血の流れないナワバリ乗っ取り』『(男系)DNAの抹消』をあっさりと引き起こしかねない状況だった。だから性の締め付けを始めたのかな??」
とか、色々考えが浮かびます。

匿名

時代考証も、よくわかりませんが、大阪らしさもあまりないですね。大阪の人間には寂しいです。たまに他の人が、見ていたときに見るだけですが、「大阪じめ」の場面はあったのかな?

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