わろてんか145話あらすじ感想(3/24)気がつけば大阪大空襲

昭和20年(1945年)、大阪。

戦況は悪化し、ついに空襲の魔の手が迫るようになりました。

一人息子・隼也の妻子を預かるてんもまた、燃え上がる街の中を逃げ惑うことに。

 

あれ? 焼けてない……

太平洋戦争に突入したかと思ったら、気がつけば大阪空襲。
風太は必死で叫び、おてんちゃんは少しだけ引きつった地蔵顔で逃げています。

主題歌を挟み、一面焼け野原になった後片付けを……あれ? 焼けてない……。
【ヒュー、ヒュー】と焼夷弾が落とされて、建物は紙のように燃え上がったと思いきや、ガラスが割れて物が倒れているだけで、さほど深刻なダメージには見えません。

本来なら、計9回に渡る大阪大空襲で、街は壊滅的な打撃を受けてしまうんですが。

どうやら本作の時系列では1月に小規模な空襲があり、てんたちが疎開することになりました。
そのあとで寄席をはじめ、大阪全体を燃やし尽くす本番(3月・6月)が起こるという流れのようです。

てんは社長だから残ると言い張りますが、お前がいるから皆残るんや、と風太が却下。
どこまでも風太の進言や意志がないと決断できないなあ、と思います。

椿と藤一郎だけ疎開させるのもありかもしれませんよ。

 

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北村の寄席、結局、やってたの?

それにしても、このあたりからおてんちゃんの老けメイク(ただし顔以外)が本格的になりました。
乱れた髪ですが、お顔はつんつるてん。シュールだ……。

このへんも突っ込むとキリがないのですが、北村はまだ営業しています。
寄席が空襲で危険だからと一旦解散することにするのだとか。

もう、グチャグチャなんですよね。
こんなふうに寄席を残すくらいなら、建物疎開の悲壮感なんていらなかったのでは?

北村は、一時金を支払い、芸人の契約を一時解除して、借金も棒引きにします。
ここも惜しい話で、花菱アチャコ(アサリのモデル)は本人の強い希望と、引き抜き問題のときに一生面倒みると約束したため、北村に残るのです。

深く考えた方が負けなのでしょう。
リリコ・アンド・シローがまだ移籍していない時点でかなりのズレがあるわけで。

んで、最終的には、こういうことを言わせたいんですよね。

「笑いの灯を守る。いつかまた、再開する。その時まで、命を大事に」

って、もうさ……いつもいつも綺麗事ばっかりで本当にウンザリですよ(´・ω・`)
【エエ場面用BGM】も毎度のように流されてさぁ。

しかも、です。
ここまで言ったら全員解散でいいはずなのに、風太がこう言います。

「どうしてもお笑いやりたかったら、天満風鳥亭に来い」
なんでやねん。
空襲で危ないから命を大事にして欲しいのか、そんな中でもお笑いしたいのか。
解散なのか、そうでないのか。どっちなのよ。

結局、キースとアサリ、リリコとシローは残留。
あとは疎開することになりました。

 

「笑いの決別式」を始める一同に唖然( ゚д゚)

てんは自宅で荷造りです。
この期に及んで、北村の面々はどこかノーテンキ。
リリコは藤吉を取り合った恋のライバル話をしていますが、どこまでも余裕綽々ッスね……。

その割に藤吉の位牌や遺影を荷造りしたりしないのはナゼでしょう。
この時代の人なら、真っ先に荷物に入れそうなモンを。

これも何度もツッコミましたが、おてんちゃんとリリコの友情設定もよくわかりません。
いつの間にか二人は仲良し! っていうけど、リリコが一方的に話して、おてんちゃんが地蔵顔している場面ばかりで、交流できていると思えないのです。まぁ、それはこの二人だけに限ったことじゃないですけど。

そうこうするうちに
「こういう湿っぽいのはかなわんわ!」
と言いだし、「笑いの決別式」を始める北村のご一同。
どんちゃん騒ぎで、いよいよ唖然( ゚д゚) 戦時中に、しかも空襲始まってんのにムリやろ……。

湿っぽいのが嫌というのは、脚本家さん心の叫びでしょうかね。
だから出征直前に、幽霊を召喚したり、『ん廻し』して、「ウンコー!」と叫ばせたりする、と。

 

誰も死なない どころか毎週召喚やん

宴会では、最後に大喜利です。
当時は、現在のように
【司会者が出すお題に面白い答えを出す】
という形式ではなく、ラストに様々な演目が行われました。

そのため今回のように【なぞかけ】というケースもあった模様です。

「北村のごりょんさんとかけて~上等の革の鞄ととく~。してその心は?」
「どちらも、かわいい!」

「北村のごりょんさんとかけて~鉄の重い鑓を持った武士ととく! してその心は?」
「どちらも、おもいやりを持っている!」

「北村のごりょんさんとかけて~印刷前の月刊キタムラととく! してその心は?」
「どちらも、ゲラ!」

って、なんだかなぁ。
孫までいる社長を可愛いってどうなのよ。
ゲラの設定も、いつの間にか消えていて、今ではオールタイム地蔵になってるじゃないですか。

ここでそのおてんちゃんが感動のスピーチ……のハズが、そうでもないんですよね。

いくら命を大事にとか言われても、反対に空襲があろうが戦地へ向かおうが、誰も死なない、怪我すらしない。
出征した芸人がいようが、戦死の報告はない。

というか死んだ藤吉ですら、毎週のように召喚されている。それをやられちゃ、感慨もくそもないのは当然でしょう。

おそらくや、残り僅かな放送で、も隼也も死なないでしょう。

北村関係者は全員無傷。
誰かをムリに死なせろと言うわけじゃありませんが、今の調子じゃ緊張感ゼロのユルユルな雰囲気で、何の感慨も湧きまへんがな。

ただ、家だけは、どうやら燃え尽きるらしいです。
そんなネタバレがナレーションで入りました。

 

今日のマトメ「どんちゃん騒ぎて、んなアホな」

報国婦人会の皆さん、憲兵の皆さん、こいつです、ここに非国民がおります!
と、思わず叫びたくなりました。

大阪のド真ん中で、昭和20年(1945年)になってもどんちゃん騒ぎ。
宴会しながら漫才って、んなもん不可能ですってば。
そんなことをしたら婦人会が押し寄せてくるし、憲兵にもドヤされることでしょう。

物資も、やたらと豊富です。
本作は、誰かが普通に卵や白米を調達してきますけど、一体、どんなルートをお持ちなのでしょう。

まさか空襲が始まっても、これだけ余裕綽々とは思いませんでした。
誰も飢ていない。誰も怪我していない。誰もがヘラヘラ笑っている。

おかしい。
何度考えても、さすがにこれはおかしいですorz

この時期になると物資の欠乏は本格化し、密告社会になっています。
彼らのようにどこからか調達した食料をたらふく食べて、エヘラエヘラとしていたら、絶対に痛い目にあいます。

なんというか、恐ろしいものを見てしまった印象です。

本作の脚本家は貧しいこと、苦労が大嫌いなようです。
そして、大震災だろうと、戦争だろうと、登場人物はヘラヘラ笑っている。
その悪魔合体が、現在の惨状を生み出しているのでしょう。

それにしても「わざわざ湿っぽいのは嫌」と言っているにもかかわらず、本作に漂う空気は、梅雨の時期のようにいつもジメジメしています。
ヒロインが地蔵顔で、常に怒りを内に秘めたような態度だからです。
何もかもが間違っています……。

軽いテンポで、笑いを欠かさず、大きな災害を扱ったドラマといえば、2013年『あまちゃん』です。

あの作品ですら、レギュラー全員が無事で「甘すぎる」と言われました。
舞台となった街は人的被害が少なく、全員無事でもさほどおかしくなかったにも関わらずです。

それでも『あまちゃん』が、東日本大震災で被害を受けた人々の苦難と復興を、誠意をこめて描き、ブームになるほど多くの支持を得たことは、皆さんも御存知でしょう。

結局はヤル気とセンス。
本作を見ると、それが痛いほどわかりますよね。

著:武者震之助
絵:小久ヒロ

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【参考】
NHK公式サイト

 

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