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わろてんか144話あらすじ感想(3/23)初孫との対面、そして息子の出征

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太平洋戦争が泥沼に突入して久しい昭和19年(1944年)。

北村てんの一人息子・隼也にも赤紙が届きました。

隼也は、出征中の妻・つばき、そして一人息子である藤一郎の面倒を見て欲しいとてんに頼みます。

てんは、初めて出会う藤一郎のことを気にしています。

 

初孫に出会えて嬉しい祖母のハズなのに

てんちゃんは戸惑いながらも、初孫・藤一郎を迎えるための支度をしています。
リリコはいまだに京都の高座にあがるそうで……って、こういう何気ない台詞に魂がまるで籠もっていないのが痛いです。

史実のことをとやかく言うのも野暮ですが、このころ日本は「高給享楽禁止」で高座にあがれるはずもないです。

そもそも、劇中で寄席が閉鎖される場面を悲壮感たっぷりに流しておきながら、その数日後に、
「京都では高座やってます」
って、ズッコケてしまうじゃないですか。

どうしても北村を閉鎖したくない――それって史実をアレンジとかいうレベルじゃなくて、単なるご都合主義と思います。

いよいよ藤一郎とのご対面。
かわいらしく挨拶するのですが、可愛い初孫相手にうつろな地蔵顔で「中入り……」というのは、どうしたことでしょう。

普通は
【いろいろあったけど、初孫に出会えて嬉しい祖母】
になると思うのです。
ベタでもいいじゃないですか。孫を見たら、大半の人々はそういう反応になるでしょう。

ところがおてんちゃんは、
【落武者伝説のある村で起きた連続殺人事件。その村にたどりついた探偵を、出迎える無愛想な、謎の女……!】
って感じ。
孫が可愛くないのかなぁ(´・ω・`)

そのせいか、周囲がビクビクしながら気遣っているような描き方に見えてしまいます。

 

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「自分の家だと思いなさい」とか言えばいいのに

てんとつばきは台所へ。

つばきは一方的に謝り始めるのに、てんはガン無視(としか思えない)のような表情。
いや、わかってますよ。戸惑ってるからこそ、そういうリアクションなんでしょ。

でもね、ここも王道展開ではダメなの?

ニッコリ笑ってつばきを許して、
「昔のことはええから。自分の家だと思いなさい」
とか言えばいいのに。

藤一郎はハキハキと「通天閣買ってくれたえらいおばあちゃんが好き!」と言っています。
いや、そこ燃えてしまったんよ……。
風太が「買え!」と言っていた印象が強いせいか、おてんちゃんがオーナーだという実感が湧いて来なかったです。

ここで、おてんちゃんと藤一郎は『ん廻し』を始めます。
祖母と孫の心温まる触れ合いって時間ですかね。藤一郎が「うんこ!」と思いっきり発声したときには、なぜだか『おぉ~パチパチパチ』と反応してしまいました。

 

「隼也、わろてんか。家族三人、わろて暮らしてますか?」

縁側で座るおてんちゃんと隼也。
ここでもおてんちゃんはボソボソ、地蔵顔。

息子の方に顔も向けず、真っ直ぐ向いて、抑揚なく一方的に喋るって、なんだかおかしい。
一体どうしたというのでしょう。

そこへ、つばきもやって来ます。

隼也が謝ると、突然笑い出すおてんちゃん。
「ふっふふっ、うちも駆け落ちしたからなあ」

しかもおてんちゃんは実家に借金を頼んだほど。

思えば遠藤憲一さんは迫力あって良かったなぁ。鈴木保奈美さんがいたときもドラマとして重厚感があった。
あのときは、まさか今みたいなグダグダ展開になるとは思いもよりませんでした。

「隼也、わろてんか。家族三人、わろて暮らしてますか?」

という言葉と共に【エエ場面用BGM】が流れます。
ええ、たしかにエエ場面なんでしょう。

ただ、もう少し表情豊かに、哀しみを含んだまま笑顔みたいな、そういう複雑で深みのある笑顔だったらなぁ。
BGMのおかげでしょう。
かろうじて場面が成立しているような気がしないでもありません。

 

隼也が坊主頭になった!

しかし、です。
決めの台詞がどうにも厳しい><;

「戦地でも辛いことがあるかもしれん。それでも、わろて生きるんや」

いやいやいや。
もうね、笑いにコダワリが強すぎて、意味がわからない。
後述しますけど、台詞ありきでつないでいるような、どうにもならない不自然さが感情移入を妨げるのです。

そして最後となるかもしれない家族写真の撮影へ。

風太が大声で一人、アドリブらしき演技で頑張っています。

「これは百年残る家族写真です! 笑えっ! ほな! わろてんか!」
むむー。
悲しくて仕方のない、もう最後となるかもしれない。
そんな辛さを無理にでも笑わせようとして、それが更に涙を誘う――。

普通なら、そういう展開になりそうなところ、日頃の脚本と演出のせいか、風太が単にやかましい人に見えてしまって(´・ω・`)

かくして隼也は出征へ。

ここでやっと!
隼也が坊主頭になった!
やればできる、むしろなんでやらんかった!

「出征シーンで、さすがにサラサラヘアーはあかんな」
ということですかね。
昨日よりはるかにマシに見えます。よかった、よかった。

※って、坊主になるのがイヤで野球部入りを拒む中高生の話じゃないんだから(´・ω・`)

 

今日のマトメ「いつでもどこでも『わろてんか』じゃなくてさぁ」

今日は、タイトルに賭けた渾身の台詞が、思い切り崩壊するという悲劇でした。

「隼也、わろてんか。家族三人、わろて暮らしてますか?」

【わろてんか】は、「笑ってください・笑ってよ」という意味では?
この場合、後半の文章とつなげると、なんだか疑問文ぽいというか、すごく変な感じがします。

「隼也の笑った顔が好きなんや、お母ちゃんに見せて」
ならまあ、理解できなくもないのですが。

次の台詞はもっと不味い。
「戦地でも辛いことがあるかもしれん。それでも、わろて生きるんや」

本当に台詞ありきで、状況をまるで理解していない言葉に見えます。

万が一、戦地で無意味にヘラヘラ笑っていたら……
「貴様、北村! 何をヘラヘラ笑っておるかー!」
って具合に鉄拳制裁されまっせ。

 

たとえば、『フルメタル・ジャケット』之ハートマン軍曹の前で笑えますかねえ。
彼の前で笑うと「ほほえみデブ」とか呼ばれて、悲惨なことになりますよ。

おてんちゃんも、本作の脚本家さんも、軍隊の厳しさを理解できているのでしょうか。

「いつでも、辛い時でも笑いましょう!」
というメッセージ自体は悪くはないと思うのです。

ところが本作は、状況を無視してとことん強引にねじ込むから、意味がわからないのを通り越して、不謹慎、非常識、デリカシーの欠如となってしまう。

息子を戦地へ送り出す――。
そんな究極の場面で、どうしても『わろてんか』という言葉を使いたいなら、
「(おてんちゃん、涙ぐんで)ほんまは……ほんまは笑顔を見たいんやけど、さすがに、今は『わろてんか』とは言えへんな。隼也、堪忍な。ほんま、お母ちゃん……(嗚咽で言葉が続けられない)」
ぐらいの感じじゃダメですかね。

最愛の息子が本当に死ぬかもしれない。
そこでは、いつもと同じ調子で『わろてんか』という言葉が言えない。
必死に……自分でも笑顔で送り出そうとして……でもダメで……(T_T)

って、自分で書いてて涙が誘われそうになりました、バカみたいですけど(´・ω・`)

まぁ、台本上の話で
【生きて戻ってくることがわかっている】
んだとしたら、まぁ、そんな台詞も出ないんですけどね。

著:武者震之助
絵:小久ヒロ

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【参考】
NHK公式サイト

 

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