1995年(平成7年)、楡野鈴愛24才の夏。
お気楽なバブル時代とともに、彼女の青春も静かに去りつつあります。
漫画家デビューをして3年目のユーコは、才能の枯渇と創作の苦しみに悩んだ末、結婚して断筆しました。
一人格闘を続ける鈴愛のもとに、岐阜のナオから電話が入ります。
キミカ先生の還暦祝いに、参加しないか?という打診。仕事の忙しさから断ろうとする鈴愛ですが、五年前に別れたままの萩尾律も来ると聞いて、迷い始めます。
【72話の視聴率は20.6%でした】
もくじ
楡野家の食卓に豪勢な料理が並んでいる
場面は楡野家。
食卓には晴手づくり料理があふれています。
ハンバーグ、ステーキ、刺身、五平餅、朴葉餅。
朴葉餅か〜、岐阜グルメですねえ。ホオノキの葉でくるんだ、初夏の味を鈴愛も楽しんでおります。
ナオちゃんは実家から通勤、ブッチャーは名古屋で一人暮らし、という情報も入ってきました。建設会社は修行で、あくまで家業の不動産屋をつぐようです。バブルのあおりは大丈夫かな……。
律は京大大学院です。一度は挫折したのに、院に進むってなかなかおもしろいと思います。
鈴愛はすっかりリラックスして、寝転びながら単行本にサインを入れています。
漫画家としての調子を聞かれ、アカンかったら店を継ぐ――とお気楽な様子です。
いいえ、気楽じゃなくて毎日奮闘しているんですよね。クリエイター業の苦しさは、同業者でないと伝えにくいものがありましょう。
ビールを飲みながらゴロゴロする鈴愛。
このドラマのよいところは、経年変化を感じる点ですね。
ビールの飲み方一つで伝える経年変化
朝ドラは子役の時期をのぞき、ずっと一人の女優が演じます(『カーネーション』のような例外もありますが)。
ですから、どうしても経年変化が出しにくい。
『あまちゃん』や『ひよっこ』くらい変化が小さければさして気になりませんが、いつまでも老けないヒロインが自分より歳上の役者相手に「うちは母親やし」なんて言っていると興ざめしてしまいます。
要するに、『わろてんか』なんですけどね。
本作は18から24と作中で6年間経過しているわけですが、このビールをだらしなく飲む場面で、鈴愛の人生が流れていることがわかりました。
服装も独特のセンスですし、ナオやブッチャーのようなイメチェンはしないのですが、ちゃんと彼女も歳を重ねています。
というのも、以前モスコミュールをわくわくしながら飲む場面があったわけでして。甘いお酒をドキドキしながら飲む初々しさは、もうない。
缶ビールをグラスに注ぐことすらなく、だらしなく飲んでしまうのです。
こういうのが、なにもかも新鮮だった20と、人生にちょっと疲れた24の違いかな。
んで、ヒロインのイメージばっかり気にしていると、可愛い女の子らしからぬ行動はさせないんですよね。
「モータリゼーション」が町を衰退させている
そんな姉のお気楽さが腹立たしいのが、弟の草太です。
名古屋のチェーン系レストラン「エッグシェフ」に勤めている彼はお疲れ気味。
姉としては不満そうですが、この短い描写が胸に刺さる。
大学まで出たのに、氷河期のあおりをうけて、正社員にすらなれなかった。そんなルートかも……つ、つらい。
草太は二階で、鈴愛に「つくし食堂」の厳しい現状を語ります。
高速道路沿いのチェーン店の中華料理や寿司屋に客を取られている。
「モータリゼーション」なのだと。
『あまちゃん』でも街の衰退原因とされていた「モータリゼーション」です。
それだけではなくて、日本全体、外食産業そのものが辛い時期を迎えているのだと思います。
それなのにビールをばかばか呑んでお気楽なこと言いやがって――と姉に不満を隠さない弟。こういう辛辣さ、家族っぽいなぁ。
顔を合わせたらいつもきゃっきゃにここにして仲良しアピールするだけでは、家族愛にならない。同じ家族だからこそ理解できない部分もあるし、もどかしさや複雑さもある。そういうきょうだい愛ですな。
草太は自分に、姉のような外を出て行くだけの勇気も才能もないと、わかっています。
だからこそ東京で頑張る姉が妬ましいと思います。
家族の中ではおそらく彼が、漫画家としての姉の大変さを理解しているはずです。
秋風塾の話が来た時も現実的な損得を考えて賛成していましたし、鈴愛の単行本を読んで浮かれるだけの家族とちがい、草太は姉の抱えるリスクもわかっています。
それなのに「お気楽だ」と言ってしまうこの痛み。
あんたもどこかへ行きたかったのか?と鈴愛に核心を突かれてしまう、この感覚。まさにきょうだいなんですよね。
しかも鈴愛は素直ですから、時折のぞいてしまう草太の辛辣な嫌味につっかからず、かえってお礼をいうのです。
こういうお姉ちゃん、弟としてはちょっと疲れるんじゃないかな。
赤いレザージャケットのキミカ先生
鈴愛は、実はあの笛を持ってきてしまいました。
やはり律に会いたいのでしょう。
しかし翌朝、乾燥機からむちゃくちゃになってしまった、黄色いレダハー(高級ブランドだそうです)のドレスが!
台無しです。
そこへ草太がやってきたところ、お前が洗濯機回しただろ、とパンチを一発。いい歳こいてつかみあいの喧嘩になります。
そう、鈴愛はまるで、着ていく服のないシンデレラ。ダサすぎる緑色のドレスを着て、パーティには行かずに座り込んでいます。
キミカ先生のパーティは豪華でして。
赤いちゃんちゃんこならぬ、赤いレザージャケットがおしゃれ。
そして渡された小冊子には、今までとりあげてきた赤ちゃんの写真が載っていました。
鈴愛は、自宅でその冊子を見ています。
4月27日がブッチャー。
6月3日がナオ。
そして7月7日が、鈴愛と律。
生まれた順番は律が少し早いのですが、レディファーストで鈴愛のほうが先に掲載されています。
この写真を見た瞬間、鈴愛の目が泳ぎます。
すごい演技というか、永野芽郁さん、演技を通り越して鈴愛になりきっていますよね。
眼球の動きだけで、揺らぐ表情が完璧に出せました。
19の七夕以来 駅へ律を追いかける
あわててパーティに駆けつけ、キミカ先生と写真をみる鈴愛。律は綺麗な顔だとつぶやきます。
キミカ先生は、宇佐川研究室について掲載された冊子を鈴愛に見せます。
19の七夕、鈴愛の短冊に書いてあった夢。律がロボット研究をするように――という夢を叶えたのです。
鈴愛のナレーション。本作における鈴愛と律のナレーションが入る場面は重要です。
懐かしい律の声に包まれている、と鈴愛。律の声は、私に届くのだと。
ここで後片付けをするナオに、車を出して律がいる夏虫駅に向かって欲しいと頼みます。
そして律の姿を見かけて、ホームの向こう側からあの笛を吹く鈴愛。
しかし電車が通り過ぎて、律の姿は消えてしまいます。
鏡に映る自分の姿をみて、ひどい、とつぶやく鈴愛。
落ち込んでいると、律が階段を降りてきます。
五年ぶり、運命の再会です。
今日のマトメ「優等生的ヒロイン像に媚びない」
これは言っても仕方ないことですし、朝ドラの宿命だとは思いますが……感動的な再会の場面はできれば目に痛いほどの青葉が背景にあればよかったかなぁ、と。
季節設定としては、初夏だと思います(朴葉餅の季節)。
ただ、撮影時期がマッチしなかったんですかね。ちょっと寂しい背景でした。
本編に目を移しますと、ものすごくロマンチックだとか、甘ったるいとか、そういうことは今更なんですけど、なんというか、楡野鈴愛は魅力的で破壊的なヒロインだなぁと今日も感心してしまいました。
彼女は、むちゃくちゃワガママですよね。
ユーコにつかみかかって殴り合いになりそうになる。
恩人で師匠である秋風羽織が、笛を投げ捨てたふりをしただけで激怒して罵倒する。
草太をいきなり殴る。
ドレスがないならパーティすら行かない。
でも結局、パーティに遅れてきた挙句、ナオに車を出せといきなり頼む。
誰からも愛されたいとか、好かれたいとか、優等生であれという感情がない。
自分の感覚と感情が常に一番上になるから、気にくわない相手は容赦なく攻撃することもある。本質が、子役の頃と、まるで変わっていない。
鈴愛はいろんな人に愛されて、見守られて、許されていると思います。
まぁ、その中に視聴者が入る必要はないわけでして。
結局、彼女のことは、ものすごく嫌いになるか、大好きになるか、二択しかないと思います。
さほどに強烈なのです。
朝から視聴者にかわいい女の子の笑顔で癒しを届けましょう――そんな朝ドラ暗黙の了解を、『純と愛』や『カーネーション』とはまた別の方向で踏んづけて、振り返ろうともしないし、気にすることもない。
今週も朝から15分、ハードパンチを叩き込まれました。
日曜日は一息ついて、いろんな思いを噛み締め、また月曜日を楽しみに待ちます。
著:武者震之助
絵:小久ヒロ
【参考】
NHK公式サイト
鈴愛はまたつい笛吹いてしまいましたね。3回目の音は少し弱めでした。何してるんだろう、と自分でも分かってるのでしょう。しかし、武者さまの考察にもありましたが、永野さんは眼の表現力が素晴らしい。失意の中で光を見た(律を見つけた)時の表情は何ともいえません。
朝ドラのヒロインのような女性を、武者さまが以前「アンプ」と書かれました。絶妙な表現ですね。自分の周囲にも、側にいるだけで楽しい気分にしてくれる女性がいます。裏表が無く、前向きで、こちらも遠慮無く何でも言える方です。人を惹き付けるかどうかは天性のもの、努力ではどうしようもないところがあります。鈴愛の性格、私は好きですよ。二人の会話、楽しみですね。4年間の溝は埋まるのでしょうか。
武者さま、いつも楽しみにしています。ありがとうございます。
今日は、待ちに待った再会の場面。夏虫駅っていう名前が素敵だな、と感じました(^^)
電車が行ってしまって、律くんの姿はなくて、、、がっかりするスズメ。
視聴者の大半の方は、律くんは向かいから移動して降りてきてるんじゃ?と、わかっていたとは思いますが。そのあとの、本当に彼の姿が見えるまでの、ほんの一瞬の時間がもどかしくって、もどかしくって。
タン、タンという階段を降りてくる音とおぼろけな彼の姿が場面に映ったときは、
「きたーーっ!!」
って、感情が込み上げて嬉しかったです^_^
>校正委員様
うはぁ。
確かにそうでした><;
修正させていただきました。文脈から言ってもそうなんですよね。
ありがとうございますm(_ _)m
高校の同期で京都大学の理系にいき大学院に進んだ人がいます 理系は4年だけでは研究が十分できず大学院に行く人がボクの頃大学入学で40年くらい前から多いです
いつまでも老けないヒロインが自分より “若い役者” 相手に「うちは母親やし」
“年上の役者” ではないでしょうか?
あれは電車ではなく、鉄道専門用語でいうと気動車です。おそらく、すずめたちもあれを電車とは言わないはずです。おそらく、「汽車」と呼んでいるかとおもいます。田舎の人は電車とはいわず、鉄道とか汽車と表現します。架線の張ってある電気で動く電車ではなく、架線なしでディーゼルカーが走る田舎の世界です。だから、空や背景がすっきした絵になります。
いつも楽しくよませてもらっています。