半分、青い。152話 感想あらすじ視聴率(9/25)不安は続く 日常も続く

時は2011年――。

同じ日に岐阜の梟町で生まれた楡野鈴愛と萩尾律は、東京で【スパロウリズム】を起業。
試行錯誤の末に「そよ風の扇風機」開発に成功しました。

そこから先は投資家を集めるだけで、代理店・津曲やその妹・恵子と共にプレゼンを開始したところ……3.11、午後2時46分の悲劇に見舞われます。

東日本大震災です。
その日、学校でおもらしをしてしまった娘の花野は、学校に行きたくないと言い出すのでした。

【152話の視聴率は22.4%でした】

 

親子だからって全ては話さない

学校でイジメに遭っていた花野。
震災後に登校したところ、黒板に【おもらしをした赤ちゃん】という文字と一緒に絵も描かれていました。

鈴愛は、そんな娘に対して、なんでママに言ってくれないの、何でも話してくれたのに、と言います。

「何でも話はしない」
そう返す花野。いたって健全な親子関係だと思います。

親子が全て話し合うのが理想か?
というと、普通そういうわけではありませんよね。親子だろうが性格の違いはありますし、だからこそ言えないことも出てきます。
ただ、今までは、そうじゃない朝ドラが多くてなぁ……。
本作は親子関係が濃厚かつ、違いを尊重していてイイんですよね。

花野の学校は、進級して三年生になってもクラス替えはありません。
そこで鈴愛が尋ねました。
「転校する?」
「学校行かなくてもいいの?」

そして鈴愛、作りかけているカレーの火を止めます。
携帯電話にボクテからのメールが入ったのでした。

相変わらず、ユーコは避難所を探しても見つからない……。
「でも信じよう 秋風塾だよ」
そう書いてくるボクテです。

この、待つしかない長さ。どうしたって、あの年を思い出します。

 

逃げるのではない 正しい場所に行くのだ

鈴愛は花野を抱きしめます。
意地悪をするところになんか、通わなくてもよい――。
「花野は私が守る。何があっても私が守る」

花野は、あけみちゃんとお掃除しなくていいんだ、と言います。
カバンにゴミを入れられるいじめを受けているのだそうです。

「そんなの相手にしなくていい」
「カンちゃん弱虫じゃない? 逃げていい?」

そう問いかける花野。

「あなたは逃げるのではない。正しい場所に行くんです。する必要のない戦いだ、だから場所を変える。手っ取り早い」
そんな子のいる場所にいなくていい。このことは20年後には笑い話になる。感性豊かな子だからと。
「全然気に病む必要はないよ」

ああ、津曲と修次郎とのやりとりに続けて、平成らしくてとてもいい親子のやりとりです。

いじめられたらやり返せ、仕返ししろ。いじめになんか負けるな!
そういう追い込む価値観から、本作は抜け出しました。

まさしくこれが朝ドラ革命だ!!

 

久々に会う父親 緊張でカチコチに

あっ、牛乳がない――。
と、カレーを作っていた鈴愛は、気づきます。

最後にミルクを入れるのが花野の好み。
牛乳なしでは嫌だという娘のために、買い出しに出かけます。

こういう描写、リアリティのあるお母さんっぽいですよね。地に足がついている。

ダメな朝ドラのお母さんって、料理の描写もなんか変なんですよ。
どう考えても、フードコーディネーターさんが気合入れまくったであろう料理を、瞬時で出したりする。このごく普通のカレー鍋、いいんですよ。

鈴愛が牛乳を手にして帰ってくると、花野がおりませんした。
そのころ、マグマ大使の笛で律を呼び、不在だと知ると、三オバの元へと行っていました。

昨日のレビューで、涼次に会っているのかと書きましたけど、そうではないのですね。
まだ再会していませんでした。そっか、昨日の大きなパパは離婚前を思い出して言ってたんだね。

三オバが、涼次を呼び出し、花野は緊張してカッチコチ。
これもリアルだなあ。いきなりニコニコできないんだよ、子供でもね。

「カンちゃん!」
「パパ! パパ! パパ!」
こうして父子の再会がかないました。

「ごめんねカンちゃん、長いこと会えなくてごめんね」
そう謝る涼次。やっぱりそこまで悪い男でもないんだなあ……と思いそうになりますけど、あの別れ方はひどかった。
まぁ、人間っていろいろな面がありますしね。

 

「一人で頑張りすぎやろ。俺もおる」

鈴愛と律が花野のことを話し合っています。

「よかったよ、見つかって」
「私ではあかんのか」

涼次に相談するなんて、母としてダメなのかと悩む鈴愛です。

しかし、花野が涼次のところへ行く前に寄ったのは律のところです。マグマ大使の笛がドアに掛けられてました。
律でもよかった――むしろ一番は律と微笑みます。これも伏線になるのかな?

言われてみれば、そうです。
再会できて喜んではいますけれども、律がいなかったからこその涼次とも言えるわけで。

ママに言えないこともあるよ、と励まします。
ただ、学校での粗相といじめのことも、はじめは律にしか言っていないわけでして、やっぱり鈴愛は気になります。

鈴愛はユーコのことでいっぱいだから。

カンちゃんは、彼女なりに気遣っていて、ユーコと連絡できない意味をわかっていて、これ以上心配を掛けたくなかったのでした。
そうそう。お母さんはなんでも詰め込むことのできる海じゃない。人間ですからね。

「不安な顔しとったかもしれん、母親失格や。カンちゃん守らなあかんのに」
「一人で頑張りすぎやろ。俺もおる」

律はそう鈴愛を励まします。
そうなんです。日常生活を続けていかねばならない鈴愛は、頑張りすぎているのかもしれません。

 

二箇所で、鈴愛争奪の争いが起きている!

地震のとき、おもらしした自分を助けてくれた友達の灯(あかり)。
転校前、彼女に対してお礼をしたく、花野が『梟ブローチ』を取り出しました。サファイアやルビーがついていて、これは何百万もするはずだと三オバも驚きます。

ここで元持ち主の廉子さん、数十万円だと下方修正します。まぁ、それでも十分に高いですよね。

今は鈴愛のものですが、結婚したらくれるから「自分のものだ」と解釈した花野。でも、渡されても灯ちゃんもこんな高いものはもらえないよ、と涼次が言います。車が買えるくらい高いだ……って、いやいや、そこまでは……ん?イケるのかな?

ここへ鈴愛がやって来ます。
花野はむぅばあばと入浴後、寝ているとのこと。

「水臭い、家族やないか」
鈴愛が深々と頭を下げると、そう受け入れる光江。ここで涼次はひどいことをしたから家族扱いできまへん、と厳しいこともチラリ。

そして涼次、三オバのいるところで言いたいと前置きします。

「鈴愛ちゃん、僕らやり直さないか?」

うぉおおおおい! 最終週にこの展開ですか!
一方で律は、あの笛を返し忘れています。

「もういらなかったりして」

高度だ!
二箇所で、鈴愛争奪の争いが起きている!
もう最終週なのに!

 

今日のマトメ「自粛の意味は?影響は?」

津曲と修次郎に引き続いて、親子関係がいい!

立ち向かえとか。
やり返せとか。
酷い場合は、なかったことにして、耐え忍んで学校に通い続けろとか。
先生に相談しろ――ならば、まだマシなイジメ問題。

鈴愛は、逃げていい、立ち向かうだけ無駄だから、と言ってくれるのです。
もう……ありがたい。
そうとしかいいようがない。立ち向かってボロボロになるよりも、別のやり方で創造性を発揮しよう!

津曲もそうでしたね。
平成価値観への、見事なアップデートだと思います。
母親失格と自分を責める鈴愛に、寄り添う律もイイ!

朝ドラって、母親をサンドバッグだと思っているのか?とツッコミたくなるような作品も多いんですよ。

学校で我が子が問題を起こして呼び出される展開は、ほぼ、
「お母さんが仕事ばっかりかまけて、子供が愛情不足にグレてしまう」
ばかり。
もう、これ、何度繰り返されたか。特に近年のNHK大阪はワンパターンが過ぎます。

ママは完璧超人であり、何でも知っている、いつでも見守ってくれる。
って、ウソでしょ?
母親だって人間でしょ?
限界に達してしまうことも、あるんですよ。

鈴愛は、まさに限界なのです。
この鈴愛の対応に、リアリティを感じます。

なんだか、
「震災なんだからもっとドラマチックに!」
「惨状に関心を寄せて!」
「東北の中に岩手を含めないとは何事か!」
みたいな意見もあるんですけど、100点満点の台詞を言わせないと叩く、そういうアンチがいるんですね。
そういうドラマチックな盛り上げ、関東を舞台にしていて必要ですか?

鈴愛が震災のニュースを避ける気持ち、わかりますよ。
あんな想像力豊かな人間が、ユーコの行方もわからない中、震災報道を見たら心理的に限界に達してしまう。

こういう批判からは、あの震災の際に起きた自粛ムードを思い出してしまいます。

あのとき、ともかく自粛ということで、被災地以外でもイベントのキャンセルが相次ぎました。
ただ、その行為が被災地の復興を早めたとかそういうことはありません。

むしろ、北海道胆振東部地震の場合は、観光自粛でさらなる経済的悪影響を及ぼす可能性もあり(というか実際に観光客は激減)ますから、通り一遍の自粛は考えものなのです。

『あまちゃん』のようなドラマでもないくせに震災を取り上げるな――なんて指摘は、完全に【やりすぎ&無意味自粛ムード】のバリエーションですね。

被害の大きい被災地関係者以外は震災について語れない、なんてことになったら悲劇がタブー化されて、思い出されることすらなくなる。
風化する。
結果、復興には繋がらないし、防災意識も働かない。
それがお望みでしょうか?

ドラマに話を戻しますと、鈴愛の心理がいっぱいいっぱいであることが伝わってきました。

笑顔でカレーを作ることだって、出来る。
そうして日常を生きて行かないと、忘れられないことがある。
震災といじめ、扇風機、そしてヨリを戻すかどうか。

確かに詰め込み過ぎに思えるかもしれません。
しかしこれがリアルです。

実際に震災のあとは、結婚や恋愛成就が増えました。
「震災婚」なんて言葉がありましたからね。

※自分もそうかも><;とは編集人

人間、大災害があったからそれだけに集中しろ、なんていうふうには出来ていません。
日常生活を積み重ねていかねばならないのです。

実は私も震災のあと、東北からの知らせを待っていて、数日間寝込んだことがあります。
スマートフォンを布団の中で握りしめ、震えながら過ごしてばかり。
そうすると、心理的に苦しくてたまらなくなるのです。
もう限界だ、と。

人は、それでも、日常を取り戻していかねばならない。
被災地がこんな状況なのに、本を読み、ドラマを見る自分に嫌悪感や罪悪感を抱いたものです。

しかし、布団の中で震災のことばかり考えていても、誰も助からない。
結局は、そう思って起き上がるしかなかった。

鈴愛を見ていると、自分のそんな姿を重ねてしまいます。

◆著者の連載が一冊の電子書籍となっています。

この歴史映画が熱い!正統派からトンデモ作品まで歴史マニアの徹底レビュー

文:武者震之助
絵:小久ヒロ

 

1 Comment

ヒグタツ

高度成長期の終わりの頃になるのでしょうか「男たちの旅路」の第何話だったかで、華々しく立ち向かうではなく命を大事に逃げよ。と特攻隊生き残りの上司が熱血部下に諭すシーンが今も心に残っています。いや、いました。だな。今日の鈴愛母さんに言われてふっと思い出した。そしてその行為はマイナス指向のアクションではなく、「正しい場所に行く」合理的選択であると平成の終わり近くに教えられた、と云うか勇気づけられました。

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