富士子と信哉がその様子をじっと見つめています。言葉が出ません。
客もなんだかよい雰囲気にのまれていますが、ヤジはしっかりと飛ばしてきます。
「よっ、いいぞ、お兄ちゃん!」
「バカヤロー、この子は見世物じゃねえ!」
言い返しながら、なつをかばうようにして抱きしめる咲太郎。
うん、まぁ、うん……ストリップ劇場ステージに、見世物として生き別れの妹がいるって、兄としてはちょっとね。
そのころ十勝では――。
夕日のさす農協で、仕事をする剛男。本作のガラスは、ちゃんとその時代らしさが出ていてすごい。
勉強する夕見子。
夕食の準備をする明美。
薪割りをする照男。
一輪車を押す泰樹。
何か運命を悟ったような演出ではあります。
波乱の予感?
幸せでも、忘れなかった
このあと、食堂に移動している四人。浅草の下町らしさが出ています。
セットも小道具も、制作一軍の出がけた感があります。違和感が薄い。
なつは、咲太郎にずっと幸せだったと語ります。
これ以上ないくらい、幸せだったと。
「ありがとうございました!」
そう頭を下げる咲太郎。
なつを預ける前。彼は剛男にこう言ったものです。
「なつを幸せにしてくれ。不幸にしたら許さないから、覚えとけー!」
それがかなっている。
これはお礼を言わねばならない。そういう気持ちかな。
「いいのさ」
富士子は答えます。
「いいのよ」
ではなくて、
「いいのさ」
北海道弁ですね。
それからこう続けるのです。
なつは家族の中で幸せだったけれども、兄と妹を忘れたことはない。
いつか二人と再会したいと思っていた。
これには咲太郎も感無量です。が、ある意味、感動的なだけの展開は、ここまでかもしれません。
話の流れで茂木社長と「川村屋」の名前が出ると、咲太郎が驚きます。
新宿のベーカリー&カフェ「川村屋」で記念写真。オーナー・前島光子役の比嘉愛未さんはこの日にクランクインしました。マダムと呼ばれる女性の役に、とても緊張したそうです。#朝ドラ #なつぞら #広瀬すず #松嶋菜々子 #リリーフランキー #近藤芳正 #比嘉愛未 #工藤阿須加 pic.twitter.com/2KgiMth3LD
— 【公式】連続テレビ小説「なつぞら」 (@asadora_nhk) April 30, 2019
「えっ!」
マダムから何か話を聞いていないのかと、探り始めます。
「ムーランルージュ新宿」で可愛がられていた。そう聞いた、となつが説明します。
「それだけか?」
「他に何かあるの?」
咲太郎……どうした? 不穏だぞ、おいっ!
あのマダムと野上の顔もちらついて来ます。
敢えて今日、この二人を一切出さないことはよい演出だと思います。かえって怖くなりますので。
思い出の天丼
食堂で、天丼が到着しました。
咲太郎は食べ始めると、声を潜めて「親父のはこんなもんじゃなかった」と言いながら、こう付け加えます。
日本一の料理人だったって。いい親父だったんだろうなぁ。
なつと咲太郎の父が、よく作ってくれた。
それが天丼です。東京庶民の味です。なつも好きだったそうですが、本人の記憶は曖昧なようです。
これも年齢差ですね。
幼い頃は、ほんの数歳の違いで、結構な差があるもの。記憶に残る父のことは、兄の方が濃くなってしまう。
咲太郎は、父の作る天丼を腹一杯食べることが夢だったんだとか。
そうそう。
戦中を生きた人は、あの頃何を食べたいと思っていたのか。そのことを一生涯忘れなかったものです。
再放送される『ゲゲゲの女房』の水木しげるさんにも、こっそり甘い物を大量に食べる癖が抜けなかったそうです。
咲太郎は、人生でずっと天丼の味を思い続ける運命にあるのでしょう。
幼い頃に死んでしまった父でも、思い出と味を通していつまでも残る。素敵なことだと思います。
そしてこの天丼も、実に美味しそうですね。食べたいなあ!
「食べてください」
咲太郎がそう勧め、なつと信哉が食べ始めても、富士子は蓋すら取らないのでした。
咲太郎は宿無しだ
「どうするの? なつをどうしたいの?」
食べる前に、富士子はそう確認をします。
「俺は……なつはどうしたいんだ?」
「千遥に会いたい」
なつはそう言い切ります。
しかし、それがわからないのです。預けた千葉のおじが引っ越して、消息不明なのだとか。
「千遥は幸せだから」
「どうしてわかるの?」
楽観的な兄に、なつはそう問い詰めます。
おばから、里心がつくといけないから、手紙や面会をやめるようにと咲太郎は言われたそうです。
「それでも探したい」
なつはそう言い切ります。
「わかったよ。それは俺に任せろ」
ニヤリとそう言い切る咲太郎ですが……信頼できません。なつの方から探して会いに来たわけですし。
しかも、住所を聞かれて不定と答えますからね。宿無しで飛び回っていると来たもんだ。
住所不定、職業不詳。
この手のメインキャラクターって、朝ドラにはいたものです。
ただし、美化されていると言いますか。
マイナスの部分は漂白されて、
「ロマンチックな夢追い人!」
にされていましたね。『わろてんか』の藤吉が典型例でしょう。
咲太郎は、ちょっと違うみたいだぞ!
そんな咲太郎が、明日の昼には絶対に新宿に行く、マダムに伝えておけと言い切るわけですが……。
ナレーターである父が、指摘します。
咲太郎は無理して笑っている。
本当は心の底から笑いたいのに、無理して笑っている。
笑いたいのだろう、咲太郎。
なつも何となく嫌な予感を感じています。
私もです――。
父がそう言い切り、きょうだいを見守る中、次回へ。今週のクライマックスだ!
感動的だけではない、そんな再会もある
長いこと離れ離れであった人たちの再会。それは感動的であるはず!
本作が何のひねりもない作風ならば、土曜日の10分あたりで、きょうだいが抱き合うクライマックスを持ってきていることでしょう。
しかし、そうではない。
リアルです。
再会が感動的でありたいと思うのは、人の心の悲しさってやつでして。
今週は、浅草のストリップダンサーが出てきたわけです。
あくまで仮定の話ですが、そこにいたのが兄の「咲太郎」ではなく、姉の「咲枝」だとしたら?
バッと胸をはだけたところで、なつが「あの胸のほくろは、お姉ちゃん!」と叫んでいたら?
さて、いかがでしょうか。
そういう再会だってあるわけです。そのうえで、一家の恥として絶縁される。そんな関係もあった。
あのダンサーたちがそうであっても、何の不思議もありません。
再会できていない千遥だって、幸せだというのはあくまで咲太郎の楽観的な判断に過ぎません。
おばが嘘をついていないと、言い切れますか?
外面だけはごまかしていた。養父母は親切でも、義理のきょうだいからいじめられた。そうでない保証はありません。
そんな千遥が、自分を捨てたと思い込み、兄と姉を恨んでいたとしても。それは無理もないことでしょう。
咲太郎は清く正しく生きていない
咲太郎は男だし、ストリップバーのもぎりであり付き人だから、よかったね♪ というものでもありません。
男性でも、性的な産業従事者、搾取や虐待にさらされた戦災孤児はおります。
彼がそうであったかは、この際ちょっと横に置くとしまして。
彼は、当時の基準からすれば、なつとは別世界に進んでおります。
・住所不定
→『いだてん』の若き日の古今亭志ん生、『わろてんか』の藤吉もそうです。当時の価値観では、まっとうな人間ではない、はみ出し者という扱いです。
・勤務先はストリップバー
→まぁ、堅気ではないですね。
・ストリップバーのダンサーとイイ仲
→「また今夜も」と言われて、そのまま酒飲んでおしまいというわけでもあるまい。
こういう兄が、浅草で同居しようと言い出したとして、柴田家は許せるのでしょうか?
金に困った咲太郎が、妹を借金のカタにストリップダンサーにする。そんな最悪のルートを考えられなくもない。
なっちゃんはかわいいもんね。
朝ドラでそりゃないだろ、いくらなんでも酷すぎるよ!
……というツッコミはそりゃあるでしょう。
私も好きでそんな最悪ルートを考えているわけでもありません。
ただね。
北海道育ちの純情ななつを、浅草のダウンタウンに放り込むって、危なっかしくてそりゃねえや!
危険過ぎます。
これはもう、なつがこの先兄と同居するルートは消えたわけです。
信哉と兄が逆の立場ならばありでしょうけれども。
そしてこれは明日、明かされることでしょう。
咲太郎よ、あのマダムに何をしたのだ?
これこそが、最低の悪事かもしれない。
もしもこれが乱世ならば、明日は血の雨が降り、マダムが酒を飲みながら高笑いするルートでした。
朝ドラでよかったね♪
やっぱり本作、おもしろいです。
朝ドラとして最高の水準を求めながら、それでいて乱世っぽさがうっすら流れている。
なんだかすごいものを見ているぞ!
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文:武者震之助
絵:小久ヒロ
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本作については、すなおに感想を言える事が本当に素晴らしいですね。
記憶に新しい“ラーメン”ドラマでは、あまりの展開に本当はどうなの?って史実の検証探しメインになり、見たままの感想など後回しになっちゃいましたが。
結果、モデルとなった企業の暗部まで晒してしまうという事に。
ある意味、反面教師的なありがたさは有ったような。(笑
こなつちゃん主体の感動的かつ家族的な初頭部から、戦後間も無くの暗部をふくんだ兄妹の再会へ。
しかしながら、前日の母子の会話のような感動的な部分もちゃんとはさんでくる。
草刈さんじゃありませんが、本当に脚本の良さを感じますね。
同時に、武者さんのレビューに戦後の描写が出るたび、亡くなったじーさんを思い出します。
中国戦線から帰還した祖父は、孫である私に、幾度戦時の質問をしても答えてくれる事はありませんでした。
状況を聞く事が出来たのは祖母からだけです。
そんな祖父の印象として強く残っているのは、食卓です。
とにかく食え、食える時に食え、とばかりにテーブルいっぱいに料理を並べる。
それでいて自分は、食べている私達を見て満足している。
戦後間も無くの描写をドラマで再現したり、更にレビューにて捕捉されたりする都度、祖父との時間が思い出されます。
戦災孤児との繋がりではありませんが、祖父が持っていたであろう戦争のトラウマも、年齢を重ねた今だからこそ解る気もします。
だから、咲太郎にも感情移入が出来ます。
当時を生き抜く為には、綺麗事だけでは無理だと。
そうです!、「火垂るの墓」で号泣してしまうクチです、自分は!(笑
だいぶ脱線してしまいましたが、前作と違い、こんな感情になれる本作は、本当に素晴らしいと思います。
演者の皆様、特に広瀬すずさんの凄さと可愛さにやられている所も大ですが、、、(笑
昼ドラ『やすらぎの刻~道』でも、戦前の養蚕不況から「一家離散」「娘身売」といった悲劇が。
村落を横行する「人買い」等も。
まして、本作のような戦災孤児の身の上においてをや。
私は、咲太郎となつの再会に、思わず涙してしまったけれど、また、OP前のナレーションに、笑いを誘われてしまったけれど、彼等の生き抜いてきた過程に対しては、あまりに皮相的な反応でもあったかもしれない。
それでもなお、私は描き出されたシーンには、涙も笑いも惜しまない。
彼等の生きざまの中で、瞬いた歓びに、惜しみなく共感を贈りたい。
彼等の生きざまを知ることで、少しでも鎮魂になれば。
兄ではなく姉だったら、感動の再会にはならなかった…。
ホントですよね。
性のタブーがなく、性産業が蔑まれない社会でも無いかぎり。
(だがそんな社会は、文明社会とは真逆の原始的な狩猟採集社会なんですよねぇ。)
「バカヤロ! 朝っぱらから家族の前で泣いちまったじゃねえか!」(咲太郎風)
今回はもうこれに尽きます。
OP前、思わず富士子がなつの目を覆う時のナレーション「なつよ、覚悟は良いか」も、逆に笑いを誘って効きました。「いや、そっちじゃなくw」
でもどことなく、何か装っている感じの咲太郎の姿、私も気になりました。