こいつ、絶対大酒飲みだろう。
ストレスを酒で解消しているだろ。ダメな江戸っ子だ。そういう気配がプンプンと漂って来ます。
『いだてん』の喫煙描写にも視聴者から抗議がありました。
酒、喫煙、性的な逸脱――実は昭和の方が、現在よりもはるかに悪質な部分があったのですね。
咲太郎のジョークがきつい!
なつは抜け殻状態です。
皿洗いをこなしつつ、夜には机のセル画を見て悩む日々。辛いなぁ。気持ちはわかりますとも。
そんな部屋に、ノックと共にあいつがやって来ます。
「あっ、さいちゃん!」
「さっちゃん、元気か」
こんな時間に、と戸惑うなつですが、咲太郎は夜の男ですからね。
佐知子に迷惑だからと外に行こうとしますが、咲太郎はなつの顔を見に来ただけだと告げます。なつがここで気づくのです。
「聞いたの」
「ああ」
そんな短い会話で終わるはずがなく、佐知子が気を利かせます。
「入って」
そしてあがりこむ咲太郎。そういうところが図々しいんだ、と、なつが注意しようがお構い無しです。
しかも、次のセリフが危険すぎます。しょげているとなつに告げたあと、これだよ。
「いい薬やろうか?」
ギリギリなんだよ!
どこまで踏み込むんだよ、朝ドラ新境地にもほどがあるだろ!
ヒロポン。
覚せい剤。
シャブ。
戦争前後に流通していたヒロポン(メタンフェタミン)は禁止されておりましたが、ここは新宿。あやしい街です。
咲太郎ならそういうルートを知っていてもおかしくない。
そんなアウトロー気質を漂わせております。
※一人で実録路線を突っ走るか!
そこをギリギリでかわしつつ、佐知子にビールがあるか聞いています。
薬でなくて酒ならオッケーだね、ってそういうことじゃない。
「買ってこようか?」
いそいそしちゃう佐知子も可哀想だなぁ。
騙されちゃダメだぞ!
なつがたしなめて、こうニヤリと笑って言うわけです。
「大人のジョークだから」
そう言う問題じゃないだろ。
咲太郎――もはや、困った時に相談したくない男・ナンバーワンになりつつある。
そんな咲太郎は、壁になつが貼った柴田家集合写真を見ています。
横の父の絵ではなく、こちらに注目というわけです。
「大人になったな、お前も」
佐知子が、健気に麦茶を差し出すあたりも泣けてきます。
アピールだね。
でも咲太郎、さして気に留めてないね……。
佐知子は暑いからと窓を開けます。
「あ〜涼しい」
そこから涼風が吹き込んでくるのでした。
私はビールの泡だった
「なつ、大人はビールよりも苦いものを飲み干さなきゃいけない時があるんだ」
咲太郎は気取ってそう言います。
ユーモアと人生訓を混ぜた、昭和臭さがたまらないものがあります。
なつは、泡なのはこっちだと自虐的です。
私ごときは泡みたいなもの。それなのに、落ちた時のことを考えていなかったのだと。
自信がなかったわけじゃない。
「私にできる。真に受けて、それしか考えられなくなってたんだわ」
バカだよね。そう自らを責めるなつ。
ここで咲太郎はこう聞きます。
「お前、面接受けたよな」
面接官を確認する咲太郎。そこには大杉社長もいたと確認します。
なつの脳裏に、面接のことがよぎります。戦災孤児だと聞かれたと思い出されるのです。
咲太郎が、名前を聞かれなかったか?と尋ねると、なつは、
「何もない、普通だよ」
と言います。
雪次郎には、戦災孤児であることへの不安を語っていました。
しかし、ここでは違う。彼女なりに考えているのでしょう。
そういうことを聞いた兄の危険性を感じているのかもしれません。
なつは絵が未熟だったと分析しています。
絵が駄目だった。実力がなかったのだと。
なつは結構内向的で、暗いところもあるのでしょう。
メンタルに弱いところもある。
敗因を分析して、そのことを考えてしまうのでしょう。
仲の受難!
そんな東洋映画の作画課では、仲らアニメーターが仕事をしておりました。
描いているのは、胡弓らしき楽器を持つ中国人男性です。
時代特定はこれだけでは難しいのですが、宋から明あたりの時代かな。
昼休みを告げるチャイムが響き、仲は外の噴水にまでやって来ます。
そこへ現れたのが、なんと咲太郎です。
警戒する仲。
奥原なつの兄だと名乗る咲太郎。
BGMが緊迫感溢れるものとなる中、彼はこう切り出すのです。
「どうしてなつは落ちたんでしょうか? なつには実力がなかったんでしょうか? どうなんでしょうね!」
おいおいおい、新宿のアウトローじゃないんだから!
思わず父であるナレーターも突っ込みます。
咲太郎、気持ちはわかるが、そこまで聞きに行くのはどうなんでしょうか――
以前も指摘しましたが、なつを見守るこの父の声。
咲太郎相手だと、若干及び腰なのがなかなか面白いのです。
それはさておき、仲さん、逃げてください!
こいつは一人だけ東洋映画ではなく東映の実録ヤクザ映画路線だよ!
江戸の夕涼み
ちょっとしたネタですが、窓を開けて涼しいという場面がありました。
今ではもう考えられない、消えた光景です。
窓を開けて涼しいと言える。この時代ならではですね。
クーラーがない時代。今では打ち水をしても、焼け石に水な感覚じゃないですか。
かつてはそうじゃなかった。
確かに江戸は昔から暑いものでしたが、明治以降悪化していきます。
西洋由来のスーツや衣類の導入。
道路のコンクリート整備。
高層ビルが建つ。
温室効果ガス。
もう江戸の夕涼みは無理なのです。
沖縄やインド出身者ですら「地元より暑い」と嘆く、炎熱地獄の土地になりました。
そうなる前、東京オリンピック以前の東京新宿です。
夕涼みがぎりぎり成立していたのでしょう。
しかし今となっては……打ち水をキャンペーンでやろうが、クールビズを実施しようが、通勤時間をずらそうが、サマータイムを導入しようが。
暑さ対策そのものの効果は限定的でしょう。
抜本的に変えねば、どうにもならないものがあります。
高層ビルを壊せとまでは言いませんが、何かもっと考えるべきことはあるでしょう。
すれ違いの生み出す不穏
水曜日にひとつの山場がある本作。
火曜日に不穏な空気を作り上げて来ました。
誰も彼もがすれ違っているのです。
これも東京編らしいところ。
すれ違いが死すら呼びかねなかった開拓者世代とその子孫は、もっとあけっぴろげでした。
好きになったらすぐさま告白する門倉番長!
気になる砂良に牛乳を持参する照男!
「そうじゃないと心がしばれるからさ」
と、とよババアは言い切ったものです。
それが新宿では違うんだな。
誰も彼もが本音を隠しているのです。
それこそが危険なんじゃあぁあ!
ひとつめが、なつの敗因分析です。
これはおかしいと、視聴者ならばわかるのです。
面接の方がおかしかった。むしろ、絵は高評価でした。
このすれ違いに波乱の予感が漂います。
それに、教訓でもあります。
不合格の時、人は自分の未熟さのせいだと思いがちです。
しかし、そうではないかもしれません。
そういう出来事が、実際にありました。そんなことを思い出してしまいます。
◆東京医大、女子受験者を一律減点 男女数を操作か:日本経済新聞
すれ違ったまま生きてしまうことは、とてつもない不幸である。
そんな本作の訴えが、見えて来た気がします。
トラブルメーカー、最高難易度の咲太郎
そして、そんな事態を決定的に引っ掻き回しているのが、咲太郎です。
イジワル軍師・夕見子は、大胆な分析と発言で図星を突くタイプですが、咲太郎は違う。
やんちゃなまま振舞って引っ掻き回す。
伊達政宗というか、鬼武蔵というか、張飛というか……。
この手のタイプは、あふれんばかりの愛嬌があるかどうかで、受けるかどうか差が出てくるもの。
【夕見子の性格と知能+咲太郎のトラブルメーカー部分ー道徳心=乱世なら暗殺されてガッツポーズされるとんでもない奴】
こういう図式も見えて来ちゃいますね。
そこをどう回避して、愛されるトラブルメーカー「咲太郎」を生み出すのか。
ものすごく気になります。
泰樹、天陽らの造形も難しかったとは思いますが、それを上回る最高難易度でしょう。
明日、またひと暴れしそうな咲太郎。
全国から湧き上がるブーイングにケロリとして笑う姿が、今から楽しみでなりません!
※スマホで『なつぞら』や『いだてん』
U-NEXTならスグ見れる!
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文:武者震之助
絵:小久ヒロ
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「いいクスリやろうか」って、
大薮春彦の小説の世界かよ!!
でも以外と本作新宿編は、戦後の混沌、海外引揚者や戦災孤児の身の上など、大薮春彦の作品群とも重なりあう世界観があります。
咲太郎タイプの主人公が、東京のとある街で私立探偵をして活躍するという作品も、大薮春彦作品のなかにあったような気もします。
岡田将生さんは「昭和元禄落語心中」での渾身の 有楽亭八雲 以来、役者さんとしての凄みや色気が断然増したように思います。今 注目している役者さんの1人です。
この先、物語にどのような風を巻き起こしてくれるか楽しみです。