なつぞら51話 感想あらすじ視聴率(5/29)コネなど不要、実力で勝負だ

【第51話の視聴率は20.8%でした】

 

なつぞら感想視聴率

咲太郎からなつの不合格について凄まれ、仲は愕然とします。

「なっちゃん、落ちたんですか……」

ここで止まらないのが短気な江戸っ子でぇ。

「無責任ってもんでは!」
と、仲が知らないことにむしろ激怒し、突き飛ばしてしまうのでした。そして噴水に転落。

ほら、仲は喧嘩に慣れていませんし、なつどころか仲まで落ちるとは……。
シャレになってない!

かくして朝から水も滴るいい男……どころではないことに。
噴水に落ちた程度でよかったですね。石に後頭部強打なんてことにならなくて。

しかも、ここからがもうね。

「誰かタオル持って来いよ!!」

咲太郎、自分が犯人なのにコレだよ!
どうしようもないな!

実力はあったのに不合格という謎

咲太郎は反省し、仲を喫茶店に連れて行きます。その程度の良心はあるんです。
この喫茶店のセットもウェイトレスの服装も、時代を感じさせますねぇ。

仲を座らせて、立ったまま頭を下げる咲太郎。まぁ、彼の周辺ではこれが仁義の切り方っちゃそうでしょう。

しかし、仲からすれば暑苦しいし、鬱陶しいでしょうね。

こう告げるわけです。
「いいですよもう、座ってください」

うーん、この咲太郎と仲の暮らす世界が全然交わらない感じ!
うまいなぁ。

なつの不合格について、咲太郎は、実力が足りないのか?と問います。
ここで仲は驚くのです。

実力はある。

「採点したのはぼくです」

「あんたが落としたのか?」

ここで仲が正直なばっかりに、またまた不穏になりそうなところで、慌てて説明します。

むしろ高得点をつけて、てっきり受かったと思っていたのだと。
まだ荒削りなので、入社したら育てようと考えていたそうなのです。

「それなのに、それなのに……」

ここで咲太郎、自分が悪かったと完全反省モードに入ります。
そう、喫茶店のメニューを差し出すんですね。お調子者だな〜。

「あっ、お腹すいてませんか?」

「大丈夫です」

仲は空腹よりも、なつが落ちた理由に頭を悩ませております。

「面接で何かあったのかな?」

こう仲が言ったのを聞いて、咲太郎の顔色が変わり……。

「俺が勝手に余計なことを言ったのか……」

「えっ?」

「孤児院育ちだろうが関係ねえじゃねえかよ!」

なつは孤児院育ちだと喋った。
そんなことを思い出す咲太郎です。

なつぞら48話 感想あらすじ視聴率(5/25)悪の道に転げ落ちても不思議なく

このあと、仲と別れた咲太郎は、ぶつかって来た若者を睨みつけます。

怯える若者。
こういう仕草が、もう完全にアウトローです。
咲太郎ぉぉお!

ふてくされて酒を飲み、猛省中

川村屋に、信哉がなつを訪ねて来ました。

信哉本人にそんなつもりはないのでしょうが、制作側の狙いは見えるような気がします。

戦災孤児の明暗です。
成功例の信哉と、失敗例の咲太郎というやつですね。かたや大卒でテレビ局記者、かたや……。

そう、咲太郎。彼は風車にあがりこみ、暗い店内で昼間から酒を飲んでいます。
そこへ亜矢美がやって来て、昼間から飲酒はないだろ、と咎めます。

昼間から飲酒って、ダメ人間です。それは現在も当時も同じです。
ただ、当時の方が寛大に見られる部分はありました。特に、咲太郎のようなアウトローや芸の道に生きる人はそうです。

古今亭志ん生なんか、朝食に酒をぶっかけていたそうです。

古今亭志ん生(ここんていしんしょう/美濃部孝蔵)83年のパンクな生涯

「俺は馬鹿だ」

「今頃わかったのかい」

猛反省する咲太郎を、亜矢美はからかいます。
しかし、どうにも彼の悩みは真剣でした。

「どうやったらなつの力になれるのかわからない。やっと会えたのに、迷惑ばかりかけてる。俺に会ったって、何一ついいことないよな、母ちゃん……」

亜矢美は動揺しています。
いつもは生意気で、お調子者で、明るくて、元気な咲太郎。それがこんな暗い顔を見せたら、そりゃたまらんものがあるでしょう。

「しょげててどうやって妹を励ますんだ!」

そう亜矢美は迷いをふっきって、会って来いと背中を押したのでしょう。
咲太郎は川村屋に向かうのですが……。

ここで帽子をかぶるところが、昭和のこの時代の伊達男ぽさがあります。

ノブさんはアドバイザーとしてもすごい

そこで見たのは、信哉と談笑する休憩中のなつでした。
それを見て、立ち去るしかない咲太郎です。

幼馴染なんだし、輪に入ればいいのに――そう言いたくもなりますが、男の不器用な意地なんでしょうねぇ。

信哉はなつに、今は「サツ回り」だと告げています。
警察を回って話を聞く仕事は、テレビ局でも新聞社でも若手が修業の場として行かされるものですね。

「ノブさん、すごいよ」

なつはそう感心しながら、同時に自分は努力してこなかったからと苦笑します。

「ここで生きてるのも、なっちゃんの努力だよ」

そう信哉が励ますと、なつはにっこり。

「さすが記者さん」

これはなつの褒め言葉でもありますが、悲しいことに、この前、咲太郎がしていた激励と比べると、はるかにまっとうと言いますか……なんだかなぁ。

なつぞら50話 感想あらすじ視聴率(5/28)難易度高シ 愛サレル問題児

そんな信哉には素直になれるのか。
なつは本音を告げるのです。

「アニメーターの夢をあきらめたくない。他の道を探してみようと思う」

「俺もその道を探す」

こうして微笑みあう。
あー、何もかもが辛い。咲太郎と違いすぎる。

咲太郎と話す時、なつは信哉相手ほどリラックスできていないのです。

佐知子が騙されないかなんだか気になるし。

しょうもないジョークを繰り出すし。

上から目線で偉そうなお説教にも思えるし。

具体性がないし。

どう協力するかも言わない。

咲太郎をダメ出しして辛いんですよ。

彼は悪い男じゃない。しかし、相談してはいけない男ナンバーワンになってしまいました。
頼りにならないどころか、関わらない方がいい。
そういう空気が出て来てしまったのです。

信哉が完璧過ぎるのかもしれませんけどね。きっといい記者になるでしょう。
というのも、インタビュアーとして、相手が何を求めているのか察知するセンスがある。

詩人めいた文才も備えている。

思いやりが感じられて、信頼感がある。

なつが本音を言えるのも、信哉には人の心のバリケードを崩すような、そんな才知があるからなのでしょう。

咲太郎の比較対象として、スペックが高すぎるんじゃああ!

なつも知ってしまう不合格の理由

そこへ仲と陽平もやってきました。
仲はなつに、今回の不合格の件を謝ります。

そして信哉と陽平が、それぞれなつにとって東京と北海道の幼馴染と紹介しあったあと、仲が衝撃の事実を告げるのです。

「正直、きみの絵は悪くなかった。調べてみたんだ」

仲は、社長の大杉が落としたと告げます。
そういう雰囲気はあったっけ。

しかし、孤児院育ちが理由ではありませんでした。
仲は特定の党を支持しているのかと聞いて来ますが、なつはわけがわかっていません。

理由は咲太郎の挨拶でした。
新劇・赤い星座に所属ということが、プロレタリア青年なんではないかと引っかかったのです。

しかもあの振る舞いです。
咲太郎は愚連隊だか太陽族ではないか。
そんな不良の兄がいる者はいらないとなったわけです。

おぉ、昭和だ……。
愚連隊という言葉はもうありませんが、グレるとはまだ言いますよね。

太陽族は、『太陽の季節』の影響で登場した不良のことです。

要するに、素行不良な青年ということです。
否定できないのが辛い……。

しかし、なつからすればそうではないと思いたいのでしょう。
兄はプロレタリアなんて難しいことは考えていないし、誤解されたと驚くわけです。

「馬鹿だなぁ、咲太郎」

信哉はそうぶった切ります。
なつと違って身内の目を通しておりませんし、それが客観的な事実だと思いますよ……。

仲は、今回の結果は覆せないと苦い声で告げます。
そのかわり、セカンドチャンスをくれるのです。

「仕上げの試験が9月にある」

そう教えてくれました。
その分野ならば高卒女子の受験者も多いし、それまでに大杉の誤解を解くと約束してくれます。

仲と陽平にお礼を言うなつ。
なんだかいろいろありましたが、夢への道はつながりました。
※続きは次ページへ

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良くできた背景等のシーンが、「画像ストック」として後のドラマ作品制作にも活用されるという話は、これまでこちら「武将ジャパン」の大河ドラマレビュー等でしばしば述べられてきました。
例えば、関ヶ原の合戦シーンなど。
『八重の桜』における会津若松城その他の戦闘シーンなど。(もっとも、その後の幕末維新大河には何故か全く活用されていませんが)
レビューでは紹介されていませんが、『東京が戦場になった日』(東京大空襲時の少年消防官等を描いたドラマ作品)の東京大空襲のシーンも、朝ドラ『花子とアン』などで活用されていました。

しかし、今年の大河ドラマ『いだてん』と本作『なつぞら』では、「路面電車のある東京の街角のシーン」として、不適切な画像ストックが作られてしまったのではないか。
あるいは、「『路面電車のある東京』はあのロケ施設を使えばいいや」という安易な姿勢が生まれてしまってはいないか。

そのような懸念があります。

『いだてん』と本作で多用された、茨城県の「ワープステーション」のオープンセットの路面電車と「近現代の街角」。
『いだてん』明治期には適合しますが、大正期の東京にはもう合わない。何故なら、利用客の急増で、大正期には、東京の路面電車は木造のままながら大型化し、あの作中の電車とはまるで違うものになってしまっているから。
関東大震災以後の時期には、建物の多くも適合しなくなってしまうでしょう。
まして、本作のような「昭和30年代の東京」には完全に不適合。「使ってはならない」レベル。

もちろん、仙台市や福岡市など、関東大震災とは無縁で、大戦直後頃まで本作登場のような電車が使われていた都市の、戦前期までなら適合するでしょうが。
大阪市や名古屋市はダメ。
そこは「適材適所」。きちんと考えて使うべき。

ロケ施設に対しても甚だ失礼なことになってしまうと思います。

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なつを不採用にした社長の決定に怒る仲。

そして、
またしても出してきた「明治の幽霊電車」に怒る私。

咲太郎が街角でぶつかった若者を睨むシーンの背景。電車ばかりかビルまで、明治期の欧州調むき出しで、戦後の新宿にはまるであり得ないビル。

こんな建物や電車を、本作新宿編の背景に使う合理的な理由など、どこにもない!

NHKが何故このような不自然極まるシーンを制作したのか、度重なる照会に対し、NHK側から回答がありました。
○このシーンは茨城県の「ワープステーション」のオープンセットで、そこの路面電車を借用して撮影していること(←第31話のZai-Chen様のコメントのとおり)
○NHKとしても時代考証的にふさわしくないことは承知していながら、改造するのはスケジュールや費用の面で困難だとして、そのまま撮影したこと
といったことが、記されていました。

「昭和30年代初期の新宿の建物や電車ではない」ことをわかっているのに、何故ロケ撮影場所に選んだのか。
それについての答えは全く無く、疑問は深まるばかり。

十勝編にせよ新宿編にせよ、本作の制作スキル自体は極めて優れたもの。
あの一連の新宿の街角のシーンだけが、全く異質なもので、何故紛れ込んでしまっているのか。このシーンなど無くても、新宿の街頭を表現するのに何の不足もないのに。
いやむしろ、無いほうが、かえって新宿らしいとすら言えます。極めて酷な言い方ですが。

今回も、咲太郎が仲と別れた後、付近の人や電話ボックスと一緒に突然明治の東京にタイムスリップしてしまったかのような、おかしなものになってしまっていました。

前後のシーンが、しっかり作られた、良くできたものでも、間にこのおかしなシーンが入っていると、全くぶち壊しになってしまう。

全く残念なことだと言う他はありません。
本作の数少ない、しかし最大の致命的な欠点です。

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要するに、

咲太郎 ≒ 寅さん

という空気が濃厚になってきました。

ということは、

なつ ≒ さくら(※『べっぴんさん』ではない。当たり前か)

でしょうか?

なつが、柴田家に帰省しているところへ、ひょっこり咲太郎が現れた…なんてな場面を想像したら、
それはもう『寅さん』そっくりのような?

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