この赤い皿は、八郎が武志ぐらいの歳の時に作った。
好きな子がいた――。その笑顔がこういう色を引き出した。
お母ちゃんのことか!
そう恥ずかしくなってきた武志は、立ち上がって思わず体操を始める。八郎も、恥ずかしくなってそうする。うーん、私すらちょっと恥ずかしいで。
親子の恋愛って、干渉されるとハッキリ言って気持ち悪いと思う。百合子もジョーの恋愛を「気色悪い!」と拒否しておりましたが、それは当然だと思います。親子間で恋愛に興味津々、そういうのはもうええから……。
ここに住田が誰かを連れてやって来ます。
稲葉と畑山。釉薬ノートを盗もうとして、三津から取り戻されたあの二人です。
ハッキリ言いますわ。三津のその後は心配しておりますが、この二人はどうでもええ。驚きの再登場です。
梅持参で謝罪する二人組
「どうかお許しください!」
「お許しください!」
「梅でございます!」
いきなり土下座をする二人。八郎が困惑していると、喜美子が来ます。そしてまた土下座を始めるのです。
住田は後援会の知り合いに頼まれたとのこと。
彼の人当たりの良さに目をつけられたのでしょう。かわはら工房へ頭下げに行くのにつきあってくれと、言われたとか。
ここで稲葉と畑山は、釉薬ノート泥棒の顛末で言い争いを始める。
「泥棒のような真似……」
「泥棒や!」
けれどもこうして来るということは、なんだかんだで相性がよい。和歌山で、二人で言い合いしながらも、工房を持っているそうです。それで梅か。
※梅日本一を主張する和歌山やな
穴窯のおもしろさを説く巨匠
奇遇ちゅうか、たまたま八郎さんもっておって、頭下げられてよかった。住田がそうまとめます。といっても、わざわざ和歌山から謝罪のためだけではなくて、信楽の土を買いに来たのだそうです。
「土はやっぱり信楽がええ。ほんで……」
二人は言葉につまり、お前が言えとおしつけあいに。喜美子はこう言い切ります。
「なんやの! 言うて」
ここで二人が二年くらいまえから穴窯を作っていることが明かされます。それを聞く喜美子は、腕組みして、足は肩幅に開いていて、巨匠ポーズ。おばちゃんでのうて、巨匠の構えや。
元弟子二人は、半年かけて穴窯を作り、自分たちでいろいろ調べてやってみている。
「おもろいやろ」
「まだそれは……」
うまく焼けないそうだ。そのうえで、穴窯の構造に問題があるんちゃうか。そこまで原因究明でたどり着きつつはあると。
これも彼らのプライドを感じますよね。揉めたこともある、そんな川原喜美子にいきなり聞くのはどうか? 試行錯誤をしてここまで来たわけです。高い梅持参でな。
「ほんで……喜美子さんの、川原喜美子先生の焼き方を教えてください!」
彼らは、三日四日ぐらい焼くと言っております。温度はどのくらいか。そう尋ねられ、喜美子はこう返す。
「うちは二週間焚いてるわ……」
かっこいい! こんなにかっこよくてええんか。これぞ巨匠よ。
弟子時代の態度を覚えているだけに、天下取り感が半端ないですね。戦国大名が、かつて自分を成り上がり者と馬鹿にした公家に対して、笑みを見せるようなものを感じる。
「よっし、ほな、穴窯見せたろ!」
喜美子がそう言うと、反発したのが武志でした。
「ほんなんよう聞きますね、教えられるようなもんやないですよ!」
釉薬の調合を教えるようなもの、企業秘密だ――そう彼は主張する。
住田は受け流しています。武志の言葉通りならば、美術商として商品価値を下げかねないことならば反発するはずです。それがそうではない。その上で、鷹揚にこう説明します。
穴窯はそんな珍しいものでもなくなった。
誰もやらんから注目された。けれども今では他所でも、信楽でもやってる人はいる。
女性は珍しいけれど。
武志は、さらに反発と無意識の本音を見せます。
珍しい、珍しくない。そういう話じゃない。手の内見せてええんか。そう反発するものの、喜美子たちは穴窯に向かおうとします。
強い覚悟と、天賦の才能
しかし八郎は穏やかに見送り、武志にこう聞いて来るのです。
「二週間、今も焚き続けてるんか」
「年に四回。毎回火事寸前や」
「ははっ、今もそうなんや」
武志は笑えない。
お母ちゃん独自のやり方や。何回も失敗して、ようやくたどりついたやり方や。
八郎はそんな武志に、穴窯のことをようわかってると感心します。
お母ちゃんの穴窯のこと、子どものころからよう見てきた。そのうえで、あかんあかん、止めようと向かおうとします。あんなん真似されたらかなわん。そんな思いが出できたのです。
けれども、八郎はそうじゃない。やんわりと、それでいて決然と否定します。
もともと、独自の造形力があった。それが自然のまま焼き上げる穴窯にようはまったんや。それでええ作品生み出してるんや。
強い覚悟と、天賦の才能があるんや。他の誰にも真似できへんもん作ってる。心配すな。
そう悟りきったように語る八郎です。
彼なりにわかってしまったのかもしれない。自分には、喜美子のような強い覚悟も、天賦の才能もないことに……。
喜美子はその頃、穴窯の中を見せていました。傾斜が15度ときついこと。入り口を煉瓦で塞いでいること。そういうことを明かしてしまうのです。
私は私で、誰にも真似できひん――そういう自信があればこそ、彼女は手の内を見せられる。でかい器が、焼きあがりました。
なんで離婚したん?
このあと、喜美子が台所に立っています。すると武志は、こう聞いて来る。
「なんで別れたん? お父ちゃんと別れたん、なんでや?」
「お父ちゃん何してんやろな、呼んできたら」
喜美子は、武志の話をかわすためか、それとも純粋に聞きたいのか、そう淡々と声をかける。
でも、武志は止まらない。彼なりの感じていたことを語るのです。
「俺な、お金のことで揉めてるんやと思うてた……」
穴窯やるから借金してた。そういうことで揉めていると思っていた。マツからも金のことは聞いていた。
そういうものです。
子どもは大人のことを見ています。
これは喜美子もそうで、川原家の貧乏っぷりをよくわかっていた。ポン煎餅を食べられないことも受け止めていた。
「ほやから……お母ちゃんの作品が売れたら戻ってくる、思うてたんや。単純やな。子どもやったし。そっからもうわからなくなってしもうてな。なあ俺覚えてんで、お母ちゃんがいうてたこと」
武志が幼い頃。夫婦にすれ違いが出てきたころ。
そのころ、母は武志のことは大好き。お父ちゃんのことも大好きやで。そう言いました。
よかったー、よかったー、よかったー。
そう転げ回る武志。幼いなりに不安を覚えていて、それが解消されたと思っていたのでしょう。
「さっきな、お父ちゃん、お母ちゃんのこと、よーうわかってるようなこと言ってた。強い覚悟と、天賦の才能で、他の誰にもできんもんを作ってるて。なあ、お父ちゃん……お母ちゃんのこと……今でも、ちゃうか? 陶芸もな、今はやってへん言うてた。何でやろ」
でた!
武志が本作視聴者に向けてすごい玉投げてきたで。
本作の夫妻離婚の原因は、不明瞭だとされております。モチーフのような不倫を描けないことが、さんざん理由として推察されてきてもいる。
そんなんわからへんで、武志も、本人かてわかってへんもん! そうぶん投げた感すらあって、すごい。
離婚や破局の原因って、ひとの好奇心を刺激するものでして。それは真相を知りたいということだけでもない。見る側の感覚、道徳観念を試されるようなものでもある。
自分の価値観で納得できる破局なのか?
離婚について意見を述べることで、自分の感覚が周囲に認められるのか、確認するような心理が出て来るのです。
現在も朝ドラに深い関わりのある夫妻がその試練に晒されております。求められていないのに、芸能人がこのことにコメントし炎上する。これぞ、まさしくこの構造です。
「そんなんええやん……当事者以外はコメントせんでも」
それはわかります。
けれども、人間誰しも周囲の反応を見ながら、自分の気持ちでええのかと不安を覚えているものですから、そこは仕方ない。
そこをふまえますと、本作は挑発的なのです。
ジョーとマツの方が、離婚しておかしくない理由があるほどでした。
『半分、青い。』における離婚と、その反応を見れば想像もつく。これはもう火中に栗を拾いに行くようなもんですわ。
それでも本作は、あえてそこに突っ込んできました。
さあ、繰り返しましょう。
喜美子と八郎の離婚の理由?
全くわからん!
※全くわからん!!
意識せんでもええ
ここで武志は気づく。
めっちゃ空気重いわ――。
そこで信作叔父さんと百合子叔母ちゃんを呼ぼうと言い出すのです。ほんまは親子三人が嬉しいのに、そういう逃避に走ろうとする。
「三人でご飯なんて気まずいやん。俺かていろいろ考えてしまうし、気まずいわ」
「おとうちゃん呼んでくるから、みんなで楽しくご飯食べようや。な」
喜美子はそう言い切り、外に出ます。
ここで喜美子、考える顔になる。戸田恵梨香さんは、この考える顔に深みがあります。頭の中がグルグル回って、彼女なりの何かをやるんだろうとワクワクしてしまう。
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