平成が2年目に突入した1990年。
バブルが終わりそうな時代に、岐阜県から上京した楡野鈴愛は漫画家・秋風羽織に弟子入り、漫画家アシスタントとして歩み始めます。
師匠である羽織は、弟子たちのデッサン力向上のため、クロッキーモデルを募集することに……。
美少年を希望する彼は、萩尾律に白羽の矢を立てるのでした。
【45話の視聴率は21.1%でした・伸びてる!】
もくじ
デッサン開始はF1中継のように
鈴愛を挟んで、違いに紹介し合う漫画家の卵とモデルたち。
結局のところ、鈴愛は羽織が期待した「つなぎ」あるいは「潤滑油」になっている気もします。
羽織が「合コンじゃないから」と止めて、いよいよスタート。
羽織はちょっとジョジョ立ち(荒木飛呂彦作『ジョジョの奇妙な冒険』にみられるような、ルネサンス芸術的立ち姿)を披露。
律はぎこちないのですが、正人は一発で決めます。
「顔は地味だけどすごくいいね!」
羽織も嬉しそう。
役者さんの顔を「地味」、とセリフや設定でいうのは結構難しい気もしますけど、本作のさじ加減は「だがそれがいい」。
今日も正人、おそるべき魅力をムンムンと発揮しています。
「タジオ(羽織が律につけたあだ名、映画『ベニスに死す』の美少年の名前)は休んでいいよ」
律はひとやすみ。
時間を区切って20分で書くのですが、BGMがなんと!
当時のフジテレビのF1中継のテーマT-SQUAREの『TRUTH』なんですよ!
このOP映像をみると、今でもカッコいいんですね。
F1マシンの重厚なエンジン音だけが流れるところに、インストゥメンタルがかかってきて、ものすごく盛り上がるわけです。
当時モータースポーツは今より断然人気がありまして。
ちょうどこの頃、イギリスのマクラーレン社が「セナ」というモデル名のスーパーカーを売り出しています。
一億円を超えるモンスターマシンは、500台が完売。
車名の由来となった伝説的なドライバーの故アイルトン・セナは日本でも絶大な人気を誇っていました。
では、ナゼここでその音楽か?
というと、漫画家のペンの軌跡を、F1マシンのコースラインに譬えるという離れ業を映像表現にしているから。
愛らしく胸がキュンとするような少女漫画とF1――という一見程遠い世界を重ねて、そのスピード感、制作現場は真剣勝負なんだと表現したわけです。
面白い表現が多い本作の中でも、出色の出来ではないでしょうか。
アラフォーオーバーは破顔で腹筋崩壊か
分刻みで行われるクロッキー練習。
一本目20分が終わり、途中で律も入ると、ボクテとユーコもうっとりしています。
律はポーズにちょっと照れがあって、固いようです。
次のBGMは、爆風スランプの『Runner』。
これまた疾走感と熱さあふれる往年の名曲ですね。
「タイヤ交換一切なし! 鉛筆はダメだ、チャコ(木炭)にかえて!」
羽織がそう喝を入れます。
はじめは20分であった制限時間は、どんどん短くなります。
次のBGMは、中森明菜『Desire』。
もうね。ある年代を朝から殺しに来ているとしか思えない。
お次は羽織もこの前口ずさんでいた『踊るポンポコリン』。
そして松任谷由実『ANNIVERSARY』。
「勢いを出せえっ、死んだ線を描くな!」
懐メロを流しながら描き続ける2人。モデルもがんばっています。
時給2千円ではチョット安いかも……というぐらい厳しい仕事ですね。
免疫ゼロのユーコは鼻血たらり
お昼休憩は30分。
キノゼンのお弁当が用意されています。なかなかハードです。
ユーコが鼻血を吹いてしまいました。
エスカレーター式の私立女子校卒で生身の男には免疫ゼロ。
そんなお嬢様に律はあまりに刺激が強かったようです。そりゃまあ、佐藤健さんを間近でスケッチしたらそうなるかも。
鼻血は内緒にしてね、頭でっかちなんだ、と自嘲気味なユーコ。
「あの子カッコいい」
うっとりとそう呟くユーコに、鈴愛はぶっきらぼうにこう返します。
「やるよっ!」
「えっ」
ユーコが起き上がるとまた鼻血がたらり。危ない危ない。
再び、F1中継のテーマをかけて、午後の部スタートです。
最初は20分だった時間は、ついには3分、1分、30秒まで縮みます。
ここで羽織、爆弾発言。
「よし、脱いでもらおう!」
「全部って、スッポンポン?」
いやあ羽織先生、そりゃ時給2万円の仕事でしょ。
ボクテとユーコはあまりのことに目をまん丸にしています。
「それだけは勘弁してください!」
鈴愛も止めて、菱本も「うら若き乙女ですので」とやんわりと止めます。
羽織は、
「タジオを脱がせたかったのに……」
とつぶやくわけです。
「F1よりル・マン耐久レースに近い」
ボクテもそういうところがあるのですが、羽織は男性に性的な興味があるのか、それとも芸術家肌の天才としてともかく美しいものが見たいか、わからないし敢えて決めていないようにも思えます。
あのセクシーボイスに定評のある豊川悦司さんが演じているのに、
「よし、脱いでもらおう!」
がむしろ健全じゃないですか。
朝ドラで、全開のトヨエツねっとりをやるのは絶対にまずいけど、ギリギリセーフにも思えます。
キンチョールの宣伝をしてもエロスあふれる本気モードでキメに来てたら、こんあもんじゃないでしょう。
途中に休憩を挟んで、10時間耐久。
ナレーションの廉子さんも「F1よりル・マン耐久レースに近い」と形容したクロッキー練習が終わります。
ファンタに似た缶ジュースで乾杯し、特訓終了を祝う漫画家志願者三人とモデルの二人。
彼らに羽織がスケッチブックを渡します。
とまどうモデルコンビに、絵は誰でも描けます、と語る羽織です。
「何でも描く、描きたいと思ったら何でも描くんです。あなたたちは10時間、ぶっ通しで描きました。自信をもってください。あなたたちの時間すべてが、漫画家となるための時間だ。漫画家となるのは、今だ」
そう励ます羽織です。
耐久レースを通して、技術だけではなく自信をつけさせた羽織。
あれ? 結構いい先生に思えてきたかも?
かつては会社員だった 羽織の意外な過去
庭に出て、律と羽織は二人で話しています。
律は戸惑いを感じていました。
鈴愛はやりたいことを見つけて進んで行くけれど、自分はそうではないことに。
私も以前、このレビューで何度か書いたのですが、律はどうにも彼自身の内側にある情動に突き動かされるような、そういう感じがあまりしないのです。
優等生の彼にそのことを気付かせるのが、いつもガムシャラな鈴愛なのでしょう。
何になるのか、答えられない。
そう語る律に、羽織は「そういう時間もいい」と微笑みかけます。
実は羽織のデビューは遅かったのです。
美大に入学したものの、周囲の実力に圧倒され、中退。
大阪で百科事典を売るサラリーマンをしていたそうです。
そしてある炎天下の日、漫画家になると決意を固め、退職し、アルバイトをしながら投稿、デビューを果たしたのでした。
覚悟を決めて踏み出す、それまで時間がかかったのです。
「マジですか?」
「マジです」
「きみのように考えるのは、実りのある時間だ」
回り道してこそすべてにつながっていく、そう語る羽織。
このやり取り、ここ、あとで試験に出ます……いや、私の予想ですけど、このやり取りが本作の根幹につながるんじゃないかな。
クロッキー練習は楽しいのですが、総集編にしたらかなりカットされるというか、そこまで大事ではなく。
ここが。
この律と羽織のやりとり以降が今日大事な場面なのでしょう。
鈴愛がやってくると、羽織は酒を取りに行くと告げて立ち去ります。
「何の話?」
「鈴愛と違って時間がかかるって」
やりたいことが見つかるまで、焦らない。
何かが見つかる、何かになる、そのむずかしさをつぶやく律。
「今日という日はいいな、大学も楽しいし、東京も」
「律は天才だな、幸せをみつける天才だ」
鈴愛はそう言います。
この先も、他の人は誰もそう思わなくなっても、鈴愛と和子はそう思っていそうですよね。
怒涛のクロッキーのあとは、しんみりしてしまいます。
ここで時間を使い切ってもよいのですが、本作は翌日への引きを用意しております。
講談館の新連載を決めたのに、ナゼ断るのかと問い詰める菱本。
ドアを開け、顔を出す羽織。
さてその理由は明日!
今日のマトメ「インプットに裏付けられたアウトプット」
今日はBGMの使い方がかなり遊んでいた回です。
羽織が音楽を止める動作と連動しているので、秋風羽織のアガるBGMコレクションという設定でしょう。
よい作品というのは、劇中に別の作品を引用してくるときは、その背景に意味を持たせるものです。
『源氏物語』は紫式部が漢詩文やら故事をたくさん使っていて、古文の授業では、その注釈だけでもゲンナリした……そんな記憶の方もおられるでしょう。
多芸多才なクリエイターは、古今東西そういうことをします。
インプットが多いからこそアウトプットも豊かになるわけです。
一例:『キングスマン ゴールデンサークル』。
冒頭の車内アクションシーンではプリンスの『Let’s Go Crazy』を使用。クレイジーにやろうぜ、という意味と主人公が王族の女性と結婚して、プリンスになる将来を示唆している
ちなみにこれをやろうとして失敗した最悪の一例が『わろてんか』。
与謝野晶子の作品を最低最悪、プロットまで歪みかねない形で使っておりました。
本作は、漫画を描く過程とF1の世界をつなぐ道具として、音楽が最高の働きをしていました。
他の選曲も面白いのですが、あくまで引き立て役。
これがやってみたかったという楽しさがこちらまで伝わってきました。
こういうふうに色々な要素をきっちりみっちり詰め込むからこそ、朝から濃厚になるんだな……と、しみじみ思わされる、巧みな回でしたね。
最近は「働き方改革」のためにNHKの長期連続ドラマ現場が混乱し、それが出来にまでマイナスの影響を与えているという報道もあります。
が、本作に関してはきわめてスピーディで、しかも遊び心や茶目っ気も美味しく取り入れながら回しているのがわかりますね。
前半たっぷりと遊んでこちらを楽しませた後、しんみりとした会話を入れてメリハリも付けています。
オフィスティンカーベルの面々が律の美貌にうっとりする、という点も大事です。
今まで距離が近すぎてわからなかったけれども、幼馴染は超絶美形だと鈴愛が気づくのはこれからでしょうか。
岐阜にいただけではわからなかった、新しい発見の世界。
東京で生きて行く彼らの姿を見ていてワクワクします。
著:武者震之助
絵:小久ヒロ
【参考】
NHK公式サイト
>前半たっぷりと遊んでこちらを楽しませた後、しんみりとた会話を入れてメリハリも付けています。
今回は本当に中身たっぷりで、武者さんの言われるとおり本作のキモをかいま見せた回だったですね。
ダブルイケメンをモデルにしたクロッキー耐久レースの途中、秋風が二人を裸にしようとした場面は、ちょっとさすがに脚本家さん悪のりし過ぎじゃないのとドン引きしそうになりました。
しかし、その後の秋風師匠の経歴語りが素晴らしかったので、やっぱり本作はナイスだと納得できました。「鈴愛と違って俺の今の学生生活には将来への目標がない」と自己卑下的に吐露する律に対して、無駄に思える日々も全てが未来につながっていくと励ましてくれたトヨエツ師匠の言葉は、《成功者の自慢話》的な押し付けがましさもなく水のように淡々としていて、でも重みを感じさせました。この師匠のもとでの鈴愛の活躍とそれに絡んでいく律の今後の展開がますます楽しみです。