喜美子は笑顔で、明日からでもすぐにでも働くと言い出します。
新しい仕事に早くつきたくて、うずうずしているそうです。
働き者やなぁ。えらいなぁ。朝から元気もらえるなぁ。
あかん! マフラー両側から引っ張ったらあかんて!
そして仕事の初日。
晴れやかなBGMが流れています。
マフラーをつけて、出勤準備が整いました。
ここで喜美子の服装を見たジョーがうるさい。
「お前、荒木荘ちゃうんやで! 天下の丸熊陶業やん!」
このぉ……すぐに天下天下言い出す昭和のおっちゃんがよぉ!
マツと喜美子から、働きやすい格好でいいと反論されます。こちらとしても、何があかんのかわからん。
ジョーはついて行くと言い出す。
子供扱いだと反論される。
本当に、ジョーがわけわからないことばかりを言ってウロウロしている。なんやねんもう。
そしてマフラーを外そうとします。
「こんなん長いの邪魔や!」
「まだ寒いさかいいるわな!」
父母両方からマフラーを引っ張る。あかん、首に巻いてるのに何しとんねん!
「お父ちゃん!」
結果的に喜美子の首を両親が絞める。
NHK大阪は、どういう絵を追求しとるんや!
本作スタッフ、常にうっすらとやりすぎ感があってええと思う。
結果的に、ジョーが負けた模様。
喜美子はマフラーをして、新職場に到着です。その高揚感と音楽がぴったり重なっています。
本作は結構型破りなBGMだとはいう。
確かにしっとりとしている定番とはちょっと違う。
けれども、そこに魅力がある。
喜美子のワクワクした顔。気持ち。鼓動と重なるようで、使い方が秀逸です。
ここで、喜美子のお仕事へ。
重たそうなフライパン。前髪をしまい、油と汗が滲んでいそうな調理場面です。
八重子と緑という先輩もおります。
大量の野菜と炒める調理器具で、力仕事だとわかるところも細かいと思う。
力仕事だからこそ、プロの料理人は男性だと思われがちですけれども、実は、女性だって重たいものを使って大量の食事を作ることはある。
女性定番の仕事とされる水甕での水汲み。そういう力仕事を男性がやらないのはどうしてなのか?
性別と筋力の差、それと労働区分は適性なのか?
ここ、結構大事だとは思う。
仕事が忙しいのは、昼食の1~2時間のみ。
陶工がドヤドヤと食事をする場面が入ります。
テキパキとしていて、レトロで、当時の雰囲気が出ていて、ほんの少しでもこれまたいい場面です。
昼食の時間帯が終わると、後はお茶の用意だけ。八重子と緑は、菓子をポリポリしながら世間話をしています。戦前ちゃうと姑に反論した。そういう話。
この二人も、そこまで大きな役ではないと思う。けれども、お菓子を食べつつ愚痴るおばちゃんとして、完成度が高いのです。
・結構声がデカい
・話す内容も手厳しい
・お菓子の食べ方も、無造作でありのまま
・中身もリアリティがある。戦前を生きてきた姑vs戦後を謳歌する嫁は定番ですね
昭和のおばちゃんと言えば、お菓子ポリポリしながら話している。
そういうイメージを描こうとしても、ディテールは大事です。
美人でメイクもヘアもバッチリとした女優が、お煎餅をつつましやかにパリパリして、劇中のことを薄〜く話すだけでは、あかんのです。
雑踏を歩く群衆とか。街で遊ぶ子どもたちとか。社員食堂での食事とか。こういうおばちゃんの会話とか。
そういう細かいところに、ものすごい気合を感じて、本作は見逃せません。
絵付け火鉢の魅力
喜美子は、ともかく働き者。
作業場各所へお茶の補充に向かいます。
「ああ、わかるけ? 火鉢のとこな」
「行ってきま〜す」
火鉢にやかんを置く仕事です。
食堂で沸かしたお茶を、それぞれの部署に配ります。
そして交換したやかんを持ち帰り、一日何度かお茶を替える。
事務員が働く部署もあります。ここには女性も見えますね。
「失礼しました」
「ご苦労さーん」
本作を見ていて驚かされるのは、視点にあると思うのです。
喜美子のような、やかんを運んで取り替える女性なんて、本来ヒロインではないはず。
背景のモブ従業員Aではありませんか。
けれども、モブにも人生はある。仕事はある。
そういう人たちが、どういう風に生きていたか。その仕事や境遇の苦労は?
自分たちも、ああいう人らをモブ、背景やな〜と見過ごして来たのではないか?
そう思うと、背中に脂汗が滲んでくるようなところがある。
その視線が残酷な形で、ここから出てきます。
喜美子は、丸熊陶業が取り入れ始めた絵付け火鉢に見入ります。
思わず微笑んでしまう。これはかなり凝った高級路線でしょうね。複数の色があり、複雑な絵で、風流です。
人生で初めて、火鉢が欲しいとしみじみ思えました。
火鉢て……エアコンでええやん。それなのに欲しいと思わされるのだから、映像の持つ力はすごい。
そう、そこは新部署「絵付係」なのです。
その部屋に入り、喜美子は目を見張ります。
初めて見る光景でした――。それはこちらもそう。ヒロインの気持ちとシンクロできる、そういう素晴らしさがある。
喜美子は職人に話しかけます。
「あの、何してはるんですか? 見せてもろうてもええですか?」
しかし、職人はムスッと咳払いするだけ。
そしてそこへ、城崎親方が入ってきます。
「関係者以外立ち入り禁止や」
喜美子がここで働いていると名乗っても、こうです。
「聞こえへんやったか? この城崎組の作業場は関係者以外立ち入り禁止や」
原下というメガネの職人が、すみませんと謝りながら喜美子を追い出します。
追い出されガラス越しに、じっと親方の仕事を見つめる喜美子。
弟子たちは熱心に頷いています。
その夜、川原家では、三姉妹が川の字で寝ています。
掛け布団は二枚。冬なのに。お布団くらい、早く買うてあげてぇな!
その夜、喜美子はなかなか眠ることができませんでした――。
寒いからではないのでしょう。
BGMが響いています。
身の丈に合わせてベリーハードモードや
ジョーカスの週8日飲酒宣言だの。
しょうもないマフラー首絞めだの。
アホなノリを間に挟みつつ、涙腺をビシバシ刺激する――そんな罪作りな本作。
今日は、喜美子がキラキラした目と笑顔で、火鉢作りを覗く場面でそうなってしまいました。
昭和らしいレトロなガラス。
今ほど透き通っていない、ちょっと濁ったガラス。
喜美子は可愛い。けれども、あの場所には入れない。
絵付け火鉢の場所からは、部外者と追い払われる。
人間に対してあんまりじゃありませんか。
それでも、これが常識。喜美子のような「お茶汲みの姉ちゃん」は家具と大差ない程度だと思われてしまう。
喜美子の魅力や知性は、かなり細かく描きこまれてきています。
だからこそ、追い出す周囲に腹が立つ!
公式ブログを読んでいても、演じる側が喜美子に惚れているとわかります。
「なんでや! きみちゃん最高やん!」
そう嘆きつつ、役柄として喜美子に冷たいことしなくちゃいけなくて、ジタバタ悩んでいるようです。
辛いやろなぁ。
こんなに素晴らしい喜美子。
それなのに、どうして喜美子は周囲から扱いが悪いのか?
それはやっぱり偏見と環境のせいでしょう。
あんな貧しい家に生まれて中卒、しかも女。身の丈に合わせて、適当に働いて、嫁に行けばええ。
そういう身の丈。喜美子の器に合わないちっぽけな身の丈で彼女を見るから、そうなってしまう。
さらに苦しいところは、喜美子自身も、自分のことがわかっていないところ。
妹に見せる紙芝居のために、綺麗な絵を描いて。
慶乃川相手につまらん陶器だと文句垂れて、草間宗一郎に叱られて。
陶器のかけらを【旅のお供】にしつつ、ちや子に高いかもと聞かされて浮かれて。
彼女の中には感受性があるのですが、身の丈に合わせるという無意識が、間違った方向へ向かわせてしまう。ジョージ富士川ならば、そこを素直に伸ばしたのでしょうけれども、そうはならなかった。
それでも胸の奥底には燻っていて、だからこそ絵付け火鉢に見入ってしまう。
周囲の偏見と、本人も無意識に合わせてしまうところ。
これに阻まれて、壁が二重にあるのです。
『カーネーション』では、糸子がミシンを見た瞬間、これがうちのだんじりやと閃いた。
『あさが来た』では、あさがパチパチはんを新次郎からもらって覚醒する。
『なつぞら』の場合、なつは両方あった。父が残した絵。天陽が見せた動く絵。泰樹の後押し。その後も、大勢の人が彼女を励まし続けました。
しかし喜美子は、どちらでもない。
胸の奥底にある小さな火種を、緋色に燃やしていく必要がある。
喜美子は、敵に囲まれつつ、戦わねばならない。
ここ数年屈指のベリーハードモードステージにいると思う。
『信長の野望』なら5ターンで滅亡しかねない、そんな勢力のようなスタート。
そこをどう面白く見せるか?
今日も期待は高まっています。
文:武者震之助
絵:小久ヒロ
【参考】
スカーレット/公式サイト
音楽が、すごいんです。なんというか、情熱的。BGMの存在感が、いい意味で、際立っているように思います。
きみちゃんの辛い経験のとき、ピアノの旋律があまりにも美しくて体に異変が…(笑)、鼓動が早鐘を打ちました。
作曲家さんの底知れぬ力を感じながら、
郷愁を誘う色彩に安らぎをもらいながら、
個性に血を通わせる俳優の皆さんに敬意を覚えながら、豊かな15分間を日に二度、三度…と楽しんでいます。
日本の各地で、海外で、日常を生きる人々を力付けてくれているのだろうな。いい芸術って、こういうことかな。