信楽焼で天下を狙え
信楽だけじゃない、日本の焼き物の全てに詳しい敏春。
夢は、丸熊陶業を日本一にすることです。
ここで信作はこう言い出します。
「日本一なら聞いた。照子の兄ちゃん。亡くなった照子の兄ちゃんも、日本一にするって言うてた。よう覚えてる。缶ポックリ習った。日本一。照子の尻のでっかいほくろ。亡くなった兄ちゃんの強烈な思い出や」
照子の兄のことは、名前もわからない。
戦死したこと。出征前に女性といけないことをしていたくらいしかわからない。あとは柔道。
けれども、彼は消えたわけじゃない。
信作初登場時の缶ポックリは彼が教えてくれた。
そして今、奇しくも日本一への思いが明かされたのです。
信楽焼がテーマで、丸熊を中心に進む物語。
その根底に戦争で夢を叶えることなく亡くなった人がいるということは、重要ではないかと思うのです。
『なつぞら』の根底にも、戦争で亡くなった父と母がいました。歴史や思いとの断絶をさせない、そういう誠意がこの二作にはあるのでしょう。
「そうか日本一か……」
照子はしんみりとそう言います。
それから惚気に戻ります。
うちの作ったまっずいご飯も文句いわず食べる。家事を放棄していた照子も、母に言われてやっと始めたようです。
これもおもしろいなぁ。
料理は女子力という。
けれどそういう発想そのものが、新しいと思うところではあるのです。
照子のようなお嬢様は料理をしなくていい。使用人がいる。
貧しい喜美子は食事はお手のもの。服装や髪型ひとつとっても、女性らしさは照子の方が上。
実は女子力と調理スキルは関係なかったんや!
はっはっは、単純なことやんか!
『半分、青い。』にも『なつぞら』にも、料理がうまい男性もたくさん出とったやろ。
生きるための力やから、そこは男女関係あらへん。
戦国武将でも料理が得意なん、ぎょうさんいたで。男子も厨房に入ってな!
とはいえ、照子はいわば昭和の専業主婦ですからね。
毎日一生懸命作って、敏春さんを支えてあげてんねん。ほわわ〜ん❤️ そういう世界に生きていると。
これもな……『なつぞら』のなつあたりと比べましょうよ。
なつは自分ではなく夫が料理を作ることに、そこまで葛藤がなかったと思うんですよ。
イッキュウさんも楽しそうではあった。夕見子と雪次郎もそうでした。
彼らが昭和の男女観をいかに大胆にぶっちぎっていたか――本作は明らかにしてくれる。
照子の愛くるしさにニヤニヤしてしまうけれども、冷静に考えると本作は結構怖い。
照子はいただきもののスイカを持ってき持ってき、と幼なじみ二人に勧めます。
おスイカとここでまた茶化される。
でも、この大量のスイカもちょっと怖い伏線かもしれません。
敏春の野望が始まる……
さて、その敏春ですが……。
「これでは融資を受けられません」
義父である社長にそう言い切ります。
加山も戸惑う中、ゆくゆくは融資を受けて拡大を目指すと敏春は宣言するわけです。
社長はピンと来ない。
そこの信金でピャピャっと貸してくれると言います。付き合いと情で生きてきた田舎の社長さんですわ。
加山は面倒臭そうな困惑がある。
敏春もそこはわかった上で、面倒臭くても事業計画書は必要だと主張するのです。
社長は戸惑いつつ、世の中は見てきたと返します。
加山も深野神仙先生を見つけてきたのは社長だと言うわけです。
しかし、敏春はこう言い切る。
深野神仙先生は古い――。
その上で彼の理論を語ります。
種が面倒なぶどう。ならば種無しぶどうを考えてこそ、世の中をよう見とるということだと。
社長は笑い飛ばします。
「種無しぶどう? ははははは! 地球がひっくり返ったってできるわけない。深野先生は古くない! 腐っても鯛や」
若手社員を増やすことには賛成したはずだ。敏春はそう強気です。
事業は確認してゆく。決算書もあげる。そういう流れになります。
社長はぶどうの種を吐きつつ、こう言います。
「これほかしとかい」
捨てておいてということです。
それにしても、おそろしい場面だったとは思う。
社長の種の愚痴なんて、ただのおもしろネタのようではあった。
種無しぶどうはジベレリンという植物ホルモンの作用でできるのです。
昭和30年前後から発見され、昭和34年(1959年)に初収穫。劇中のこの年です。
敏春は彼なりの情報網と知識で、そういう話を仕入れていたのでしょう。
本作は半端ないスキルとセンスがある!
本作のスタッフの手掛けた過去作品について、実はそこまで知りません。けれども、短い会話からビジネスドラマ作りのセンスを感じました。
社長と加山、そして敏春。
両者の間にある埋めがたい溝、ギャップ、考え方の差。
どれだけ時代背景や発明を調べているか。それが見えてきます。
このやりとりを踏まえたあとで、敏春は加山の机にある喜美子のデザイン画に目を止めます。
そして熱心に見入っている。
確かにこれはええ。
薔薇のモダンなデザイン。
欲しくなる。
現代人の目からするとレトロですが、フカ先生のものと比較すると斬新です。
欲しくなる気持ちはわかります。
喜美子のデザインは、ボタニカル柄家電を先取りしているのです。
ちょっと現代でも愛される北欧風かも。
不思議な場面でした。
付箋が挟まった書類。ファイル。
そこにあるのは昭和のレトロ空間なのに、喜美子のデザインは新しく見えるのです。
時代考証が雑で現代風が紛れ込んだわけではない。
不思議な、時代とマッチしているのに、新しい。そういう何かがあります。
大野夫妻の危機到来か?
喜美子と信作は自転車を押しつつ帰っています。
話題は離婚。未婚の信作ではなく、その両親だとか。
割れた茶碗はなかなか戻らんなぁ。そうこぼす信作に、戻せと喜美子は迫ります。
それが戻しても、二週間に一度くらい、思い出したように戻るんだってさ。
ガス抜きできているだけでもマシやろか。ジョーカスと飲み歩くオゥちゃんに陽子さんがお怒りだとしたら? それは残念だけれども当然だとは思う。
そして目の前では、その大野夫妻が掃除道具を構えつつ大喧嘩をしています。
百合子が出てきます。
「信にい、おじさんとめて!」
「百合子、なんでここいんの?」
喜美子は戸惑います。何かをもらったようですが。
怖い。今日も怖い。
本作はギャグの裏でおそろしい展開をしますし、ひっかけも多いのです。
大野夫妻はいわば影武者で、本当の夫婦の危機は照子と敏春に迫ったりして。
なーんてちょっとドキドキしつつ、明日を待ちます。
One More Thing! 敏春が仕掛けるのか?
本作公式サイトのギャラリーには、あのスティーブ・ジョブスも愛した信楽焼の魅力解説動画があります。
というわけで、ジョブスに繋げていきます。
趣味というわけでもないのです。
今日はなかなか見応えがあった。
敏春は”One More Thing!”とドヤ顔しそうな雰囲気すら感じました。
彼の主張はシンプルで、情重視経営の否定と革新なんですよね。シリコンバレー的や。
社長は悪い人ではありません。
けれども、彼はナァナァの縁故と情で動いている。
娘の幼なじみである喜美子と信作への甘さ。
飲み会で大事なことも決めてしまう。
信金も顔見知りだから融資してくれる。
そういう世界に生きております。信作もそこに入り込んだ。
それはそれで悪いことじゃない。喜美子もそういう世界で生きてきました。
荒木荘だって、父が親戚関係から見つけてきた就職先。
丸熊だって照子のつながりあればこそ。
そういう縁故は悪いことではありませんが、どうやら本作はそこを壊してゆきそうではある。
喜美子は縁ではなく、実力で大久保を認めさせました。
フカ先生への弟子入りも、スタートこそ照子のおかげですが、弟子入りを認めさせたのは自分の思いあってのこと。
今月あたりから、情の世界から実力の過渡期に入りつつある。
その中で敏春は重要な人物なのでしょう。
敏春には明らかに変わった点があります。
大卒というだけではありません。
圭介は「い・が・く・せ・い」というステータスがあったからこそ、あき子との恋が実った。
圭介演じる溝端淳平さんは、絶対にきみちゃんのほうがええと主張したものの、釣り合いもあってか、あき子と結ばれます。
圭介には中身を見抜く能力はなかったのかもしれない。もちろん、あき子だっていい子ですけれどもね。
これは彼だけのことでもない。
丸熊は、商売上もそうなんですよ。
フカ先生を「腐っても鯛」と言ってしまう。
それは彼の名声のみを重視しているからこそ、こういう結構残酷なことを言えてしまうのです。
本当に彼の絵を気に入っているかどうか、わかったものじゃない。
弟子というだけで見る気もない加山。怒る加山はまさしくそうです。
弟子ごとき、ましてやお嬢ちゃんの作品なんて、彼にとっては何の価値もないどころか、ふざけているのかと言いたくなってもおかしくない。
それを、ステータスをぶっちぎって本質を見ていく敏春が崩す。
でもそれがうまくいくかどうか?
照子が、夫が自分ではなく喜美子の本質と魅力を見出したことに混乱するかもしれない。
照子はなまじ喜美子の魅力に魅了されていたからこそ、これは怖いことになりかねません。
一番さんと二番さん、そしてフカ先生はわかってくれるのか?
加山も。社長も。
「あんなん女やから物珍しいだけちゃうん?」
そうはならないと思いますか?
敏春についていけるのか?
それに巻き込まれる喜美子は?
もう大惨劇やで、一歩間違えたらほんまに……。
やっぱり『なつぞら』と比較してしまう。
敏春とイッキュウさんは似ているところがあるし、話が合うとは思うんですよね。
ぶどうと陶器。
酪農や開拓とアニメ。
そういう別分野をガーッと結びつけて理解し、語り出す、やたらと話をでかくする。そこは似ていると。
ただ、イッキュウさんは細かい計画や金銭面はダメです。抜けてます。
賢いようでどうしようもなく抜けていて雑だから、そこが愛嬌となってなんとなく許されるタイプかもしれない。
敏春はそこは細かいのですが、そのぶん近寄り難くて敬遠されてしまうかも。敏春とイッキュウさんタイプがコンビを組むとなると、なかなか理想的だとは思いますが。
その一方で、理解できない層の困惑を招き、大惨事にもなりかねない。
人間関係やビジネスを学ぶ上でも、2019年の朝ドラは豊作と言えそうです。
文:武者震之助
絵:小久ヒロ
【参考】
スカーレット/公式サイト
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