武志が帰って来ます。
「帰ったんちゃう!」
「桜……」
「咲きました! やったで!」
緊張感を込めてそう切り出し、封筒をかざします。
「おめでとう!」
「でかした!」
ようやった、ようやった、あ〜ようやった、でかした! よかった〜!
この年代ですと「ばんざーい!」は出てこないと。ジョーと喜美子の場面では出てましたけどね。
皆が喜ぶ。
こういう嬉しい気持ち、人生の節目ってありますよね。二月になんちゅうもんを見せてくれるんや。あやかりたい人もおるやろなぁ。
このあと、武志はごろんと寝転がっています。
「あ〜、食うた食うた。腹一杯や」
「腹一杯胸一杯や」
ここでマツがもう寝たのかと気遣うあたりが、武志の優しさです。
緊張の糸が途切れてほっとしたんよ。喜美子はそう言います。
心配かけたしな。そう気遣う武志はやっぱり優しい。こういう細かいセリフに、彼自身と本作の作り手の優しさがあって、グッと来てしまう。
ようやった、がんばった、おめでとう。喜美子は心の底から我が子を祝います。決断では突き放すようでも、こういうところに喜美子の優しさもある。
来月から京都の学生寮に入る。そう宣言する武志に、準備せんとなと返す喜美子です。
「寂しいな」
「寂しないわ、うれしいで、楽しみや」
武志に言われて、そう返す喜美子。ほんまにこの作品は、マザコンを地獄に落とすなぁ。
母として、育て上げてホッとするし、自分第一の生活に戻れてうれしい。そういう現実を認めたくないマザコン層には阿鼻叫喚もんや。
陶芸家をめざすという我が子に、まずは大学生活を有意義に過ごしぃと言うあたりも、喜美子らしさを感じます。
勉強ではなく、家の中の仕事をすることで、実力を蓄えて来た。そういう彼女の人生経験がそこにはある。
お母ちゃんは信楽で待っとるで。
そう送り出すのです。
大事なものを失った
そう油断させといて、これやで。
「報告したん? 進路相談乗ってもらてたやろ。受験勉強の時も、時々電話してたやろ。助言してもろたん?」
くくく、お前が八郎と密書を交わしていたのはお見通しよ……って、なんだこの『麒麟がくる』の斎藤利政(斎藤道三)みたいな流れは……。
「お父ちゃんと同じ大学だから」
「そやな」
「会いに行った?」
「まあ、進路の相談いうか。話聞いてもろた」
四国からわざわざ?
喜美子がそう疑念を抱くと、ここで今は名古屋におると明かされます。
ここから、手紙について武志が語ります。
五年ぶりやった。五年間、信作おじさんが手紙を届けてくれたん。
喜美子は、やっぱり持ってきたのは手紙かと察知します。やはり気づかないフリをしていただけですね。怖いわ……。
五年間で、風呂沸かせるほどぎょうさん手紙もろたで。ほんま大したことない手紙や。いちいち言うことないいうて、言いそびれてたんや。言いにくうなった。
そう言われて、喜美子はええよ別に、と流します。武志にとって、お父ちゃんはお父ちゃんだとわかっているのです。
他愛のない手紙。名古屋で勤めている会社で、釉薬の配合をどうしたこうした……。
他愛ない。けれども残酷。
実は八郎モチーフの人物より下方修正されているとわかるのです。彼は陶芸家として活躍しております。
八郎は違う。
喜美子と違って、彼は丸熊陶業時代に戻ったようなもの。芸術性で勝負する陶芸家ではなく、自分の技術で大量生産品を作る、そういう会社員に戻ったのです。
挫折したとわかります。
その方が彼には合っているかもしれません。名声と芸術性を求められることに戸惑っていて、食器セットに救いを見出していましたからね。
武志も、たいしたことがない内容を書いていました。
美術部に入った。
文化祭があった。
試験終わりました。
けれども、これも大事。世界でたった一人の我が子のこととなれば、どんな些細なことだって大事なはず。親もいろいろおりますが、八郎は性格的にそう思うはずでして。それを見守れないこともつらいでしょう。
「……味気ないな」
そう喜美子が語るのも、厳しいもんがある。
喜美子は割と断絶に強いところはあった。
荒木荘時代、三年は実家に帰省しないと決め、有言実行したじゃないですか。
八郎の別居だって、視聴者の方が傷ついていたようなところはあった。
そういうもんや。そう流して、武志は再会の話をします。
ちょっと緊張したけど、「おう」「おう」と言い合い、そのあと二人でたぬきそばを黙って食べたと。
たぬきそば、か。
信楽舞台だけに、たぬきなのか。
そうは思えますけれども、そんな安いもんでのうてもええやん。せめて、天ぷらそばではあかんのか? そう突っ込みたい。
何気ないようで、これは作り手も考え抜いていると思う。登場人物に何を食べさせるか。そのことで、心理的な荒廃を示すってありますからね。
五年ぶりに再会する我が子に、もっと、うまいもんを食べさせられなかったのかな。「サニー」の時は、ライスカレーとプリンとアイスクリームだったっけか。
お金がないのかな。胸がいっぱいだったのかな。いろいろ考えるとつらい。しんどいわ……。
このあと、父と子は、五年ぶりなのに昔となんも変わらんように話し合ったそうです。
「なんで?」
喜美子はそうつぶやく。
「五年も離れて暮らしてて、なんで、昔と変わらんでいられるの? そういうもん?」
「そういうもんとちゃうでぇ」
武志は明かします。
風呂を沸かせるほど、ぎょうさんの手紙。必ず最後に、同じことが書いてあった。
会いたい。
会いたい。
いつか、会いたい――。
五年間、お父ちゃんは書き続けた。
ほやから、ほやから、「おう」「おう」、たぬきそばや。
そう聞かされ、喜美子は噛み締めています。
大事なものを失ったのだと、思いました――。
ここで八郎を見たいという気持ちはわかりますが、それをクリフハンガーにして来週までひっぱるところに、本作の技を感じます。
八郎の顔を見たいのは、武志だけではありません。
喜美子はやはり知勇兼備よ……
喜美子の圧倒的な強さが、炸裂した今週。反応も割れてますし、なかなか酷いことを言われ始めました。
悪魔に魂を売っただの。
狂気だの。
もはや悪役だの。
乱世ならアレやろ?
「信楽の蝮(マムシ)」とか「甲賀のうつけ者」ってところか。まぁ乱世の奸雄だわな――。
喜美子のおっとろしいところは、理詰めで先手打って、突っ込みどころをなくしているところでして。
ジョーみたいなガバガバギャンブルをするわけでもない。
鮫島夫妻よりもマトモです。
「あっさり成功しすぎィ!」という指摘もあるようですが、ただの難癖ですね。みっちり理論と計算、経験を重ねて何度も挑戦しています。その間に八郎が出ていき、そして成功した後は借金返済や。
娘として、妻として、母としても優秀。稼いで家事育児もこなしてきた。
『半分、青い。』や『なつぞら』のヒロインは攻撃しやすかったですよね。どこか抜けているから、そこを叩けばスッキリできた。
でも、喜美子は強い。
こうなると、批判の論調は一致してきます。
悪魔だ、ともかくダメだ、不愉快だ。そんな風に人格批判へ持っていく。どうしようもないほど稚拙なやり口に溜息しかでてきません。
昨年のアレな教祖の方がどうかと思いますけどね。あのときはクリエイターの妻になりたいと顔芸をするヒロインが賛美されていた。
そして今、自らクリエイターになると目に炎を宿すヒロインが悪魔扱いされている。
これって一体何を見せられてるん?
まぁ、いい。
この先、喜美子がどんな道を選ぼうと、気にせずレリゴーやでぇ~!
文:武者震之助
絵:小久ヒロ
【参考】
スカーレット/公式サイト
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